Neetel Inside ニートノベル
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アイノコトダマ
番外編 悲観者トマス4

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 当然のことながら、トマスの転落はアルテリアシティを追われただけでは終わらなかった。転属先の街に配属されてすぐ、転属の理由は友人を盾にして自分だけ生き残った疑いがある、という噂が流れたのだ。
 無論事実無根なのだが証明する手立てはない。しかも平民混じりのトマスの風当たりは当然のことながら強く、徐々にトマスの心は病んでいった。
 そのせいで無断欠勤が多くなったこともあり、トマスはさらに転属に転属を重ねる。そのうち大公から何か圧力があったのか、実家から勘当を言い渡され、トマスは貴族としての社会的地位を失う。
 偶然の出会いによってすべてを失ったトマスは左遷に左遷を重ね、ついに落ちこぼれ部隊D-9への転属が決まった。

 クレスト東部にあるクロームシティ、そこではD‐9部隊がつかの間の休息を過ごしていた。
「隊長、もうすぐ新人が派遣されるって報告が来てまスけど…」
 書簡を片手にカストールは椅子に深くもたれかかったフラッグに話しかける。
「新人だぁ?面度癖ぇな。どんな奴なんだ?」
 フラッグの問いにカストールは再び書簡に目を落とすと、その内容を読み上げた。
「名前はトマス・フィールトン。元貴族で、同僚であり旧知の友人である騎士を盾にして生き残った男、だそうでス」
「それが事実なら厄介な奴を押し付けられたことになるが…」
 そう言うと、フラッグは考えるような仕草をしながら唸る。
「おい、ロット!仕事だ」
 フラッグの声にのっぽの男が顎を掻きながら、フラッグにのそのそと近寄ってきた。
「なんすか?」
「今度ここに入ってくる新入りのことを洗いざらい調べて来い。費用は5までな」
 ロットはあからさまに嫌そうな顔をすると、フラッグに抗議する。
「5ですかい?せめて7はないときついっすよ」
「贅沢言うな。お前ならツテ使えば何とかなるだろーが」
「でもですねぇ…」
 それでも食い下がるロットにフラッグは軽く舌打ちをすると、やれやれといった感じで話した。
「しゃーねぇな。6までなら出してやる。そのかわりまたいい店探しといてくれ」
「…わかりましたよ。そっちは場合によっちゃ追加料金ですぜ?」
「おーう。頼んだぞ」
 ロットは最低限の荷物をまとめると、馬にまたがって走り去っていった。

 トマスはこれまでになく落ち込んでいた。今まで何度も左遷されてきたが、その先々で疎まれ、蔑ませれる日々に心は疲れきっている。さらに今度の左遷先はあのD部隊だ。D部隊への配属は落ちこぼれ騎士の終着点であり、半ば死刑宣告と同義である。
 面倒事や、どうにもならない任務を押し付けられ、全滅することも少なくないと言われるD部隊。そこへ赴任する日になっても、トマスは何も行動を起こさなかった。トマスにはこの状況の全てがどうでもよかったのである。
 唯一気がかりなのは、レ―ヴェとの約束を無断で破ってしまったことだけだった。
「あなたがトマス・フィールトンでスね?」
 トマスが街の騎士専用寄宿舎に入ると、待ちかまえていたかのようにカストールが出迎えた。
「時間には正確なようでスね。結構なことでス。ついてきて下さい、隊長がお待ちでス」
 カストールに連れられてトマスは歩く。その途中、1階の踊り場でくつろいでいたD-9部隊の隊員達が、トマスの方を見て何やら話していた。
「おー、あれが噂の新入りかいな」
「おとなしそうなツラして、下半身は暴れん坊って奴かね」
 隊員達は下卑た笑いで話しているが、不思議とトマスは不快にはならなかった。今まで様々な根も葉もない噂で蔑まされてきたものの、彼らはただ面白がっているようにしか見えない。
 そんな風にトマスが不思議に思っていると、カストールが隊長のいる部屋についたのか足を止めた。
「ここでス。…一応言っておきまスが、隊長は変わり者なんで妙なこと言われても気にしないで下さい」
 カストールがトマスの耳元でそう助言すると、ドアの向こうから怒号が聞こえてきた。
「聞えてんだよカストール!アホなこと言ってないでっさっさと入って来いやぁ!!」
 その声に苦笑いをしたカストールは、気の進まない表情でドアを開ける。
 そのドアの向こうには、ベットの上で胡坐をかいたD-9部隊の隊長であるフラッグがこちらを睨んでいた。
「…今日よりこの部隊に配属されることになったトマスです。どうぞよろし――」
「あー、いいっていいってそんな堅苦しい挨拶は。ここじゃ堅苦しくしてたってなんもいいことねえんだ。まぁ死なない程度に頑張ってくれや」
 フラッグのあっけらかんとしたその物言いに、トマスは呆然とした。今まで会ってきたどの部隊の人間とも違う態度に、トマスは驚きを隠せないでいる。
「ほれ、突っ立ってないで座れよ。いろいろ聞きたいこともあるしなぁ」
 もしかしてこの部隊にはあの噂が伝わってきていないのではないか、と思うほどフラッグの態度に敵意や侮蔑の色は見られない。
 トマスは少しうろたえながらも、目の前に置いてある椅子に座った。
「で、だ。やっぱ貴族の女ってのはいいもんなのか?」
「……は?」
 トマスはフラッグの思いもよらぬ質問に目をぱちくりさせる。
「……は?じゃねぇよ。やっぱ平民の女よかいいもん食ってる貴族の女は、具合が違うのかって聞いてんだよ」
「な、何を言って…」
「お前さぁ、自分の抱いた女の良し悪しも語れんようなウブな奴なのかぁ?ちょっとくらい教えてくれたっていいだろーがよ?」
 フラッグのその歯に衣着せぬ物言いで、半ば混乱状態に落ちっているトマスにカストールが助け船を出す。
「隊長、誰もかれもが隊長みたいな人間じゃないんでスよ?そんなこと聞かれても答えられませんよ」
「阿呆ぅ!男で純情な恋愛が許されるのは精通が済む前までだっつーの!!」
「そんなの隊長だけでスよ…」
 二人の漫才のような会話に、冷静さを何とか取り戻したトマスは二人の会話に割って入った。
「あ、あの、なんでそんな話を…」
 トマスのその問いにフラッグは訝しげな表情を見せると、さも当然のように話す。
「あぁ?そんなんお前が大公の娘に手を出したからに決まってるだろうが」
 トマスは目を見開いて固まった。
 今まで散々根も葉もない噂で謂れのない差別や罵倒を受けてきたが、レ―ヴェとの関係を言われたことは一度も無い。大公が上手く隠蔽し、事実が漏れているとは思いもよらなかったのだ。
「ウチには中々鼻の利く隊員がいるんでスよ」
 そんなトマスの様子を察したのか、カストールがトマスに説明した。
「まあこれから命を預けることになるかもしれないわけでスから、色々と調べさせてもらいました」
「ホント大公も大人気ないよなぁ。たかが男の一人や二人でよぉ…」
「いやいや、あのくらい上の貴族だとスキャンダルは命取りでスよ?」
 そんなカストールの言葉をフラッグは一笑すると、トマスに近づいて至近距離から真っ直ぐ目を見て話す。
「まぁそういうわけだ。お前の事情なんぞこの隊の他の奴に比べたらかわいいもんよ」
「…」
「とりあえずこの隊でお前は自分のできることをやれや。できないことをやれとは言わねーからよ。自分にできることをしっかりとやって、生き残れ。俺からはそんだけだ」
 トマスはアルテリアシティを追われてから初めて普通に扱われた。騎士の中でも異端者を集めた部隊D-9。その隊長を務めるフラッグは、トマスのような人間ですら受け入れ、使いこなす人物だったのだ。
 この部隊でトマスは荷物持ちや、ロットの補佐などを行いながら日々を過ごす。それは思ってた以上にきつい日々ではあったものの、部隊の一員として働く日々にトマスの病んでいた心は次第に癒されていった。
 そう、あの傭兵と偶然出会うまでは…。

       

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