Neetel Inside ニートノベル
表紙

わが地獄(仮)
ロボについて


 最近、岡本太郎をよく読んでいる。だから昔のプロットを掘り起こしてみた。
 ロボットものなんだけども、ちっともうまくいかない。話のベースになる設定が複雑だし、直感的に理解できない。しかも敵と戦うのが嫌で、敵をあいまいに設定しているんだけども、これがちっとも話の展開として転がらない。やっぱり人間は敵を蹴散らして快感を得る生き物なのかもしれない。
 ロボットものは一周まわるともうロボットでなくてもいいじゃん、になるので、扱いづらい題材である。最近ではパシフィック・リムとか、ユナイテッドステイツなんとかとか、海外でもメックとかテックとか言われて映像文章問わずニッチな人気があるらしい。そもそも「十三機兵防衛圏」がクソ面白かったので、それでいいじゃんという気持ちもある。
 水星の魔女もまったく見ていないんだけど、ネタバレだけ見て楽しんでいる。株式会社ガンダムとか、もうトマト食べられないねぇとかは知ってる。
 水星の魔女がどうこう言うつもりはないんだけど、もうガンダムというのは一種の野球漫画とか麻雀小説みたいになってきたなと思う。ある程度の枠があって、そのなかでどうしますか? という題材になってきた。仮面ライダーもそうかもしれない。
 それが悪いわけではないし、よくもあるんだろうけど、それはつまり狭い世界観の中で背くらべをしている状態なわけで、たとえばチェンソーマンみたいな広がり方はないなと思う。チェンソーマンが広がっていっているかはまた別として。
 そういった中で、自分は枠にとらわれないロボットものをやるぞ!と思ったんだけど、これが全然うまくいかない。そもそもロボットに乗ってどうするのかさえ決まらない。ロボといったって深海とか危険なところを探索する側面もあったり、あるいはなにかの採集機械だったり、いろんな役割を持たせることもできるんだけど、そのへんもさっぱりまとまらない。おいおい全然ダメじゃんという感じだと思うから、今回は愚痴として処理することにした。
 枠にとらわれているのはよくない、という考え方もあるかもしれないけれど、たとえばガンダムという枠の中でどうするか、仮面ライダーという枠の中でどうするか、と考えて追求することに意味はあると思うし、実際にそのなかでやりくりしていって面白くなる、ということもある。水星の魔女はほんわか学園モノのノリからやめなさいして一気にガンダムに寄った、という評価も得ているらしい。
 ただ俺は枠のなかでは劣等というか、うまくやれないから、自分独自のルールの中で他者を排斥したブルーオーシャンを作ろうとしてきた。それが俺にとっての自由だったし気楽さだった。もちろん、前任者がいないんだからどう話つくりゃいいんだよ、と絶望したこともある。それを乗り越えたり、乗り越えなかったりした。

 ロボットというとすぐガンダムとか、アーマードコアとか、フロントミッションとか、ボトムズとか、そういう枠に収まるのはとりあえず嫌だ。すぐに歩兵の有用性とかそういう話になるし、戦争は嫌いだ。俺はミリタリーものは好きになれない。だから、戦争と関係ないロボの話がしたいなあ、と思うんだけど、そうすると対人戦闘をしなくなって、バトルがなくなって、ロボに乗る意味がなくなる。だからすぐロボものは戦争するんだろうなと思う。
 なんだかそうしていろいろ設定ばかり考えているうちに疲れてきてしまった。だから、それならいっそオーソドックスななんちゃってガンダムを作った方がいいんだろうなあと思ったりもする。枠を利用して自分の好きなようにする、というのはレシピ見てカレー作るようなもんで、べつに作る時点で偉いからいいじゃん、と俺は思う。グリーンカレーが食いたいときにグリーンカレーを作れることは悪いことじゃない。
 じゃあそんなにロボが好きか、といえば好きでもない。じゃあもういいじゃん、となればそうかも、となる。難しいところだ。
 自分の心と、やりたいことと、それがミックスされた題材があればいいんだけども、なかなかそううまくはいかない。超能力はもうやったし、ギャンブルもたくさん書いた。異世界モノはうまく機能しないし、ラブコメをやるには俺は性格が悪すぎる。別にどうしてもやりたいなら、苦手なジャンルでもやればいいと思うけど、今の俺にはそこまで情熱をかけられるものがそんなにない。
 ただ岡本太郎の言うように「好かれようとした作品なんかクソだ」というのは、確かに実感として俺の中にもある。だから「人から嫌われるような作品」なら書きたいかもしれない、という気持ちがある。誰かを傷つけても俺はこう思う、という作品。そういうのは自分でやるのも他人がやってるのを見てもいいなあ、と思う。
 そういう意味ではピカレスクロマンをやりたいなあ、とは思う。いろんなジャンルに手を出すよりも、「結局おまえこれが好きじゃん」というものを一個決めてしまって、それを追求し続けるのも悪いことじゃない。嫌になったらまた別の何かをやればいい。
 たとえ自分の世界が狭くなるとしても、自分がいいと思ったものをつらぬくしかないのかもしれない。
 そうは言いつつ、セイブザキャットとか読んで、脚本術の勉強をしたりもしているんだけれども。
 次はセリフの勉強をしたいなあ、と思う。
表紙

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Neetsha