Neetel Inside ニートノベル
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わが地獄(仮)
『炭鉱の絵』

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 這い蹲る。涙が出る。それは涙を流すなんていう綺麗な言葉なんかじゃなく、顔から滴ると言った方がいい。だらだらだらだらと俺の眼窩から絞り出された涙が溢れ、鼻筋を伝い、嫌な感触を残して鼻頭から床へと落ちる。垂れ落ちる。嫌な光景だ。見たくもない。人に傷つけられた奴が流す涙だ。わかってもらえないことから出る涙だ。きたならしい。吐き気がする。俺は地面に額を擦りつけて何度もえずきながら泣き続ける。苦しい、苦しい。
 顔が落ちていくように感じる。バリッと剥がれて涙の重みで顔の皮膚が根こそぎ落ちてしまいそうな、そんな悪寒。いっそ落ちてしまえばいいと思う。そうすればこの顔の裏にある肉や骨や脂をじかに触れるし、何かがハッキリする可能性はある、何かが。両手を顔に当てるとべっちょりと湿っていて気色が悪い。濡れているというのは不快なことなのだ。世界が気心の知れた緩慢さで動いていく、呼吸のように、調整のように、その中で、俺は泣き続ける。塩の塊のようにまでなってしまた涙を落とし続ける。何かが俺の背を引っ張る、そして振り向いた先には虚空が、砂漠が、目的地なき大空が広がっているばかりだ。俺には与えられなかったものだ。誰かが俺から盗んでいってしまったものだ。それはいい。全然仕方ない。くれてやってもいいがこの涙を止めてくれ。後から後から湧いてくる、この悲しみを止めてくれ。ボタボタボタボタとあんたにはこれが見えないのか? この駅舎のふもとでさ、泣いている男がいるだろう? 座り込んで、灰に煙って、こっちを見ている。あの男を助けてやりたいとは思わないか? お前のすぐうしろにいるよ。くだもの入れかなにかに座り込んで、一日が終わっていくのを眺めているやつ。あいつをどうしたい? このままだと物語は進んで行って、あの男は背後の方、過ぎ去ったところのことってことになっちまう、それでもいいか? ああいくつもの段差が込み合っていて、どこに誰がいるのかもこれじゃわからないな。よじのぼっていくのは少ない奴らだ。俺はやっぱり下がっているよ。もうここが平原だ。ずいぶん平らになった。見れば向こうは文字で出来た採掘場。その絵の中だ。俺たちは絵なんだよ。女の子が俺たちの額物を持ってくれてる。それで時々景色が揺らぐんだ。彼女は守り手に違いない。そうだろう? ああひらひらするな、しっかり持っててくれ、しっかり。
 大切なものはいつだって鷲掴みにしていないと手を離れていくもんなんだ。なあお嬢さん。次のページをひとつ私にくださいな。抱える指に疲れ、石が嘘つきだということを思い出したあなたなら、私にこの絵をくれるでしょう。この炭鉱の絵を。汚らしい粉塵で灰まで真っ黒にされた人々の苦しみを私にください。私はきっと、私はきっと、理解できることでしょう。

       

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