Neetel Inside ニートノベル
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顔の嵐
屍の道

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 その後、高橋藍は大号泣の中別室へ連行された。それはほとんどの生徒達にとって、人生最高級の“号泣”であった。あれほどに泣き狂う人間の姿は、普通の人生ではなかなか拝めるものではない。
「えー、このゲームでは失格者の所持カードを知る術はありませんが、ドロップアウト者が持っていたカードは公表されます」
 第二節の余韻などまったく無く、またすぐにゲームは進む。
「第二節でドロップアウトされた両名……千葉様が持っていたカードは『多部未華子』、三浦様が持っていたカードは『新庄剛』でした。今後のゲーム展開で参考にしていただければと思います」
「はっは、そりゃ~生き残れねえわあの二人じゃ。あいつらにそんなカード配るなんて主催者さんも随分性格悪いじゃないの~」
 相澤は一々六田に掴みかかる事をせず、握った拳の中で私憤を堪えた。
 可笑しそうにガタガタと机を鳴らす六田。――そして、その後ろで蛇のような目つきで睨む女。
「あん? なんだ用か。……五日市」
 首を捻り後ろを振り返る六田。
 五日市 美花(いつかいち みか)。男漁りの激しさは学年でもトップクラスであり、同性の友人は少ないもののそれを全く苦とせず次から次へと新しい男を誘惑している。
「べっつに。ただ、なん~でそんなに余裕があるのかと思ってさ。お前みたいな不細工が」
「……黙れ。糞ヤリマン女」
 ――六田と五日市の言い争いになど耳を傾けず、相澤は考えた。六田はああ言っているが、相澤には二人のカードがそれほど“弱い”ようには感じられなかった。
(……少なくとも、あれほど必死になってドロップアウトする程か……? これじゃ高橋が不憫すぎる)
 しかし、それこそがこのゲームの落とし穴。このゲームでは観戦者がより知略戦を楽しめるよう、いわゆる“不細工”のカードより“美系”のカードが多く配られている。下でなく上のレベルを詰めることで、自分の顔に自信が無い者でも「まだいけるかも」と考えやすい。……特に、芸能人一覧表を見せられても『多部未華子』と『新庄剛』を弱いと感じていない相澤は完全に赤信号。
(……そういう奴から死にますよ。このゲームは)
 一瞬緩んだ口をすぐに引き締めて、進行役はゲームを進めた。
「それではこれより第三節の面会時間を開始します。希望者は係の者にお伝え下さい」
 この節からはちらほらと面会時間を利用する者が増えた。とりあえず一息つこうなんて意味合いが多いのだろうか、仲の良い者同士で部屋を借りている場合が多い。
 相澤はこの節も教室に残って動向を眺めているつもりだったが、その時強く手首を掴まれた。
「相澤くん! お願い、面会付き合って」
「光!?」
 すぐに面会の手続きを取り駆け足で別室に向かった荒谷と相澤。その間も荒谷は一度も掴んだ手首を離さない。
「……どうしたの? いきなり」
「ごめんね。この節から皆急に教室からいなくなるようになっちゃって、相澤くんは面会相手いなさそうだったから」
 何か特別な理由があった訳ではなく、単に不安で誰かと面会時間を設けたかっただけ。
 ……いまいち危機感が足りていないのだろうか、二人はお互いの事を微塵も疑ってなどいなかった。相澤も荒谷も、ここでお互いを裏切るような人間ではないと信じ切っている。
「そっか……。まあ、せっかくなんだから色々考えとこうか」
「考える?」
「うん、芸能人のカードとクラス全員、それぞれ自分達なりの暫定ランクをつける……。それだけでも、きっと大事な場面で役に立つはず。これをやるのは一人じゃなくて誰かの意見を交えながらの方が正確だしね」
 まさにそれをやれということなのだろう。教室に用意されていたコピー用紙とシャープペンをすぐに見つけ、相澤はランク付けを始めた。
「……それにしても、高橋は本当に可哀相だった。三浦と千葉、あいつら急いでドロップアウトしなくてもまだ生き残れたんじゃないのか?」
 シャーペンを走らせながら、相澤は胸のもやもやを打ち明けた。
「え、どうして?」
「どうしてって……。新庄と多部未華子だろ? 運が良ければまだ暫く生き残れそうなもんだけど」
 すると荒谷は焦ったように顔の前で両手を振った。
「そ、それは違うよ相澤くん!!」
「……違うって?」
「だって、このゲームは自分の顔とカードのレベルの合計なんだから……。もしゲームの主催者って人達が本当に公正に配ったら、全員が100レベル近くで落ち着くはずだよね」
 例えば、レベル100の美系にはレベル1のカードを。レベル20の不細工にはレベル80のカード。そういうバランスを重視した配り方なら、確かに合計レベルは全員100付近に収束する。
「……こんな時だから包み隠さず言うけどさ。正直、三浦くんと千葉さんは決して美系ではないと思うの。そこに配られたのが新庄と多部未華子だから……。芸能人のリストを見て思ったんだけど、新庄と多部未華子って間違いなく下側のレベルだと思う」
 芸能人のリストを見て“気付くべきこと”。そこに荒谷は気付いている。
「だから、三浦くんと千葉さんの合計レベルは100を大きく下回ってたはず。……失格最有力候補だったんだよ」
 荒谷の言っている事は全て的確であった。ゲームの見解も、三浦と千葉の容姿レベルの見立ても。
 ……そもそもこの時点で、相澤の思考回路は決定的にズレていた。三浦と千葉のどちらかが高橋にドロップアウトを譲れば三人とも死ななかったかもしれないと相澤は考えているが、三浦か千葉、ドロップアウトせずゲームに残った方は高確率で死んでいた。最下位付近のプレイヤーのドロップアウトはゲームを直接左右する。“ドロップアウトしたから死ななかった”、“ドロップアウトしなかったから死んだ”という、このゲームでは当然のギミックに相澤は未だ辿り着いていない。
 それに、もし運良く三人が生き延びたとしても、他の誰かが死んだだけ。このゲームでは毎節必ず死者が出る。クラスメイトの屍の上にしか道は無いのだ。
 「ドロップアウトを譲った高橋がどうしようもないグズだった」。別室からゲームを眺めている主催者の誰かが、そう呟いた。

 ――そしてその頃。奇しくも六田と五日市の二人が、ゲームの流れを大きく歪ませていた。

       

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