小さいころから病弱だった僕は、幼馴染の中野美雪によく助けられていた。家が隣だという理由で、僕が学校を休んだりしたときには必ず学校からの手紙を持ってきてくれたりしてくれていた。そして、よくお見舞いにも来てくれていた。他の友達との遊ぶ約束を破ってお見舞いに来てくれたこともあったらしい。そんな彼女に、僕、藤堂清春は恋をしている。それは、いかに無謀で、どれだけ無駄なのだとこのときはまだ知らなかった……。
埼玉県越壁市立高等学校、清春、美雪はその学校の生徒で、現在は同じクラス。去年にこの学校に入学し、ついこの間まではまだまだ幼さの残る雰囲気をかもし出していたのが、今ではそれを感じさせない大人の雰囲気が漂っていた。まだ暖かくなる季節にはいくらか早く、冬の制服を着た清春はその華奢な体に似合わないバッグを肩に背負って登校していた。つい一ヶ月ほど前までは道路に雪が残っていたのが、今ではもう跡形もなく、時折感じるそよ風が春を感じさせていた。清春は俯きながら、別に嫌なことがあったからではないが内気な性格ということもあって前を見て歩かずに歩道の端を歩いている。周りで一緒に登校している生徒たちは大きな笑い声を上げ、実に楽しそうにしていた。
「ところでさぁ、お前の部活は新入部員どのくらい入った?」
長い袖から指を出し、その手で首にかかっていたマフラーを再度かけなおして男子生徒が話していた。
「うーん、俺のところはまだ6人ぐらいかな。バスケ部って高校から一気に人数減るよなー」
質問された男子生徒は両手を自分の後頭部に組み、青空を眺めながらそう答えた。清春はそんな会話を小耳に挟みつつ、自分にはあまり関係ないな、と思いながらもまたそれに耳を傾けていた。清春の家は高校から徒歩約20分。自転車で登校するほうが時間の節約になるのだが、いかんせん体が華奢なため安全のことを思って徒歩で通学しているのだ。小学生のころ、自転車で交通事故にあってからはほとんど乗らなくなっていた。
「まぁ、確かにそうかもなぁ。あ、お前クラスどうだ?もう仲のいいやつとかいちゃったりする?」
「仲のいいやつ……」
突然清春はその言葉を口にし、自分のマフラーで口を隠した。
「あぁ、まぁな。まだぎこちないけど、話せるやつはいるよ」
清春にはこれといって仲の良い人は美雪を除いてほとんどいない。クラスメートに自分から話しかけることは少なく、そのためクラスメートもあまり清春には話しかけない。別にいじめられているとかそういうのではないのだ。そう、ただお互いに不干渉なだけ。実際、清春はそれに一切不満を持たないし、むしろそれでいいと思っているほどだ。
「でもさ、やっぱり高校の友達って一生の付き合いって言うじゃん?親友を作りたいよなぁ」
一人の男子生徒は、瞳をキラキラに輝かせ、それを大きく夢抱いていた。一方それを聞いたもう一人は少しだが不満そうな顔をして口を開く。
「なんだよー。俺じゃ不満か?」
しばらくの無言が続き、辺りには足音と烏の鳴き声だけが響き渡っていた。学校まであともう少しでつく、そんなところでその状況が続いている。そしてとうとう学校に到着するまで無言でいたのだ。
「ばぁか。親友だって多いほうがいいだろ!」
さっきまで無言を貫いていた一人が真っ白な歯を見せながら笑って逃げた。するともう一人が「からかいやがって!」とまたちょっとうれしそうな表情を浮かべてそれを追う。一人取り残された清春はマフラーを鼻まで覆い、軽くため息をついた。
自分のクラスにつくと、清春は席についてバッグから本を取り出した。別に本が大好きなわけでもないが、特にすることもないので暇なときは読書をしている。それがいつしか習慣になり、去年のクラスでは「本の虫」と呼ばれていた。
「またそんなのばかり読んで。楽しい?もっとみんなと話そうよ!」
そんな清春に唐突に話しかけてきたのは、すぐ後ろの席の美雪だった。美雪は清春とは全くの正反対な性格で、元気で明るくとても活発な少女なのである。そんな美雪に、自分が持っていないものを持っている美雪に清春は恋をしているのだろう。もちろん理由はそれだけではないが。
「うーん、やめておくよ。ほら、だってあそことかもう仲良く話してるもん。僕はとても中に割って入れるわけないよ」
清春はそう言うと指を差し、その先にはもうすでにかなり仲良くなっているのか、とても楽しそうに話している男子たちの姿があった。だがそんな清春の消極的な発言が気に食わなかったのか、美雪は本を無理やり取って清春の手を引いてそこに向かわせようとする。
「そんなんじゃだめだめ!もっと自分から、積極的にならなきゃ」
美雪の思うままに引っ張られる清春は、あっという間に男子のグループの目の前まで来てしまい、美雪の背後に隠れるようにしてそこに立っていた。
「ねぇ、キヨとも仲良くしてやってよ。ちょっと消極的なところがあるけど、いいやつだからさ」
男子たちは「う、うん」と軽い返事をし、美雪は清春の背中を押してにっこりと笑顔を見せるとそのまま自分の友達のところに行ってしまう。どうしてもこういうのに慣れない清春は、少し頭を下げてお辞儀をしてそれっきり全くの無言であった。
「なぁ、えっと、キヨ!って言うかキヨって呼んでいいよな?」
ある一人の男子が清春に話しかけ、聞かれた本人は急に話しかけられるものだから肩をびくつかせてしまう。
「あ、う、うん。いいよ」
「そっか。俺は武田孝太。んじゃ俺もキヨみたいにコウって呼んでくれてかまわないぜ!」
孝太は満面の笑みを浮かべ、清春にそう言う。清春はまさか自分を構ってくれる人がいるとは思っていなかったのか、最初は少し挙動不審になりながらも孝太と距離を縮めていった。その日の朝のホームルーム後には一緒にトイレに行ったり、昼は弁当を食べたりとすぐに仲良くなっていった。それはきっと美雪のおかげだ、清春は心の中で小さく美雪に感謝をしていた。