Neetel Inside ニートノベル
表紙

アイノコトダマ
禍紅石

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 ベルの自宅で3日ほど過ごした頃、二人の部屋にエヴァから大きな荷物が届いた。大きな箱に紙が添えられ、中身が鎧であることが書かれている。
 実際開けてみるとファントムが着込んでいたような、ゴツイ鎧が入っていた。
 リンはその鎧を上から下までじっくり眺め、こんな重くてかさばる物をどうするかを考えていたちょうどそんな時、ジーノが短剣を構えて鎧を睨む。
「誰だかは知らないが、そろそろ目的を言ってもらって構わないか?でなければ、いくらエヴァ・マゴラガンジェからの遣いとはいえ、容赦はしない」
「へ?」
 リンはジーノを凝視して妙な顔をしてしまったが、その顔はすぐに驚愕に変わる。
「全く、せっかちだねぇ。嬢ちゃん、これ脱がすの手伝ってくれるかい?」
「な!ちょっ…えぇ!!」
 動き出す鎧。そこからは聞き覚えのある声が聞こえてくる。その鎧が自分でフルフェイスの兜を外すと、中には唱響の聖唱女であるエヴァ・マゴラガンジェ本人が入っていた。
 ほとんど状況が飲み込めないまま、リンは鎧を脱がすのを手伝う。時折ジーノに目線を向けるが、ジーノは厳しい視線をエヴァに向けたままだ。
「あ~、暑い暑い。こんなのつけて戦うなんて兵士たちはホント我慢強いねぇ」
 よっこいしょ、と言わんばかりんの動作で上半身の鎧をどけるエヴァ。
 ジーノは苦虫をかみつぶしたような表情でその場に跪くと、頭を垂れたままエヴァに質問した。
「なぜこのような…」
「ああ、そういう堅苦しいのはいいよ。時間も限られているしね。用件だけとっとと済ませようじゃないか」
 渋々立ち上がるジーノの横で、状況を把握しけれていないリンが口を開く。
「あの…なんで鎧から出てきたんですか?」
「二人は外国人で、しかもエネの遣いだからさ。エネはこの国の上の連中には、あまりよく思われてないのよ。私がこうでもしなきゃ、あなた達と内緒話もできないからねぇ」
「内緒話?」
「正確には報酬の前払いをね…」
 ジーンの表情が一層強張る。それを見たエヴァがニヤリと笑う。
「二人には当分ベルと行動を共にしてもらうよ。そしてミラージュ国内で不審な動きをしている連中がいたら即排除。勿論、ベルの安全は最優先でね」
 ジーノは眼を閉じて少し考え込むと、まっすぐエヴァを見つて口を開いた。
「了解した。では、前払い分の報酬を」
「確認しておくけど、前払い報酬は禍紅石と白い髪のコトダマ使い、その二つの情報でいいね?」
「ああ」
「では禍紅石について二人はどのくらい知っている?」
 そのエヴァの問いに、リンが怖々と答える。
「コトダマ使いの力の源で、ドラゴンの声帯器官の一部…ですよね?」
「そう。でも正確には禍紅石は声帯器官の一部じゃなく、ドラゴンの声帯に寄生している鉱物なのよ」
「寄生?それってあの寄生虫とかの寄生ですか?」
「ええ、あれはドラゴンとは別に生きているモノなのよ。だからこそ、ドラゴンから取り出しても腐るようなことはない」
 寄生という言葉を聞いてリンは自分の喉を押さえ、気分が悪くなるのをこらえた。
「あれが生き物というならば、コストとはなんなんだ」
「学者達の間では副作用という説が有力らしいわね。元々ドラゴンの体に寄生するモノを人間に寄生させているから、その程度のことは起るだろう。コストを度外視したコトダマの行使が可能なのもそのせい。コストとは、必ずしもコトダマ発動に必要なファクターではないということね」
 コストを度外視したコトダマの行使、それはリンの一族の過去にも繋がる。
 コトダマ行使にコストが必ず必要なモノならば、コストとして体力を全て奪われたとしても、あらゆるものを貫く一撃を繰り出すことは不可能に近い。コトダマ使いの才能というのは、どれだけ少ないコストで威力の高いコトダマを行使できるかにある。だがそれを全く考えず、使い捨てとしてコトダマ使いの才能の無い者たちばかりが”最強の弓”として実際に使用された。その事実はエヴァの話に通じるところがある。
「禍紅石について分かっていることはそのくらい、かしらね。もう一つの情報の方、白い髪のコトダマ使いは元々ミラージュが所有していた禍紅石を奪って作られたコトダマ使いだと判断しているわ」
「…え!?」
 白い髪のコトダマ使い。それはジーノの家族の仇であろうコトダマ使い。その情報が呆気なく出てくることにリンは驚きを隠せなかった。
 「あの禍紅石はミラージュの切り札的な存在だったのだけど、30年ほど前にコトダマ使いが失踪してそのまま行方不明になっていたけど…」
「その特性と、コストは?」
「”消す”ことよ。人の意識や音を、ね。詳しい特性はミラージュも研究段階だったけど、資料では魂さえ消すことができる、と記されていたよ」
「音を消せるってことはもしかして…」
「そう、コトダマも消せるわ。コストは感情。使い続ければそのうち人格そのものが消てなくなる、らしいわ。白い髪もその影響かもしれないね」
 その話を聞いた時のジーノの表情をリンは見ていなかったが、エヴァは見逃さなかった。笑っているような、物悲しそうなその表情は、わずかではあったがエヴァに恐怖を覚えさせる。
「…話はそれくらい、かね。連中はミラージュの存在を良く思っていない。ベルの護衛もしっかり頼むよ」
「あ、はい!任せて下さい」
 元気よく答えるリンに、エヴァは微笑みかけながら口を開いた。
「嬢ちゃん、できればあの子の、ベルの友達になってやっておくれ」
 そう言いながら再び鎧を着込むエヴァ。
「あの子はいつも笑顔ではいるが、特にさみしがり屋なのさ」
 もはや顔は隠れて見えないが、やさしい声でエヴァは話した。
「これは仕事じゃない。強制もしない。これは聖唱女としてでなく、あの子の姉としての”お願い”さ。引き受けてくれるかい?」
「…わかりました。できるだけのことはします」
「ありがとう」
 そうしてその後、再び鎧を着込んだエヴァを箱に入れ直し、鎧をエヴァ邸に送り返した。
 
 今日この日、ジーノの内にあった不確定要素が消えた。ジーノの中で全てが繋がった。もはや彼は微塵も迷うことはないだろう。

       

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