Neetel Inside 文芸新都
表紙

2P SG "THE GOLD"
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「おーい、生きとるか?」
 それがー俺とヤツ、タカハシと初めて交わした言葉だった。アイツの事はそれ以前から
『やたら元気なヤツ』って感じで知ってはいたけどな。
「ンだよ……オメェは」
 もうフクロにされてボコボコ、口の中なんて痛すぎてまともな発音すら出来ないぐら
いにひでぇ状態だった。良くある事だ。生意気な一年をシメるっていうのは。
「うひー痛そうだなー」
 全然同情のこもらねー顔と口調でアイツは二言目がそれだ。
「へっ……」
 俺はもうどうにでもなれって感じだったよ。先輩五人にボコされて何でもねーパンピー
にこんなトコロみられちゃな。
「よ・・・っと」
 担がれたよ。見た目マッチ棒みてーな華奢な中坊だぜ、それこそランドセルみてーに担
がれたよ。
「てめぇー……何すんだよ」
 本当ならこんなヤツに担がれるなんて冗談じゃねーんだけどな、あの時はもう体中ボロ
ボロで抵抗すら出来ねー。
「そろそろ雨降るんだよ」
「晴れてるぜ?」
「ツバメが低く飛んでるだろ」
「はァ……?」
 フクロにされた裏庭と保健室ってのが結構離れてたんだけどな、その距離をヒョイヒョ
イ歩くんだよ、俺を担ぎながら。
「なーオメー……なんで抵抗もしねぇのにワザワザ短ランなんか着て来んだよ?」
「関係ねぇだろ」
「今日だけじゃねぇだろー先輩達がお前注意すんの。屈しないトコロは立派だけどアレじ
ゃぁバカだぜ」
「うるせーなー」
 結局その俺は保健室のベッドでぐっすり寝ちまった。気が付くと夜になってて先公の車
で家に帰ったよ。そん時には外はどしゃ降りの雨だったよ。
 次の日だ、先輩共にフクロにされてーはい次の日休みますって感じにもなれなくて、学
校行ったんだけど、まーそれがどれだけバカな事かなんて猿でも分かる事だよな。俺は懲
りずに短ラン着て……またあそこに呼ばれたんだよ。
「昨日ーの事ォ忘れたワケじゃぁねーだろうにー」
 そんな事言って昨日の五人がまた俺を囲んだ。中学一年の不良なんて大抵がタカが知れ
てる。俺も同じだった。
「右手はまだー大丈夫みてーだなー」
 シンナーでラリった目でそんな事言ってたな、確か。怪我人が敵うハズもねー。俺はあ
っと言う間に地面にヘッドバッドしてた。
「やめろぉ!クソが!」
 俺のそんな叫びなんて通じるワケもねー辛うじて無事だった右腕にバットが、って時に
アイツが来たんだよ。
「オイオイ、そのコースはボールだぜセンパイ」
 コンビニ袋抱えて裏庭のフェンス乗り越えてるタカハシがな。
「テメー誰だ!オぉーコラ!!」
「そこで地面とディープキスしてるサトシっつうのは俺のダチでね、見たからには黙っと
けんワケですわ!!」
 アイツに自己紹介した覚えはねー。そういう意味でアイツはスゲー奴だったよ。


                   *


「なンだ、テメェは?」
 赤毛の男が振りかぶったバットを横に下ろして、フェンスから降りてきたタカハシを睨
み付けた。
「ソイツは野球の道具だっつってんだよ、上履き顔がっ……」
 肩に担がれたバッドを指差して、タカハシそう言った。
「バカ野郎テメェ何しに来たんだ!!」
 二人がかりで地面に抑えつけれているサトシが精一杯の声で叫ぶ。
「ぷっ……くくくくく」
 タカハシが突然腹を抱えて唸り出した。
「ハッハッハッハ……上履き顔だってよー自分でいってアレだけど面白過ぎるぜ!」
 爆笑するタカハシとは対照に、赤毛の先輩五人とサトシの表情は穏やかではなかった。
中でも指を指されて「上履き顔」と言われた男のこめかみには紫色の血管が浮き上がって
いた。
「殺すぞーオーコラァ!!」
 金属バットを振りかぶって、上履き顔がタカハシに突進していった。


                  *


 喧嘩がどーこーってなら中坊だ、大体はどんぐりの背比べだ。凶器だろうがナンでもあ
りだしな。だがな、タカハシは……あれは別物だよ、喧嘩とかいうレベルの奴じゃねー。
殺し屋なんて見た事なかったけど、ありゃー殺し屋だよ、根本的に喧嘩とかじゃねぇんだ
よ。
「んだらぁ!!」
 そりゃーシンナーキメてるような奴だ、まるで遠慮がねー感じでバット振り回したぜ。
だけど、当たらねーよ、まるでな。本当ならアウトは空振り三つだけど……タカハシにか
かりゃぁワンスイングワンナウトだったぜ。バット振り下ろした腕引っ掴んだら、そのま
ま投げ飛ばしちまったよ。そこんとこ最凶とか言われてた喧嘩野郎が空飛んで、壁にぶつ
かって鼻血だしてノビちまってたよ。
「うらぁテメェ!!」
「おら、おでん攻撃!」
ぱちゃぁ
 二人目は……笑っちまったよ。手に提げてたコンビニ袋からおでん取り出してな、バシャ
とかけてな、すげー湯気立ってたからなぁー。

ボコッ
ゴッ
ゴンッ
グシャッ
ゴッ

 そっからはーまースゲーモンだったぜ。相手は五人だったのに五分もかからなかったよ。
タカハシは額に汗する事もなくな。
「おーい……立てるかー」
「………」
 いつもいつもやられて誰かの手借りねーと立てねーってんじゃ格好悪いからな。立ち上
がったよそん時ゃ。
「お   お前何モンだよ」
「知ってんだろ?」
「俺にはタカハシって名前持ったジャイアンにしか見えねーよ……」
「………」
「………」
 しばらく睨み合ったな。しばらくすると
「っぷ……くっくくく」
 アイツ笑い出したよ。
「あーっはっはっは……お前それ笑えるよ、笑わすなってー」
「俺は痛くて笑うドコロじゃねーっつの」
「そっかー肉まん食うか?」
「イラネーヨ、って言うかもうすぐ授業始まるっつの」
「お前不良のクセに授業はちゃんと出るんだな」
「うるせー」
 その日以来だったな、俺がアイツとつるむようになったのは。休み時間になると校舎裏
で俺はタバコ吸って、アイツはパン食って・・・どーでも良いような事ばっかり話してた
な。まーそれを良しと思わない奴等は幾らでもいたからなー小競り合いから大乱闘まで……
ほとんど毎日あったな。タカハシが大抵蹴散らしてたから……俺達もいつの間にか名が売
れてたよ。まーでも学校をまとめようとかは考えてなかったな。そんな事はどーでも良か
ったよ。
「なーサトシ……なんで喧嘩の時手出さねーんだ?俺が覚えてる限りじゃ二回くらいだぜ」
「一回はお前の後ろでセンパイがナイフ構えてたからだよ」
 そん時の俺はタバコの煙で輪っか作るのに夢中だったな。
「なんだよ、俺を護るために?」
「別にお前だけってワケじゃねーよ。俺は意味の無い喧嘩はしねー、意味の無い喧嘩ばっ
かりやってたらいつか意味のねー人間になっちまうからな」
「きゃー。中学生の青臭い美学だな」
「そんな良いモンじゃねーよ。男がちっちぇー事でいちいち怒ってたら格好悪いだろ。何
でも……そーだな、周りに不幸があった時とか以外ならゲラゲラ笑い飛ばすような男の方
が格好良いじゃねーか」
「もう一回は?」
「………。別にー、忘れたよ」
 忘れたワケじゃなかったんだけどな、ちょっと話したくなかった。
「そっか……」
 そんでもって、タカハシも俺がそういう時には突っ込まない奴だったよ。
 そーいや、こんな事もあったな。夏休みのちょっと前だったよ。アイツが顔面色んなト
コロ怪我して学校来てな。
「お前どーしたよー」
 学校の奴等は驚いてたっけなー……何せ大人数との喧嘩でもあまり傷負わない奴だった
からな。いつものように校舎裏でタバコ吸ってたらアイツが来たんだよ。
「まぁ、悪の組織と……戦ってた」
「はぁ?」
 まーアイツなりの心配かけない冗談だったんだろうな。すぐに話題を変えたっけな。
「なーサトシ……お前妹いるんだよなー」
「あー、まー……今六歳だよ」
「生意気だろ?」
 ニカッと白い歯見せながら言ったっけな。
「まーな。まぁウチは夜遅くまでずっと親は家にいても構ってやれないかんな、ちっちぇ
ートキから俺が面倒見てたし……娘の気分かなー」
 ロリコンとか言われるのが嫌だったから今まで他人には言った事なかったよ。
「……明日で七歳だろ?」
「あーうん。お前よく知ってるな」
「この前お前が学校に保険証のコピー持ってきたじゃねぇか」
 なんだかどーでも良い事は覚えてたな、面白い事に。
「……やっぱり誕生日はケーキとかで祝ったりすんのか?」
「あーまぁな。明日は店も休業だよ」
「へぇ」
「そうだ!オメーも来いよ」
「なんで?」
「祝い事はみんなで分け合った方がいいんだぜ」
「……そうなのか。お前がそう言うんならそうなんだろうな」
「………?」
 後々聞いた話なんだが、生まれてこの方誕生日を祝ってもらった事が無かったらしい。
それどころか、自分の誕生日も分からないってな。記録上の生年月日はまったくのデタラ
メだって言ってたよ。

     



 額には冷たい雨粒がバチバチと当たる。
「一回帰って着替えた方がいいよなぁ……」
 タカハシは大降りの雨のお陰で人気の失せている商店街を歩いている。小脇にコンビニ
袋に包んだ荷物を大事そうに抱えている。
「あと三百メートルくらいなんだけどなぁ……」
 小脇に抱えている荷物は先程、繁華街にある店で買ってきた物なのだが、店を出ると出
入り口脇に置かれた傘立てから自分の傘が忽然と消えていた、そのお陰でタカハシはこの
ような燦々たる格好をしている。
「アイツには連絡を入れて、着替えよう……」
 黒々とした天を仰いでタカハシはそう呟いた。返り血付いた服じゃ失礼だしね、という
最後の文句を口の中でかき消しつつ。
「さて……」
 しばらく歩き、数年前に廃ビルになって以来誰も手をつけたがらない物件と化した、そ
の雑居ビル跡に足を踏み入れる。数年の間人の手が加わらなかったその内部は思わず災害
にあったのではないかと印象を持たせるような説得力を醸し出していた。階段を登り、フ
ロア全体が開けている、そのフロアの真ん中まで歩を進めると、タカハシは足を止めた。
「ここなら丁度良いんじゃないかぁ!?」
 そう大声を出したタカハシの声はビルの上から下まで一気に突き抜けた。
 すると、タカハシが入ってきた入り口から彼等は入ってきた。
「おーこりゃぁ揃いも揃ってお兄さん達……」
 彼等はそれぞれがその手に思い思いの得物を握っていた。そして入り口を抜けるとどん
どんとフロアの壁に散開していった。
「きゅう、じゅう……三十、いちにいさん……四十」
 タカハシは指を折ってその人数を確かめる。
「揃いも揃ったり市内で有名な喧嘩小僧四十七人……忠臣蔵じゃねぇっつの」
 フロアに入りきると、彼等は壁を背にぐるりとタカハシを取り囲んだ。
「本当なら生意気な一年シメるのにこんなみっともねーマネはしたぁねぇーんだけど
よ……アソびが過ぎたんだよオー、コラ」
 そう言ったのは、現在暫定的にこのメンバー、タカハシの通う中学の不良達の頭を張っ
ている男であった。
(忠臣蔵って事は俺を獲ったらコイツ等切腹すんのかな……いやしねぇだろ)
 周囲をぐるりと囲む不良達を眺めながら、タカハシはそんな事を考える。
「ここなら思う存分」
「まぁ黙れ……」

グチャッ

 タカハシの拳が男の顔面にめり込んだ。ひどく美的ではない鼻骨の砕ける音に遅れて男
が床に崩れ落ちる。
「こちとら約束反故にしてお前等に付き合ってんだ。ここにお前等を連れて来たのは俺
だ……ワザワザ人気の無いトコにだ。話がしたくてこんなクセェ場所を選んだワケじゃ
ねーぞ」
 静かにそう言うタカハシの背中からは、ズブ濡れのシャツを重くしている水分が天に昇
る様子が覗えた。



                   *



 まー俺もその話聞いたのは週明けの月曜だったからな。その後タカハシはちゃんと俺の
家に……まぁ三十分遅れではあったんだけど、俺の家に現われてな。その時の俺はそんな
事があったなんて思いやーしねーからよ
「あー悪いな、折角の誕生日に」
「あー気にすんな気にすんな、この雨なら仕方ねーべ、着替えてたんだろ?」
 とかそんなやりとりをして、妹は妹で俺の友達が来るってんで親と一緒になって大はしゃ
ぎだったよ。
 いやーまさかあんな事があったとはねー。
 それもこれもよ、そん時にタカハシの強さにビビッて逃げ出した奴がいたから俺もその
話を知る事が出来たんだな。その話は噂としてドンドン広がったよ。約五十人相手に戦っ
て序盤で逃げ出した奴以外はほとんど病院送り、本人は……さっき言った通りだよ。
 噂レベルの尾ひれだったら面白いくらいだったぜ。
「百人と戦って無傷、全員意識不明」とか「皆殺し」ってな。アイツ自身は
「なんかそれ俺が極悪人みてーじゃねーか」
 とか言って頬膨らましてたっけな。まーそんな事もあってだ、俺は前にアイツがふと言
ってた
「悪の組織と戦っていた」
 ってセリフもなんだか信じそうになったぜ、マジで。
 んな事もあってもうアイツが狙われるような事はなかったねー。まぁ時折転校してきた
金持ちのボンボンヤンキーが喧嘩吹っ掛けてたらしいけどな。
 狙われなくなったねーアイツは。あん時の俺ぁー……自分が狙われてるなんて事ぁまる
で気付きゃしなかったよ、バカだったからな。タカハシの横にいたのになー。



                   *



「ハァハァハァ……」
 大太鼓のような心臓の音と滝のように流れる汗がまるで自分のモノではないように感じる。
それぐらい今現在俺は焦っている。
「おばさん!!」
 ナースステーションから聞こえた怒号を無視して行き着いた廊下の行き止まりには、ア
イツの両親が寄り添って長椅子に座り、妹は母親の膝枕ですうすうと寝息を立てていた。
「………」
「体中殴られててな……特に頭がひどい。まだ意識が戻らない」
 俺の顔を見つめて黙ったサトシのお袋さんの代わりに、親父さんがそう言う。
 まだ面会謝絶、そのようだった。
「おじさん、おばさん……すみません、これ俺のせいです」
「何言ってんだ……ウチのバカはあんな格好で一丁前に不良やってんだ……いつかは……
いつかはこうなるって」
 親父さんは言葉が詰まって黙ってしまった。隠しているつもりなのだろうが、見逃さな
かった。その拳をギリギリと握り締めていた、それが行き場を定められない怒りだという
のも分かった。
「タカハシ君……今日はもう遅いから、学校に遅刻したら良くない」
 これ以上はここにいられない。俺はここにいちゃいけない。
 俺は踵を返すと黙って病院を出た。
 自分よりも弱い者に矛先を向けるような人間に怒りを向ける資格は、今の俺の立場には
あるだろうか?どうしよう、キレちまって暴れればきっとサトシは困る。生まれてこの方
人殺しのエリートコースを歩んだ。その上で俺が教えられたのは暴力の生む悪循環だ。
 理不尽な現実を暴力で解決する事は出来ない。十三年の人生だが、それは太陽の当たる
場所での人道的な審判こそ筋が通っている気がする。体制の意識が変わらなければならな
い。裏の世界で生きてきた人間の出す皮肉な答えだが。
 拳に力を宿す事の重みは、それ自体が俺の誇りだ。
 力という意思が拳に宿れば、それは確実に暴力を呼んでしまうだろう。

 それでもやるのか?
「勿論だ、相手は悪だやってしまえ」
「よく考えろ、それは正解不正解の二元論の次元じゃない」
 二つの答えすら俺は無視した。
 もう彼是一週間雨が降り続いている。ビニール傘から零れ落ちる雨水が足元で弾ける。



                   *



ガタンッ
ゴンッ

「テメェここが何処だか分かってんのか!?」
「黙ってなきゃお前も潰すぜ……」
 背後から跳びかかろうと構えた男を一睨みしてそう言う。
 タカハシに胸ぐらを掴まれ壁に叩きつけられている男の顔は蒼白だ。酸素が通っていない。
「言う気になるなら生きる心地を味あわせてやるよ」
「うがっ、あぐ……ぅぅ」
 男が唸りながら必死の顔でタカハシの腕を叩いた。それはさながらプロレスでいうタッ
プだった。
「よーし……知ってる話をそのまま話せ」
 ゆっくりと男の足を床につける。
 ほとんど自動的に男の口が動き出した。
「なーる程ね。五十人揃えた一人潰す喧嘩に負けて、お前はそれでテメェのケツ拭かずに
高校生やらカラーギャングに泣きついたと。ほぉ~……んで、矛先まず弱い方に向けると」
 そう要訳したタカハシの男を見下ろす目は軽蔑に満ちていた。
「つまりサトシがあんな状態なのは、お前の責任というワケだ……」
 二人を取り囲むクラスの面々からどよめきが起こる。
 次の瞬間

ゴッ
ガッ
ゴギッ

 男の顔を、タカハシが矢継ぎ早に殴り、蹴りだした。追い詰められて背にしている壁の
色がコルク独特の色から血液の付着した黒ずんだ色に変わっていく。
「おっ……おいやめろ!!」
 傍観していた男子から怒号が飛ぶ。タカハシは無視して殴り続ける。
「おいテメェ聞けこの野郎!!」
「コイツは番長をやったクセに仲間が病院送りの中、五体満足して普通に学校に来やがっ
たじゃねぇか……その上泣き寝入りだ。俺はこんな奴ぁゼッテェ認めたくないんよ」
「だからってここを何処だと思ってるんだ!!」
「知らないね……」
「あぁ!?」
「俺は負け犬を人として認めねー。アイツは負けたけど、絶対理不尽な暴力に心を屈する
奴じゃねぇ……弱いものを数集めて叩くような野郎にはな!!負け犬は人に非ず、っつーこって」
タカハシがそう声を張り上げると
「クックックック……」
 ボロ雑巾のように壁によりかかる男が不気味な引き笑いをした。
「さすが番長様やってるだけあるね、そこらの不良とはタフさが違うじゃん」
「その口上がどれだけ叩けるか楽しみだぜ……ギャングが動いてりゃぁ当然その上が動く
って事だぜ……オトナ相手に何処ま」
「何処の魔王ですか」
 お互い汚い笑顔を浮かべると、男は立ち上がりヨロヨロと教室を後にした。するとスピー
カーから始業ベルが鳴り響いた。
「ふんっ」
 鼻を鳴らしたタカハシは荒々しく足を踏み鳴らして窓際に歩を進めると、窓枠をひとっ
跳びに、姿を消した。



                   *



 ってまーこっから先の話っつーのは俺もよく知らねーんだよ。
 なにせ、タカハシが目的遂行までに誰かに見られたのは、三年の教室に乗り込んで大暴
れしたのが最後だからな。街のギャング達の間じゃーよく分からねー噂が飛び交ってやが
ったが……どれもどうかと思ったぜ。
 俺が意識を取り戻したその日、病院は妙に騒がしかったな。なんでも急患の重傷者がガ
キから大人まで数十人はいたらしいからな。
 不思議な事にその内の何人かは……まだ外れた顎がハマってもいねぇのに俺の病室に菓
子折りとバカヤベー額の小切手持って詫び入れに来やがったよ。俺の両親はあんまりに怒
っててな、親父なんか病室のパイプイス振り回すし……お袋は菓子折りを思いっきり振り
被ってそいつ等に投げ付けてたよ。奴等はなんだか泣きそうな幼稚園児みてぇな顔で走っ
て病室出てったよ。後々聞いた話じゃーアイツ等……ウチの街の一帯を牛耳ってるその筋
のお偉いさんと……その子飼いのギャングのトップだったんだよ。タカハシってのが一体
どんな奴だったのか……はー、未だに俺も分からないよ。

 あ?タカハシか……あれ以来面会わせたのは一度だけなんだよ。
 ありゃー俺が退院する直前だったかな、色々事情があってウチの店が店舗を移転する事
になってな。まー店はデカくて人通りも多い、近所はオフィス街だっつうもんだからな、
ビジネスチャンスって事で引越しが決まったんだ。突然の事だったからな、何分名残惜し
いっちゃーそーだったけど……まぁ色んな事が有りすぎたかんな。
 それでだ、アイツが顔を出したのは荷造りも大体終わって、店の看板を俺と親父が外し
てる時だったかな。俺はそれまでに散々アイツに連絡入れてたのに……多分色々と気に病
んでただろーよ、そんな時に顔出したワケだが、バツが悪そーな面下げてたよ。
「ゴメンな」
 とか……んな事言っててな。
「俺も修行すっからよ、毒見役にでも来いそれと」
 敢えて無視したね、だってアイツに謝られる筋合い無かったし。んでついでに俺は殴っ
たんだ。
「もう一回は今みたいな感じだ、分かるだろう?」
 それで別れたよ。なんだかハードボイルドっぽい感じがして恥ずかしい限りだったけど
な。アイツは満足そうだったよ。



                  *



 サガノはオフィス……とは名ばかりの金と暴力と女の匂いに詰まった部屋で、革張りの
椅子に思いっきり背を預けて天井を眺めていた。自分の子飼いで、街で合成麻薬を捌かせ
ている売人の起こした暴力事件の事は、彼にとって頭痛の種であった。
「動くな」
「!?」
 ふと、まばたきをしたその間に喉元には日本刀の刃が当てられ、背後には殺気を帯びた
気配が感じられた。
「……テメー、ドコのモンだ」
「死神とだけ言っておいてやるよ」
「声だけ聞くとガキのよーだが……死神っつうのは信用してやろう。何が望みだ」
「拷問」

       

表紙

ウド(獅子頭) 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha