格闘+格闘/格闘しても×/あう
「ふざけている…」
僕はパソコン画面を前に震えながら呟いた。
見ているサイトというのは、新都社――、皆さんご存じの通り、ウェブコミック投稿サイト兼小説投稿サイトである。作者が作品を登録することで、簡単に漫画や小説をウェブ上に公開することができるというもの。
そのなかでもゴミあつかいされたり、家族の中で犬より位のひくい親父的存在扱いを受けることもしばしばある文芸新都に僕は作品を投稿していた。(ちなみに『青のサンクチュアリ~虚海~』…という小説を書いている。PNは、リサイア。)ア、つまり僕は文字書きなのだけど、この文芸の企画したものが酷かったのだ。
チャットの機能を使ってくじを引き、出たお題で短編小説を書こうという企画なのだが――酷くなんかないじゃないか、と思う方もいるだろう。
しかし。ただ、この出てくるお題が全て酷いのである。
シナモン 変態 バスケットボール NTR BL GL ファンタジー 格闘 歴史 男女恋愛 エロ
どうだこのラインナップは。
なんなのだ、シナモンというのは。どう扱っていいのか分からないじゃないか。どういう経緯で決まったのか。
既に変態とエロがあるあたりで、もうろくな小説が来ない予感がひしひしとするではないか。NTRにいたっては、僕には理解できない。
僕が目指している小説というのは、文学的で、美しいものだというのに。
僕は主催者の低能さを垣間見て、溜め息をついたが、満を持してくじを引くことにした。
すると、
リサイアさんのお題は『格闘』です。
とでた。
「なんということだ。格闘物なんて僕の趣味じゃない…一度もかいたことがないぞ」
バトルものなんて、野蛮だ。文学には程遠い。ただ、はじめに引いたお題は確実に使わないといけない決まりらしいから、『格闘』は決定だ。
「だがまあしかし、なんとでもなるものだ。他にも引いてみようか」
今回のこのくじだが、いくつか引いていいらしい。
もうちょっと僕にあうお題が出ないだろうか。
リサイアさんのお題は『NTR』です。
「?!」
リサイアさんのお題は『バスケットボール』です。
「……」
リサイアさんのお題は『ファンタジー』です。
「どっどうすれば…」
僕はドツボにはまっているような気がしたが、もう仕方がない。
「こうなったら全部いれてしまおうか、全てのお題を…!」
やけになった。
無謀な挑戦だったが、安直にこれらのお題のイメージを全て適当にくっつけて、箇条書きにしてみる。
「ええと、そうだな、まず舞台はバスケ部で…」
・初めの舞台はバスケ部(バスケットボール)
男子部員と、女子のマネージャーは恋仲(男女恋愛)
「うん、いいんじゃないか?だが、バスケファンタジーなんていうのはきいたことがない…が」
・しかし時空のひずみがあらわれ、突如異次元、中世ヨーロッパに飛ばされる(歴史)(ファンタジー)
そこで男子部員を助けてくれた恰好の良い騎士とのあわい恋仲(BL)
複雑な想いから騎士がマネージャーを寝取る(NTR)
・決闘だ!(格闘)
・戦いの末、男同士くっつく
・捨てられたマネージャーは、何故か姫とシナモンパイを焼く仲に。姫はレズっけがあり、見染められる(シナモン)(GL)
・エロ(エロ)
・どいつもこいつも変態だ(変態)
おわり
「意味がわからない…しかもこれだと長編になってしまうんじゃないか?!」
長編大作だろうこれは。確実に。常識的に考えて。
やはりすべて使うというのは無謀だった。
僕はとりあえず初めに出た『格闘』のお題だけをテーマに考えてみることにした。
「格闘といってもなあ…」
まず趣味じゃないため、自分に引きだしがない。
こういうとき、僕はお題をそのまま辞書で引くことにしていた。
かく‐とう【格闘/×挌闘】
[名](スル)
1 組み合ってたたかうこと。とっくみあい。くみうち。「―技」「暴漢と―する」
ofooo!辞書
「とっくみあい…」
組み合って戦うこと。つまり柔道みたいなものが格闘というのか。
「イメージじゃないなあ」
やはり自分の中に格闘という言葉のイメージの引き出しが少なすぎて、まったくしっくりこない。
「あとは格闘で連想するのは格ゲーなんだが、これがまたやったことがない」
主人公男子が格ゲー…たとえばストリートファイターのようなものをやっていて、その中に突如入ってしまう。とか。もしくはゲームキャラが現実にでてきてしまうとか、どうか。
「うん…いいんだけど、やっぱりそうなるとバトルがメインになるんだよなあ。書けるのか僕に」
まあいい。書いてみよう。
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『破傷風!!!!!』
俺はAだのBだの、十字キーだのを素早く押し、『ジョン・東郷』という屈強な日系外人を操った。彼は筋肉隆々の自慢の腕を天にかざし敵を瞬殺した。
『ウーーーアッ』
そんな叫びとともにどしゃりと敵が地に伏すと、ジョン東郷はお決まりのガッツポーズをとり、YOUWINの文字とともに跳びはねた。
「よっしゃ」
俺もともにガッツポーズをとる。子供の頃に戻ったようだった。
このゲーム、『路地裏ファイターズ』は俺が幼いころに一世を風靡した格闘ゲームだった。当時小学生だった俺はこれに見ごとにハマり、クラスの誰よりも強くあることがその頃の俺の日々の目標だった。
「なっつかしいなあ」
うん10年たった今でも、俺の手は技を繰り出すボタンの順を覚えていた。
すっかり社会の流れに身を任せ、サラリーマンになってしまった俺だったが、あのころはサラリーマンだけはなりたくないと思っていた。絶対にこの『ジョン・東郷』のような屈強で強い男になるんだと思っていた。
「はあ…まあ、こう強くなりたきゃゲームにいそしんでたら駄目だったんだけどな」
そして今も、相変わらず強くなれないでいる。
手元のコントローラーを虚ろに見ながら、昨日の会社での自分ことを思い出す。
近年まれにみるというレベルの、クレーム。
原因は俺のミス。
『何年この会社にいるんだ お前みたいなクズは―――』
頭の中で木霊する上司の声。
逃げ帰った今でも、ずっとそれは未だ反響している。
苦笑いで画面にまだいる屈強な男をふと見る。
「あれ?」
なかなか次の画面に切り替わらない。
しかも、ジョン・東郷がこちらへ向かってどんどん近づいてくる。
そして堀の深いその顔がついに異常なほど画面いっぱいになった時、
『強くなりたきゃ、戦え!』
そんな声が部屋に響いた。
そして、テレビ画面がポケモンショックかと思うくらいに光った。
カッ!
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「カッ!じゃねえよ…どうするんだよこれ…破傷風って病名じゃねえかよ…」
ついにジョン東郷が現実世界に出てきて、大人になったが弱り切った自信のない主人公を格闘でもって叩きなおす展開が期待されるところだが、『その格闘でもって叩きなおす行為』が僕にはわからない。イメージできない。
「だめだ!!!あああああああ!もう!」
僕はむしゃくしゃしてキーボードを無茶苦茶に叩いた。
メモ帳には『屈強な男が俺の目の前にぬっと立ってい義tgyhjう:もt5ypppppppppp』などという意味をなさない文字の羅列が出来た。
横にはネットのofooo!辞書がでたままになっていた。
そこには格闘の意味の二つ目があった。
僕のことを良く知っているかのように語っている。
2 困難なことに懸命に取り組むこと。「難問題と―する」
「いくら懸命でもモノが出来なきゃ意味がないんだよ…」
頭を抱える。想像力が貧困。
しかも、文学的なものをめざすんじゃなかったのか。
これでは打ち切りになる少年漫画じゃないか。
今このときがまさに、『格闘』しているという状況だ、と思った。
了
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