魔法少女・エグゼクショナー
第五話
○第五話「伊藤恋皇の夢」
パジャマ姿で、僕は木がいっぱいある所に立っている。僕はさっきまで、自分の部屋のベッドに寝ていたはずなのに、どうしてこんな所にいるんだろう。全然憶えてない。
家はどこだろう。僕が突然いなくなって、パパやママは心配してるかな? 探してるかな? 僕も早く帰りたいけど、どこへ行けばいいのか分からない。
木がいっぱいだ。空が暗くて、遠くは見えない。道路もないし、信号もない。地面は……土? ううん、よく分からないや。でも、裸足のままでも痛くないし、歩けそう。なんとか、家に帰らなきゃな。明日も学校だし、それまでに戻らないと大変な事になってしまう。
僕はひたすら歩く。こういう木がいっぱいの所って、森って言うのかな、それとも林? どうなったら森で、どうなったら林なのかな。違いが分からないや。まあいいけど。
どこまで行っても、あるのは木ばかり。真っ暗だし……何か出そうで怖い。幽霊なんていない、幽霊なんていないって、そう思いながら歩いているけど、やっぱり幽霊が本当に出てきたらと思うと……泣き出しそうになる。
ここ……どこなんだろう。家どころか、僕が知っている街すら見つかりそうにない。だって、本当に木しかないんだもん。もしかして僕、パパとママに捨てられたのかな? 僕が寝ている間に車に乗せられて、どこか遠くの森に捨てられた?
そ、そうだ。そうなのかもしれない。だって僕が一人でこんなところに来るわけないんだし、さっきまで家にいたんだから。な、なんで? なんで僕捨てられたの?
僕は急に悲しくなって、遂にはその場に座り込んで泣き出してしまった。さっきまでは怖さで泣きそうだったけど、それを必死に堪えて歩いていたんだ。でも、パパ達に捨てられたのかもって思ったら……もう堪えきれなくなってしまった。
僕は捨てられたんだ! 何か二人を怒らせるような事をしたのかもしれない……もしかしたら、先生から僕の悪口を聞かされたのかも。だから、もう僕なんていらないって……どうしよう、どうしよう! 僕どうすればいいの!?
僕はもう、歩けなかった。ずっと泣き続けた。もしかしたら誰か助けてくれるかも……パパやママが実は隠れて見ていて、こんなにも悲しんでいる僕を可哀想に思って、連れて帰ってくれるかも……とか。でも、来なかった。本当に僕は一人だった。そして僕はまた、その事が悲しくなって泣き続けた。
僕はきっとここで、死んじゃうんだ。死んじゃうのってどうなるんだろう。痛いのか苦しいのか……全然想像つかない。想像がつかないのは怖い。怖いからまた泣く。死ぬのはやだ。やだから泣く。でも誰も助けてくれない。だからまた泣く。終わらない。
どのくらい泣いてたのか、とにかく凄く長い間泣いてた気がする。で、いい加減泣くのにも疲れてきた頃……ちょっと遠くの方から音が聞こえてきた。なんの音なのか……何かの音楽を奏でているようにも思う。それが何なのか分からないけど、もしかして人がいるのかも? 人がいるなら、助けてもらえるかもしれない。そう思った。
僕は、まだ涙でぼやけている視界をなんとか袖で拭いながら、その音のする方へ歩いていく。なんだろう……どこかで聴いた音なんだよな。学校で……
ああ、そうだ。アコーディオンだ。アコーディオンの音がする。アコーディオンで何か、音楽を奏でている。いやそれだけじゃない、よく聞くと太鼓みたいな音とか、笛の音とかもする。何ていうか……明るいような、怖いような、そんな曲だ。
でも音楽が鳴っているって事はやっぱり、誰かがいるんだ。僕は助かるかもしれない。そう思って、早足で音に近づいていく。そして、その先で見つけたのは……
「わあっ……サーカスだ!」
森の中、少し開けたところにサーカスの人たちが行進していた。玉乗りをする人、像に跨る人、宙返りをする人……そして、楽器を演奏する人。僕が聞いた音楽は、サーカスの人が演奏していた曲だったんだ。でも、なんでこんな所にサーカスがいるんだろうか……
う~ん、まあいいや。この人達に頼めば、きっと助けてくれるに違いない。そう思った僕は、声を掛けられそうな人を探す。でも、どの人も忙しそうに曲芸をしているし、中々声を掛けられない。
困ったな……でも、このまま着いていけばいつかは、どこかに辿り着くだろう。そこで頼めばいいや。それに……サーカスなんてこんな間近で見るの初めてだしね。
僕は暫く、サーカスの一段の後ろを着いていく事にした。どうやら僕が着いてきている事を、団員の何人かは気付いているらしく、芸をしながら僕に手を振ってくれた。僕はさっきまで泣いていた事など忘れ、手を振り返した。
それにしても、すごいなぁ……大きな玉に乗るだけじゃなく、玉を転がして進んでいる。さらにその上で宙返りして見せたりもする。他にも口から火を噴く人とか、ナイフでお手玉してる人とか……見た事もない光景の連続だ。余りにも楽しくて、ここが暗い森の中だって事を忘れてしまいそう。
一団の中には、像が引く荷車みたいなものがあった。像が引くだけあって、とても大きい。僕がそれに気付いて、なんとなくこの荷車には何が入ってるんだろうなんて考えていたその時、その中から誰かが顔を出した。それは、ピエロの格好をした人だった。僕を見て、にこっと微笑みながら一旦顔を引っ込める。そして再び顔を出したかと思うと、その荷車から飛び降りて、僕の方へやってきた。その手には、風船が握られていた。
「……? くれるの?」
ピエロは無言で、だけどにこにことしながら頷き、風船を差し出してくる。僕はお礼を言いながらそれを受け取る。そうだ、このピエロになら僕を助けてくれるようにお願いできるかもと、そう思った。
「あ、あの! 僕、家に帰りたいんだけど、ここがどこなのかも分からないの」
ピエロは驚いたような動きをした。無言だけど、その分、動作は大げさだった。
「それでその、僕を助けて欲しいんだけど、できますか?」
ピエロは大げさに、考え込むような仕草をする。そして、閃いたと言わんばかりに手をぽんっと叩き、荷車を手で指し示す。どうやら、像の荷車に乗せてくれるみたいだ。
「乗せてくれるの?」
ピエロは親指を立てた手を見せながら、ウインクする。やった! どうやら助けてくれるみたいだ! これで家に帰れる!
「ありがとう!」
僕はピエロに誘われるままに、像の引く荷車に乗り込んだ。
けれど、荷車の中は僕が想像していたものとは全然違っていた。何ていうか、工場みたいな……そんな感じだった。確かに大きい荷車だったけど、不自然なくらい中は広くて……そして、先程のピエロと同じような人達が大勢働いていた。
僕がその光景に唖然としていると、後ろからさっきのピエロがやってきて、僕の背中を押していく。奥に誘っているようだ。ともかく僕は歩きながら辺りを見回して、ここが何なのかを考える。明るい色の壁や機械ばかりで、なんとなく楽しげな雰囲気だ。働いている他のピエロ達も、どこか楽しげというか、漫画みたいな動きで働いている。そして至る所を流れている、動く道路みたいな物には……カバンやアクセサリー等、色々な小物が乗っている。どれも子供向けのものではなさそうだけど、なんでこんなもの作ってるんだろう。
ピエロに導かれるまま、奥へ進むとそこには一つの大きな扉があった。ピエロがその扉の横にある何かを操作すると、その扉がウィ~ンっと開きだす。その先には……信じられない光景があった。
子供が何か台に乗せられ……その台ごと、さっきの動く道路みたいなものに乗って、流れていく。そして何かの機械にそのまま入っていく。その瞬間……
「ぎゃあああああああ!!」
と、子供の悲鳴が聞こえてきた。そしてその機械の反対側から、再び動く道路に乗ってさっきの子供が出てくる。ただし、顔や腕や足などを、ばらばらにされた状態で。
僕は、一体何が起きたのか理解できず、呆然としてしまう。そしてそんな僕の目の前で、ばらばらにされた子供が再び何かの機械に入っていく。何か、ガリガリガリっていう嫌な音が鳴り響き、反対側から出てきたのは……カバンやアクセサリや洋服や……
「な、に、これ」
僕は、後退りする。これは……なんだ? 子供を何かに変える、そんな工場!? まさか僕も材料にしようって言うんじゃ!?
と、その時、さっきのピエロが僕の腕をガシっと掴む。あまりに強く掴むので、凄く痛い!
「い、痛い! い……いやだ! 僕はいやだ!」
ピエロが、にこにこしながら僕を見詰めている。顔は笑っているけど、凄く怖い! 僕は必死に泣きながら、逃げようとする。でもピエロは笑顔のまま、僕をずるずると引きずって、奥へ連れて行こうとする。
「や、やだ! いやだあああ! やだあああああ!」
暴れてみても、僕は子供で、ピエロは大人。全然効果がない。ピエロは相変わらず笑顔で、逆にそれが不気味で怖くて……
そして、僕はさっきの子供みたいに腕や足を縛り付ける台に乗せられて、動く道路に乗せられてしまう。僕はもう、ひたすら恐怖に泣き叫ぶ。そんな僕を、沢山のピエロ達がにこにこしながら見送っている。こっちは泣き叫んでいるというのに、まるで知らん顔で……なんとも思っていないみたいな顔で。
機械の入り口が迫ってくる。あの中に入ったら……僕は、ばらばらにされてしまうんだ!僕は必死でもがいて、なんとか僕を縛り付けているものを外そうとするんだけど……結局それは無駄で、遂には機械の中に。
機械の中に入ってすぐ、大きな刃物が機械の腕によって動かされ、僕の首や腕の付け根の位置を探る。刃物……刃物だ。その様子を見てしまった僕の恐怖心はMAXで、声を枯らしながら叫ぶ。だけど機械は止まらずに、刃物がすごい勢いで振り下ろされる。僕はあっという間に首や腕や足を切り落とされ、ばらばらになってしまった。
でも、死んでしまうという事もなく、それどころか痛みもなく、血すらも出ず、まるでおもちゃの人形がばらばらになっただけという感じだった。とは言っても、物凄く怖かったし、今も自分がこんな体になってしまっている事自体が怖い。
そしてそのまま動く道路に乗せられて僕は、再び外へ出る。ピエロが、ばらばらになった僕を見て、手を叩いて喜んでいる。僕はなんだか怖いというよりも、情けなくなって泣き始めてしまう。
そのまま道路は進み続け、次の機械に入っていく。今度はなんだ、どうなるんだ。さっきの子はカバンとかにされてたけど、ここからどうやってあんなものに……
と、思っていると、再び刃物が見えた。いやそれだけではなく、今度は何やら針とかハサミとか、とにかく色んな痛そうなものが見えた。僕は再び恐怖に声をあげようとした。だけど、体がばらばらになったせいか、声が出ない。ただひたすら、涙を流し続けて……
そして、機械が動き出す。僕は皮を剥がされたり、縫われたり、砕かれたり、切り裂かれたりして……カバンやアクセサリになってしまった。どこに目があるのか分からないけど、一応見える。さっきと同じで痛くもなかったし血も出ない。だけど……もう僕は、人間じゃない。
再び機械から出てきた所で、ピエロが喜びのダンスを見せる。僕は、不思議と何も感じなくなっていた。なんだかもう、どうでもいいような気になってしまったのだ。そうして僕は、次の機械の中でプレゼントみたいに包まれて、何も見えなくなってしまった。
僕は、泣き喚く事も、暴れる事もできない体で、ぼーっとしていた。どれくらいそうしていたのか分からない。というか、それを考える頭もない。とにかくぼーっとしていた。
だけど、急に目の前が明るくなった。がさがさと音がして、何かが見えるようになった。これは、手? 誰かの手だ。誰かが、カバンや服になった僕を持ち上げている。
あ……ま、ママ……パパ……二人が、僕を手に取っている。もしかして、僕の事気付いて、助けに来てくれたの!? こんな姿になってしまったけど、僕はパパとママの子供! やっぱり僕の事、助けに……
「うふふふ、いいカバンでしょ?」
「はははは、俺の服だってどうだい、格好いいだろう」
「ふふふふ、このアクセサリもいいわぁ、私達にぴったりね」
「当然だろ? 恋皇も喜んでるさ、こんなに格好よくなったんだから」
な、なに言ってるの? 僕、僕こんなになっちゃったんだよ!? なんで笑ってるの!? 格好よくなんかないよ! こんなのいやだよ!
「次はどうしましょうか、もっと私達好みになってもらわないとね」
「そうだな。有名人にでもなってくれれば、俺達も苦労しなくてすむしな」
「あら、それはいいわねぇ! この名前なら、芸能人になっても目立つしね!」
「はははははは!」
「うふふふふふ!」
あ……あああ…………ぼ、僕は…………僕は……
僕は、目の前が真っ暗になった。それは、もしかしたらもう、何も見たくないって思ったからなのか。それとも、僕が人間である事を諦めてしまったからなのか……
「ぎゃあああああ!!!」
突然、悲鳴が聞こえてきた。まだ僕の目はちゃんと開かないけど、どこかで誰かが叫んでいる。
「ひぎゃああ~~!! うわああ~~~!!」
凄く、怖い。また何か、怖い事が起きている。もうこれ以上、何も見たくないのに……だけど……
「終わったで。いつまで顔伏せてんねん」
だけど、とても優しい声が聞こえてきた。
「え……あれ?」
目を開けると、そこは森の中で、目の前には一人の女の人がいた。その向こうではさっきのサーカス団が、なんかボロボロになって倒れていた。よく見ると、僕を連れ去ったピエロも……血まみれになって倒れている。
「……お、お姉ちゃんが、やったの?」
「ああ、そやで」
「僕、カバンになってたんじゃ……」
「なっとったなぁ、随分センスの悪いカバンやったけどな。よかったやないの、元に戻れて」
「……」
自分の体を見てみる。今の僕はこの森に来たときと同じ、パジャマ姿。ちゃんと腕も足もあるし、顔もある。
「……サーカスの人達は?」
「ああ、こういうのを悪夢って言うんよ。で、うちはそれをやっつけるお仕事をしてる」
「正義の味方?」
「どうやろな。ともかくほら、そろそろ帰った方がええんとちゃうか」
「……でも僕、どこに帰ればいいのかな。パパもママも、僕の事人間じゃない方がいいと思ってるよ。カバンや服になって、喜んでたもん」
「……そうかもしれへんな。せやけどそれは、間違いに気付いていないだけや。大人ってのも、結構間違うものなんよ。そのくせ、自分達は間違ってないって思うから困ったもんやねんな」
「間違うの? 間違ったから、僕の事カバンや服にしちゃったの?」
「それがアンタのためやと思い込んでるんよ。本当は自分達のためになってしまってる事に、気付いていないんや。せやからアンタが教えてやりぃな。二人は間違ってるって」
「僕が言っても、きっと聞いてくれないよ」
「かもしれへんな。せやけど、だからって諦めたらそれで終わりやで。一人でだめなら、もっと沢山の人の協力を得たらええんとちゃうか?」
「……それで、変わるかな?」
「何もせんよりマシやろ、多分」
「……そっか」
「ほな、帰ろか。アンタの家はどこか知らんけど、この森の出口は知ってるで」
そう言って、お姉ちゃんは手を差し出す。僕は立ち上がって、その手を掴む。暖かい手……僕はなんだか、凄くほっとした。そして僕は、お姉ちゃんに手を引かれて森を歩き出す。あんなに暗くて怖かった森も、お姉ちゃんと一緒だと全然怖くない。
「ところでアンタ、こんな夢見るくらいの名前って、どんな名前やねん」
「名前? れおん。でも先生とかに、読めない! って言われた」
「なんや当て字か? そりゃ嫌やなぁ……」
「お姉ちゃんの名前は?」
「うち? 皐月」
「サツキかぁ。普通だね!」
「普通が一番やで」
「そうだね」