Neetel Inside 文芸新都
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くじで出たお題で小説書こうぜ企画
Psychopath(精神病質者)/『太郎』/藤原諸現象

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「だから、3日前までここには私の家があったんです」

 その男は、さっきから俺の家の前でずっとそう言っている。

 玄関まで出てしまったのが失敗だった。訪問販売や宗教の勧誘より、よっぽどしつこい。

「私がちょっと出かけていたら、私の家が無くなっていて、それで、私の家があった場所に貴方の家が建っていたんです。どういうことなんでしょうか?」

「どういうこと、って言われてもね……」

 そんなの俺のほうが聞きたいわ。この家は俺が5年前に30年ローンで建てた俺の城だ。しかも家を建てる前はただの空き地だった。どう考えてもこいつの言い分のほうが間違っている。

 現に、その男の目はちょっと精神病質者っぽかった。くたびれた背広姿、髪は七三にきっちり分けてチークか何かでガチガチに固められ、眼鏡は真ん丸の太い黒縁で、全体的に昭和初期の匂いがプンプンする。外見のセンスからして尋常ではない。

 おまけに男の脇には、何か弁当箱のような黒い箱が大切そうに抱えられて、それを握り締める手はプルプルと震えている。観察すればするほど奇妙なところばかりが目に付く。


 プルルルル。


 俺の携帯が鳴った。


「はい、もしもし……」

 会社の上司からだった。内容は、今度の企画会議の資料についての確認だ。二言三言交わすだけで俺は電話を切った。

 ふと男のほうを見やると、目を丸くして何かにひどく驚いている様子だった。

「その板……なんですか?」

「板?」

「それですよ!それ!」

 男が指差したのは、俺の携帯だった。

 この男、まさか携帯電話を知らないのか。どうやら見た目だけでなく頭の中まで昭和初期のようだ。

 もうこれ以上つきあうのはやめにした。完全に無視して、玄関のドアをバタンと閉めた。



 しかし。

 何か妙に気になる。本当にあの男、ただの精神病質者なのか。



 俺はリビングの窓から、さりげなく男の動向を覗き見ることにした。

 男はいまだにそこに立ち尽くしていた。呆然自失という言葉を絵に描いたかのようだった。

 やがて男は、脇に抱えていた黒い箱を地面に置いた。

 そしてその箱を……開いた。



 中からモワモワと大量の煙が立ち上がる。
 
 男は、一瞬にして白髪の老人と化した。



       

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