Neetel Inside 文芸新都
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書きます、官能小説。
第1話「作家+処女」

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「キミは処女?」
 
 どうして、こうなった。
 
 
 
 
 第1話「作家+処女」
 
 
 
 
 茜みひろの足どりは重かった。
 彼女は某出版社に就職し、数年。ようやく『担当』というポジションに着くことになった。しかし彼女の希望は漫画家の担当だったが、何をどう間違ったのか、小説家の担当になってしまった。
 
 あれだけ希望を出しておいたのに、この命令。愚痴の1つぐらいはこぼしたくなる。
 右手の地図によると、もうすぐ担当の作家……夏目あおいの住むマンションに着く。
 
 夏目あおい。あまり良い噂を聞かない。
 
 デビュー作からこれまで数作品、こつこつと固定読者をつかんでいる作家。とはいえ、まだまだ無名の作家。期待はされているものの小説へのこだわりが強く、納得するまで続きを書こうとしない作家。
 
 年末の忘年会にも来ないから顔すら知らない。何か小説家の固定観念にがあるのかもしれない。世間とズレた生活をするべき、とか。
 
 なんてことを考えてつつ、みひろは足を止めた。目の前には4階立てで、小さいながらもオートロックのマンション。会社を出るときに渡されたカギ(なぜ合鍵があるのだろう?)で入り、キープレートに書かれた番号の部屋に向かう。
 
 キンコーン。
 
 呼び鈴が鳴らしたと同時に、ドアが開いた。
 そこにはシャツにジーンズ姿の女性がいた。ところどころ跳ねた髪は艶やかで、うっすらと良い香りがする。
 この人が……夏目あおい?
 
「いらっしゃい」
 
 みひろよりも頭1つは低い夏目あおい(?)は、軽く見上げながら言った。
 
「は、はじめましてっ、茜みひろですっ」
「どうぞ、中へ」
 
 さっさと奥に引っ込んでいく。みひろは置かれていたスリッパを履き、あわてて後を追う。
 
 そして気づいた、異様。
 そこら中に、紙、紙、紙。
 白い紙が真っ黒になるぐらい書かれた文章から、たった一文字『ろ』と書かれた紙。何かしら書かれた紙が、まるで壁を埋めるように貼りついていた。
 
「読んでもいいけど、ちぎらないでね?」
「は、はいっ」
 
 玄関、廊下、キッチン。どこも紙だらけだった。
 イスに座らせてもらったものの、テーブルにも何枚か貼っているのが不気味すぎた。
 
「粗茶だけど、どうぞ」
 
 夏目あおい(?)はみひろの向かいに座る。
 見れば見るほど小柄で、おうとつのない体。事前に聞いていた年齢とは思えないような顔つき。雑味のない通る声。
 
「キミが、茜みひろさん?」
「はいっ」
「ふぅん」
 
 べろり。
 まるで効果音が聞こえるように、夏目あおい(?)はみひろを凝視していた。
 
「いくつか質問してもいい?」
「はい、どうぞっ」
 
 
 
「キミは処女?」
 
 どうしてこうなった。
 
 
 
 何か、走馬灯を見ていたようだった。まだお茶を飲んでいなくてよかった。飲んでいる途中だったら吹き出していた。
 ……何というセクハラ。
 
「あのー……」
「うーん、やっぱり答えにくいよね」
 
 いつの間に取り出したのか、夏目あおい(?)は小さなメモ帳に書き記した。今のやりとりでメモに残すようなことがあったかどうかは、みひろにはわからない。
 
「すみません、質問していいですか?」
「どうぞ」
「えーと、夏目あおい先生ですよね?」
「そうだけど……キミは何を聞いてここに来たの?」

 夏目あおい(確定)は呆れた、と言わんばかりの様子。跳ねた髪を指でいじる姿が、みひろを小馬鹿にしているように見えた。
 みひろからすれば、この質問は話題を変えるためだけのものだったが……無意味だった。
 
「で、キミは処女?」
「えーと……」
 
 なぜ初対面に相手に、自分が新品か中古かを訊かれているんだろう。
 
「……ひょっとして、何も聞いてないの?」
「私は、先生に会いに行きなさい、そう言われただけで……」
「あー……」
 
 腕を組み、何度か頷いてあおいは考える。
 その心中はみひろの上司(誰かは見当もつかない)に対する暴言だけだった。
 
「私の次回作、だけどね」
 
 
 
「私は、官能小説が書きたい」
 
 
 
 ああ、だからか。それであんなセクハラ質問なのか。
 みひろは納得と共に、今すぐ帰りたくなった。
 
「そりゃあ私も、それなりにお付き合いしたこともあるし、相応の経験もあるよ?
 でも、自分以外のネタもあったほうが作品の幅が広がる。
 知り合いや友達はちょっと恥ずかしいから、キミに訊いたってわけ」
「えーと……官能小説読んで、そこから想像で書いたらダメなんですか?」
「それも必要かもしれないけど、やっぱり実体験を元に書きたいっ」
 
 とりあえず熱意だけは伝わってきた。
 
 この流れからいくと、「はい、処女です」と言えば素直に帰してくれるかもしれない。おそらく。
 ただ、そうなると役立たずとして戻ることになる。その上、次回作と活き込んでいるのに水を差すことにもなりかねない。
 これは仕事。そう割り切らないと。
 
「処女……ではないです。何人かとお付き合いしたことがあります」
「あー、それはよかったっ。なら遠慮無く」
 
 
 
「スリーサイズと、カップはいくつ?」
 
 
 
 おかしい。初対面からまだ10分ぐらいなのに。どうしてこんな質問をされるのだろう……!
 
「……答えたほうがいいんですよね?」
「うん、もちろん」
 
 興味津々な目と手元のメモ帳が、みひろを追い詰めていく。
 でも、これは仕事、仕事。
 
「88、58、83の、Gカップでゴザイマス」
「そ、それはなかなかのものをお持ちのようで……」
 
 あおいは自分の体と見比べ、がっくりと肩を落とす。
 自覚はしていた。同年代の友人たちと比べても、自分のスタイルが相応のものでないことぐらい。
 気にしない素振りをしつつも、こうして目の前に自分のないものがあるというのは……酷だった。
 
「やっぱり好奇な視線があったりする?」
「けっこうありますよ。ああいった視線は、案外わかるものです」
「そうなのっ?」
 
 自分にはない経験。貴重な情報をメモしていく。
 
「……湯船に、浮く?」
「浮きますよ」
「下着に困るって本当?」
「かわいいデザイン、ないんですよ」
「胸で、はさんだこと、ある?」
「い、いえぇ、ありません」
 
 あおいのキラーパスも難なくかわし、みひろは受け答えする。
 その後いくつか質問か続き、一通り満足したのか、あおいはペンを置いた。
 
「いやー、自分と違うタイプというのはありがたいね」
「あはは、どうもどうも」
「今日は質問攻めになったけど、今度からは1つテーマを決めて話し合うからね」
「は、はいぃ」
 
 
 
 どうして、こうなった。
 
 
 
 みひろは、生まれてこのかた、恋愛経験がなかった。
 つまり、処女。
 
「……どうして、こうなった」
「ん?」
 
 処女、処女ですが? 中世の拷問器具ですが、何か!?
 みひろの自虐は当然、自分の中にしか響かない。
 
 
 
 初めての担当。何やら、大変なことになりそうだった。
 
 
 

     

 
◆おまけ1「みひろ→あおい」
 
 みひろは気になっていた。
 小柄で、おうとつのない体で、童顔で、ハスキーな声。
 ……間違いない!
 
「先生は男の娘ですね?」
「キミは何を言っている……?」
 
 声のトーンが下がった。
 間違いない……! この人は女性で、いますごく怒っている!
 
「たしかに、私は背は低いし。
 胸はないし。
 子どもっぽい顔だし。
 声は可愛くないし。
 それでも、男の子というのは、ひどくない?」
「え、ええーと」
 
 これは、勘違いされている。
 
 みひろからすれば、さっきの質問は(個人的には)褒め言葉だった。
 そして、2人の間には致命的な誤字もあった。
 
「い、いえいえ、ボーイッシュでかわいらしいな、と」
「そんなフォローいらないっ。このモデル体型っ、忌々しいっ」

 どうやら、そういった用語は通じないらしい。
 
 
 

     


◆おまけ2「あおい×みひろ」
 
『キミ……いえ、みひろさん。初めて見たときから、あなたのことが』
 ・
 ・
 ・
「ない。これはない」
 
 たしかに中性的ではあるけれど、このシチュエーションは想像しにくい。
 どうにも受けというイメージがある。となると、この身長の差を生かして……
 
『先生。やっぱり、その身で体験することが大事ですよね』
『や、やめっ、そこ、そこは、あ、ああっ……』
 ・
 ・
 ・
「うへへへへへ。これよこれっ」
「……キミ、何を考えたらそんな顔できるの?」
 
 
 

       

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