二つのマグカップを手に、カストールは見張りをしているフラッグの隣に腰かけた。
「隊長、お疲れ様でス」
「ん?おお、悪いな」
気の無い返事をするフラッグにカストールは首をかしげる。
「なんか考え事でスか?」
フラッグは目線を正面の小屋に向けたまま、いつになくまじめな顔で答えた。
「まあ、な。今回の仕事はいろいろやばい気がしてならん」
「やばいのはいつものことじゃないスか」
少し茶化すように話すカストール、それでもフラッグは表情を変えない。
「例のトマスが言ってたアレ、あの傭兵の師匠なんだろう?」
「炎の化け物云々はともかく、あそこに居た人間を燃やしたのはラドルフって傭兵らしいでスねぇ。正確にはラドール・F・リーデンでスが」
その時の光景を、部外者が近づかないよう見張っていたトマスを含めた3人が目撃している。ホークを含む傭兵たちが焼き尽くされた後、例の炎の化け物とやらを見たらしい。
「その炎の化け物ってのがラドールって可能性はないのか?」
その突拍子もない話にカストールは目を丸くした。
「どーしたんスか急に?」
「いや、そのラドールが使ってた禍紅石がどうなったかハッキリしてなかったろ?だから、案外生きてるんじゃねぇかと思ったんだがなぁ」
「まあ、確かにジノーヴィはラドールの使ってた禍紅石については何も話しませんでしたが…」
「俺はもしジノーヴィがラドールの禍紅石を隠し持っていたなら、あのフィーってガキに埋め込んで使わせてるのかと思ってたんだが、あのガキと別行動とってる時点でそれはないだろうしな」
つまり、結局ラドールの禍紅石は行方知れずのままということになる。
「不確定情報で不安になるのも分かりまスけど、いくらなんでも気にしすぎじゃないでスか?」
「気になるっていうなら、エネの姉さんがあのバリーって職人に作らせてる”モノ”と、そのバリーが要求してる”条件”ってやつもだ」
「たしか仕事する条件は”大商人ヴェルンの脱税を公にして地位も資産も全て剥奪すること”でスよね?」
「復讐の理由なんざどうでもいいが、大商人を陥れることと、今作らせている”モノ”は釣り合うってことがどうにも胡散臭い」
国に多大な寄付をし、恐らく賄賂などで国の内部に大勢味方を作っているヴェルンから、全てを奪うのは容易ではない。しかし、それにかかる労力と、バリーが今作っている”モノ”は釣り合うのだとエネは判断してるということだ。
「ホント、何者なんでスかね?エネ・ウィッシュは…」
フラッグがマグカップに口をつける。すると、急に不機嫌そうな顔をしてカストールに詰め寄った。
「おい。なんで酒じゃねぇんだ?」
「仮にも仕事中でス。”泥酔状態で護衛できませんでした”なんて言い訳、自分はしたくないでスから」
フラッグは渋々とマグカップに口をつけて、まずいコーヒーを啜る。
彼のやる気が3割ほど下がったのは言うまでもない。
アイノコトダマ
リンの心労(波)
場所は変わって、ミラージュの首都。
その都の中心にそびえ立つ宮殿にジーノとリンは案内された。散々馬車の中でリーンガーベルの世間話に付き合っていたせいか、リンは既にグロッキー気味だったがエネ・ウィッシュから直接依頼を受けたのはジーノであるため、ここからはジーノの役割である。
「どうぞ、お進みください」
そう言う兵士に促され広い廊下を進む二人。少し行くと、やたら凝った装飾の扉が開けられる。その扉の向こうには少し高い位置に豪華な椅子があり、扇状に5つ設置されたそれらは四聖唱女達の座るものだろう。
実際右から2番目の位置にリーンガーベル、中心に50歳前後の女性、さらにその隣にはツリ眼のいかにも性格のきつそうな女性が座っている。
謁見用のその部屋に入り、二人はその場で跪いてその部屋の主であろう人物の発言を待った。
「あれま。エネのよこした人間にしては随分礼儀正しいのが来たねぇ。まあ、そんな緊張しなくていいよ。顔を上げなさい」
「エヴァ様!いくらあなたの友人からの遣いだからと言っても馴れ馴れしすぎます!仮にも異教徒ですよ!!」
エヴァの隣に座っているツリ眼の性格のきつそうな女性は、その見た目通りきつい性格のようだ。その首に下げた鉄製の十字架を激しく揺らせながら、中央に座る首から金の十字架を下げたエヴァという女性に抗議している。
「イ―リス、あなたの言いたいことも分かるけれど、エネは私の友人であると同時にベルの命の恩人でもあるのよ」
その言葉を聞いたリーンガーベルが満面の笑みで、ジーノとリンに視線を向けた。
「それは、確かにそうですが…!」
「恩には報いる。教えにも記す必要が無いほど、簡単で、当たり前なことだよ」
エヴァのその言葉に、イ―リスは押し黙る。それでも、そのきつい眼差しは二人を睨んでいたが。
「長旅で二人とも疲れてるだろうけど、エネが遣いを寄越したんだ。重要なことなんだろう?すまないが、報告してくれるかい?」
その言葉にジーノが口を開く。
「エネ・ウィッシュからの伝言は、”光は既に爆ぜ、月明かりのもとで刃は砥がれる”と」
「そうかい。やはり…か」
少し考え込むようなエヴァ。そこでジーノは懐から手紙を出す。
「報告が終わったら、これをエヴァ・マゴラガンジェ様に渡すよう言われておりました」
侍女を経由して手紙はエヴァに渡された。中身を見たエヴァはニヤリと笑うと、ジーノとリンに下がるように言った。
本来ならば国外から来た客専用の宿泊施設があるらしいのだが、リーンガーベルの要望で二人は彼女の家に厄介になることになった。
「何から何までお気遣いありがとうございます。リーンガーベル様」
部屋に案内される前に、ジーノがリーンガーベルにお礼を言うと、彼女はジーノの手を握って話した。
「いいえ、エネ様の遣いの方ならばこのくらいは当然のことです。あと、よろしければ私のことはベルとお呼び下さい」
傍に居たメイドはそれを聞いて一瞬ものすごい表情になっていたが、リーンガーベルの期待の眼差しにジーノは押し切られてしまっていた。
「べ、ベル様」
「ん~。できれば様も無しにしてくれた方がうれしいのですけど…」
珍しくテンパっているジーノを見て感心するリンだったが、何か面白くない。
「ベルさん。これからよろしくお願いします」
何となく横やりを入れるリンだったが、ベルは満面の笑みでリンの手を握る。
「ええ、これからも仲良くして下さいね!」
そのあまりにも純粋な笑顔に、リンはなんだか後ろめたい気持ちになった。
それから少しして、メイドさんに部屋まで案内され、ドアを開けたところでリンは固まった。
ジーノとリンは二人。部屋とベットは1つだった。
「な!何よ、これぇ!!」
メイド曰く、ベルが”二人で旅をしているのならきっと彼らは夫婦なのでしょう”と言っていたらしく、ばっちり予備のシーツまで完備されている。
「…仕方ない。こんな時間に新しい部屋を用意してもらうのも迷惑だろう。俺は椅子で寝る、それで問題無いだろう?」
淡々と話すジーノにイラつくリン。その際に、さっきテンパっていたジーノの姿を思い出すことでさらにモヤモヤした気持ちに拍車がかかる。
「同じ部屋で寝るなんて…、襲ってこないでしょうねぇ?」
「散々野宿で一緒だったろうが。今さらなにを気にしている?それとも欲求不満か?」
その言葉で真っ赤になったリンは、即座に一人だけ部屋に入って鍵を閉める。
「お、おい!こら!!」
一人廊下に取り残されたジーノは3時間ほど閉め出されたままだった。
その都の中心にそびえ立つ宮殿にジーノとリンは案内された。散々馬車の中でリーンガーベルの世間話に付き合っていたせいか、リンは既にグロッキー気味だったがエネ・ウィッシュから直接依頼を受けたのはジーノであるため、ここからはジーノの役割である。
「どうぞ、お進みください」
そう言う兵士に促され広い廊下を進む二人。少し行くと、やたら凝った装飾の扉が開けられる。その扉の向こうには少し高い位置に豪華な椅子があり、扇状に5つ設置されたそれらは四聖唱女達の座るものだろう。
実際右から2番目の位置にリーンガーベル、中心に50歳前後の女性、さらにその隣にはツリ眼のいかにも性格のきつそうな女性が座っている。
謁見用のその部屋に入り、二人はその場で跪いてその部屋の主であろう人物の発言を待った。
「あれま。エネのよこした人間にしては随分礼儀正しいのが来たねぇ。まあ、そんな緊張しなくていいよ。顔を上げなさい」
「エヴァ様!いくらあなたの友人からの遣いだからと言っても馴れ馴れしすぎます!仮にも異教徒ですよ!!」
エヴァの隣に座っているツリ眼の性格のきつそうな女性は、その見た目通りきつい性格のようだ。その首に下げた鉄製の十字架を激しく揺らせながら、中央に座る首から金の十字架を下げたエヴァという女性に抗議している。
「イ―リス、あなたの言いたいことも分かるけれど、エネは私の友人であると同時にベルの命の恩人でもあるのよ」
その言葉を聞いたリーンガーベルが満面の笑みで、ジーノとリンに視線を向けた。
「それは、確かにそうですが…!」
「恩には報いる。教えにも記す必要が無いほど、簡単で、当たり前なことだよ」
エヴァのその言葉に、イ―リスは押し黙る。それでも、そのきつい眼差しは二人を睨んでいたが。
「長旅で二人とも疲れてるだろうけど、エネが遣いを寄越したんだ。重要なことなんだろう?すまないが、報告してくれるかい?」
その言葉にジーノが口を開く。
「エネ・ウィッシュからの伝言は、”光は既に爆ぜ、月明かりのもとで刃は砥がれる”と」
「そうかい。やはり…か」
少し考え込むようなエヴァ。そこでジーノは懐から手紙を出す。
「報告が終わったら、これをエヴァ・マゴラガンジェ様に渡すよう言われておりました」
侍女を経由して手紙はエヴァに渡された。中身を見たエヴァはニヤリと笑うと、ジーノとリンに下がるように言った。
本来ならば国外から来た客専用の宿泊施設があるらしいのだが、リーンガーベルの要望で二人は彼女の家に厄介になることになった。
「何から何までお気遣いありがとうございます。リーンガーベル様」
部屋に案内される前に、ジーノがリーンガーベルにお礼を言うと、彼女はジーノの手を握って話した。
「いいえ、エネ様の遣いの方ならばこのくらいは当然のことです。あと、よろしければ私のことはベルとお呼び下さい」
傍に居たメイドはそれを聞いて一瞬ものすごい表情になっていたが、リーンガーベルの期待の眼差しにジーノは押し切られてしまっていた。
「べ、ベル様」
「ん~。できれば様も無しにしてくれた方がうれしいのですけど…」
珍しくテンパっているジーノを見て感心するリンだったが、何か面白くない。
「ベルさん。これからよろしくお願いします」
何となく横やりを入れるリンだったが、ベルは満面の笑みでリンの手を握る。
「ええ、これからも仲良くして下さいね!」
そのあまりにも純粋な笑顔に、リンはなんだか後ろめたい気持ちになった。
それから少しして、メイドさんに部屋まで案内され、ドアを開けたところでリンは固まった。
ジーノとリンは二人。部屋とベットは1つだった。
「な!何よ、これぇ!!」
メイド曰く、ベルが”二人で旅をしているのならきっと彼らは夫婦なのでしょう”と言っていたらしく、ばっちり予備のシーツまで完備されている。
「…仕方ない。こんな時間に新しい部屋を用意してもらうのも迷惑だろう。俺は椅子で寝る、それで問題無いだろう?」
淡々と話すジーノにイラつくリン。その際に、さっきテンパっていたジーノの姿を思い出すことでさらにモヤモヤした気持ちに拍車がかかる。
「同じ部屋で寝るなんて…、襲ってこないでしょうねぇ?」
「散々野宿で一緒だったろうが。今さらなにを気にしている?それとも欲求不満か?」
その言葉で真っ赤になったリンは、即座に一人だけ部屋に入って鍵を閉める。
「お、おい!こら!!」
一人廊下に取り残されたジーノは3時間ほど閉め出されたままだった。