Neetel Inside 文芸新都
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足草が丘
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じどじどとした真夏の夜の事だった。
髪の色が焦げた紫色の美貌の女が私の家へやってきた。
「どなたじゃ、そちは」わしは裸にガウンを纏って客人を出迎えた。
「あたしはしがない旅人」女はおちょぼ口を小さく震わせて言った。「あなたの家は裕福そうにお見えつかさったゆえ、参ったのでごじゃります。一日と申しませぬ。一晩だけ泊めてはくれませぬか?」
「ほほう」
わしは値踏みするように女の体を上から下まで舐めまわし見た。女はイエスが纏ったと思われる絹のドレスを着ている。彼女は白く澄んだ肌をしていて、ふくよかな体形をしていた。服から覗く腕、足、首、顔からは、所々脂肪の油が染み出し、照り輝いていた。
美しい女子ではないか。わしは滾り出る男の欲望をひっこめるようにごくりと唾を飲みこんだ。
「よか、よか。入りんしゃい」
わしはそっけなく手をこまねいて、客人を家の中へ招き入れた。女は足音一つ立てることなく部屋に上がり込んだ。
「さて、お主は何という名前かね?」
「はい、お滝野村悦子と申す」
「お悦子殿か、よか名前じゃて」
「へえ、今は亡き母上が名づけつかさっておくんなましたんでごじゃりますじゃ」
わしは囲炉裏から柄杓に湯を汲み、使い古しの茶っ葉の入った急須に注いだ。
「そこの座布団に平気で座るべ」
「へえ」
囲炉裏を囲んだボロイ座布団に女を座らせ、ひび割れた土湯のみに茶を入れて女に渡した。
「あちち、あちち、ほれ、お悦子殿、ぎょうさん歩いて疲れたろうて、さあさあ、これでも飲んでホットしなされ」
「どうも、面倒かけますじゃ」
ごうごう、がたがた、外は風が強い。台風んが近付いているようだ。
「城で荷馬車を牽いている若い奴がおるんですがな、そやつ、顔が馬に似とって、まあ、荷馬車牽きの為に生れて来たようなやつじゃて、そやつ、馬彦という名前でして、名前も、まあ、馬なんですな」わしは自分の古い湯呑みに茶を注ぎ、それをちびちびと飲みながら女の隣にに座布団を敷いて、その上に腰を下ろした。「まあ、わしの一人息子なんですがね。彼が今朝言っておりましてな。城の天気読みの話じゃ、明日の早朝にでも台風が到着するらしいと。まあ、あんたがよろしいなら、一晩と言わず、台風が収まるまでゆっくり休んでいきなされ」
悦子は感嘆して、まんまるい目を潤ませ、わしの顔をとくと眺めた。わしは、美人に見つめられ照れて顔が赤くなるのを感じて、おまわず目を伏せた。
「なあに、」わしは言った。「困っている人を助けるいうんは人として当然じゃて、わしの亡き父も、よお、旅人をもてなしていたもんで、血でしょうな。わしも困っている人を見ると放っておけぬやし」
「偉いお人じゃ。貴方は」悦子は袖で涙を拭きながら言った。わしはすこぶる照れて、口が勝手に笑みを作ってしまった。いかん、いかん。褒められて笑うようじゃ、安い男に見られてしまうぞ。
「おっほん」わしは咳払いして気を仕切りなおし「さて、悦子殿、旅人じゃと見てつかあさったが、それでよろしかったかしら?」
「へえ、おっしゃるとおり、あたしは旅の者ですじゃ」
「なるのへそ。じゃあ、あんた、ちと聞くがね、いや、いかんせん、答えたくないなら答えなくていいじゃが、ふむふむ、えーと、なぜじゃろうな? 旅の理由を、もしよろしいならお聞かせ願いたい」
悦子は聞かれる事は分かっていたことよ、と言いたげに決心した顔で小さく頷き、湯呑みを床に置いた。
「よろしいでしょう。泊めていただくご恩、貴方の興味の心が満たせるなら、進んでそれをいたしましょう」
わしも湯呑みを置いた。そうそうにお茶を飲み干してしまった為、新しいのを注ごうか迷ったが、今は悦子の話に耳を傾けようと、それをしなかった。
「あたしは祖国、北の国から海を渡り、この江戸までやってまいりました。なぜ祖国を離れなければならなかったのかといったら、それは、あたしの両親が死んだ事がきっかけなんででごじゃりました。へえ、そうじゃった」悦子は口の横に皺を刻み、スッと鼻をすすった。「お恥ずかしゅうなあ……、この年になって泣くなんて」
「いやいや!」わしは慌てて首を振って否定した。
ざっとみて、悦子は20位の年だ。泣くのを我慢する年でもなかろう。
「泣きたいのなら泣きなさい」
「へえ」悦子はにやっと笑った。それを見てわしの心はなぜだか温かくなった。
悦子はまた、ぼつりぼつりと語り出した。
「祖国に居たころは、あたしと両親と、婿と一緒に暮らしておりました。庭ではダチョウと、牛と猫を飼育していました。ダチョウと牛は商人から小判一枚で買った食料でしたが、猫は家族の一人でした。あたしたちは畑を肥やして、ダチョウの卵を売って生活していました」
「ほうでしたか」わしは何も入っていない湯呑みを口に運び、お茶を飲んだふりをした。









つづく!

       

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