Neetel Inside 文芸新都
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坂の短編を入れるお蔵
僕は少し泣いた

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 その日特いつものようにさっさと家に帰ってギターでも弾こうと思っていた僕は友人の竹山に引き止められた。
「ノブ、ちょっと待てよ」
 彼の顔はやけに真剣で、普段の彼からは想像も付かないほどよく分からないオーラに満ち溢れていた。ちなみに僕の名前はマコト(信)と言うのだが、竹山は未だに僕の名前をノブと呼んでいるあほだった。
「なんだい。またこの間みたいにバレー部の着替えを覗きに行くなんて言わないでくれよ」
 僕は彼の目をまっすぐ見つめて言った。高校に入ってから竹山には何度も着替えの覗きに付き合わされ、彼はその度に女子に見つかってはボコボコにされていた。何故かいつも殴られるのは彼だった。
「違う。いいか、よく聞けよ。今から一時間、いや二時間、この学校を徘徊する」
「一体何のために」
「情報だよ。この情報社会に俺達はあまりにも置いて行かれすぎている。だからこの学校を今から徘徊して情報を集めるんだ」
 僕は一体彼が何を言わんとしているのかさっぱり理解出来なかった。ただ目の前の男の目には希望に満ち溢れた幼い子供の純粋さだけが宿っていた。
「何の情報を集めるのさ」
「生徒の情報だよ。誰と誰が付きあってるのかとか、美人教師の藤原先生は実はペドフィリアだったとか、色々あるだろ」
「ないね。ない。君の生きる価値と同じ位ないよ。そもそもそんなもの集めてどうしようって言うのさ」
 すると彼はフフフ、と不敵な笑みを作った。顔に濃い影が浮かび、不気味な顔をより一層気味悪くする。
「もちろん垂れ流すんだ。人の幸せをぶち壊すんだ」
 竹山は昔から人の幸せが嫌いな奴だった。カップルを見つけては「俺、恋してる人間がこの世から消えれば世界は救われると思うんだ。そんな気がする」などとのたまい、幸せそうな人を見つけたら「人の幸せって見てて不愉快だよな」などと言う奴だった。
「もちろんお前に拒否権はないぜ。なにせ俺にはお前以外につるむ相手がいないからな」
 彼は胸を張って言った。僕は彼を不憫に思い、少し泣いた。
 こうしてその日から僕達は放課後の二時間、毎日校舎を徘徊する事となった。放課後の校舎には意外にも人はほとんどおらず、僕達は毎日ただ全教室をぶらぶらするだけの暇人となっていた。
「もうやめよう。こんな事やっていても人間としての価値が落ちるだけだ。君みたいに」
 徘徊を始めて二週間ほど経ったある日の放課後、僕は彼に言った。既に僕の精神状態は限界ぎりぎりで、何が悲しくて放課後こんな男と二人で校舎を徘徊せねばならんのか!! と発狂しそうになっていた。
「まぁ待て、情報は必ずしも姿を現さない。後三日俺にくれ」
 彼は真っ暗な教室で僕に言った。太陽は既に山の向こう側に姿を隠しており、校舎には僕らの話声以外、何の音もなかった。ただ暗闇に冷やされた冷たい空気だけが僕らを包んでいる。
「嫌だよ。そもそもそんなよく分からない情報だか機密事項だか知ったって、僕には何のメリットもないじゃないか」
「いや、あるね。何か面白い話題の種をつかめばお前も俺の様に皆に注目されるようになる」
 戦慄した。彼と同等の扱いをされると言う事は、女子にリンチされるより過酷な事だと僕は感じた。
「ますます嫌だ。とにかく僕は今日限りでやめさせてもらう」
 僕がそう言って教室から出たその時だった。上の階から、なにやら物音がした。
「なんだろう、今の音」
「それ見た事か。事件だ。事件が俺達を呼んでいるんだ。俺達は神に選ばれたんだ」僕はどうやったら彼がその様な思考に行きつくのか不思議でならなかったが、物音が気になっていたのでとりあえず彼と共に上の階に行く事にした。
「この教室からだな」
 竹山が息を荒くして言った。見るとドアの上に一年三組と言う文字が書かれているのが暗闇の中、かろうじて読み取れる。
「いいか、一緒に飛び込むぞ」
 竹山の表情は暗くてよく分からなかったが、おそらく彼は今目を充血させ、興奮のあまり顔を真っ赤にしているのだろうと感じた。
「馬鹿だな。情報を知りたいならまずは聞き耳を立てるのが普通じゃないのかい」
 僕は半ば呆れたようにそう言うと、そっとドアを数cm開け、耳をそばだてた。わずかな隙間に、大気が通うを感じる。中の様子を見ようと思ったが、暗くてよく分からなかった。耳を澄ませる。声が聞こえた。
「井上君、私がっ…あ……なたを……愛してるって……気付いてたんでしょ?」
 この声には聞き覚えがある。おそらく、美人教師の藤原先生だろうと僕は思った。先生の声は荒く、ピチャピチャと液体の交わる音が聞こえてくる。井上君とはおそらく、一年生でありながら生徒会長になったあの井上君だろう。
「先生っ!! 僕、もう……!!」
「いいわ、出して……」
 察するに井上君と藤原先生は禁断の関係を結んでしまったのだろう。などと言う事を僕は決して考えないよう勤めていると、後ろにいる竹山が「ノブ、まずいぞ、奴らまぐわってやがる」とオブラートをズタズタに引き裂いた様な発言をした。どうやら予想外に深刻な出来事に先ほどの興奮は消え、血の気が引いているようだった。
「まさかこんな場面を見てしまうなんてね。君はとんだ疫病神だ。貧乏神だ。邪心だ」
 僕は彼を罵ったがどうやら緊張のためか耳に入っていないらしく、ガチガチと歯を鳴らしていた。
「取り合えず一度、ここから離れよう」見かねて僕は言った。
「待て。まだやり残した事がある」
 彼はそう言うとおもむろにポケットから携帯を取り出した。
「何をするつもりなんだい」
「奴らの性行為をこの夜でもくっきり写せる高性能携帯カメラで収めてやるのさ」
 そう言って彼はドアの隙間からカメラを覗かせると、シャッターを押した。『バキューン。へっへっへっ、お姉さんよ。命が惜しくば俺に撮られろや』という竹山の地声によって構成されたシャッター音が大音量で鳴り響いた。
「誰!?」
 藤原先生がそう言う前に、僕は既にその場から逃げていた。後ろから竹山が付いてくるのが分かる。まるで忍びの様に僕らは夜の校舎を走った。どこからか吹きつける風が火照った体を冷やして妙に心地が良い。
 しばらく走り、学校を出た辺りで僕らは止まった。誰かが追いかけてくる気配はない。
「へっへっ、明日になったらこの写真を全校生徒にばら撒いてやるぜ」
 邪悪な笑みを浮かべながら竹山は呟いた。

 次の日学校に行くと驚いた事に藤原先生は学校を退職していた。どうやら竹山は昨日の写真を校長室にも撒いたらしい。二人の事は既に校内の噂の的となっていた。井上君には一ヶ月の謹慎が言い渡されていた。
「それにしてもつくづく君と言う人間は意地が悪いね。別に人気のない教室でヤッてるくらい良いじゃないか」
 その日の昼食時に、僕は竹山に言った。彼は大口を開け、パイナップルとウインナーを同時に口に放り込んでいた。
「良くないね。良くない。そもそも俺ですらまだ童貞だというのに一年坊主が年上の美人教師と性行為だなんて許される事態ではないね」
「そんなんだから屑扱いされるんだ」
「黙れ。……あ、そうだ、今日も学校を探索しようぜ。何かあるかも知れねぇ」
「嫌だよ。一人で行けよ」と僕が言おうとしたら、続けて竹山は言った。
「もちろんお前に拒否権はないぜ。なにせ俺にはお前以外につるむ相手がいないからな」
 僕は彼が不憫になり、少し泣いた。

       

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Neetsha