Neetel Inside ニートノベル
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第十四話 Dead Friend

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 おれたちは、ひとまず人気のない空き教室に逃げ込んで体勢を整えた。
 実験用の机に腰かけているうちに風止の動悸息切れも次第に治まってきたらしく、いまでは元気に居心地悪そうに身じろぎしている。
 視線恐怖症の気があるようで、おれが視線をぶつけたところがもぞもぞと動くのでおもしろい。
「やれやれ」
 おれは机と机の間に足をかけて、橋を作った。
「なんとか大魔王から逃げ切れたようだな」
「そうだね……」
「受身は今度教えてやるよ」
「うん」
 見つめ合うのもなんなので、おれたちは視線をかぶらないように逸らした。
 風止は足をぷらぷらさせている。細い足だ。
 ほとんどすねからふとももまで太さが変わらない。バットにしたら振りやすそう。
「おまえ、昔からあいつにいじめられてんの?」
「――――」
 沈黙がだいぶ深かったので、話す気がないのかと思った。
 が、やつはぼそぼそと聞かせるつもりとは思えない音量で喋り始めた。
「最初は、中学でクラスが一緒になったとき。席替えで二学期から席が隣になって」
「で、ロックオンか」
 風止はぶんぶん首を振った。髪が忙しそうに首を追いかける。
「最初は、桃ちゃん、優しくしてくれたの。休み時間はずっと一緒だったし、日曜日は街に連れて行ってくれたし。わたし、すごく嬉しくて……親友、だと思った」
「ふふん、親友ね。ヤな言葉」
「どうして?」
「友達に格差をつけるなんてひどいと思わないか?」
 風止は傷ついたように俯いた。
 が、おれは自分が間違ってるとは思わない。おれは話を続けた。
「それで? いったいなんであのビッチのお怒りを買ったんだ」
「ビッチ?」
 小首を傾げ、
「わたし、たぶん怒らせたりしてないと思う」
「ほう」
「いまでも覚えてる……二学期が始まって三日目。わたし、朝、桃ちゃん見つけて、いつもみたいにおはようって肩叩いたの。軽く。そしたら、振り返った桃ちゃん、すごい目で睨んできて……」
「夏休みデビューだったんじゃね」
「そうかなあ。夏休みデビューで、友達にさわんないでとか、汚いとか、言うようになるのかなあ」
「…………」
「それからは、ずっと、こんな感じ」
 えへへ、と風止はまるで自分の恥を明かしたように笑った。
「桃ちゃん言ってた。仲良くしてたのは、ずっと演技で、いきなり裏切ったときのあんたの顔が見たかったの、って。わたし納得しちゃった。だってほんとにわたし、すごくびっくりして、声も出せなかったから」
「蒼葉を倒そうとは思わなかったの」
 おれの言葉は風止の辞書には載っていなかった。
「たおす?」
「おれならいやだね、あんな風に偉そうなやつが目の前うろついてるのは」
「……誰も闘い方なんて教えてくれなかったし、それにいまも、べつに桃ちゃんを傷つけたいわけじゃない。ただ、身を守りたくて……」
「本当に?」
 俯いていた風止の前髪は、やつの顔色をそっくり隠してしまっていた。
 おれはじっとやつの手を見ていた。
 ほどけていた柔らかそうな手の平が、ゆっくりと、拳のつぼみを作っていった。
 が、おれがなにか言う前に、そのつぼみは解けてしまう。
 風止が顔を上げた。
「あの、よ、よかったら、その、あ、あ、あ、アドレスを……」
「え、おまえ携帯持ってたんだ」
 友達いないだろうからないと勝手に思っていた。
「うん……三月におばあちゃんに買ってもらって」
「泣かせるねえ」
 おばあちゃんは孫娘がズタ袋にされてるとは知らないのだろう。
 それを隠す風止と、つたない風止の嘘に騙される素朴な梅干顔のおばあちゃんがおれの脳裏に浮かんだ。
「よし、じゃ特別にアドを教えてやろう。おい、涙ぐむのはやめろ。おれは慈善事業でやってるんじゃないぞ」
「うん、わかってます」
「授業料は高いからな。諭吉を忘れてこないように」
 そうして、おれは金づると赤外線通信した。
 慣れていない非リア充らしく風止はてこずっていたが、なんとおれまでてこずってしまった。
 赤外線をカメラに向かって送っていたことに気づいたときにはアニメ一本分くらいの時間が経っていた。
 なんで放課後の教室で、風止とイチャつかねばならんのだ。
 へらへらしている風止の顔が、無性に腹が立ったことを、太文字で心の日記に書きつけておこう。
 ま、これでおれの夏休みがバラ色に近づいたことは間違いない。
 おれの財布に転入してきた出席番号一万番の福沢諭吉くんを眺めていると、いつの間にか風止は教室からいなくなっていた。
 さて、残り時間も少ない。風止ごときに裂く時間はないのだ。
 るんるん気分で教室を出ると携帯が着信。
 風止か溝口か。風止に一票。携帯を開く。
 知らないアドレスだった。




「おれのアドレス、どこで知ったんだよ」
 八階建ての屋上にはセミの声も届かない。
 ただ、溶けた鉄のようなエーテルが凪いでいるだけ。
 蒼葉は、フェンスにもたれかかって、くわえたマイルドセブンの火と煙を見つめている。この熱気のなか、汗ひとつかいていないのは不気味だった。
「さァ、いつだったかな。覚えてないよ。でも、べつに迷惑じゃないでしょ」
「一方的に知られてるってのが気に食わねえ。どこで知ったにしろ、おれに一言断りやがれ」
「何様……?」
 ふう、っと蒼葉は煤けたため息を吐いた。
「あんたにメールしたいって気に、いままでならなかったから」
「男を見る目のねえやつ」
「その自信どっから湧いてくるんだろ……埋めてやりたい」
 おれを見る蒼葉の目から冷凍ビームが放射されている。背筋をぞくっと冷たい風が走った。
「で、用件はなんだよ」
「次のサンドバッグ」
 短くなった吸殻を屋上の床に捨て、上履きで踏みにじる。
「あんたにしたから」
 斜めに傾いだ陽光が、蒼葉の顔を影にしている。
 おれはやつのセリフをゆっくりと吟味した。
 それはつまり、おれがいじめのターゲットになったということ。
 さっき見た魔界の中央に据えられるのが、おれになったということ。
 おれは笑った。
「やってみろ。そのときは、どいつもこいつもぶち殺して、なにもかもぶっ壊してやる」
 蒼葉、ふっとおれを鼻で笑い、
「できもしないくせに」
「おれは、負けるとわかってて退く知恵を、お袋んなかに捨ててきた」
「バカだね、駆郎。そんなんじゃ、死んじゃうよ?」
「おまえに殺されるのか?」
「かも、ね。いつも疑問。なんで、山ん中深く埋めた死体が、あっけなく発見されたりするんだろうって。それって、ヘタクソが浅く埋めすぎただけで、ほかにもバレずに眠ってる死体、たくさんあるんじゃないのかな。コンビニの店員が、おつり渡し間違えるのと同じくらいの頻度で、警察が仕事をしないって、どこのどなたさまが否定できるのかなァ」
「おれはひとりでは死なない」
 蒼葉とおれの距離は二メートル強。あたりに人はいない。
 一ノ瀬の親父にガキの頃から習ってきた格闘術を駆使すれば、メスガキひとりなんかワケない。
 おれの前にいるのが、ただのメスだったら。
「なァ蒼葉」
「なに?」
「おれと一緒に埋まるか?」
「――――え?」
「どうせ殺されるなら、黄泉路の道連れは、おまえの腰ぎんちゃくの不細工なんかじゃなくって――おまえがいいなと思ってさ」
 なにを言っているのか自分でもよくわからなかった。
 殺すと言われて、ちょっとびびっているのは確かだ。
 どんなに強いやつでも、男でも、殺すって面と向かって言われたら、手が震えてくるのだ。
 命は嘘がつけない。
「おれたちの死体は見つかると思うか?」
「なに、言ってんの?」
 蒼葉ははっきりと困惑していた。
「おれは、見つからない方に賭ける……おまえは? 見つからない方がいい? 譲ってやってもいいぞ」
「意味、不明……」
「おれは、風止みたいには笑わないぜ。へらへら、媚を売って台風が過ぎるのを待ったりしない。台風のなかに飛び込んで、コマみたいに回転してそっちを吹っ飛ばしてやる。おれの方が強いし、偉いんだ。一方的に見下されるのは我慢がならねえ」
「…………」
「同じ人間だからな、おれが勝つかもしれないし、おまえが勝つかもしれない。わからない。どうする? おれを殺しにかかってくるか? それとも…………痛ぁっ!!!」
 蒼葉はつかつかとおれに歩み寄ってくると、首が反り返るようなデコピンをかましてきた。
 おれは涙目になってやつを睨む。
「降参しよう。参った。超いてえ。殺さないでくれ。靴なめるよ」
「いい……」
 すっかり興が殺がれてしまったようで、蒼葉はさらさらした金髪をかき上げ、色っぽく顔をしかめた。
「あんたを相手にしてると調子が狂う。今度は、手錠と首輪をつけて話そうよ」
「お断りだ。拘束アレルギーなんだ」
「そ」
「………………………………………………………………」
「………………………………………………………………」
「話は?」
「ん? なんでまだいるの? 早く消えてよ」
 言われなくても消えるというのだ。こんな不良と付き合ってられるか。
 おれはすたこらさっさと屋上から退散しようとした。
 扉を閉めかかったとき、蒼葉の声がそれを阻んだ。
「ねえ、駆郎。あんた、風止と付き合ってんの?」
「付き合うなら、おまえみたいな顔がいい」
 返事も聞かずにおれは逃げ出した。
 大魔王からの逃走回数、現在二回。
 過去まで遡及すれば、おれがあの阿呆を煙に巻いた回数は、ひとかどのものになるだろう。
 まったくこれだから血気盛んな女は困る。

       

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