「好きです」
彼女は抑揚のない声で言った。
「付き合ってください」
彼女は表情を変えずに言った。
「また嘘なんでしょ、その告白」
俺は平然とした態度で返した。
「うん」
彼女は先ほどよりも感情のこもった声で言った。
その表情を見てみると、少し楽しげに微笑んでいた。
今回で何回目になるのだろうかと記憶を遡って数えようとしたが、面倒になってやめる。だが二桁に達しているのではないだろうか。
「今の告白で何回目になる?」
彼女に問う。
「十三回目」
彼女は俺の方を見ずに答えた。
「それ、嘘じゃない?」
試しにそう言ってみる。
「嘘じゃないよ」
彼女は得意げな表情をしながら俺を見つめた。
「適当に答えただけ」
「嘘じゃん」
俺は少し呆れる。
「嘘じゃないよ。適当に答えたけど、合ってるかもしれないでしょ」
少しむすっとしながら彼女は答えた。
「誰が答え合わせしてくれるの?」
「さあ。学校の先生とか?」
「先生は嘘の告白回数なんて数えちゃいないよ」
「そっか。じゃあ答えは闇の中? もやもやするね」
と、もやもやしているわりには楽しそうに彼女は言う。
「答えは十四回。残念でした」
あるのかどうか定かではないもやもやをかき消すように、俺は言った。
脳みそとはよくできているものだな、と思う。面倒だと放棄していたことを、会話中無意識のうちにやっていたようだ。俺の記憶が正しければ、彼女が俺に対して行った嘘の告白回数は十四回。
「私、十四回って言わなかったっけ?」
彼女は白々しく言う。意味のない嘘ばかりを言う女。
「残念でした」
少しいじわるな気持ちになりながら、俺は言った。
一回目の嘘の告白が俺たちの初めての会話だったと思う。それ以前にも何か事務的な会話をしていた可能性はあるが、彼女の存在を意識して会話をしたのはこの時が初めてだった。
「好きです」
学校の近くにある公園のベンチでぼうっとしながら座っている俺に、彼女は突然言い放った。
「付き合ってください」
そう言って俺の隣に座ると、そのまま口を閉じた。
俺の方を見ず、どこか遠くを見ながら彼女は返事を待っているようだった。
「嘘でしょ」
「うん」
彼女は悪びれずに首を縦に振った。即答だった。
「今女子の間で流行ってるんだっけ? 嘘の告白をするっていういたずら」
「よく知ってるね」
彼女は少し驚きながら答えた。自分が予想していた反応と違ったからなのだろう。
少し考えたのち、俺は正直に思ったことをそのまま口にした。
「告白された側以外の人たちからしたら笑い話になるかもしれないけど、本気の告白だと思ってそれに答えちゃった人たちは笑えないよね」
少し説教じみた言い方になってしまったかもしれない。俺としてはそんなつもりはないのだけど。
「そうだね、私もそう思う」
彼女は白々しくそう答えた。
「じゃあなんで俺に嘘の告白をしたの?」
「なんでだろうね」
そう言って小さく微笑む。
「意味のない嘘はやめたら?」
「そうだね。気をつけるよ」
「うん、そうしな」
でも、きっと彼女はこれからも平然と意味のない嘘をつくのだろうと、そのとき俺は思っていた。
実際それからも彼女は意味のない嘘をつくし、何度も嘘の告白をするわけなのだが。
「それで、なんで俺に嘘の告白をしたの? 仲間内での罰ゲーム?」
「ううん、違うよ。私友達いないし」
「なるほど」
最初、ごめんと一言謝ろうかと思ったが、やめた。
「君のことが気になったから、かな」
異性が気にするような人間ではないと自分では思っていたので少し意外な返答だった。
「例えばどんなとこが?」
「いつも一人なところ」
「君と同じだよ」
「そうだね。だから気になったのかも」
友達がいない者同士が二人きりで会話をするというのも不思議なものだった。
いや、もしかしたらこの時点で俺たちは友達なのだろうか?
少し考えたが、何か違うよなという結論に至り、それ以上考えるのをやめる。
「どうしてこんなところに一人でいるの?」
「なんでだろうね」
俺は彼女の真似をして答える。
「私の真似?」
「どうだろうね」
「なにそれ」
彼女は小さく笑った。
「多分、暇つぶしかな。家にいてもすることないし」
「暇、つぶせてる?」
「なんとかつぶせてるよ。君と喋ってるし」
「じゃあ私がいなかったらつぶせないじゃない」
「その時はその時だよ。なんとかするさ」
「変なの」
そう言って彼女は再び笑った。先ほどよりも大きな笑みだった。
「じゃあ、私も暇つぶし」
「何が?」
「さっきの嘘告白。あれは私の暇つぶし」
得意げにいう彼女の表情はとても楽しそうだった。
「そっか」
そっけない答え方をしたが、きっと今の俺は楽しそうな表情をしているに違いない。
その日も、俺は公園で暇をつぶしていた。
「好きです」
横から、可愛らしい声が俺に好意を伝える。これで、十五回目。
「付き合ってください」
その日も、彼女は嘘の告白で暇をつぶしていた。
「いいよ」
嘘と分かっている告白に、俺はイエスと答えた。
初めての反応に、彼女は戸惑っている。いつも飄々とした態度の彼女とは思えない困惑した表情を見て、俺はにやけずにはいられなかった。
「それは、嘘?」
彼女は俺に問う。
「うん、嘘」
俺は即答した。
「これで、嘘カップルの誕生だ」
「何それ」
「嘘の告白に対して嘘の返事をすることによって生まれた嘘の恋人同士」
「意味分かんない」
彼女は笑う。まだ戸惑いが残っているように感じ取れた。
そんな彼女に、俺は改めて問う。
「昨日までの嘘は意味のある嘘? それとも意味のない嘘?」
「どうだろうね」
お決まりの言葉で、彼女は答える。
「じゃあ、今日の嘘は?」
今日の嘘告白に、意味はあるのか? 俺はそう問いかける。
「君の嘘はどうなの?」
逃げるように、彼女は俺に問いかける。
「俺はいつだって意味のない嘘はつかないよ」
彼女が俺に質問をそのまま返すことは想定できていた。だから俺もあらかじめ考えていた言葉を返す。
「俺が嘘をつくときは、いつだって何か意味があるときだよ」
「そっか」
納得したように、彼女は頷く。
「じゃあ、私の嘘にも意味はあるよ」
「じゃあってどういうことだよ」
俺は苦笑する。彼女もつられて笑う。
それから少しの沈黙。
冬が近づいてきたからか、いつもより日が暮れるのが早い。俺たちを包み込む空気も、ひんやりと冷たかった。
少しして、ざわざわとした声が遠くから聞こえてきた。
部活動をを終えた生徒たちが、帰宅するため公園のそばにある道を歩いていく。
その中には見慣れたクラスメイトの顔もあった。名前は知らない。
僅かに、彼らの話し声が耳に届く。
「あいつら付き合ってるのかな」「意外な組み合わせ」「カップルか。羨ましい」
そんな言葉が聞きとれた。
「聞いた?」
沈黙を破り、彼女が俺に問う。
「カップルですって」
「嘘カップルなのにね」
そう、俺たちは嘘から生まれた恋人同士。
「はたから見たら恋人同士にしか見えないのかもね、俺は君の名前すら知らないのに」
「そうかもしれないね。私も君の名前を知らない」
「そもそも俺たち、クラスメイトだったっけ?」
「どうなんだろう。私、自分のクラスの人の顔、全部覚えてない」
「奇遇だね、俺もだ。そもそも同じ学年なのかどうかも分からない」
「本当だ。不思議だね」
聞けば分かることだけど、俺からは聞かないし、きっと彼女も聞こうとしてこない。そんな気がした。
「なのに、俺たち恋人同士だと思われてる」
「だって嘘の恋人だもの」
「だったら、これくらいちぐはくな方が、それっぽいね」
「そうだね」
夕焼けは消え、空が黒く染まっていく。街灯が俺たちの周りを照らし出す。
時計を見るとあと十分ほどで十九時になるところだった。そろそろ帰ろうかと思い、俺は立ちあがる。
彼女もつられるように立ちあがる。
帰ろうか、と俺が言う前に、彼女が口を開いた。
「嘘の告白と嘘の返事から私たちは嘘の恋人同士になったけど」
彼女は淡々と言葉を続ける。
「嘘から生まれた私たちの関係に、意味はあるのかな」
彼女は問う。
「私の嘘の告白には意味が合って、君の嘘の返事にも意味があって、そうして産まれた私たちのこの関係に意味はあるのかな」
「どうだろうね」
俺は答える。
「君があると思うなら、それでいいんじゃないか」
「何それ。曖昧だね」
「いいんだよ。俺たちは曖昧で」
そう、俺たちは何もかもが曖昧なんだから。
それでいいだろう。
「格好つけないでよ」
一人納得している俺を、彼女は横から馬鹿にするように笑った。