Neetel Inside ニートノベル
表紙

わが地獄(仮)
夢の損害賠償

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 クソみたいな気分だったからクソみたいなことを書いた。
 ネットに張り付き、アマゾンで商品検索。
 適当に作品をチェック。ポチる。
 その作業をしながら録画したアニメを再生。
 一話から最新話までを連続でチェック。矛盾なし。
 今度は原作を手に取る。最近本屋で平積みにされているシリーズ。
 一巻から最新刊までを総ざらいに読み直し、矛盾がないかチェック。
 ここは、という箇所があったらメモ帳に書き写す。
 よし。
 この作品もかなり矛盾がある。作者が何も考えていない証拠だ。
 天誅。
 俺はその矛盾リストをコピペして、ネット状にばら撒く。
 スルーしつつも興味津々の読者が、俺のコピペに翻弄されていく。
 いつの間にか俺のコピペが、俺の知らないところで貼られていく。
 快感だ。
 信者たちが猛烈に反論してくる。俺はそれをつぶさに正確に論破する。
 そうしてやがて信者たちも疲れ果て、捨てゼリフを吐きながら消えていく。
 戻ってこなければそれでもいい。戻ってきたら、半分は俺の仲間、俺が意識を改造してやったしもべだ。俺が見つけた矛盾をため息まじりで新入りに披露する。もう彼にその作品を無垢に楽しんでいた面影はない。
 俺は首に締めたネクタイを緩めた。給料を貰う仕事をしながら、いい加減な仕事ばかりする小説家などという人種を懲らしめる。俺は神の代理人……

 そんな生活を繰り返していたある時、俺の自宅にスーツ姿の女が現れた。なんだ。女は敵だ。俺は吐き気がした。同時にその豊満な肉体に欲情もした。ああ、気分が悪い。
「――さんですね?」
 スーツの女性が俺の名前を呼んだ。やめろ。くそっ、なんで女が働いたりするんだ。女は黙って家に入っていればいいんだ。お前らのせいで俺は一般事務希望だったのに営業に配属された……来る日も来る日も興味の無い部品や機械をしけた爺ィに売りつける仕事……最悪の一言……こいつら女は当然みたいな顔でお茶汲んで、電話とって、いつでもトイレに行って子供が風邪を引いた運動会だですぐ休む。それなら最初から仕事なんてするな……
「――さん?」
「え、ああ、はい。なんですか?」
「ちょっと込み入った話になりますので、お上がりしてもよろしいですか?」
「……それはちょっと、プライバシーがありますので」
 女が笑う。何がおかしい。俺は拳を振り上げそうになってしまった。いけない、いけない。暴力は法律違反だ。殴ってやりたいのは山々だけど。
「行政命令ですので」
「あ、ちょっと」
 女は俺の散らかった部屋に勝手に上がりこんでしまった。くそっ。買いためたエロゲーソフトがそこら中に転がっている。俺は死にたくなった。早く殺して欲しい。死が来ない。待ち遠しい。
 女はキッチンテーブルに腰かけた。断りもなしか。俺が就職活動していた頃は、うっかり無断で座ったら怒鳴られたものだ。分かっていたのに。俺はわかっていて、疲れていたからうっかり座ってしまっただけなのに。畜生。女は許される。いつもそうだ。
「単刀直入に申し上げます。あなたは、告訴されました」
「――は?」
 告訴、告訴だと? 訴えられたってことか? 誰に? なんで?
「……身に覚えが、無いんですが」
「それは無いでしょう」女が悠然と微笑む。ああ、蛇の顔。うそつきの笑顔。死んでくれ。死んでくれ。見たくない。
「あなたはそれを知っている。あなたはそれを罪だと考えていないだけ」
「……なんの罪ですか?」
「他人の夢を壊した罪、です」
 俺はぷっと笑ってしまった。
 夢とか。
 何それ。
 だが、女は俺の冷笑に気づいていないかのように自然な動きで、カバンから書類を取り出した。何かのパンフレット。

『夢と損害賠償』

 そういうタイトルだった。
「夢を傷つけることが犯罪になったのは、ご存知で?」
「……いえ。いつ決まったんですか?」
「あなたが眠っている間に」
「意味不明です。帰ってください。詐欺ですか、詐欺ですね? 警察呼びますよ」
「どうぞ」
 俺は警察を呼んだ。
 いま、青色の制服を着た警官が、俺の後ろで勝手に淹れたコーヒーを飲んでいる。
「…………」
 後頭部に、体育会系の視線を感じる。俺は冷や汗が出た。俺は、体格のいい男と一緒にいると具合が悪くなるのだ。めまいがする。ああ、畜生、なんなんだ。
 女は、作った微笑みを崩さない。
「お分かりいただけましたか? 私は政府から派遣された人間なんです」
「……帰ってください」
「もちろん、手続きが終わり次第、すぐに引き取らせて頂きますよ」小首をかしげるように、気取った頷き方をして、
「――さん。あなたは、毎日のようにインターネットに接続し、既存の作品の矛盾やアラをさも疑問に思っているだけ、そんな顔をして、一覧にし、ネットのいたるところに貼り付けて回った。そうですね?」
「……ああ、本当に疑問だったんです。その作品が大好きだったものですから。気になって……」
「ご冗談を」女は有無を言わさず微笑み、
「嘘も時と場合を選ぶべきです。あの流れで、あなたに悪意が無かったわけがない」
「そんな、証明できるんですか? そんなの……」
「できます」
「では、どうぞ。やってみてください」
「やりません」
「……は?」
「証明できますが、そのやり方を説明する義務は我々にはありません。また、我々が証明できなかったとしても、誰かが証明できる、ということは確定しています。つまり、証明していなくても、証明している、ということになるのです。証明できるという確信さえあれば」
 狂ってる。
 この国は狂ってる。
 俺はめまいがした。
「あなたの書き込みで、当該作品を楽しめなくなったと国家へ通報なされた方が34599人いらっしゃいました。あなたは、その人たちの夢を破壊しました。よって、損害賠償を支払ってもらいます」
「無理です。支払い能力がありません」
「あります」微笑、
「心配なさらずとも大丈夫、ちゃんと完済できるプランはご用意してあります」
「ふざけんな……ふざけんなよ、何が夢だよ……俺はただ書き込んだだけだぞ! それに作品に矛盾があったのは本当だ! 俺は改ざんなんてしていない……俺に罪があるなら、その作者にだって罪があるだろう!」
「ありません」
「はあ!?」
「夢を見る人に罪は無い。罪は、夢を壊す者、眠りを妨げる者にあるのです。居眠り運転のドライバーを罰する時に、『睡眠』に罪があるなんて言い出す人はいないでしょう?」
「俺に罪があるって言い出してる奴らが、何を……ぎゃあああああ!!」
 俺の背後の警官が俺の腕を捻り上げてきた。
「痛い痛い痛い! 暴力反対!」
「お前にそんなことを言う権利は無いよ」
 警官がにこやかに、俺の肩関節をゴリゴリ削った。
「お前は人の夢を壊した。つまり、同時にお前は『暴力反対を夢見ること』を、俺から奪ったも同然ということだ。お前に手加減してやる義理はない」
「意味がわからない、こんなの横暴だ! いつからこの国はこんなになっちまったんだ! 俺のせいじゃない、俺のせいじゃないぞ!」
「放してあげてください」
 警官が俺の手を解放した。
「痛い……痛い……畜生……」
「あなたが傷つけた夢も、きっと痛かったと思いますよ」
「馬鹿じゃないのか……夢が痛がったりするかよ!」
「じゃあ、あなたが痛がっているように見えるのも、きっと私の夢なのですね?」
 俺はゾッとした。
 こいつらは狂っている。
 狂っているのに、国家なんだ。
 ああ、この国は終わりだ。俺みたいな善良で納税義務を果たしている三十五歳の独身貴族が、こんな目に遭うなんて。小学校、中学校、高校、大学、そして社会に出てから……俺は自分に回ってきたババを誰かにこっそり渡し、自分のことは棚に上げ、さも自分は正しいような顔をして生きてきた。それが『大人になる』ってことだろう? 偉そうな顔をして本当に苦しんでいる人間を切り捨ててきた。「仕方ないね」で済ませてきた。みんなそうだろう? 俺だけじゃない、みんなそうやって生きているじゃないか、mixi、ライン、ツイッター、ブログ……俺だけじゃない。俺はその捌け口にアニメや漫画を選んだだけだ。それの何が悪いんだ。人を見下して馬鹿にして、俺はそれを心の慰めにして仕事してきたんだ。会いたくもない上司に笑顔で挨拶をし、気の合わない同僚と冷笑を見せ合い、社内の女はみんなブスかビッチ、営業回りで行く得意先はなぜかいつも俺のことばかり嫌う……俺が悪いんじゃない! あいつらが悪いんだ! 俺は、俺はそれを胸の内で殺すために、人の夢に汚物をかけて生きてきた……なぜなら、俺自身が汚物をぶつけられながら生きてきたからだ! 俺は汚物まみれなのに、どうして楽しそうな奴に汚物をぶつけちゃいけない!? 不公平じゃないか、不公平、不公平、不公平!! そんなの民主主義じゃない、そんなの現代社会じゃない! 平等にしないと、平等にみんなで不幸にならないと!!
 俺は間違っているか!?
「間違っています」
 俺は女を見た。女も俺を見た。
 女は言った。
「あなたは人の夢を壊した。それは命と等価と言ってもいい、決して元には戻らぬ幻想なのです。知っていますか? 夢は水で腐るんです。あなたは夢に水を差した。じょうろにいっぱいに水をためて、それを嬉々として夢に注いだ。『幻滅』という心の傷を名前も知らない善良な誰かに刻んでしまった……それは時でも癒せはしない」
 女はパンフレットを開いた。
 そこには、俺が生涯をかけて納めていくことになる損害賠償の請求金額が書かれていた。
 俺は声が震えるのを止められなかった。
「かんべんしてください……かんべんして……」
 女は俺を許さなかった。

 それから俺の人生は惨憺たるものだった。給料のほとんどは損害賠償に持っていかれ、ローン審査などはブラックリスト乗り。車も家も買えずに毎日毎夜コンビニ弁当。ネット環境も剥奪され、肉体的にも精神的にも、牢獄に繋ぎとめられたも同然だった。全国書店への出入り禁止・民放との契約不可なども加わって、娯楽などないも同然だった。給料のほとんどがカット同然なのだから風俗にも行けない。俺はそのまま働き続け、十三年後、首を吊って自殺した。最後に窓から見えた、俺のいない世界はとても綺麗に見えた。
 俺が働いて稼いだ金は、夢を作る人たちへ送られたそうだ。

       

表紙

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Neetsha