道は開き、作られた静寂が終わる。
それを少し離れたところから見ていたエネは、ジーノ達の方を見ながら口を開いた。
「あなたは、驚かないのね。彼がコトダマ使いだったことに…」
「そう、ですね」
落ち着いた口調で話すフィー。しかし、口調とは裏腹にその手は震えている。
「前からおかしいとは思っていたんです。人気のない山奥で、ひっそりと暮らしていたジーノさんの家族を、どうして彼らがわざわざ襲ったのか」
10年以上前、所属不明のコトダマ使い達の当時の行動には一貫性があった。それは、国が派遣している騎士達が駐屯している場所ばかりを狙っていることだ。
故にジーノの家族を襲ったのにはそれ以外の理由が必要になる。
「禍紅石、か…」
「そしてそれは同時に、当時12歳だったジーノさんが生き残った理由でもあります。驚きより、納得の方が大きいですよ」
「じゃあ、何をそんなに恐れているの?」
フィーが強く拳を握り、唇を噛む。震えを何とか抑えこんだフィーは、真っ直ぐジーノのいる方へ顔を向けて答えた。
「あの人を、ジーノさんを失ってしまうことを、です」
地面に刺さったバスタードソードブレイカ―を持ち上げ、盾のように構えてジーノは息を整える。コストの支払いは既に始まっており、禍紅石がジーノの感情をゆっくりと奪っていく。バスタードソードブレイカ―の陰に体を隠し、自身の様子を気取られない様にしながら、ジーノは歯を食いしばった。
奪われているはずのジーノの感情。しかし、ジーノの心は激しい怒りと、歓喜で満ちている。
感情は肉体的なコストで奪われるものとは違い、新たに生じやすいものだ。感情の喜怒哀楽、その全てを同等に奪われたとしても、眼の前に仇がいる今のジーノの感情が、全て無くなってしまうようなことはない。
(これなら…!)
動きの止まったジーノを、バスタードソードブレイカ―を回り込んで攻撃しようとする敵兵、それをジーノの後ろに居るフラッグがスティレットで素早く貫く。
「ボーっとしてるなよ」
「言われるまでもない」
バスタードソードブレイカ―を引き抜き、そのままジーノはニーシャに向かって走り出した。体をバスタードソードブレイカ―で隠しながらの突進。それを見たニーシャは、歪な笑みを浮かべてジーノを迎え撃つ。
「やっぱり君はイイよ!私に真っ直ぐ向かってきてくれる!誰よりも真っ直ぐに!!」
十文字槍を構えてジーノと距離を詰めたニーシャは、バスタードソードブレイカ―を軸に回り込む。それを見たジーノもバスタードソードブレイカ―を軸に回る。互いに1週した時点で二人は、大きく息を吸い込んでコトダマを放った。
「消えろ!」
「消えろ!」
――。
音を、信号を、意識を、魂を消す特性を持った2つのコトダマがぶつかる。その余波は、周りの音をことごとく消し去っていく。
そんな中、一人の兵士が12、3歳の少女を連れてミラージュ陣営へ走る。それをフラッグが見逃すはずもなく、即座に回り込むようにして進路を塞いだ。
(そのガキがコトダマ使いってわけか!!)
静寂の中、フラッグがレイピアの切っ先を少女に向かって放つ。
しかし、レイピアの一撃を兵士が体を張って防いだ。兵士の肩に深々と突き刺さったレイピアは、抜くのに時間がかかる。そう判断したフラッグが、レイピアを手放して回り込もうとしたその時。
「――つぁあ!」
兵士の声がフラッグの耳に入る。
――静寂が、途絶えた。
フラッグの視線と少女と視線が交差する。既に大きく息を吸いこんでいる少女を見て、フラッグはとっさに腰に差しているものを抜いた。
「燃えろォおおお!」
少女の放ったコトダマはフラッグを捉え、焼き尽くす。
その筈だった。
そこにあるのは淡い光。兵士も、少女も、ただ呆然とその光を見つめる。ゆっくりと収まっていく光の中心には、輝石で作られた剣が構えられている。
ハッと我に戻った少女は再びコトダマを放つ。
「燃えろ!燃えろぉ!!」
そのたびに淡く輝く刃。
かつて聖剣と言われたその武器は、音を喰らい、淡い光を放つ。音を吸収するという特性を持った輝石を精錬して作られたそれは、ドラゴンブレスすら切り裂く。
正式名称はサウンドイーター。音を切り裂くたびに淡く輝くこの剣は別名、ムーンライトソードと呼ばれる。
「やはり、か」
戦場を少し離れたところで見ていた”それ”は淡い光を睨む。
コトダマ使いの時代は終わる。明確な対抗手段が存在する今では、コトダマ使いは国の絶対的な戦力とは言い難い。人は新たな力を求め、組み合わせ、思考錯誤の上、作り出すことだろう。
「しかし、それももはや…」
”それ”はジーノを見つめる。さも愛おしい者を見るかのように…。