Neetel Inside 文芸新都
表紙

2P SG "THE GOLD"
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(どうしようどうしようどうしようどうしよう!!!!!!!!)

 タカハシの頭の中で、蒼白な顔を両手で覆い、その皮を掻き毟らんばかりに指先に力を
込める自分がいた。何も無い空虚な空間で独り、彼は立ち竦む。時間が止まった空間の中、
何者かに弁解するように叫び出した。

(分かっていたんだ、もう遅くて……俺もエリスも、それにトモハラさんも……もう暗闇
の中をありもしないお日様の下を求めて疾走るしかないのかもって!!)雑巾のように、
絞られたタカハシの喉笛がその独白する声を濁す。(でも……でも!!)

 一年前、自分にとって初めての居場所と言える存在となった家族が今は、見る者によっ
ては終わりから開放された無に限りなく近い存在に他ならない、それはいわゆる生きてい
るけど死んでいる、といった生けるもの全てに待ち受ける現実に直面している状態にいる。
己のしている事は不毛な現実逃避なのだろう、毎晩寝る前にそのような思いが頭を駆け巡
る、と以前からタカハシは時折この空虚な空間の中で漏らしている。

 植物状態から奇跡的に回復した例もわずかだが確認されている、両親は脳死ではない、
そう聞かされた時、タカハシは暗闇を駆け続ける決心を固めた。辛うじて一命を取り留め
た恋人の不可解な変化も、体内に植え付けられたカウンターナノマシンが起こしたもので
あるとしか思案が及ばなかった、それはあの灼熱地獄の中にいた自分の体の中にも存在す
るとすれば、解決の糸口は自分の体に隠されているはずだ。

(でも……あの家族がこれ以上何をするっていうんだよ!?)

 大戦下に指導者のクローンを利用して台頭したネオナチスは、終戦から数年経った現在
では表向きはその姿を潜めているが、その強大な影響力で欧州諸国へと地下からその手を
伸ばしている。その証が裏の世界に顕著に出始め、タカハシの認識の内に入ったのは半年
程前。ノヴァトニー家がある程度の抵抗、少なくとも四面楚歌という状況はありえない第
三国に家を構えた理由も同時にタカハシは認識した。

 そして、そこで初めて生まれた仮説は、タカハシを大いに混乱させた。
 一年前の事件を起こしたサラ、彼女の行動は彼女自身のスタンドプレーであったのでは
ないか、付き合いこそ短かったとはいえ、その可能性が一概に無いとタカハシには言い切
れなかった。

 もし、彼女が何らかの形で自分の所属する組織の未来の動向を予測していたとして、両
親が娘だけでも護ろうと思案していた事を知った結果の行動だとしたのなら……、自分は
彼女にとってはひどく邪魔な存在であったのだろう、何もかもが空回りしてしまった末の
悲劇を起こしてしまったのは自分ではないか、タカハシは半年前から感じていた違和感を
払拭するに足りてしまう仮説に穴が見付からない事が今、確信へと変わった。
(くっそ……その空回りは今までずっと続いていて、変なモノ引き寄せたみてぇだな)
 現実のタカハシが、ぎゅっと拳を握り締めて、顔は天を仰いだ。

     



 運が悪いと言える人間は、実はとてもとても運が良いのではないだろうか、と最近思う。
こうも死の綱渡りを続けていると、神に溺愛されているのではないかと。

 例えば偶然、ドラッグディーラーの商売道具置き場を発見出来た時とか。俺の頭上の右
手四メートルくらいの、おそらくフロアの換気口だろう出っ張りに大きなスポーツバッグ
が括り付けられてぶら下がっていた。たとえ昼間であろうと、誰かが気付く事はないかも
しれない。現在合法であるなら尚更だろうか。

「とにかく、俺はお前等に協力するつもりもないし……何があっても」手裏剣を一枚、指
先で摘んで「お前等なんかに大事な人達を殺させやしない」殺意を放つよりも一瞬先行さ
せて、力一杯それを頭上へ放った。

 もうひとつ最近思うのは……半ば矛盾しているが、どんなに運が悪いと嘆くしかない場
面でも知恵と勇気があれば大抵の事は解決出来るかもしれない、という事だ。

 例えば、“D・S・A”はとても細かい可燃性の粉末である事。

 例えば、発火能力者は視覚的意識を集中させた三次元空間の中心地にごく小さな放射状
の火花を種火として発生させ、発火現象を起こすという事。
 発火能力者がその能力を発動し発火させる際、風の影響を回避する為に対象の周囲に“フ
ィールド”を形成するという事。

 そして……例えば、気体中にある一定の濃度の非常に細かい粉末状の物質が浮遊してい
ると、火花などに引火して大規模な燃焼反応……大爆発を起こすという事。

 知識は人に優しい。使い方は各々に委ねられているとはいえ、学問とは人の役に立って
初めてカタチとなり得る、そう思っている。
 そういった知識があればこそ、奇抜は理屈と吊り合う。

 俺が瞳から放った殺意の持つ射線は、目の前のファイアスターターの喉笛を射抜いてい
て、しかし俺の投げたそれに伴うものは、てんでデタラメな方向へ向かっていた。予想通
り、殺気の射線に反応した若干使い難い着火マンはそのベクトルをそっくり俺の方へと返
してきた。

 息苦しさを覚える程の激しい殺気は俺の顔面に叩き付けられた。次の瞬間、ぽんという
間の抜けた音が聞こえ、視界がホワイトアウトした。俺が投げた手裏剣は的に命中すると、
刺さった先から四方八方へ炸裂するよう特殊調合を施してあった。
 おそらく相手には俺がよっぽど追い詰められたネズミにでも見えたのか、それとも見た
目通りに油断してくれたのか、ほぼ条件反射で俺の殺気に対して反撃の態勢を取ってくれた。
「何が起こったァ!?」
 一瞬にして周囲が“D・S・A”に包まれた。ワルサーが実に良い制服代わりのネオナチ
の連中も、さすがに狼狽してくれたようだ。風の吹き抜け易いビルの谷間、発火能力を活
かす為にも、普段よりもかなり狭い範囲にフィールドを形成しているだろう俺の予想は大
当たりだった。

 厚生労働省麻薬・覚醒剤取締班の調べによれば、この街だけで月に約五十キロに及ぶ“D・
S・A”が、一般市民の手に渡っているらしい。安価な材料で一度に大量の精製が可能、効
果が続く時間はクラック並に短いこのドラッグは、この街では数人のディーラーが週に一
回、蛇頭から買い付けているのが明らかになっている。
 斜め読みしただけの捜査資料も、馬鹿には出来なかった。買い付けたドラッグを保管す
るためスポーツバッグなら、それなりの量の粉末が期待出来た。
 頭上のスポーツバッグが弾けると、ファイアスターターは異常に気付いて能力の発動を
止めた。

 攻撃力の優れた発火能力であるが、能力者の手の及ばない部分で致命的な弱点があった。
一度発火の段階まで能力を発動させてしまうと、能力者が直後に念の放出を解いても、あ
る程度の炎上現象が空気中で起こってしまうのだ。

 こう都合良く事が運ぶのは、何か神の加護があるのかもしれない。
 一瞬の動揺によって照準のブレた発火能力は、俺達の頭上から物凄い勢いで降り注ぐ微
粒子に、その火花を突っ込んでしまった。
 濃霧に包まれたような周囲が一瞬にして、地獄の業火に成り代わった。


     



「じゃあそれはつまり……深昏睡状態の人間が目覚めたという事例も幾つかあるって事だ
よね?」

「ま、そういう事。あまりに非論理的な言葉だから使うのを躊躇うけど……奇跡ってヤツぁ、
ごくごくたまに起こるのよ」

「神の加護?だとしたらそれは非論理的な事じゃねぇな」

「何を言っているのアナタ?」

「神は非論理的なモノを創造しないそうだ。だからこそ科学は神秘を追及している……っ
て有名な物理学者が言っていたよ」

「あなた、神を信じているの?」

「無神論者のつもりはないんだけどなぁ……でも神を語るには人間はまだまだ己の限界を
知らな過ぎるよ」

「………とは言え、あなたがあの夫婦から頼まれたのはお嬢さんを護る事であって」

「彼等は自分の罪を自覚して……その覚悟はあったよ、うん」

「………」

「………」

「ときに現実的な話をしても良いかしら?」

「……どうぞ、言いたい事は分かるけどね」

「あの夫婦の入院にかかる諸々の費用……それはあなたであってもおいそれと出せる額じ
ゃあ無いのは知ってるわよね?」

「存じ上げておりますよ、おねーさん。それも俺がやらなきゃいかんよね」

「はッ!!そんな額をどうやって?言っておくけど今までのような援助を期待出来るよう
な額じゃない、アルセーヌ・ルパンでもちょっと困るような……ね」

「………戦争のお陰で更に広がった格差の中で、大衆は第二次大戦直後のような地域ごと
の集合体の結束を強めてお互いを助け合う事で一部が生き残り、たくましく生き残った彼
等は現在でも急成長した日本の経済を支えている」

「何が言いたいの?」

「その代わり、それまでの金持ちの殆どは半島を牛耳る権力者や、欧州の大国との悪しき
関係を頼りに繁栄する事を選び……結果、後々になって自分はあらゆる方面で敵を作りま
くった事に気付いた」

「………」

「そこでだ、近年割りとポピュラーになってきた職業……」

「まさか……」

「俺は実にそれらしい訓練を受けてきたワケで、実に都合が良い。というか今までと何も
変わらない、ただ違うのは」

「あんたが金を取るようになるって事くらいね」

「その通り」

「でも……殺し屋に必要なのは、まず営業なのを知ってる?スパイ組織や政府筋じゃぁま
ず間違いなくあなたの存在そのものを否定するわ。何よりその歳じゃ」

「ご心配なく。抜かりはございません。最近になって気付いた事ですが、俺は女の為なら
驚異のバイタリティを発揮するようです」

「左様でありますか坊ちゃま」

「物事は第一印象からだ。初打席にホームランを打てば周囲は勝手に長距離打者だと思っ
てくれるモノで……」

「言わんとする事は分かるけど、本質が掴めない」

「戦争成金みたいな奴等が金を手に入れて通い詰めるのは何処だと思う?今正解すると賞
金五十万円、タイムオーバー!!」

「………」

「豪華な風俗店……フフッ」

「………」

「とりあえずさ……やってみるだけやってみるよ」


     



 連鎖的に起こった燃焼反応は、やがて発火能力者が無意識に展開していたパワーフィー
ルドによって封鎖された空間に包まれて、小汚い雑居ビルの谷間で一瞬だけ火の玉と化し
た。その後、突如として閉塞された空間によってエネルギーの拡散を阻まれた爆発が堰を
切ったような勢いで冬の曇天へと昇っていった。

「これで……どうだ」
 周りを取り巻く灼熱地獄の中、片膝を地面に突いたタカハシが呟いた。猫背になり、胸
の前で構えた右手の指先に赤く光る短冊を摘んでいた。タカハシが現在所属している部隊
が各隊員に支給している、術式が込められた呪い札だ。
 札の力によってタカハシの周囲、路地の両出口に展開されたパワーフィールドに抑えら
れた爆発エネルギーは空高く伸びる炎の壁となり、曇り空をゆらゆらと揺らす熱風を残し
て消え去った。

「うぅ……くそっ!あのガキ」
 レイヴァンのサングラスを抑えながら顔を覆っている、黒いロングコートの男が苦い顔
をしながらそう呟いた。闇の中でもひときわ存在を放つ金色の髪がわずかに埃を被っていた。
 暗い裏路地に今佇むのは一人、タカハシは爆発が収まる直前の一瞬でその姿をくらまし
ていた。

「ああ、私だ。今すぐ探せ、周辺一体をくまなくだ!」懐から携帯電話を取り出すと男は
仲間へと繋いだ。「対象は本件について極めて重要な情報をもっていると思われる。身柄の
確保を優先しろ。場合によっては能力の発動も許可する」
 携帯電話を懐に収めると、男は歩き出し裏路地を後にした。出口には先程の爆発で発生
した轟音と火柱を目撃した野次馬によって、既に黒山の人だかりが作られていた。
 焦げる必要も無い漆黒の暗闇から男が歩み出てくると、それまで好奇の目でその奥を窺
っていた野次馬達が一気に後ずさり、金髪の男に道を開けた。前を開けたロングコートを
棚引かせて、男は顔をしかめ舌打ちをした。
(くそっ……あの子供……予想外にやるようだな。だが使える)
 同行していたエージェントは痕跡も残さずに燃え尽きてしまった。彼もタカハシと距離
を置いていなければパワーフィールドの展開も間に合っていなかっただろう。
(偶然を味方に付けるとは……どうやら頭もかなり切れるようだな)
 男が、周囲を見回す。先程の爆発のお陰か、歩行者天国を華やかに彩っていたクリスマ
スイルミネーションが一部、辺りを照らすのを自重していた。
「………、ふん」
 中指でサングラスの位置を直すと、男は再び歩き出した。


     



「………」
 ギョロっとした目付きの少年が独り、藪の中から身を現した。辺りは薄暗く、はるか向
こうに見える街灯がひとつ、はかなげに点滅している。ここは先程の、タカハシが命から
がら抜け出した現場から五キロ程離れた場所にある公園、二面の野球グラウンドを深い藪
が取り囲んでいる。所々に藪の刈り取られたポケットが存在していて、その幾つかには青
いビニルシートを張った三角屋根のホームレスの城が建てられている。
「………」
 この場所に身を隠すまでに、タカハシは背後に張り付いていた気配を振り切るため二十
キロ近い距離を迂回してきた。
 茂みの間を縫うように歩を進め、タカハシはひとつのテントの前に辿り着いた。落葉が
張り付いてどろどろに汚れた外観は見事に人を遠ざけている。
「………」
 テントの中に身を滑り込ませる。路上生活に必要な一通りの家財道具が狭い中に整然と
置かれていて、マットレスを用いたベッドもあるが、タカハシがペンライトで照らしたそ
れらは例外なく薄汚れていた。そしてテント内はひどく汗臭い。
「………」
 一度、振り返ってからタカハシは立て膝で毛羽立った絨毯にしゃがみ込んだ。そして、
腰からツールナイフを取り出すと、絨毯を切り裂き始めた。
「んはぁ……」
 ごく浅い吐息を漏らすその顔は無表情だ。
 切り込みは七十センチ四方の正方形を描き、タカハシは力強くそれを引き剥がした。そ
の下に見えた土を手近にあったしゃもじで除いていくと、そこには銀色に鈍く輝く金属製
のケースがあった。穴の中に積まれて二つ、土中にあった割には汚れ具合は然程見られず、
それ自体は新品そのものに感じられた。
 側面に取り付けられた取っ手の横、ダイヤルロックがある。タカハシは何の事も無しに
指先でそれを回し、開いた。
「………」
 大きな百科事典を二つ平積みにしても余裕があるそれに治まっていたのは
「十分過ぎるな……」
 あらゆる兵器の数々で、溜息混じりにタカハシは、それらを手に取った。
「………」
 それぞれを無表情に体中に仕込んでいく。硬質ワイヤーはジャケットのファーに隠す。
紙幣の札束のように纏められた呪印を記している札は無造作にジャケットのポケットに分
けて突っ込んだ。
 この運動公園に置かれた、一見ホームレスの生活しているテントであるそれは、タカハ
シの所属する部隊、内閣調査室特殊班の武器庫である。人が独り、生活するのにぎりぎり
のテント内のあらゆる場所に、色々な兵器が隠されている。
「さて……」
 大の男一人を収めて持ち歩けそうなスポーツバッグを抱え、タカハシは立ち上がった。


       

表紙

ウド(獅子頭) 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha