Neetel Inside 文芸新都
表紙

坂の短編を入れるお蔵
職場で切れた挙句上司といい雰囲気になりたい(自らの性癖を暴露するアンソロジー)

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 また会社でへまをやらかした。そんなわけで僕は部長のデスクの前に立っている。
「あなた何度ミスしたら気がすむの? 生きてる価値ないんじゃない?」
 部長は若くて美人だが、人の気持ちを考えない暴言がたまに傷だった。今回のミスだって僕のせいじゃない。元はと言えば他部署の連絡がちゃんとクライアントに行き届いていなかった事が原因だ。それは同じ部署の皆も分かってくれている。でもそんな言い訳部長には通じない。彼女の中には出来る奴、出来ない奴と言う二種類の人間しか存在しないからだ。
「誠に申し訳ございません」僕は頭を下げる。しかし部長の口は留まる事を知らない。
「あなた、仕事が丁寧で優しくて格好良いって評判みたいね。それでちょっと調子に乗っちゃったのかな?」
「そ、そんな事はございません」
「嘘おっしゃい。ホント、どうしてこんな男がそんなに人気出るのかしらね。責任の取り方って物も知らないのに」
「責任……ですか」
「そう、責任」
「どのようにすればいいのでしょう……」
「簡単よ。辞表、提出なさいな」
 来たか。クビの勧告。室内の空気が張りつめる。おい、部長やりすぎだろ、あいつはクビにされるような奴じゃないよ、そんな声が聞こえる。
 結局のところ部長は僕が気に入らないだけなのだ。仕事をしている以上人間性の合う、合わないは必ず出てくる。最悪なのは、その個人的な事情を仕事に持ち込む上司を持ったことだ。
「そうすればあなたの妹も面倒見れるでしょう? 病気で歩けないんだっけ? だからシスコンになっちゃったんだね」
 僕は天を仰いだ。

 いけねぇ。
 それだけは言っちゃあいけねぇよ、娘さん。

 僕は抜き身の姿勢をとると、隠し持っていた刀を部長の首めがけて一閃した。
 振りぬくと同時に部長の首が飛ぶ……はずだった。
「うぬはその様な剣技でわらわを殺せると思うてか?」
「うぐっ、ぬかった!」
 部長は背中から十数本の触手を生やすと僕めがけて攻撃を仕掛けてくる。課長が触手に絡まり、係長が酸に溶け、営業の中田君が八つ裂きにされ、部屋中の椅子や机が飛び散る。鞭の要領でしなった触手が体にバチリと当たり、鋭い痛みが走った。
「ははは、悶えながら死ぬが良い」
「部長! きさまぁあああ!」
 拙者は禁じ手である足枷を外す。刹那、印が解放され、ものすごい突風が拙者を包んだ。事務のまりちゃんが吹き飛ぶ。
 拙の脳裏に、妹の雪の言葉が思い出されおる。

「兄様、もう決して力を使わないと約束してくださいまし。わたくしのために、もう人を殺めないで」

 しかし雪よ、兄はもう耐えられぬのだ。そなたを愚弄され、我は自身を傷つけられるよりも深い、心の傷を負ったのだ。
 そのためならこの命消し飛んでも構わん!
「しぃねえええ! ぶちょおおお!」
「きえぇぇぇぇぇ!」

 全てが終わっても、僕と部長は立っていた。
 相打ち。
 職場のデスクは全て壁にめり込み、事務のまりちゃんはバラバラになっている。壁には血と言う血が飛び散り、電灯からは内臓がぶらさがっていた。
「コホン」部長は、すこし照れくさそうに咳払いをすると、バツの悪そうな笑みを浮かべた。「まぁ私も言いすぎたわ。今日の事は特別に見逃してあげる」
「部長……」「ところで」部長は言葉を被せる。
「今日の夜空いてる? その、一緒に夕食でもどうかと思って。もちろん、妹さんも」
 そうか、今まで部長が僕に冷たかったのは、嫌いなのではなくてその逆だったのか。
「も、もちろんです。妹も喜びます」
「ふふっ、決まりね」
 あはは、うふふふふ、血まみれの職場に、僕等の朗らかな笑い声がこだまする。
 その後やってきた警察に僕等は逮捕された。

 ──糸冬

       

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