Neetel Inside ニートノベル
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アイノコトダマ
番外編 悲観者トマス5

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 ドラグナシティ郊外。
 フラッグから除名を言い渡されてから半刻。
 そこに横たわるレーヴェと、フラッグに殴られたせいかひどい顔のままで女性を心配そうに介抱するトマスがいた。
 トマスはレ―ヴェの頬に触れる。やわらかな感触と、ほんのりとした温かさが伝わる。
 生きている。そう、この鼓動と温かさは生きている証だ。
 トマスはハッと我に返る。
 よくよく考えてみれば、トマスはレ―ヴェとの関係を疑われ今のような現状に至っているわけだが、こんな風に触れたことはない。
 トマスは急に気恥しくなり手を離そうとするが、その手にレ―ヴェの手が重ねられる。
「あ…」
 目が合う。何を言えばいいのか分からなくなったトマスは、ただ口をパクパクさせながら固まってしまった。
「トマス、さん…?トマスさん!!」
 ――ゴツッ!!
 目が覚め、目の前にトマスの顔があることに驚いたレ―ヴェは勢いよく起き上がり、トマスの顔に額をぶつけてしまった。
「痛たた…」
 ぶつけた額をさすりながら体を起こすレ―ヴェ。だが、痛いということで一層トマスが目の前にいることを確かに実感したレ―ヴェはトマスに話しかける。
「トマスさん!私は、私が…!!」
 トマスと会えなくなり、ずっと胸に秘めていた想い、言葉が、レ―ヴェの中から溢れ出す。涙を浮かべながら必死に言葉を紡ごうとするレ―ヴェの前でトマスは顔を抱え、涙目で蹲っていた。
 散々フラッグに殴られた所に思いっきり入ったレ―ヴェの頭突きのおかげで、止まっていた鼻血が再び滲む。
「――ッ」
 トマスの声にならない呻き声に、レ―ヴェは慌ててトマスの傍に駆け寄った。
「だ、大丈夫ですかトマスさん」
「ほへん、ははい」
 顔を抱え蹲ったままトマスは話す。だが、その言葉は鼻血で鼻が詰まっているせいか、よく聞き取れない。
「いいですから、とにかく血を――」
「ごべん、なはい」
「――!」
 レ―ヴェは自分の耳を疑った。
 その言葉はトマスが言うべき言葉ではない。自分が言うべきことなのに――。
「ごめん、なさい」
 トマスは繰り返すように謝罪する。地面に落ちるこの涙は、もう痛みのせいで滲んできた涙ではない。
「な、なんで…、なんでトマスさんが謝るんですか!!」
 レ―ヴェはトマスの方を掴み、半ば抱きしめるような格好で叫ぶ。
「自分は、知って、います。親しい、人が、急に居なくなる残酷さを」
 レ―ヴェの動きが止まる。
 そう、それはレ―ヴェも知っていることだ。トマスと共有した悲しみ、苦しみ。
「…だから、ごめんなさい」
「あ――」
 泣き崩れる、感情が、想いが、とめどなくただ流れだす。


 恨まれて当然の事をした。
 家名を隠し、自分の弱い心を、気持ちを、ただ誰かに分かって欲しかった。
 それはただの我儘だ。
 その我儘のために彼の人生は狂った。
 左遷され、貴族の名を奪われ、あまつさえ友人殺しの汚名を受けて尚、彼は私に謝罪した。
 罪悪感と、彼に恨まれることの恐怖で、自分の感情にすら気付けなかったこの私に。

 そう、私は悲しかったのだ。ようやく自分の心を理解してくれた人と、私よりも私の気持ちを理解していたこの人と、会えなくなることが悲しかったのだ。


「…ごめん、なさい」
 嗚咽を押さえ言葉を紡ぐレ―ヴェ。
 互いに抱きしめ合い、謝罪を繰り返す。
 二人の涙は地面にこぼれ、ゆっくりと混ざっていった。

     

 二人は歩く、東へ向かいできるだけ騎士や役人達の目の届かない所へ逃れるために。

 もはや事ここに至って、二人は離れるつもりなどさらさら無い。だが、レ―ヴェは大公であり宰相でもある男を父に持つ。見つかれば二人の仲は引き裂かれ、連れ戻されるのは必定だ。
 故に二人はこの国を捨てることを決意する。
 街で既に死んでいる女性に、レ―ヴェの身につけていた服や装飾品を着せ、燃やすことで彼女の死を偽装した。
 二人はクレストの外を目指すことになったわけだが、問題はその目的地だ。ドラグナシティからならばミラージュが最も近いが、今の情勢下であの国に渡ることは不可能と判断し、キサラギ、クレスト、ミラージュに属さないホーイックロックス山の近くにある村を目指すことになった。
 クレスト北東部の先にあるその街へ、2人は寄り添うようにして歩く。
 噂ではキサラギとクレストが協力し、ミラージュへ報復を行う為に大戦の準備をしているらしい。このことは二人にとって好都合だった。国内の戦力が前線、ミラージュの国境付近に集まるのならば、少しばかり移動が楽になる。
 だが、トマスは騎士として訓練を受け体力もあり、歩き慣れているものの、レ―ヴェは大貴族の令嬢なのだ。トマスのような体力はない。結果、たびたび休息を取らなければならない羽目になり、大幅に時間を費やした。
 何とか二人がクレスト北東部の廃墟と化した街にたどり着いた時には、キサラギとクレストがミラージュから撤退することを噂で耳にする。
 二人は疲れた足取りで廃墟となった街を歩く。名目上はクレストの領地であるこの街は、キサラギの侵攻を何度も受け度々この土地の所有国が変わった。そのせいでこの街の住人がキサラギに内通しているという疑いが掛けられ街の人間は全て皆殺しにされる。無論クレストの騎士達の手によって、だ。
 トマスはこの土地の現状を見てとてつもない不安に駆られた。目的地である村も、3大国に囲まれるようにして存在する。ならばいつこの街のようになってもおかしくはない。
 そんなことを考えながらトマスは歩く。廃墟群を抜け、村の外にある大きな杉の木が見えてくる。
「…?」
 トマスは杉の木の根元に目を凝らす。
 誰か居る。
 こんな辺境の誰もいない街の外れで、人がいる理由などそう多くは考えつかない。
 トマスは剣を握り締め、ゆっくりと近づく。
 人影は杉の木の根元にもたれかかったまま微動だにしない。
 人影の顔がかろうじて見える位置まで近づき、トマスは目を疑った。
「……隊長?」
 フラッグに駆け寄るトマス。
 何故ここにフラッグが居るのか、そんな理由は全く分からなかったが、トマスはただ彼に感謝の言葉を伝えたかった。
 フラッグの前でトマスは固まる。目を見開き、震える手で、トマスはフラッグの首筋に手を当てた。
 ――冷たい
 トマスの手には温かさも、鼓動も伝わってこない。そして、感謝の言葉も、もう彼には届かないだろう。
「トマスさんの知ってる人?」
 トマスの後ろをゆっくりと付いて来たレ―ヴェは、トマスの震える方に手を置きながらフラッグの顔を覗き込む。
「うん、自分の…、自分達の、恩人、大恩人です」

 二人はフラッグをその杉の木の根元に埋葬した。

 隊長は凄い人だった。
 周りから見捨てられた部隊にもかかわらず、いつも最善を尽くしていた。
 隊長は素直な人だった。
 自分の欲望も、弱さも、何一つ隠さずにぶつかって行く人だった。

 だからこそ、自分は、D‐9部隊のみんなは、隊長のことが大好きだったんだ。
 誰よりも、自分を貫いていたこの人が――


 この後、トマスは目的地であるホーイックロックス山の近くにある村にたどり着く。
 そこでレ―ヴェと共に暮らしながらトマスはありとあらゆることに最善を尽くした。
 自分を偽らず、弱さも欲望も利用しながら周辺国の侵略に備える。トマスは数年後、この山が黄泉の国へ続く扉があると言われている理由にたどり着き、騎士としてではなく政治家として自分の大切なものを守り始めた。
 自分の臆病な、悲観的な性格をフルに発揮し、トマスは周辺国と交渉を行う。
 コトダマ使いに唯一有効な武器、ムーンライトソードの原料の独占。それは各国に多大な影響をもたらした。

 トマスは輝石の光の影響で長く生きることはできなかったが、後に彼の息子のフラッグ・フィールトンは案山子と罵られながらも、片足の英雄として名を馳せることになるが、それはまた別の話である――。

       

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