リンとジーノが対峙している中、エネは闘神と向き合っていた。エネの鋭い眼光が闘神を射抜くが、闘神本人は何ら表情を変えずジーノを見ている。
「あなた、人間じゃなかったのね…」
「ああ、そうだ」
「ならその人間以上の力を持っているあなたが、ジノーヴィを必要とするのは何故なの？」
「あいつのコトダマが必要だからだ」
その言葉を聞いてエネは捲し立てるようにして話す。
「なら何故、ジノーヴィと同じ特性を持つあのコトダマ使いを使わなかったのよ!?」
「禍紅石に同じ特性を持つものは存在しない。ニーシャもジノーヴィも結果として消えるという特性を持ったに過ぎないからだ」
「どういうこと、なの？」
「それをお前に話す必要はないな」
リンとの決着がついたのか、ジーノはゆっくりと二人の方へ歩み寄る。その姿を見て、エネは表情を崩しながら歯を噛み締めた。
「ジノーヴィ！あなたは二人を見捨てるの!?只復讐を成し遂げるためにあなたは――!!」
「そうだ」
ジーノは揺るがない。揺るいではならない。
人知を超える存在である闘神を消すためには、どれだけの威力のコトダマがが必要か分かったものではない。より強い意思、より強い感情を維持しなければ、目的は果たせないだろう。
「エネ・ウィッシュ、お前は言ったはずだ。どんな犠牲を払っても組織を、リーズナ―を壊滅させ、その秀でた技術を奪い、この世の中を変えると。俺とお前、そこに一体どんな違いがある？」
その言葉を聞いたエネは、ジーノの胸倉を掴んで捲し立てる。感情をむき出しにして、心の底から湧きあがる憤りをぶつけながら――。
「あなたには！…あんたにはまだ大切な人間が居るじゃない!!泣いてくれる人間が居るじゃない!!」
「…やめろ」
「あなたなら分かるはずよ。それがどれほど幸せなことか!!それがどれほど大切なことか!!」
「…黙れ」
「それを自ら手放すの？切り捨てるの？そこまでしてあなたは――」
「黙れぇえええええ！」
ジーノは半ば衝動的にコトダマを放つ。そのコトダマはエネの意識を奪うことこそなかったが、範囲が広く周期の音を掻き消し、闘神の姿がコトダマの影響で蜃気楼のように歪む。十数年抑えてきた感情の爆発。それは感情剥き出しの、本来のジーノの姿だ。
コトダマの影響が消え、ジーノはエネの胸倉を掴み、感情を吐き出すようにぶつけた。
「俺は…、俺は理不尽で家族を、当たり前の幸福を奪われた」
エネの胸倉をつかむ手により一層力が入り、服が少し破れる。
「その俺から今度は、理屈で感情まで奪う気か！お前は!!」
震えるジーノの声には、無意識のうちにコトダマが篭っていた。そのコトダマにこもっていた感情が、エネの中に流れ込む。
薄っすらとエネの脳裏に浮かぶジーノの記憶、それは大切な者達の死、死、死。そしてジーノの声にならない慟哭。歪む視界、荒れ狂う感情、その先にほんのわずかな光が見えた瞬間、エネは意識を失った。
意識を失ったエネの胸倉から手を離し、ジーノは苦虫を噛み潰した様な表情を見せる。
「…行くぞ」
闘神にそう言うとジーノは歩き始めた。闘神も黙ってジーノを先導する。もはや彼らの歩みを止めるものは何もなかった。
アイノコトダマ
アイノコトダマ
ミラージュとクレスト国境近くにある平原、2人がそこまで歩くと白衣を着た眼鏡男が立っていた。
「やぁ、遅かったじゃないか」
「少し邪魔が入ってな」
闘神は痩せこけた男に軽く挨拶を済ませると、その足を止めてジーノに向き合う。
「ここでいいだろう。始めようかジノーヴィ」
「…その男は？」
そう言いながら、ジーノは痩せこけた白衣の眼鏡男に視線を向ける。それに対して男はおどけたような話し方で返した。
「ああ、僕のことは気にしないでいいよ。ただの野次馬だから」
ジーノは少し訝しげな表情をしたが、視線を闘神に戻すと口を開く。
「で、結局俺に何をさせる気だ？」
「言ったはずだ。お前にはお前の復讐を果たしてもらう」
その言葉にジーノはあからさまに不審な表情を見せた。
ジーノの復讐、それは組織リーズナ―の壊滅だ。少なくともこんな只の平原に彼らの本拠地があるとは思えない。
「私をお前のコトダマで消せ。それですべてが終わる」
「？」
その意味が分からず、ジーノが困惑してどうしていか分からなくなっていると、痩せこけた白衣の眼鏡男が説明した。
「彼を殺せばリーズナ―は無くなるよ。それは間違いない」
「どういうことだ？」
「リーズナ―が今までいろんな国に対して優位性を保っていられたのは、情報伝達の早さとその正確さのおかげだからね」
それを聞いて、ジーノは闘神の言っていた連絡係という役職ともとれる呼び名を思い出す。突然ミラージュの宮殿に現れたりできるこの男の力があれば、情報の伝達も情報収集も、ありえないほど早く正確にできるだろう。
「それにリーズナ―の拠点は各国に散らばっているからね。彼が居ないとろくに連絡をつけることもできなくなって霧散消滅すると思うよ」
シーのは一瞬この二人の言葉を疑ったが、嘘をついているようには見えない。そもそもこんなウソが必要とも思えない。
「…わかった」
そう言うとジーノは闘神に向き合って構えた。それを見た白衣のやせ細った男は距離を取る。その表情はやや興奮気味だ。
ジーノの中で感情が暴れ狂う。
ようやく目的が達成されることへの喜び、自分の家族を殺した組織を作った者への怒り、残してきた者に対する哀しみ、これにより全てが終わるという未来への楽観、その全てが混ざって猛る。
目を閉じる。
瞼の裏に映るのはジーノの大切な人達。
師であり恩師であるラドルフ
その師が死んでから面倒を見てくれたモルド
ジーノをやたら構っていたメリー
色々良いように計らってくれたディー
いつも隣にいたフィー
真っ直ぐ目的へ向かうリン
「喜べ、ジノーヴィ・フェルトロッド。お前は唯一この世界で”命を持たぬ物”に愛された”命を持つ者”だ」
ジーノは眼をゆっくりと開き、息を吐き出すように答えた。
「知ったことか」
ジーノは右拳を握る。ガントレットが軋むような音を立て、振りかぶられた。
息を大きく吸いこむ。
ジーノの中の感情を、想いを限りなく大きく膨らませる為に――。
目の前にある”全ての元凶”を掻き消すためにジーノはワーストワードを放つ――。
「掻き消えろぉ！闘神アレェエエエエエス!!」
ジーノの拳とコトダマは闘神を貫く。
ジーノの中にある全ての感情を以て、闘神が闘神たりえる全てを掻き消していく。
闘神の姿が霞み、揺らぎ、そして消えた。
ジーノは拳を突き出したまま、前のめりで地面に倒れる。
既に始まっている禍紅石のコストの支払い。感情全てが奪われる。もはや目的を果たしたジーノに、新たな強い感情を生みだすことはできない。
消えゆくジーノの意識の中で、思い出すのは、ジーノの頭に優しく手を乗せるラドルフの姿だった。
――最期まで選択し続けろ――
力強いラドルフの声。
本当は弱いのに、無理をして不器用に足掻き続けた師の声
だが、弱かったのは自分の方だったのかもしれない。
ただ前に進むことを考え、家族の死に一度も向き合えなかった自分は、誰よりも臆病で弱い人間だ。
俺は大切な人たちを守ることを放棄し、憎しみだけを募らせてきた。リンのように欲張りにもなれず、フィーのように誰かを愛することもしない。
俺は結局、ラドルフさんのようにはなれなかったのだろう。
でも、それでも俺は――
ただ響き続けるこの世界で
第2章アイノコトダマ
完
「やぁ、遅かったじゃないか」
「少し邪魔が入ってな」
闘神は痩せこけた男に軽く挨拶を済ませると、その足を止めてジーノに向き合う。
「ここでいいだろう。始めようかジノーヴィ」
「…その男は？」
そう言いながら、ジーノは痩せこけた白衣の眼鏡男に視線を向ける。それに対して男はおどけたような話し方で返した。
「ああ、僕のことは気にしないでいいよ。ただの野次馬だから」
ジーノは少し訝しげな表情をしたが、視線を闘神に戻すと口を開く。
「で、結局俺に何をさせる気だ？」
「言ったはずだ。お前にはお前の復讐を果たしてもらう」
その言葉にジーノはあからさまに不審な表情を見せた。
ジーノの復讐、それは組織リーズナ―の壊滅だ。少なくともこんな只の平原に彼らの本拠地があるとは思えない。
「私をお前のコトダマで消せ。それですべてが終わる」
「？」
その意味が分からず、ジーノが困惑してどうしていか分からなくなっていると、痩せこけた白衣の眼鏡男が説明した。
「彼を殺せばリーズナ―は無くなるよ。それは間違いない」
「どういうことだ？」
「リーズナ―が今までいろんな国に対して優位性を保っていられたのは、情報伝達の早さとその正確さのおかげだからね」
それを聞いて、ジーノは闘神の言っていた連絡係という役職ともとれる呼び名を思い出す。突然ミラージュの宮殿に現れたりできるこの男の力があれば、情報の伝達も情報収集も、ありえないほど早く正確にできるだろう。
「それにリーズナ―の拠点は各国に散らばっているからね。彼が居ないとろくに連絡をつけることもできなくなって霧散消滅すると思うよ」
シーのは一瞬この二人の言葉を疑ったが、嘘をついているようには見えない。そもそもこんなウソが必要とも思えない。
「…わかった」
そう言うとジーノは闘神に向き合って構えた。それを見た白衣のやせ細った男は距離を取る。その表情はやや興奮気味だ。
ジーノの中で感情が暴れ狂う。
ようやく目的が達成されることへの喜び、自分の家族を殺した組織を作った者への怒り、残してきた者に対する哀しみ、これにより全てが終わるという未来への楽観、その全てが混ざって猛る。
目を閉じる。
瞼の裏に映るのはジーノの大切な人達。
師であり恩師であるラドルフ
その師が死んでから面倒を見てくれたモルド
ジーノをやたら構っていたメリー
色々良いように計らってくれたディー
いつも隣にいたフィー
真っ直ぐ目的へ向かうリン
「喜べ、ジノーヴィ・フェルトロッド。お前は唯一この世界で”命を持たぬ物”に愛された”命を持つ者”だ」
ジーノは眼をゆっくりと開き、息を吐き出すように答えた。
「知ったことか」
ジーノは右拳を握る。ガントレットが軋むような音を立て、振りかぶられた。
息を大きく吸いこむ。
ジーノの中の感情を、想いを限りなく大きく膨らませる為に――。
目の前にある”全ての元凶”を掻き消すためにジーノはワーストワードを放つ――。
「掻き消えろぉ！闘神アレェエエエエエス!!」
ジーノの拳とコトダマは闘神を貫く。
ジーノの中にある全ての感情を以て、闘神が闘神たりえる全てを掻き消していく。
闘神の姿が霞み、揺らぎ、そして消えた。
ジーノは拳を突き出したまま、前のめりで地面に倒れる。
既に始まっている禍紅石のコストの支払い。感情全てが奪われる。もはや目的を果たしたジーノに、新たな強い感情を生みだすことはできない。
消えゆくジーノの意識の中で、思い出すのは、ジーノの頭に優しく手を乗せるラドルフの姿だった。
――最期まで選択し続けろ――
力強いラドルフの声。
本当は弱いのに、無理をして不器用に足掻き続けた師の声
だが、弱かったのは自分の方だったのかもしれない。
ただ前に進むことを考え、家族の死に一度も向き合えなかった自分は、誰よりも臆病で弱い人間だ。
俺は大切な人たちを守ることを放棄し、憎しみだけを募らせてきた。リンのように欲張りにもなれず、フィーのように誰かを愛することもしない。
俺は結局、ラドルフさんのようにはなれなかったのだろう。
でも、それでも俺は――
ただ響き続けるこの世界で
第2章アイノコトダマ
完
