Neetel Inside 文芸新都
表紙

坂の短編を入れるお蔵
安心して夢落ちだから

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 窓から差し込む日差しが異様に強くて目が覚めた。
 たぶんもう昼過ぎだろうな、随分と寝てしまった。私は身を起こすとゆっくりと伸びをした。結構眠ったからだろうか、体がダルい。
 私は都内で一人暮らしをする学生だった。
 顔でも洗おうかな、と思いベッドから出たところで机の上に埃が積もっていることに気がついた。昨日はそんな事なかったので奇妙に思う。昨日の今日で埃が積もるほど私の部屋は埃っぽくない。
 あまり良い気はしなかったが、長い人生、たまにはこんな事もあるのだろうとそのときはあまり気にしないことにした。

 カチューシャで簡単に髪を上げ、洗面所の蛇口をひねった。
 しかし水が出ない。
 どうしてだろう。水道の故障だろうか? バシバシと水道管を叩いてみると、まるで中に水など存在しないかの様に乾いた金属音が鳴るばかりだった。
 ためしにトイレをのぞいてみると、いつもは溜まっているはずの便器の水も完全に無くなってしまっていた。もちろん水を流そうとしても流れない。トイレの水をためるはずのタンクもからからに乾いていた。
 ……困ったな。このままじゃ顔も洗えないし、水も飲めないじゃないか。今月の水道代は払ったっけ。スーパーで水を買わないと。あ、その前に水道局に電話しなきゃ。様々な考えが脳裏をよぎるがいまいち思考に統一性が無い。
 とりあえず水道会社には後で電話する事にしよう。私は気を取り直してテレビをつけることにした。しかしつかない。どうやら水道に続いて電気までダメになっているらしかった。
 これはいよいよ困った。携帯でとりあえず電力会社に電話をかけようとしたがどうやら電池が切れているらしく、全く反応しない。携帯の暗いディスプレイには、無骨な私の顔だけが映り込んでいるだけだった。
 仕方がない。とりあえず電話は公衆電話でかけるとして、とりあえず何かご飯を買わなくちゃ。私は空っぽの冷蔵庫を見てそう思った。いつもは何も入っていない冷蔵庫を寂しく感じるが、今日ばかりは別だ。電気が止まっても中身が腐る事はない。不幸中の幸いと言う奴だ。
 私は着替えると、財布を持って玄関を開けた。
 今まで気付かなかったが、今日は随分と静かだ。
 三階建てのワンルームマンションの廊下から見える町並みには人一人見当たらない。
 空は晴れていて、太陽はもう随分と高い場所に上っていた。
 今は何時なのだろう。少なくとも早朝ではないのだから、誰か歩いていてもおかしくないはずなのに。ひょっとして今日は休日なのだろうか。部屋にカレンダーがなかったから気付かなかっただけかもしれない。それなら外に人がいないのも納得できる気がする。
 階段を降りて、マンションから出る。しばらく歩いてスーパーのある大通りに出た辺りで、ようやく事の重大性を感じた。
 誰もいないのだ。人も、車も。よく見れば鳥や虫もいない。聞こえるのは風が静かに吹きつける音だけだった。いつもは人がにぎわう駅前の広場ですら誰もいなかった。電車も走っている様子がない。コンビニやスーパーに電気がついていないのを見て電気が止まっていたのは我が家だけではなかった事を悟る。
 一体何が起こっているのだろう。まるで私以外の人間がこの世から消えてしまったかのようだ。
 私は電気のついていないスーパーに入った。本当に誰もいない。何の音もしない。いつもならこの店はこの辺りに住む学生や、主婦や、会社帰りのサラリーマンでにぎわっているはずだ。それなのに今は誰もいない。
 私は店内を歩いた。静かな暗い店内に私の足音だけが響く。途中、酷く悪臭のする一帯があった。野菜や、果物、魚介類など主に生ものが置いてあるコーナーだ。そこに置いてある商品はどれも傷んでいて食べられそうにない。放置されて随分と月日が経ってしまっているようだった。
 一体私はどれくらいの月日眠っていたのだろう。そして、私が眠っている間に他の人は一体どうなったのだろう? 父は? 母は? 私はそこで始めて自分が不安になっていることに気付いた。
 私は人のいないスーパーの一角で声を潜めて泣いた。声を抑える理由などなかったけれど、ここで声を上げてはいけない気がした。自分の中の、何かが崩壊してしまう気がしたのだ。大丈夫、何とかなる。私は必死で自分に言い聞かせた。探せばまだ人だっているはず。大丈夫。
 しばらく涙を流した後、私は立ち上がった。これからのことを考えよう。まだ私以外の人がすべて消えてしまったとは限らないじゃないか。それに、もしかしたらこれは悪い夢かもしれない。ほら、ためしにホッペをつねってみよう。目が覚めるかもしれない。

「そこで目が覚めたのか……」彼は残念そうにうなだれた。
「うん……」
 私はわざわざ喫茶店でくだらない話をした自分に失望した。

       

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