書きます、官能小説。
第6話「着飾り遊戯」
「着るの大変だったから、脱がすのも大変かなーって」
「脱がす? ディスってるんですか?」
第6話「着飾り遊戯」
この日、あおいの家に荷物が届いた。
どうにか両手で抱えられるサイズのダンボールが3つ。平均女性の腕力でも持ち上げられる程度の重量、揺らしてもわさわさと鳴るぐらいで、中身の見当がつかなかった。
送り主は……茜みひろ。
何だ、あの担当。
「説明、してくれない?」
みひろを呼び出し(もともと仕事の予定があったので、どちらにしろやって来た)、家に入れるなり、問い詰めた。
何が、とはあえて言わず、これみよがしにダンボールを縦置きにしている。
「ああ、それですか。前に言っていた資料ですよ?」
「資料? この軽いのが?」
「はい。中にたくさん入ってます」
「たくさん?」
職業柄、想像力はあるほうだとは想う。が、何が入っているかわからない。
今日話しあう予定の内容は、たしかに資料を持ってくるよう言っていた。けれど、その資料がこんなに軽いものとは思えない。
「ちゃんとあおいさんの寸法に合わせていますよ?」
「す、寸法? ちょっとワケがわからないよ?」
話していてもラチがあかない。みひろはそう思ったのか、ダンボールをばりばりと開けた。
そこには、たしかに資料が詰まっていた。
「……これは?」
「資料ですが?」
「キミの口から、これが何かと聞きたい」
「えーと、メイド服、巫女装束、体操着とかですね」
たしかに衣装の資料を持って来い。言った。そう言った。たしかに言った。間違いない。
「えと、雑誌とかで良かったんだけど……何も現物じゃなくって、イメージさえ膨らめばよかったんだよ?」
「いえいえあおいさん、官能小説を書く以上、コスプレの知識はぜったいに必要です」
みひろは、ここが押しどころだと感じていた。ここさえ押し切れば、あとはやりたい放題のはず……なんて、都合の良い推測を立てていた。
そんなプランを立てつつも、さして余裕がないのか、コスプレという単語をさらっと言ってしまったことに気づいていない。
「たしかに、日常をイメージさせるような官能は必要でしょう。ですが、そこに非・日常のニーズもあるはずです。
そこで、倦怠期を迎えたカップルや刺激を求めるカップルが行うコスプレなのです」
「……ほほー」
「ですからあおいさんには、コスプレをしていただいて、ぜひ気分をわかってもらおうかな、と」
さすがに無理があるように感じた。しかし冷静に平静に、あおいの目を見る。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あ、あおいさん……?」
「なるほど……なるほどっ」
予想外に良いリアクションが返ってきた。
「倦怠期っ、なるほど、倦怠期!」
よくわからないけれど、納得はしてもらえたようだ(と思うことにした)。
しかし、このときのあおいのメモは、みひろの予想外の内容だった。
『本当は衣装のことを考えたかったけれど、いいヒントをもらえた。
倦怠期。カップルに訪れる3がつく時期。いわゆるマンネリ。
せっかくこうしてネタ集めをしているんだから、全部使ってみたいという贅沢な悩み。
もし、倦怠期を迎えた男性または女性が、倦怠期を解消するために試行錯誤するという話にしてみたら? 今までのネタ(SMプレイ、環境改善(シチュエーション)、そして衣装)があますことなく使えるんじゃなかろうか』
「じゃあ、とりあえずこれを着てみましょうか」
「え、本当に着るの?」
「納得してたじゃないですか」
「これは……メイド服?」
「そう、メイド服です」
回りの空気がぴりっとした……ようにあおいは感じた。この感覚は、みひろが大いに語り始める予兆ということは知っていた。
「おそらくコスプレの代表格でしょうね。
男性は多かれ少なかれ愛しい女性を服従させたいという願望があるものです。
そこで、このメイド服が登場です。
立場上、メイドは主人には逆らえません。主人はそんなメイドをお仕置きと称してあれやこれやとするそうですが……
言語道断っ!
メイドというのは、心から主人に信頼し、慕い、従うのです。主人はそんなメイドに屋敷を預けるのです。
そこにあるのは信頼関係!
詰まるところ、夜遅くに帰ってきた主人に「お帰りなさいませ」。この、この一言でいいんです!」
「え、ああ、うん、そだね」
「余談はこれぐらいにして、さて、来てみましょうか」
ずずいっとメイド服を突き出すみひろに、あおいは思わず下がった。
「え、こ、ここでっ?」
「そうです。何か問題でも?」
「恥ずかしいんだけどっ」
「大丈夫です。着付けは慣れてますから」
逃げ出そうとしたあおいを、背中から羽交い締めした。
「あっ」
「……うぅ」
まさかのノーブラ。思わず離してしまった。
「あの……ごめんなさい」
「べ、別にサイズがどうこうじゃなくって……! 家の中ならそんなもんでしょう……!」
みひろは張りを失わないように、常に着用していた。でも、言わなかった。それが優しさと感じた。
「え、えと、これでいいの、かな?」
「…………」
あおいは恥ずかしさから、スカートをきゅっと握った。
結局、メイド服を着ていた。
「これは、実にベーシックなメイド服です。
濃紺のワンピースとフリフリの純白エプロンを合わせたエプロンドレス。そしてカチューシャ。
あとは、一般受けするようにレースの手袋にガーターベルト……まあガーターベルトは用意できなかったので、そんな柄のタイツを用意しました。
たしかにコーディネートは問題なしと断言しますが、それらを着こなすあおいさんのポテンシャルの高さ。マーベラスっ」
「そ、そう? えへへ」
体を揺らし、ふりふりとスカートを揺らす。くるりとまわり、ふわりと舞うその様子を楽しんでいた。
そんなあおいに、みひろは1つの完成型だと感じていた。中性的な女性がメイド服で楽しそうにしている、しかも着せたのが自分。悦に浸れる要素が多すぎた。
「それにしても、これは男性は大変だろうね」
「なぜですか?」
しかし、あおいの口から飛び出した。
「着るの大変だったから、脱がすのも大変かなーって」
それは。
「脱がす? ディスってるんですか?」
「え? ディス? え?」
言ってはいけない言葉だった。
「想像してください。
あなたの前に、1人の男性がいます。その人の職業はなんですか?
…………わかりませんよね?
次に、その人がスーツを着ていれば? サラリーマンかな? とか思いますよね?
その人が作務衣を着ていれば? 職人さんかな? とか思いますよね?
これは、衣装の力なんです。言うなれば、衣装ありきなんです。
メイドさんからメイド服を脱がせたら、何が残りますか? 普通の女性ですよね?
コスプレの意味、ないですよね? ないですよね?」
質問ではなかった。
尋問でもなかった。
言葉によるの強姦だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
いつの間にかスカートを力いっぱい握っていた。
うつむいている。そして、肩が震えている。威圧感があったわけではなかった。ただひたすらに恐怖している、それだけのことだった。
みひろは我に返った。血の気が引いていくのがわかった。
「し、失礼しました……ちょっとアツくなりすぎました」
「そそそうだね、ちょっと落ち着こうか」
「まあそれはそれとして、このセリフをお願いします」
何やら文章がぎっしりと詰まった紙を見せられる。
今日のみひろは、攻め一辺倒だった。
「その一番上の文章だけでいいので」
「はぁ……せっかくだから、小道具も用意するね」
そうして用意されたのは、ティーポットとカップ。
コトン。
こぽこぽこぽ。
「お茶が入りました、お嬢様」
…………
「……」
「お嬢様?」
「ああああああっ、ステキ、ステキです、あおいさんっ」
思わず抱きつき、ぶんぶんと体を振る。
みひろの胸に埋まったまま、あおいはなされるがまま。
「メイドに必要な、主人への尊敬、信頼、そして慕う気持ち。それらすべてが込められていましたね!
何という演技派でしょうか。あーもう、ステキすぎますっ」
「苦しい、苦しいよ……いろんな意味で」
「よーしよし、どんどんやっていきましょう!」
「そ、そうね……ほどほどにね」
『メイド服。脱がしちゃいけないらしい。
それにしても、みひろさんはたまに人格が豹変する。多重人格者なんだろうか。
人格、多重、豹変』
◆おまけ1「放課後の弾丸」
「では、次はこれにしましょう」
「これは……陸上部?」
「そうです。正確には短距離専門、陸上部の期待の新入生と言ったところでしょうか」
「暗に胸がない、とか言いたいわけ?」
鋭い。
たしかにそんなイメージでチョイスはしているが、気づかれるわけにはいかない。
「この衣装はですね、以前に話したシチュエーションにも繋がっているのです」
「ほうっ?」
「陸上部の女の子とあんなことやこんなことをするとしたら……
教室? いえいえ。
どちらかの家? いえいえ。
体育倉庫ですよ」
「体育、倉庫ぉ?」
「そうです。マット+バレーボール、または跳び箱は必須です」
また、みひろが遠い存在に感じられた。もはや想像すらできない。ベッドとお風呂以外で、何ができるのだろうか。
「さて、今度はこのセリフを言いましょうか」
「これは……ちょっと狙いすぎじゃない?」
「いえ、是非」
「ああ、うん」
あおいはみひろに背を向ける。そして、静かに振り向き。
「私、さ……キミの一等賞、取れてる、かなぁ?」
「すばらしいっ! 大会で優勝して、想い人におめでとうって言われたときに、ぽそりと言う光景が……ありありと、見えてきましたよ!
お互い想い合っているのに、どうしてもすれ違って……大会前、これで優勝したら好きって言う、そんな女の子の決意、ちゃんと私は受け止めました!」
「深刻な病気じゃなかったらいいね」
『陸上部、体育倉庫がいいらしい。
多重人格ではなくて、人格を自由に変えれると便利かもしれない』
◆おまけ2「白黒人形」
「で、いよいよこれです」
「これは……あんまりだと思わないかね?」
ゴスロリ。
その一言に尽きた。
「白と黒。でもトンガッたイメージは出さないように、ふりふりレースとリボンをたくさんあしらい、基本を大事にしてみました。
頭の小さなシルクハットと、手に持っている目つきと口が悪そうなパンダのぬいぐるみ、あまり目立ちませんが黒のニーソックス。それらは私の好みです。
なお、作った衣装の中では最も時間をかけた渾身の作です」
「これが一番恥ずかしいなぁ……」
「ここまで可愛らしく着こなせるのは、やっぱりポテンシャルが高いんですね」
「そう? えへへ」
またくるくると廻っている。
嬉しいことがあると回転運動をするんだろうか。
「ゴシックスカートから見え隠れする細めの腿、たまりませんね」
動きを止め、スカートを抑えられた。何ともガードが堅い。
「で、次は何を言えばいいの?」
「いえ、特に」
「え、ないの?」
「ならお人形のように、座ってぼんやりしてください」
「う、うん」
言われたとおり座り、視線はどこか遠くを見ている。
「うんうん、すばらしい」
もともと平均点以上の容姿のあおいを、自分好みに着せ替え、そして指示する。
これが征服感? とかなんとか、みひろは考えてしまう。
「うーん、眼福眼福」
「いつまでこうしていればいいのかな……?」
『ごすろり? 黒くてフリフリしてる服。
自由に変える、なんて自発的ではないほうがいいかもしれない。
誰かに無理やり変えられるような……それこそ、上書き録画のように』
◆おまけ3「ムラサキ・チャイニー」
「私はコスプレをしろと言われたら、必ずこれをします」
「う、うわああああっ」
真っ赤なシルク。
金糸の虎の刺繍。
足元から腰まで続く、深い深いスリット。
やや雑めにまとめられた、髪。
真っ赤なルージュ。
金色の羽扇子。
「ちゃ、ちゃいなどれす……!」
「イメージとしては、特撮番組でAV女優が起用されそうな悪の幹部です。
自信過剰かもしれませんが、これほど私の体を生かせる衣装はありません。
このぴっちりとした衣装は胸のライン、腰のラインを強調させることはもちろん、身長さえも魅せることができます」
大きい、細い、高い。たしかに文句なしのプロポーション。
さっきからみひろの顔を見ることができなかった。きつめに塗られた赤いルージュが視界に入るたびに、鼓動が高くなってしまう。
「ですが、真骨頂はここからです」
イスに座り、脚を組んだ。
「わ、わ、わっ」
あおいは完全に目を背けてしまった。
「これが真骨頂です。この長く、むっちりとした脚を組むことで、スリットから見えるライン……もはや暴力、と言われたことがありました。どうしょうか、このチラリズム」
「見えてる、見えてるよっ」
「え、ああ、見せてもいいものですから、大丈夫です」
「紫、紫なんて見せたらダメ! 見てるこっちが恥ずかしい!」
「なら黒を」
「黒もダメ!」
『チャイナドレス。うらやましい。
パソコンにインストールするように、アンドロイドに性癖や人格を自在に設定できるようしたら。
そんなアンドロイドが生活に溶け込んでいるような世界だったら。
主に性欲処理として扱われていたら。
先ほどの倦怠期解消の話と違って、毎回リセットできるから1話完結で書くには楽。
でも連載を意識するなら、多少の繋がりはあったほうがいい』
◆おまけ4「虐殺ばにー」
「そしてこれが、あまり着る機会がない衣装です」
あおいはそっぽ向いた。
「あら、見ないんですか?」
「見ないっ」
「このウサミミとウサしっぽ、自信作なんですが……」
ヒコヒコ。
フリフリ。
動かしてみても、あおいは見ようともしない。
「なら、これなら……っと」
「……どうしたの?」
「小さなウサギの人形を胸の谷間に」
「言わなくていい、言わなくていいから!」
頑固に見ないようにしているものの、すごく気になっていた
実は、すごくレアな光景かもしれない。ごくごく身近な人がバニーガール(しかも巨乳)で、しかも胸にウサギの人形を埋めている、そんな光景。
新しい世界に入門できるかもしれない。
「…………」
チラッ。
「…………」
同じ女性とは思えなかった。
「あおいさん?」
「……私のメイド姿、似合ってたよね?」
「え、ええ、はい。そりゃあ、もう」
『男性視点の官能小説は多々あるので、女性視点で書くようにしよう。
三人称だけど、女性寄りの地の文にしてみよう。いつものように、時々一人称を織り交ぜるようにして
①倦怠期に悩む女性
②性欲処理のアンドロイド
③みひろさんの体験談
追記:女性の魅力は胸だけじゃない』
◆おまけ5「ボーカロイド2人」
「どうも私がコスプレをすると、あおいさんの反応が悪くなるようです。なので2人でしましょうか」
「ん、んー……セーラー服? にしてはハーフパンツだし……それに、何で金髪のウィッグ?」
「元ネタが金髪なんですよ。私なんてピンクですよ?」
たしかにピンクのウィッグは痛々しかった。しかし中世のイメージがある衣装やアクセサリー、露出度低めのスリット。スタイルの良さも手伝って、どうしても艶めかしく見える。
それに引き換え……
「私はセーラー服……はぁ、学生のころを思い出すなぁ」
「いえいえ、それは単なるセーラー服ではありません。
ハーフパンツに長めのネクタイ。後ろに小さく束ねた髪。
私は、その格好をしたかったのですが、そのキャラクターはあおいさんのような人にしかできないんです」
「どこかけなされているような気がするけど……ありがとっ。ところで、これ何のキャラクター?」
「それはですね、鏡音レンというキャラクターです」
『①はマンガやドラマにありがちな展開にしよう。多くの人は可もなく不可もなくな印象のはず。食傷気味かもしれないけど。
②はややSFチックだから人を選びそうな気がする。でも人格を自由に書き換える(しかも主人には逆らえない)というのは良い設定のような気がする。
③は……まあ、直接聞こう』
◆あおいのメモ
『せっかくネタ集めをしているんだから、集めたネタをすべて使いたい。』
『案1の場合、シチュエーションの変化や衣装は楽にできるけれど、性格をコロコロ変えることができない。
でも現代なら書きやすいし、幅広い読者層を期待できると思われる。』
『案2の場合、女性をアンドロイド、男性は生身の人間として、性癖や性格などはインストールするようにすれば何だってできるようになる。
ただ、どうしてもSFチックになるので読者が限られてくるかもしれない』
『私の作品の読者層は幅広い。どちらかと言えば若い層が多いけれど、本当に、少しだけ。
読者層で選ぶというのは難しい。案1で手堅くいくか、案2で一部には深く、その他は新しい読者層の開拓とするか』
『案3は……まあ、ないかな』
『とりあえず、それぞれプロットを書いてみひろさんに相談しよう。
……案2、おもしろそうだなぁ』