日曜の朝、私はぱちりと目を覚ました。隣にはユキがすーすーと可愛らしい寝息を立てている。彼女の寝顔は健気なの少女のように愛らしく、昨日の嗜虐的な笑顔がまるで嘘のようだった。
私は彼女を起こさないように、そっとベッドを抜け出した。脳裏に昨夜の情景が過ぎる。とはいえ結局彼女が私を『抱く』ことはなかった。私にキスをさせてからは、彼女は拒否権のない私の唇を二、三度奪っただけで、あとはずっと何でもない話をしていた。好きな本の話、子供の頃のこと、修学旅行で行った先、嫌いだった先生の話、そんなどうでもいいこと。二時間と宣告して、余った時間を埋めるように、彼女は私に語り、同様に語ることを求めた。私は求められるまま自分の過去を語り、そして、それらの過去が、自分とはどこか隔絶された、遠い物であることを認識した。どうやら私はやはり、あのときに一度死んでいるらしい。生きていると実感する今でさえ、目前の現実とズレている感覚がある。
そんなことをおくびにも出さずに会話を続けていた私は、やがて宣言通りの時間に首輪を外された。部屋に戻っても良かったのだが、ユキがここで寝るようだったので、私もそれに付き合うことにした。一応雇い主には忠実さを見せておこうという打算だ。それ以外の感情を、まだ私は知覚していない。そして一緒に明かりを消したベッドの中、二人で適当に言葉を並べる内に、いつの間にか寝てしまったのだろう。何を話したのかすら、朧気にしか記憶がない。
さて朝の仕事をしなければ。時刻はおよそ午前六時半。頭を切り換え、私は自室に戻った。ユキに買ってもらった普段着に着替えて、一階の厨房に降りる。そこにはやはりユミコさんが居て、私を見て少し驚いた顔をした。
「おはようございます。今日は何を――」
言いかけてハッとする。
「おはよう、ジュンちゃん。その顔だと今気が付いたみたいね」
ユミコさん可笑しそうに、けれどやはり柔和に笑った。もう随分な年齢のはずなのに、随分と若々しくて素敵な笑顔だ。
「今日は日曜日でしたね」
「そうね。ジュンちゃんのお仕事はおやすみの日ね」
「……せっかくですし、お手伝います。ユミコさんが作っていらっしゃるの、お二方の朝食ですよね」
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
ユミコさんは悪戯っぽく笑う。この人の笑顔を見ると、仕事が苦にならないから不思議だ。私は既に仕事モードに切り替わっていた頭で、頭の中で段取りを考えながら、朝食の準備に取りかかった。
* *
ユミコさんに調理してもらった朝食をさっさと胃袋に収めて、私はまだ起きてこないユキを起こしに行った。
パンと珈琲、ヨーグルト、サラダという簡素な朝食を盆に乗せて、昨日寝た部屋の扉を開ける。本当はもう少し手の込んだ朝食が用意されたのだが、ユキはあまり朝は強くなく、朝食も多くは食べないのだという。
ユキはさきほどと変わらない姿勢で眠り続けていた。
「ユキ、起きて。朝だよ」
声を掛けても起きる気配はない。少し揺さぶってみる。
「ユキ? ユキー? ユーキー?」
「ん……」
「起きて。朝食持ってきたの」
「……んん……」
ユキは身じろぎし、身体を捻って私に背を向けてしまった。意識もまだ虚ろのようだし、本当に朝は弱いみたいだ。
「ほらぁ、起きて」
「……!?」
ちょっとびっくりしたように、突然ユキが私の方を向いた。
「……あ、ジュン、おはよ。」
「おはよう。そんな顔してどうしたの?」
「いえ、ジュンに起こされるの、初めてだったから、ちょっとびっくりしちゃって」
なるほど。寝ぼけていて、知らない人だとでも思ったのか。
「そう。それで良く眠れた?」
「ええ……。今何時?」
「もう七時半過ぎ」
「……おやすみ」
「起きなさい」
ぺちりと私は彼女のおでこをはたいた。
「あぅ……いたい……」
まだ寝ぼけているのだろうか。随分と鈍い反応で、両手で額を抑えている姿が、妙に子供っぽくて可愛らしい。
「だって、今日は日曜でしょう……? 私がこんな時間に起きる意味がないわ」
今にも寝そうな弱々しい声で、彼女は抗議の言葉を口にする。
「そうかもしれないけど。あ、でも朝食冷めちゃうよ?」
「そんなのあとで温めれば……って、ごちゃごちゃ話してたら目が覚めて来たみたい。起きるわ」
むくりと起き上がって、彼女はくっと伸びをした。細身の身体だけど、同性の私から見ても、扇情的な曲線美のある身体付きをしていると思う。大きくはないけど、形の良い胸と、きゅっとしまった腰は、多分男性にはたまらなく魅力的に見えるのではないだろうか。最も、彼女はどうやら同性愛者であり、その主な対象は私であるようだけど。
「どうしかした?」
「や、なんでもない」
どうして私、というか、女の子を好きになってしまうのだろうと考えていたら、少しぼうっとしていたみたいだ。ユキは私の顔を覗き込んで怪訝な表情で見つめた。
「意外? 私が朝弱いと」
「うーん……そうかもね。普段はどちらかというと凜としてるから」
ユキは私のぼうっとしていた原因を勘違いしていたが、わざわざ訂正するのも難なので、何気なく話を続けた。
「普段は、最初だから格好をつけているだけよ。実際は凜ともしていないし、結構間抜けなのよね」
「そうなの? それは意外だな」
「ええ。よく学校ではからかわれるわ」
彼女はふっと微笑んで、ベッドから抜け出した。運んできたマグカップを手に取り、珈琲を口に含む。
「おいし……」
顔をほくほくと綻ばせて呟いている。起きがけに顔も洗わずに口を付けるあたり、相当珈琲が好きなのだろう。
「そういえば、明日から学校なんだよね?」
「ええ、そうね。長田女子高等学校っていうんだけど、ご存知?」
「うん」
元華族や大企業の社長の令嬢が集う、由緒正しき名門校だ。知らないはずがない。私には縁のない場所だと思っていたけれど。
「良いところよ。面白い子が多くて。校舎も校庭も綺麗で、私は好き。先生は少し厳しくて怖いけれど、いい人達よ」
「へぇ。そうなんだ」
ユキが学校のことをそんな風に言うのは少し意外だった。どちらかというと、学校なんて、と言いそうな孤高な人のイメージの方が強い。
「制服とか、教科書とかって、」
「今日届くと思うわ。急な編入だったから、少し遅れてしまったの」
「そうなんだ。なんだか学校に行くって実感ないなぁ……」
「行けば実感もするでしょう」
ユキは笑って、「顔を洗ってくる」と、部屋から出て行った。
* *
翌日の朝は、私は紺のブレザーに青を貴重にしたチェックのスカートの制服に身を包んで、学校の近くの道を歩いていた。隣には同じように制服を着たユキが歩いている。学校の最寄り駅から、校舎を挟んで反対側を歩いているのは、私たちが車で送られてきたからだ。
「本当は自家用車での通学は禁止されているのだけどね」
ユキは苦く笑った。公共交通機関が恐ろしく不便なユキの家の事情で、理事長から特別に許可を得ているのだという。但し大っぴらにはできないので、比較的早い時間、人の少ない通りで下ろしてもらうのだった。
「この調子だと、八時前くらいには着いちゃいそうだね」
「そうね。人が疎らでちょうどいいの」
近づくにつれ段々と見えてきた校舎は、広く緑豊かな敷地を持ち、立派な門を備えていた。セキュリティの関係だろう、校門に併設された守衛舎は大きく、門を抜ける際に、中に数人の守衛さんがみえた。
まだほとんどの生徒が登校していない校内を歩きながら、ユキは私に学校のことを逐一説明した。入学式の前に一度集まるクラスに向かうため、私たちは1-Aの教室に向かった。下駄箱の割り当てやクラス教室などは、春休み中のオリエンテーションで決まっていたらしい。高校からの入学者がいない、中高一貫教育の私立ならではの荒技だ。
教室に入り、黒板に張り出された座席表を確認する。女の子ばかりの名前が並べられているのには、中学まで共学だった私には激しい違和感があった。見たことのない名字の羅列に浮かぶ自分の名前が、酷く場違いな気がした。
ユキが自分の席に荷物を置いたので、私もそれに倣(なら)った。再び座席表を確認しているユキの隣に立つ。身長が170cmを越えるユキをみると、自然と少し下から顔を覗き込む形になる。彼女は怪訝な表情を浮かべていた。
「……変ね」
「何が?」
「いえ、いつもならもっとばらけるのだけど」
「え? 何が?」
「ああその――」
ユキが言いかけたところで、教室の扉ががらりと開いて、金髪の女の子が入ってきた。背中にギターケースを背負っている。
「おはよー、ユキちゃん! 久しぶり!」
「おはよう、アソー」
彼女はつかつかと黒板に足を運んで座席表を確認すると、すぐに自分の席に荷物を置きに戻った。重そうなギターケースを下ろして、ふぅと息をつく。
「そこの見かけない顔のお人は……編入生さんかな? 私は麻生(アソー)花子。よろしくね!」
「あ、うん。小泉純(ジュン)です。よろしく」
屈託のない彼女の笑顔は、初めての環境での緊張が和らげてくれるようだった。最初に挨拶してくれた人が、元気な子で良かった。
小柄な彼女は、ぱっちりとした瞳が印象的で、その華奢な体躯のこともあってか、小動物のような可愛らしさとしなやかさがあった。まだ未成熟な身体の起伏と、やや童顔の顔立ちが彼女を年齢以上に子供っぽく見せそうなのだが、ウェーブをかけて脱色した髪と、さばさばとした立ち振る舞いが、絶妙なバランスでそれを防いでいた。一見可愛いだけなのだが、どこか少年のような凛々しさがある。素直に魅力的な女の子だと思った。
「ジュンちゃんはさー……、あ、ジュンちゃんって呼んでもいいかな?」
「うん」
「えへへ、じゃあジュンちゃん。ちなみに私は下の名前が好きじゃないから、アソーって呼んでくれると嬉しいな」
「そうなんだ。じゃあアソーちゃんって呼ぶね」
「ふふ、私のことをちゃん付けで呼ぶのは君が二人目だよ。……そうそう、それでジュンちゃんはユキちゃんと仲がいいのかな? 入学式のこんな早い時間から一緒なんて」
「あ、えーと……」
私は答えに詰まる。仲が良い……と自信をもって言えるほど、多くの時間を共有しているわけじゃない。
「そうね」
答えに窮した私を見かねたのか、ユキが助け船を出してくれる。
「ちょっと込み入った事情でね。ジュンは今ウチの子なの。だから登校は一緒なのよ」
「あ、そうなんだ。編入とかも、その辺りの事情なんだね」
「そういうことよ」
アソーちゃんは何かを察したらしく、それ以上は何も聞かなかった。そんな途切れた会話の微妙な空気を雲散させるように、さらに教室に二人の生徒が入ってきた。
一人は銀縁の眼鏡に、黒髪をポニーテールにまとめた女の子で、もう一人は高い背にユキよりも長い黒髪を腰の辺りでまとめた子だ。
「ユキさん、おはようございます。アソーさんも」
「おはよう、ユキ。アソーもこんな早く一緒なんて珍しいわね」
背の高い方の子は、おっとりとした敬語で挨拶をしていた。多分本人も淑やかな人なのだろう、話さなくても分かる。もう一人の銀縁眼鏡の子は、ちょっと気の強そうな印象だ。
「おはよう、イチ、ナオ」
ユキが二人の名前を呼ぶ。入学式とは言っても、中高一貫校では、知り合いばかりみたいだ。
「おはよー、二人とも。入学そうそう付属品みたいな挨拶をどうもありがとう」
「あ、ごめんなさい。私そんなつもりじゃ……」
「大丈夫、ナオちゃんに悪気がないのは分かってるから」
「私はわざと」
「さすが小沢さんです。予想通りでした」
「あはは、冗談だって。ごめんね」
くくっと堪えた笑いを漏らすイチという子に、アソーちゃんが「もー」と満更でも無さそうに顔をしかめた。気兼ねない感じが、却って仲が良さそうだ。正直羨ましいとい思う。私はあまり、人とのコミュニケーションが上手くはないから。
「ああ、それから、初めまして。小泉さん」
「え……?」
銀縁眼鏡のイチと呼ばれていた子が、不意に私の名前を呼んだ。びっくりしてとっさに反応できなかった。なんで自己紹介もしたことないのに、私の名前を知っているのだろう。
「あれ? 違ったかな」
「あ、あってます。小泉です。急に呼ばれたからびっくりして」
「ああ、そっか。ごめんね、編入生って珍しいから、名簿で名前確認したときに覚えちゃってて。でも合ってて良かった」
「うん。えっとイチ……さん?」
「そうそう。本名は小沢一子(イチコ)っていうんだけど、みんなはイチって呼んでくれるね」
「じゃあ私もイチさんって呼ぶね。改めて、私は小泉純です。よろしく」
「うん、よろしく。それでこの子が私の相方のナオね」
「官直子(ナオコ)です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。相方さん? ユニットかなにか?」
私の素朴な疑問に、みんながぷっと吹き出した。
「ああ、そうねぇ。確かにナオはイチの相方ね」
何が面白いのか、ユキは口を歪めて、面白いものをみるような顔をした。アソーちゃんもかんらと笑っているが、イチさんとナオという人はちょっとばつが悪そうだ。
「まぁこの二人は夫婦みたいなものってことだよ」
アソーちゃんが揶揄(やゆ)するように、ふたりをちらりと眺めて言う。
「しまった、失言だったか……」
イチさんは苦そうな表情だ。おずおずと、件(くだん)のナオさんが私に目を向ける。
「あはは、色々言われていますが、イッちゃんとは仲の良い友達です。菅直子(ナオコ)と申します。どうかよしなに」
「あ、はい。どうもご丁寧に。こちらこそ」
にこりと笑って緩やかに話すものだから、思わず相手のペースに乗ってしまった。京美人とか、きっとそういう形容をしたらピタリと来るような人だ。芯はあるのに、たおやかな印象を受ける。背も170cmはないと思うけど、結構高めで、身体は……なんというか豊満だ。
長くて艶やかな黒い髪と、大人びた顔つきのナオさんは、とても色っぽいと思う。女の子っていうよりも、お姉さんって感じがする。ユキとは違った意味で、女性的な魅力に溢れている人だ。
一通り挨拶が終わったところで、私達の話題は、今回のクラスはどうだとか、担任はとか、入学の生徒というよりは、進級した生徒の話すものに移っていった。分からないことは簡潔にユキが補完してもらいながら、私は聞き役に回った。
その後もユキ達と話をしながら、十数人の子と挨拶を交わした。編入生というもの珍しい私に、彼女達は興味津々のようで、軽い質問責め状態にあった。ユキが「まだちょっと初めての環境に緊張してるから、今は少し馴染ませてあげて」と軽く牽制してくれなかったら、初日からどっと疲れるはめになっていただろう。それでも疲労感は残っている。
そんな怒濤の朝の自由時間を終えて、始業の鐘と同時に入室してきた壮年の女教師に引率され、私達は入学式に参加した。大して面白くもない校長の話に欠伸を噛み殺し、機械的にスケジュールをこなす教師を眺めつつ、話を聞き流し、特に何事もなく入学式は終わった。
* *
入学式の後、教室で教師から諸々の連絡事項を伝えられた後で、クラスメイトの自己紹介が始まった。五十音順に不可分の自己紹介を終えていった他の子達と同様、私も適当に紹介の言葉を述べ、席についた。心なしか妙に注目されていたような気がするが、仕方ないだろう。
順々に紹介が終わり、ユキの番が手前になった。するとクラスのほとんどの人が、ユキの前の人を見る。今までの他の人では、わざわざ後ろを向かなかった人もいるのに、今は明らかに様子が違う。
その人自体もかなり変わった風貌で、私も入学式で見かけてから一番注目していた。目立つ暗赤色の長い髪に、ユキと同じくらいすらりと長い身長、そしてエキゾチックで文句なしに整った顔立ちをしている。吸い込まれそうな切れ長の瞳は、閃くような凛とした光を湛えていた。
「橋本龍子(リューコ)です。先に自己紹介したアソー達とバンドやってます。こんな髪ですけど、パンクな理由はなく、単に地毛なだけです。一年間よろしくお願いします」
落ち着いたハスキーな声だった。彼女の声は心地よく耳に残る。
それにしても地毛とは意外だ。彼女の紹介は簡素な言葉にも関わらず、なんだか強力な引力を感じた。本人が美人だということ以上に、人並み外れたカリスマを感じる人だ。
クラスの注目は続いてユキに向けられた。
「鳩山由紀です。昨年度は生徒会長をやらせて頂いたので、今年は大人しくするつもりです。どうかよろしくお願いします」
実にユキらしい短い紹介だったけど、やはり存在感がある。生徒会長をやっていたのは初耳だけど、その姿は容易に想像できた。
この二人の存在は特別だ。少し言葉を発するだけでその場の空気を変えてしまう。けれど二人の印象は酷く対照的だ。喩えるなら、ユキはお姫様のようで、橋本さんは王様のよう。どちらも強力に惹かれるが、その方向性は全くの別物なのだ。
二人の自己紹介を終え、張り詰めていた何かが和らいだ。その妙な緊張感が途切れてからの人の紹介はあまり頭に入っては来なかった。
いつの間にか終えられた紹介の後に、クラスの委員長が決められたらしい。森さんという、ややふくよかで小柄な子が前で何事か話しているのを聞きながし、私の高校生活初日は無事に終えられたように思えた。
* *
解散となってからも、まだ友人達との再会にざわつく教室から、私とユキは抜け出すように出て行った。慣れない環境に、初めての会う人がほとんどの場所で、変な緊張をしていたせいか、どっと疲れた。ユキは自分の都合で早く帰りたいのだろうが、正直その場を早く離れられるのはありがたかった。
陽気な声を上げて下校する生徒に混じって、私達が校門をくぐろうとした時だった。背後から、聞き覚えのあるハスキーな声で呼び止められた。
「ユキ!」
橋本さんだった。陽に紅く光る長髪は、教室で見たときより、一層目立っている。
「なに?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
「クラス編成なら私は関与してないわよ」
「……あら? そうなの?」
「当たり前じゃないの。私に何の益があるのよ」
「それもそうね」
いきなり何のことだろう。話に入る隙がないので、黙って聞いていることにした。
「じゃあ質問を変えるわ。この偏りにユキは恣意的なものを感じる?」
「感じないと言ったら嘘になるわね」
「でしょう? なんでこんなことになってるか気にならない?」
「……あまり」
「あら? 意外ね。ユキならこういうことには鼻が効くと思ったのに」
「今は興味ないの」
「そういえば生徒会にも意欲的じゃないって言ってたっけ? 何かあったの?」
「別に。他に面白いことを見つけただけよ」
「へぇ。じゃあ立候補もしない?」
「まだ先のことでしょう。その時の気分によるわ」
「そう。分かったわ。でももしユキが出馬するなら、その時は筆頭の対抗馬になるでしょうね。その時は絶対ユキには負けないから」
「じゃあその時は受けてたとうかな」
ユキがふっと口元を歪める。昨夜見たような、嗜虐的な笑みが浮かんでいる。相手を挑発するような表情だった。
「うん。そう言うと思った。今回のクラス編成なら、間違いなく私達のクラスからの立候補者が会長になるでしょうから、もう火蓋は切り落とされているようなものね」
「ま、しばらくは私は様子見させてもらうから。じゃあね、リューコ、また明日」
「ん、じゃあ……っとその前に」
完全に蚊帳の外だった私に、橋本さんが視線を向けた。
「小泉さんだよね。私はリューコ。よろしくね」
「うん、こちらこそ」
「下の名前ジュンちゃんだっけ? 名前で呼んでもいいかな?」
「あ、どうぞ」
「じゃあ私も呼びすてでお願い。見たことない可愛い子がいると思ったら編入生なんだってね。なんか困ったこととかあったら、私にも気兼ねなく聞いてよ。ユキよりも懇切丁寧に手取り足取り教えるからさ」
「あ、うん、ありがとう」
リューコちゃんの態度が急に友好的になったので、思わず少したじろいでしまった。
「ジュン、騙されちゃダメよ。こうやって友好的な態度で近づいては、女の子を手籠めにするんだから」
「え?」
更に衝撃的なことを言われ、戸惑う私を、リューコちゃんは可笑しそうに笑った。
「しないしない。ユキじゃないんだから」
「……私はそんなことしないわよ」
「どうだか。ジュンちゃんも気をつけてね。じゃあまた明日」
そう言って、彼女は颯爽と校舎の方へ消えてしまった。
「……しないどころか、事後ですよね?」
ユキに向かってぼそりと呟く。
「……友好的な態度では手籠めにしないよ」
「そうですね、高圧的な態度で手籠めにしますもんね」
「嘘はついてないでしょ」
ユキがあまりにも得意げなしたり顔をするので、私は盛大にため息をついた。