Neetel Inside 文芸新都
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いつかのあした
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「たぶん僕らは、少しばかり賢くなりすぎたんだ。」
20年生きてきて、その中で唯一親友とよべる仲だったあいつは、この言葉を残して僕の前から姿を消した。最後に見たあいつの顔は静かに涙を流していた。


 天井、手、携帯、9時30分・・・眠い、もうちょっと寝よう・・・9時30分、くじさんじゅっぷん・・・寝坊、遅刻。まずい、完全に遅刻した。そう思い飛び起きる。と、同時に頭が正常な回転を取り戻した。あっ、今日は土曜日か。
 大学に通い始めて早二年。変化の乏しい繰り返しの日々が続いている。曜日感覚もなくなってしまってるなと思う。あせって起きたために無駄に目がさえてしまった。何の気なしにテレビをつけた。ついこの間結婚して世間を騒がせた芸能人カップルが離婚したというニュースがしていた。やっぱりなと思う。
 大学に入学したのは特に理由があったわけではない。このご時世高卒で就職するのは厳しいし、将来の夢があるわけでもないから取り合えずだ。実家を出て一人暮らしを始めたが特にこれといっておもしろくもない。目標のないだらだらとした日々は何一つ与えてくれなかった。
 小学校、中学、高校と、僕は典型的な優等生だったと思う。成績は常にトップクラスだったし、部活の部長を務めたりもした。親に対して反抗することもなかった。良い子、というのがぴったり合うと思う。でも、あのころを思うと少しさみしくもある。友達は少なくはなかったとは思うが、親友と呼べる人はほぼいない。今でも連絡を取っている相手なんて数えるほどだ。20年何をしてきたんだろう。テレビは場面を変え北海道で風邪が流行っているというニュースを伝えていた。
 昼食を済ませ何の気なしに家を出た。うんざりするほどの快晴。しばらくぶらぶらしてから近所の川を見に行った。昔から外で遊ぶのは好きだった。山に行ったり、川に行ったり、海に行ったり。風が心地いい。あいつと最後に話した日もこんな天気だった。

「人は何で泣くのかな?」
真面目な顔をしてアキラが急にそんなことを言い出すもんだから思わず笑ってしまった。アキラは小学6年のとき転校してきた。クラスのみんなは彼に興味を持ったが、彼は多くを語ることはしなかった。どこか大人びた雰囲気をもった彼にみんな一目を置くようになっていた。どうして僕とアキラが仲良くなったのかは思い出せない。気づくとアキラと一緒にいる時間が増えていた。お互い無理に話そうとはしなかったから一緒にいて負担にならない。なんとなく安心できる関係。うまく言い表せられないが、それでも僕らの関係は親友と呼ぶに足るものだったと思う。
「涙は何のためにあるの?乾燥を防ぐため?」
アキラはそう続けた。相変わらず真剣な顔をしたままだった。僕は、そうなんじゃない、とあいまいなことしか言えなかった。
「悲しい時は目が乾くの?」
そんなことはないと思うけど、と答えた。
「じゃあ何故?」
突然こんなことを言い出したアキラの真意を測りかね、逆に、アキラの考えを訪ねた。
「涙は僕らを守っているんだと思う。」
アキラはそう言って話し始めた。あくまで真剣に。
「涙は僕らを悲しみから遠ざけてくれるんだ。直視するにはあまりにもつらい現実をゆがめてくれる。心のバリアとでも言おうか。なんかそんなものだと思うんだ。」
「直視するにはつらい現実って?」
「未来。いつかは訪れる悲しい未来。10年後かもしれない、1年後かもしれない、1週間後、もしかしたら明日かもしれない。わからない。けど間違いなく訪れる未来。」
「それって死ぬ時ってこと?」
「そう。僕らはいつか死ぬ。そして僕らはそのことを知ってしまってる。考えると辛いから普段は考えないようにしてるけど僕らは知っている。明日は確実に訪れるものではないことを。」
突然こんなことを言い出したアキラの考えが余計わからなくなった。やっぱりアキラは僕よりも大人だなと思った。
「たぶん僕らは、少しばかり賢くなりすぎたんだ。」
そういってアキラは泣いた。心のバリア、アキラはそういった。そうなのかどうなのかはわからなかった。ただ、アキラの涙はきれいだと思った。

アキラが行方不明になって早くも5年がたっていた。
アキラは両親を事故で亡くし母方の祖母の家に住んでいた。アキラの祖母は面倒見のいいやさしい人だった。しかし、僕らが中2になろうとしているとき、アルツハイマーの症状が出始めた。症状はあっという間に進行し、アキラのことも誰かわからなくなっていった。だから、中学校の卒業式の前日アキラが行方をくらましてもアキラのおばあちゃんは警察に連絡したりはしなかった。アキラを探しに訪れた僕らの学校の先生にお腹がすいたといった。

 気づけば陽は傾き始めていた。心地よかった風も少し寒いと感じるほどになっていた。重い腰をあげて家に帰る。ベットに体を投げ出し仰向けになる。そして机の上に開いたままにしてあった手紙を手に取り読み返す。昨日届いていた手紙。見慣れた文字で書かれていた。相変わらずきれいな字だ。昨日、アキラから手紙が来た。

  ミツルヘ

久しぶりだね。元気にしていますか? 僕のほうは元気です。
ミツルに最後に会ったのは中学の卒業式の前日だからもう5年になるのか。
僕らはもう二十歳。もう大人ってわけだ。なんか実感はわかないけど。
ミツルは頭が良かったから大学に行ってるのかな。大学は楽しいかい?
5年前、君の前から消えてから何処で何をしていたか詳しく書くことはできません。
ただ、どうしてもミツルに伝えておきたいことがあるから手紙を書いたんだ。
最後に僕らが話したこと覚えてるかい?
頭のいい君のことだから覚えてると思う。そう、人はいつか死ぬって話。
そして、人は賢くなりすぎたって話。
僕は人間は不憫でならないって思ってたんだ、ずっと。
僕の祖母のこと覚えてるかい?
アルツハイマーに罹って孫の僕を初恋の人と思っていた女性だよ。
この前お墓にはまいってきたよ。
彼女はどんな気持ちで死んだのかな?
苦しいとか悲しいとか思ったのかな?
否、彼女はそんなこと考えなかったと思うよ。彼女は過去のなかで生きていたから。
僕は気づいたんだ。未来を見るからつらくなるんだと、いや、未来が見えるからつらくなるんだと。
人類を救う唯一の方法はみんなバカになることだと思うんだ。
そうすれば僕の祖母のように過去のなかで生きていける。
だからね、
僕は人類を救うために一つのウイルスを作ったんだ。
このウイルスにかかるとね、最初は風邪みたいな症状が出るんだ。でね、進行すると人はアルツハイマーの症状になるんだ。
そう、僕の祖母とおんなじ。これでみんな未来から解放される。
これが唯一の幸せの可能性だ。
君もそう思うだろ?


 アキラに何があったのかは僕は知らない。未来が悲しみなのかなんて僕にはわからない。過去が美しいものかもはっきりしない。僕の20年は決してぱっとしたものじゃない。未来はこれよりも悲しいの?
 アキラがこんなことを考えるようになったのはどうしてだろう。卒業式の前日、僕がもっと気の利いた言葉をかけてやれたなら、こんなこと考えたりはしなかったのかな。それならたった一人の親友の助けにもなれなかった僕の20年はホントに無意味だ。考えてもわからない。わからないことだらけなのにホントに僕らは賢くなりすぎたの?
 手紙を置き溜息をついた。考えるのはやめた。テレビをつける。テレビでは北海道で風邪が流行しているというニュースがながれていた。

       

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