Neetel Inside ニートノベル
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00_長い夜

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00_長い夜

嗚呼、なんて長い夜だろうか。
車内の無線からは五月蠅いぐらい音が鳴っている。
「これだからこの仕事は辛い。」
一課の刑事は主にこういった事件を担当することが多いい。
強盗や殺人、要するに人が人に害を成すそういった事件を扱うのだ。
常に生きた心地がしないといった所だ。
無線からは応援求の連呼。現場はここからだと近かったりするから厄介だ。
「はいはい、仕事ね仕事。分ってますよ行きますよ。」
いまの俺にはこうやってぼやくぐらいしかできない。
止めていた車にエンジンをかけ、溜息を吐きながらアクセルを踏んだ。
国道を走る事、数分。もう既に現場には数台のパトカーがあり張りつめた
空気がそこにはあった。
適当に空いていたスペースに車を滑り込ませる。
車から降り、近くにいた同僚に話を聞くことにした。
「でっ、今回のやまはなに?」
「増田やっと来たか、今回は立てこもりだよ。見ての通り犯人が人質を取って
にっちもさっちも行かない状況さ。」
「ありゃりゃ、そうかいそうかい。じゃあ籠城戦ということか。」
「はぁ、お前の緊張感のなさは一課始まって以来だと思うぞ。」
同僚に飽きられてもこのスタンスは崩す気は毛頭ない。
「じゃあ、仕事しますかね。」
「ちょっと待て!おい!」
同僚が止めるのを無視して俺は現場へと踏み行った。
「てめぇ、なんだ!これ以上近づくと!この女の命はねぇぞ!」
人質の女性は、二十代前半と言ったところか、ガムテープで口を塞がれていていた。
犯人は血走った眼でこっちを睨みつつも握った刃渡り十五センチぐらいの刃物は
人質の首元に張り付いていた。隙は今のところない。
周りにいた警官達はどうしようとあたふたしている。この中に少なくとも
俺を止められる奴はいないね。
「殺す度胸があるなら、もう殺してるだろう。お前はその人を殺せやしない。」
俺は犯人を逆なですることを平気で言った。
「てめぇええええ、言いてぇこと言いやがって!俺は人を殺せるぞ!」
俺はその瞬間を見逃さなかった。激情した犯人は明らかに動揺していた。
刃物を持つ手は僅かだが震えている。
「そうかい、それは悪かった。じゃあひと思いに殺せよ。」
その瞬間、現場は固まった。と思う。こんなことを言う刑事がどこにいるだろうか。
「いっいっいいんだな!俺は俺は俺はひひひっ殺せるぞ!!!!」
「ははははっ、じゃあとっとと殺せ殺せ!」
犯人を更に煽る。だが犯人の手は一向に動かない。
「ななななっなんでだ。手が動かない。」
極度な緊張は犯人の動きを止めた。今がまあ勝機と言うやつだろうか。
「お前には無理だ。諦めな。」
俺は、犯人を完全に捉えていた。手刀で刃物を落とすと腹に一発重い一撃を与える。
「がはっ…。」
せっかく買ったばかりのお気にのコートは犯人の汚物で汚れた。
「ちっ、これはコートの分な!割に合わない仕事だ!」
もう一発今度は脇腹に食らわせる。その一撃で、倒れ込む犯人。
俺は、別に人質が死んでも犯人が捕まればいい。だがまあ、一度も
人質を殺した事はないけどな。
「増田!!!!お前、毎度毎度冷や冷やさせやがって!」
複雑な顔をしながら同僚の戸田がやってきた。
「まあ、犯人捕まったし、いいんじゃない。」
ただしかし、引っ掛かるな。犯人よりもあの人質の女性だ。
「さっきの人質はどうなった?」
「ああ、今しがた保護したよ。外傷はないが病院に直行だ。」
「そうか、でその病院どこ?」
戸田は、は?と呆気に取られた顔をしていたが、詳しく教えてくれた。
「渋谷の中央病院だよ。お前まさか、あれか一目惚れとかいうやつか?」
「ちげぇよ。ちょっとな。」
そう言うと、俺は車に乗り込み渋谷の中央病院に向かった。


     

車を走らせながら、あの女の眼を思い出す。
「あの眼が気になるんだよな。」
単に気丈な女性と言うわけではなさそうだ。
あの瞳の奥にはまだなにか大きな闇がある直感が
そういっている。
「今回のやまはどうやらこれじゃ終わりそうになさそうだ。」
渋谷のセンター街通り辺りの車の渋滞に悩まされながら
なんとか着いた渋谷中央病院。車から降りると煙草に火を付けた。
「とりあえず一服な。」
仕事終わり仕事始めその区切りはやはり一服である。煙草が高くなっても
そのスタンスは変える気は毛頭ない。これが俺流だ。
「っしゃ、行くとするかね。」
汚物だらけのコートを車に投げ捨て、小走りで病院へと向かう。
受付を見つけると、警察手帳を見せる。
「あっ刑事さんですか、病室は207号です。東館なのでここから真っすぐ行っていただいて
その二階です。」
「207号室ね。ありがとう。」
勿論、こういう時のための警察手帳だろう。役に立つ。出せば
いい出せば。
病院の受付で病室を聞くと俺は、気合いを入れて病室へ向かった。
「さて、なにが隠れてるのかな。」
好奇心と言うのだろうか、刑事になった理由もそうだったが
それが俺の原動力だ。
207号室の前に立つと、ゆっくりと扉をスライドさせていく。
月明かりに照らされて長く艶やかな髪とくっきりと整った目鼻が
少女の様な容姿だがその中には妖艶さがある。
「こんばんわ、お譲ちゃん。月は奇麗かい?」
窓の外を眺めていた彼女に俺はそう言った。
「貴方は!あの時の野蛮人!」
返ってきた言葉は俺の胸に突き刺さった。
「それが助けてもらった人に対する言葉かよ。」
「あら、ごめんなさいね、野生児といったほうがよかったかしら?」
この女思ったより化け狐かもしれねぇな。容姿からは想像がつかないぐらいの
毒吐きだ。
「顔が真っ赤ね刑事さん、言いすぎたわ。まあ座って話でもしましょう。
ねぇ、そのために来たんでしょう?」
何もかもお見通し、そんな感じだった。
「そうだな。いっぱい話したいことがあるんだわよろしく頼むわ。」

この化け狐なにを持っていやがる。

     

口火を切ったのは彼女のほうだった。
「貴方は私の眼に何を見たの?」
間髪入れずに俺は答える。
「なんかでっかいやまかな。俺はあれは単なる強盗事件じゃないと見た。」
彼女は口元を歪ませこう答えた。
「これは始まりよ覚えててね、増田さん。」
そういえば自己紹介してなかった、なのに何故彼女は俺の名前が分ったんだ。
「なんで俺の名前知ってるんだ?」
そういうと彼女は腹を抱えて笑い始めた。
「ふふふっ、だって貴方あんなに同僚さんに増田増田って呼ばれてたじゃない。
それは必然的に覚えちゃうわよ。」
「ははっそうか、そりゃそうだわな。まあ改めて自己紹介というこうか
増田良信っていうだ。よろしくたのむわ。」
「私は、吉良楓って言うのよろしくね。」
吉良?吉良ってあの大企業の娘ということか?
「もしかして吉良グループの娘さんとか言わないよな?」
「ええ、そうですけどなにか?」
だがそれではこの対応はおかしい。まずあの現場は俺の出る幕ではないはず。
そして、この病院に送られることもまずないだろう。なにせ吉良グループの娘さんだ。
「私が、なんでこんなに雑に扱われているか気になってるの増田さん?」
俺顔に出やすいのかな、読まれ過ぎだろう。
「ああ、まあそんなところだ。」
「ふふっ、それは色々あるの。ねぇ、増田さん頼まれてくれない?」
彼女の眼は俺を捉えて離さない。眼を離すことができない呑まれていく。
「なにをだ?」
「私の父親を逮捕してもらいたいの。」
これはまた大変なことに巻き込まれそうだと直感が言っているが俺の口は
そんなのお構いなしに答えを述べていた。
「わかった。協力する。」
俺はその時既に彼女の魅力に取りつかれていたのかもしれない。だが一度引き受けた
ことは必ずやるそれが俺のスタンスだ毛頭崩す気はない。
「で、どんな仕事なんだ?」
そう聞こうとした瞬間彼女はすでに寝息を立てていた。
増田良信の夜はこうして明けていった、様々な悩みの種をふやしながら。

       

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