Neetel Inside ニートノベル
表紙

ツンデレ男の娘とちゅっちゅしたいよぉ~
天国に堕ちてきた天使

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 「アンタ、今彼女とかいないわよね?」
 母親は開口一番、受話器越しに俺の心を引き裂いた。
 『いる?』ではなく『いないわよね?』と聞く辺り、彼女がいないことを前提に話を進めたいようだ。
 「……いませんが」
 「ああ、やっぱり。ちょうど良かったわ」
 何がやっぱりだ。何が良いんだ。畜生。
 俺は受話器を叩きつけたくなるのを堪えて、次の句を待つ。
 「親戚の忍くん、前遊んであげたことあったでしょ。あの子ね、そっちで引き取ってあげてくれない?」
 「は? 引き取る?」
 「あの子の家、ひっどい状況なのよ。元々貧乏だったけど、父親が失業したせいでアル中になって母と子供を殴り、それでノイローゼになった母親が息子を殴りって。
 さらに借金まみれでロクに給食費も払えない始末って言うのよ」
 「そいつは災難だな」
 「で、親が逮捕されてね、息子の忍くんを誰かが引き取るか施設に預けるかって話になったんだけど、そんな余裕があるのはうちくらいしかいないのよ」
 「じゃあ引き取ればいいじゃないの」
 「そうしたいのは山々なんだけど、今年優衣ちゃん受験でしょ? できれば我が家は静かにしてあげたいのよ」
 「はぁ……それで俺、ってか」
 「いいでしょ、どうせあんた一人で立派なマンションに住んでるんだし。弟が出来たと思って可愛がってちょうだい」
 「つーかさ……その言い草だと、もうこっちに来る事は決定してるんだろ?」
 「物わかりが早くて助かるわ、さすが私の息子ね。今日の昼には到着するはずだから、美味しい物でも食べさせてあげてね」
 「は、今日かよ!? おい待て、ちょ」
 俺が文句を言う前に既に母は電話を切っていた。
 こうなってはかけ直しても携帯の方に連絡を入れても無駄だ。

 ……うちの女ってのは、なんでこう一方的なんだ。
 
 愚痴を言っても仕方無い。
 今日来ると言うからにはとりあえず部屋の用意もしなくてはならないだろう。
 ため息と共に立ち上がり、物置代わりにしていた一室を片付け始める。
 
 俺、真田 利明(さなだ としあき)は中々上等なマンションの一室、3LDKの部屋に一人で住んでいる。
 何故そんな贅沢な真似ができるのかと言われれば、冗談半分で手を出したFXで5000万円を手にしてしまったから、と言うほかあるまい。俺自身も何かの詐欺かと思ったくらいだ。
 貯まったDVDや漫画小説、フィギュアにプラモ、ゲームに楽器などを保管する場所が自宅には無かったので、こうしてマンションを倉庫兼住居に利用しているわけである。
 仕事はしていない。所謂ニートと言うものだが、親の脛をかじってないだけマシだと思って頂きたい。 

 そして、日下部 忍(くさかべ しのぶ)。俺のばーちゃんの兄弟の孫、はとこにあたる子だ。
 昔何回か遊んでやった事ははあるはずだが、正直あまり記憶に残っていない。
 確か俺とは10歳差、今は小学6年生か中学1年生のはず。
 そんな歳で悲惨な境遇にあった事は同情する。

 が、俺には関係無い話。
 ここは俺の天国(ヘブン)。
 俺の聖域(サンクチュアリ)。
 俺の楽園(エデン)。
 俺だけのホーリーランド。
 それを侵害するのは例え女子供でも年寄りでも国家暴力でも許されない。それがここのルールだ。
 傷心して流れついたところ悪いが、使えないガキを置いておく理由が見あたらない。早めに追い出す心算である。

 まあ、俺の物に手を触れず、我が儘を一切言わず、家事を全部やると言うのなら特別に置いてやってもよろしいが。
 働かざる者食うべからずとはよく言ったものだな。

 物置を部屋に戻した辺りで、インターホンが来客を告げる。
 画面に映し出される頭頂部。俺は受話器を取らずに扉を開いた。

 「おう、話は聞いている。正直何人たりとも入れたくな……いが……」

 肩まで伸びる、細く荒れた髪。
 痩せ細った体によれたジャンパー。
 光を失った大きい瞳。
 吐く息と同じくらい、白く消え入りそうな肌。

 「どうも……よろしく、お願いします」

 たった今堕天したばかりの天使が、扉の前に立っていた。

     

 あれ。
 まて。
 おかしい。
 何この……何?
 なんか、とっても可愛いんですけど。この……女の子? 男の子?
 
 「えっと、忍くん……だよね?」
 一応本人確認を取る。
 年齢は確かに小中学生そのもの。更に今日の昼に来訪したと言う事は本人でほぼ間違いないはずだが、俺の頭はわずかな確率をどうしても消し去りたかった。
 「はい……お久しぶりです、利明兄さん」
 白い肯定を発する唇は乾いてひび割れ、寒さに震えていた。
 「まあそのなんだ、とりあえず上がりなよ」
 俺は天使を楽園に招き入れ、外界との扉を固く閉ざした。

 リビングに座らせ、インスタントのコーヒーを一杯入れる。
 ふーふーと冷ましながらちびちび飲んでる忍を見ながら、俺は過去の記憶を辿る。
 最後に忍と会ったのは、えーと……確かこいつが小学校に入る前だった。
 としにーとしにーと呼びながら俺についてくる忍は、ごく普通の元気な男の子だった、はずだ。
 そりゃかわいかったさ。かわいかったけど、今現在の忍の可愛さとは全くベクトルが違う。
 あの頃の忍は、間違ってもこんな薄幸の美少女もどきに成長する前兆など無かった。
 現に俺は茶髪のサッカー少年か坊主頭の野球少年あたりが来ると予想していた。
 それがこの有様だよ。何これ? 食べていいの?
 男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったものだな。
 
 
 「そうだ、昼飯食ったか?」
 一息ついた忍に尋ねる。
 彼の痩せに痩せた体を見ていると、「そもそも、まともに飯を食えているのか?」と言う疑問の方が強かった。 
 「あ、まだ食べてません……ごめんなさい」
 申し訳無さそうに忍はうつむく。
 「オーケー、ちょっと待ってろ。あと、ここはお前の家なんだから謝るなって」
 俺はそう残してキッチンへと向かう。そして食料を確認し、あることに気付く。
 「悪い、パスタしかねぇわ」
 「え、いや僕はパスタでいいですけど……」
 「いやそうじゃなくて、具が無いのよ今。肉も野菜も切らしてる」
 一人暮らしの食料管理なんて、だいたいこんなもんだ。
 今作れる料理は一品のみ。茹でたスパゲティにオリーブオイルをかけ、塩胡椒をまぶした素パスタだけ。
 これは作ってみるとわかるが、普通に美味い。美味いのだが、間違っても客に出す料理ではない。
 栄養失調で死にそうな子供には、特に。
 「食べられるなら、僕は……何でも大丈夫です」
 忍の腹の音がキュルキュルと鳴っているのを聞き、俺は急いでパスタを茹で始めた。
 栄養失調の前に、餓死で死にかねないからだ。

 「へいお待ち」
 でん、と皿に盛られるは、つやのある山吹色をした麺の山。素材の味を究極に生かした一品である。
 それと黄色のリンゴジュースを一杯。
 ほとんど一色で構成され、まるで砂漠のような食卓だが、今はこれで我慢してもらうしかない。
 「いただきますっ」
 そんな事は全く意に介せずと言った様子で、忍はパスタをかっこむ。それこそ掃除機の如き速度で。
 多めに作ったはずのスパゲティとリンゴジュースは、ものの十秒で綺麗さっぱり忍の腹に収まった。
 「ごちそうさまでしたっ」
 手を合わせてそう言った忍の目に少し光が戻っているのを見て、俺の中の喜怒哀楽の感情が複雑に入り乱れる。
 一番強いのは不謹慎にも微笑ましい気持ちで、俺は笑みを堪えるのに精一杯だった。
 「……忍、最後に飯食ったのいつだ?」
 えっと、と呟き考える忍。
 「二日前です」
 
 嘘だと言ってよ、バーニィ……。
 
 「…………メニューは?」
 今度は即答する忍。
 「豆のスープです」
 
 バーニィー! もう戦わなくていいんだ! バーニィィーーー!!
 
 酷い。酷すぎる。
 ここは先進国日本だぞ。何で飢餓にあえぐ子供がいるんだ。
 何だ豆のスープって。戦時中か。骸旅団か。
 親は何をやっているのだ。失業したなら内臓を売り払ってでも子供に飯を与えるのが親だろうが。
 しかもこんな線が細くて眉がキュッとしてて鼻が小さくて頬がふわふわしてて撫で肩で男か女かわからない、どっちかって言うと美少女に近い子供を虐待だと?
 一刻も早く死ぬべきだ。牛の足に括り付けて市中引きずり回しした後八つ裂きにしても足りないくらいだ。
 
 親が屑にも劣る畜生共だと言うのなら……俺が忍の親になってやる!
 忍は俺が育てる――

 
 ――俺好みに!

     

 「よし、じゃま軽く間取りを説明しとこうか。トイレは玄関入って右のドア。風呂はその横。そっちの部屋が俺の部屋。入るならノックしてくれ。んで、そっちがお前の部屋だ」
 指差しで終了。残りの部屋はさっきの忍の部屋以上に散らかってるだけなので、特に説明する事も無いだろう。
 俺は忍の部屋のドアを開け、中を見せる。
 「まだ少しごちゃごちゃしてるな、悪いが適当に片付けといてくれ」
 「あ、はい」 
 一歩中に入り、部屋中を見回す忍。
 「僕の……部屋」
 忍は呆けた様子で呟いた。ああ、自分の部屋が無かったのか。 
 日当たりも良好で広さも6畳。部屋そのものは申し分無いが、家具が全く無いのが痛い。明日にでも買いに行こう。
 一応子供の部屋なのでエロいグッズ等は移動させておいた。
 もし忍の姿を知っていたら、顔を紅潮させてエロ本のページを恐る恐るめくる忍の姿を観察するために残しておいたかもしれない。
 「じゃ、ちょっと食材買ってくるわ。留守番しておいてくれ」
 「あ、わかりました、いってらっしゃい」
 今日は疲れているだろうし、ゆっくりさせてやろう。漫画だけで二千冊を軽く超えてるこの部屋で退屈する事はないだろう。
 俺は外服に着替え、ダッフルコートを羽織って寒空の下へと赴く。
 身を切るような一月の風は、コートを着込んでいても身に染みた。
 明日は家具と、服だな。

 
 「ただいま」
 俺が扉を開けると同時に、タタタタタッと静かな音が手前から奥へと走って行った。
 ……何だ?
 「お、おかえりなさいっ」
 リビングに荷物を下ろすと同時に上ずった声が奥の部屋から届き、忍が駆けてくる。
 明らかに、様子が不自然だ。ひょっとして……
 俺は黙ってキッチンに向かい、下の戸棚を開けた。
 「あっ……!」
 最前にあったポテトチップス。
 徳用サイズわさビーフの袋が、半開きになっていた。
 ゆっくりと振り返ると、泣きそうな顔で目をそらしている忍。
 「……開けた?」
 ビクッ。
 大きく震える忍。両手で服の裾をしっかりと握りしめている。
 無言が続く。俺はそれ以上何も言わずに、忍の潤む眼をじっと見ていた。
 恐る恐る目を合わせる忍。俺は、何のアクションも起こさずにその様を観察し続ける。
 言ってしまえばポテチなどどうでも良かった。しかし折角向こうからアクションを起こしてくれたのでもう少し遊ぼう。
 「………………開けました」
 正直に答える忍。もっとも、証拠があるのだから嘘はつけないのだが。
 怒られないだろうかと縮こまっている忍はとても愛くるしい。舐めたい。ぺろぺろしたい。
 
 ……ぺろぺろ……!?

 ここで、俺は良いことを閃いた。
 『良いこと』なんてレベルではない、天才的だ。背景でざわざわ言ってるのが聞こえるくらいに、圧倒的閃きっ……!
 ごく自然に、ナチュラルスタンダート合法的に、忍を――
 
 ――ぺろぺろできる。

 「食べた?」
 ピクッ。
 僅かに震える忍。さっきに比べて反応がおとなしい。
 どうやら、誘惑に負けてポテチの袋を開けたものの。まだ食べてはいなかったようだ。
 「ま、まだ食べては……」
 と言いかけた忍の腕を掴む。そして。

 はむっ、と薬指を咥える。
 「ひゃあっ!?」
 突然の出来事に驚き、反射的に手を引っ込めようとするも時既に遅し。
 俺の右手(せんゆう)は――掴んだ得物を、逃がさない。

 舐める。
 しゃぶる。
 舌先で舐る。
 軽く噛む。
 吸う。
 吐く。
 舐め回す。
 喉元まで銜え込む。
 口内で撫でる。
 味わう。
 擬音にして表すと『ぺろぺろじゅぽじゅぽちろちろはみはみちゅーちゅーひゅーひゅーれろんれろんんぐんぐうぇろんうぇろんちゅっちゅ』と言った感じだ。
 
 味、89点。冷や汗で適度にしょっぱくなった指にはポテトチップスの粉末など不要。
 舌触り、95点。細く滑らかで毛も生えておらず、舐めていて心地良い。
 歯ごたえ、78点。肉は柔らかく奥の骨がコリコリしていて中々な噛み具合。欲を言うならもう少し肉付きが良い方が好みか。
 風味、90点。ほのかに女の子の汗の匂いがする最上級の肉。仮に臭くてもそれはそれで興奮する。
 見た目、100点。言うまでも無い。文句のつけようが無い。
 総合得点、452点のランクS。煙草と違い無害無毒だが、煙草より遙かに中毒性がある。いつまでも味わっていたい至高の一品。
 俺、忍と水さえあれば生きていける気がする。
 
 「ちょっ、なっ、えっ、あの……」
 見上げれば忍の顔は桃色に染まっていた。口から流れる音は言葉にならず、目は焦点が合っていない。
 ああ、余裕で生きていけるわ。忍万歳。
 名残惜しいが、俺は口から指を放す。溜まった唾液も離別に逆らうように糸になり、長く、長く伸びていって、切れた。
 「な、な、何をしてりゅんですかっ!」
 呂律が回ってないが、忍はどうにか日本語を話せるようになった。
 その口の中も味わいたい所だが、今は我慢の時である。
 「落ち着け、忍。これは……」
 ……。
 ……なんだっけ?
 忍を舐めている内に行動の意味を忘れてしまった。
 えっと、確か……。
 「……そうだ、ポテトチップスを食べたかどうかの確認だ。普通、親は指に粉が付いているかどうかでつまみ食いを見極めるんだ」
 堂々と言い放つ、俺。
 「そ、そうなんですか……?」
 「常識だぞ。じゃ、二人でポテチ食べるか」
 「あ……はい!」
 忍は戸惑いながらも一応納得した様子。
 ちょろいちょろい。
 忍に手を洗うように促し、俺はテーブルに袋を開ける。
 たくさん入ったそれを一つつまんで食べるも、今日はどこかイマイチな味だった。

     

 あまり手に取らない俺の10倍速でポテトチップスを口に運ぶ忍。
 忍じゃなかったら誰であろうとぶん殴ってる所だが、忍はかわいいので許す。
 何がかわいいって、ポテトチップスを一枚食うたびに顔を綻ばせている所だ。
 まるで子犬か何か……小動物のような仕草。思わず餌を与えたくなる表情を見せている。
 「忍、もう家には慣れたか?」
 そう尋ねると忍はポテチを運搬する手を止め俺を見る。
 「はい、利明兄さん」
 その言葉通り、来た時よりかは遙かに表情が柔らかくなっていた。
 まあさっきの表情は固い柔らかいと言うよりは、この世に希望を見いだせない顔だったが。俗に言うレイプ目。
 そんな忍も今ではすっかり生気を取り戻し、ようやく年相応の子供らしさが見えてきたようだ。
 「利明兄さんなんて他人行儀な呼び方しなくていいぞ。昔みたいに『としにー』でOKだ」
 「はい、と……としにー」
 「敬語も使わなくていいって。力抜けよ」
 一応言っておくが、この発言は別に性的な意味で言ったわけではない。今の時点では。
 でもいつかは性的な意味で言ってみたいですね。出来る限り近いうちに。
 「う、うん」
 会ったその日のうちにタメ口を利くと言うのはどうにも慣れない様子である。
 「さて、あまり食べ過ぎると夕飯が入らなくなるから残りは後でな」
 俺はまだ中身の入ったポテトチップスを丸め、輪ゴムで縛って棚に投げ込んだ。
 
 それから夕食まで他愛のない会話を交わす俺達。
 あまり家庭の話はしない方がいいかな、と考えていたがやはり気になってしまう。
 「あのさ……前の家はどんな感じに過ごしていたか、聞いても良いか?」
 これから生活していく中である程度、忍の内心を知っておきたい。できれば悩みを共有してあげたい。
 俺は自分自身にそう言い訳をして、忍に好奇心を晒した。
 言った後で、少し後悔する。
 「あ、大丈夫ですよ……大丈夫、だよ。少し長くなるけど」
 意外にも忍は嫌な顔一つせず俺に過去を打ち明けてくれた。
 誰かに聞いて欲しかったのだろうか。俺は安堵しながらも話を聞く。

 日下部家は、前はあまり裕福と言えないまでもそれなりに幸せな家庭を築いていた。
 しかし忍が小学二年生になったあたりから会社の経営が厳しくなり、ついにはリストラとなってしまう。
 狭いアパートの中、少ないバイトの賃金で暮らす一家はストレスに追い込まれる。
 尤も、本当に追い込まれたのは力の無い忍だけだったが。
 酒に溺れて暴力を振るう父。ヒステリーを起こして物を壊す母。
 忍は一人、狂うことすら許されなかった。
 忍は何年もの間、その小さき体に傷を受け、小さき心に毒を吐きかけられながらも、親に忠実な『いい子』で有り続けた。
 学校でも、平気な振りをして過ごしていた。
 いつか元の家庭に戻ると、信じて。ずっと我慢していた。
 
 「……でもこの前倒れちゃって、保健室に連れて行かれたんだ。そうして……バレちゃった、んだ」
 忍はそこまで言って、かすかに涙ぐんだ。
 自分が虐待を受けていた悲しみよりも、自分が耐え切れなかった悔しさで。
 忍は、涙を頬からこぼした。

 俺は椅子から立ち上がり、忍を優しく抱きしめた。
 忍は一瞬戸惑ったようだが、俺の胸に顔を埋めて思いっきり泣き出した。
 肩まで伸びた髪が、俺の顎をほんの少しだけ掠める。
 「うええええええええん! あっ、あっ、うっ……」 
 自分が受けた苦痛を、自分を偽り続けた日々を、両親を守れなかった無力感を。
 それらを投げ打って、やっと得た安らぎを。
 全て引っくるめて、忍は泣き続けた。
 俺を抱きしめ返すその力は、あまりにも弱く儚いものだった。
 
 
 





 
 で、だ。
 本来なら伏せるべき事なのかもしれないが、やはり正確な事実を述べるためにあえて書かねばならない。
 これは多分、恐らく、人として最低なのかもしれない。と言うか間違いなく最低だろう。自分でも少し引いてるくらいだ。
 でもまあ、少しばかり自己弁護させて頂きたい。
 忍という存在は、『三次元とか二次元に勝てるわけ無いよねー文字通り次元が違うわ可愛さが』って思ってた俺の価値観を、丸ごと覆すほどの魅力を持っていたのだ。
 それが例え男でも、俺にとってはもう何を投げ打ってでも恋仲になりたいと言いますか何と言いますか、とても素晴らしいものであって。
 それと抱擁し合うと言う行為はとても幸せで、素敵な事で、まあ……興奮してしまいまして。

 その……下品なんですが……







 勃起しました。

     

 幸いにも股間の向く先にあるのは忍の柔肌ではなく固く冷たい椅子であった。セーフ。
 出来ることなら今すぐにでも押しつけたい所であるが、この状況でそんなことをするほど俺は変態ではない。
 変態ではないので、俺は股間の疼きを無視しながら身を寄せる忍を優しく支えた。繰り返すが変態ではないので。
 「先にシャワー……じゃなかった、風呂入ってこいよ、夕食の準備しとくから」
 「あ、僕も何か手伝う?」
 実に献身的でいい子だ。俺は頭を一撫でし、微笑む。
 「いいよ、気にしなくても。ほらさっさと入ってきなさい」
 今ここに断言するがこの笑顔は俺史上でも上位に食い込む格好良さだった。
 これまで人の顔色を伺い続けていた忍にとってどう映ったかは言うまでも無い。好感度アップ間違い無しだ。忍ルート確定しました。
 「あ、うん……」
 遠慮しながらバスルームに向かう忍を見送った後、俺は夕飯作りを開始する。
 一緒に入ろうと提案したら忍はどんな反応を見せただろう。冗談でも聞いておけば良かったかもしれない、と少し後悔しながら。
 
 夕飯は忍の為に寿司でも取ろうかと考えたが、しばらくの間は栄養バランスを第一に考えた方が良さそうだと結論を出した。
 野菜炒めと焼き魚、唐揚げに味噌汁に白米の和食(やや豪華め)を二人前。
 貧しい生活を強いられてきたかわいい子に豪華な食事を与える、と言うのはかなり憧れるシチュエーションであり惜しい所だが、五大栄養素も食物繊維も何もかもが不足しているはずの忍にはこっちの方が有益だと判断したのだ。
 眼を輝かせ満面の笑顔で寿司を食べる忍を想像して、俺はえも言えない感情が爆発して包丁を何度も何度もまな板に叩きつける。
 想像だけで胸が跳ねて顔がにやけて足がひとりでに踊り出す。
 何だろうこれ。恋かな。ああ恋か。恋なら仕方無いな。
 ただ欲情してただけだと思ってたが、どうやら恋愛感情まで芽生えてしまっていたようだ。小学生の、男の子に。 
 初恋だった。

 夕飯があらかた完成した所で忍が風呂から上がった。
 ほかほかと湯気を立ててさっぱりした様子の忍は、遠くからでも良い匂いが漂ってきそうだった。 
 長い髪もしっとりと水分を帯び、肌もいくらか柔らかみを増しているように見える。何というか、ふわっとしてる。
 高校の修学旅行で、そこそこ綺麗と評判だった友達の彼女が、風呂上がりに不細工極まりないすっぴんを晒しているのを見てからと言うものの、化粧にはだまされまいと思っていたが……。
 化粧など縁のない忍はむしろ風呂上がりにこそ魅力を最大限まで発揮できる。
 何という素晴らしい生物なのだろう。ああ、今とても忍の髪に顔を埋めてモフモフクンカクンカしたい。
 「飯できてるぞ」
 「うん。いただきます」
 言うが早いかすぐさま箸を手に取る忍。
 忍の眼には御馳走に映ったのか、心底美味しそうに唐揚げを噛みしめている。
 家を出てからはずっと一人暮らしだったので、人の料理を食べる機会も自分の料理を食べさせる機会も少なかったので、こういうのは新鮮だ。
 「うまいか?」
 わかりきっている事を俺はわざわざ問う。
 聞きたかったからだ。忍の口から――
 「うん、おいしい!」
 ――そう言ってくれるのを。
 屈託のない笑顔を見ながら唐揚げを一つかじってみる。
 塩加減が絶妙で、いつもより明らかに美味かった。忍の指ほどではないが。

 「あ、そう言えば忍の部屋ベッド無かったな。布団あったっけ……」
 今さらになって気付いた。そもそも一人暮らしの家にベッドが二つあるわけがない。
 いや、明日買いに行くつもりだったんだっけか。
 「あ、僕は床でも寝れるよ」
 平然と言うが、忍を床で寝させる事などできるはずがない。
 「子供が遠慮するな。あ、なんなら忍も俺と同じベッドで寝るか」
 さっきは出さないでおいた、冗談。帰ってきた反応は――

 「うん、そうする」
 無垢な瞳を狼に向ける、羊だった。

 「学校は明後日からだったな、明日買いに行こうか」
 俺の声が震えていることに、忍は気付いていない。
 「うん。おやすみなさい、としにー」
 忍の声が10cm先から聞こえる、超至近距離。俺と忍の座標は限りなく同一に近かった。
 今俺のベッドの上に俺と忍が乗っている。この意味を理解して頂けるだろうか。俺はあまりしていない。
 えっと、これは何だろう、明日はゆっくり起きても大丈夫だから今日は忍を寝かさなくていいのかな。情欲をぶちまけていいのかな。
 お口とか、お尻とか、丹田の辺りとか。
 既に我が神槍《ミストルテイン》は天へとそびえ立っている。今は寝転がっているから真横へ、だが。
 だって忍、予想以上に良い匂いがするんだもん。俺と同じシャンプーを使っているはずなのに、男を惑わすフェロモンを発しているかのような甘美な香りが鼻孔をくすぐるんだもん。
 これはもう逆に犯さないと失礼なんじゃないかってくらいにできすぎている。据え膳食わぬは男の恥とはよく言ったものだな。
 「なあ、忍」
 「なに?」
 俺は今までの人生で一番の緊張を噛みしめる。
 告白なんて、したこともされたことも無かったな。
 ゆっくりと深呼吸をした後、出たがらない声を喉で押し流すように振り絞った。
 「俺の事、好きか?」
 頭が熱い。心臓が胸の内側から激しくノックをしてきて、気管は一切の空気を通させないかのように俺の呼吸を阻害する。
 本当に一瞬の空白の後、すぐに返事は帰ってきた。

 「え? ……うん、好きだよ」
 
 なんと言うことでしょう。
 オウ・マイ・ゴッド。なんと俺達は両思いだったわけだ。素晴らしい。信じられない。奇跡っての信じちゃってもいいかもしれない。かつて無いほどの幸福感が脳内を超光速で駆け巡った。
 5000万がポンと入った時なんかとは比べものにならない、金なんかよりもずっとずっと素晴らしいものを手に入れてしまった。
 忍の心。忍の体。今好きにしていいって言ったよね、確か。では早速愛の営みを……。
 「……んな暮らしができるなんて……」
 まだ何か(恐らく俺に惚れた点だろう)を呟いている忍。
 その言葉を紡ぐ上の口を、俺は自分の口で塞いだ。

 

     

 ファーストキスはレモン味。
 カルピスは初恋の味。
 ミルキーはママの味。

 忍の唇は、媚薬の味。
 微かな甘みに、仄かな塩気。
 粘りがある唾液は後頭部の奥を刺激し、アルコールを血管に直に注射された程の酷い酩酊感と熱気を感じる。
 それを追うように口内を浸食する。
 そこで、衝撃。
 舌と舌がほんの少し触れただけで雷が直撃し脳がシェイクされ、刹那の間に意識が吹っ飛ぶ。
 今確信した。
 キスで人は殺せる。
 
 「ぶああああ!」
 素っ頓狂な声を上げて忍が口づけを引き剥がした。
 その目にはまるで宇宙人でも見つけたような、驚きとほんの少しの怯えが滲んでいる。
 「と、としにー、どうしたの!?」
 「え、いや、好きだっておっしゃられたので私共としましては恋人同士の甘い一時、愛のある激しいアナゥセェックスを試みようとしたわけなのですが」
 俺も突然の中断に戸惑い、ネイティブ英語を活用する外資系敏腕サラリーマンになってしまった。
 「あ……あなぅせぇっくす?」
 理解していない様子で鸚鵡返し。
 淫語を口に出す忍の清純さと言ったら! もう! もう! 汚したい!
 「簡単に言うと忍のお尻の穴に俺のこのちんちんを入れてじゅっぽじゅっぽしてせーえき出して気持ちよくなって二人の愛を確かめようっていう」
 説明しながら俺は布団を剥がし、服越しに天を見据える若き豪傑を眼前に晒してやった。
 
 「…………っ」
 絶、句。
 その瞳にあった驚きと怯えの色が、絶望のそれへと変化した。
 
 あれ?

 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 泣き叫び、俺の部屋から逃げ出す忍。
 そして取り残される俺。
 どうしたと言うんだ。確かにさっき忍は『好きだよ』とか『好きにしていいよ』とか『大好きだよ、としにー……』とか『僕を……壊して下さい///』とか言ってたのに。
 俺は狐につつまれてつままれた気分だった。
 狐……狐耳としっぽの生えた忍。想像しただけで涎が溢れ出てきた。
 狐をつまみたい。狐忍の乳首をつまんで絞ってこねくり回して甘噛みして……
 ……いけない、現実逃避してしまった。
 どうにか現状を打破すれば狐コス忍を現実にする事も不可能ではない。考えねば。
 何で彼は逃げたかを。これからどうするかを……


 …………。

 ………………彼…………? 

 
 「ああああああああああやっちまったァーーー!!!」
 俺は頭を両手で抱え、枕に叩きつけるように寝転がる。
 非常に、非常にまずいことに気が付いた。
 そうだよ。忍は男の子なんだよ。
 俺みたいな半ニートのおっさんを性的対象にできるわけないじゃないか。
 『好きだよ』って『セックスしてもいいよ』って意味じゃないのか。家族愛的な意味か。すっかり勘違いしてた。
 よくよく考えれば『好きにしていいよ』とか『大好きだよ、としにー……』とか『僕を……壊して下さい///』とか言ってないような気がする。
 て言うか多分言ってない。言って……言ってねーよ! いつ言ったよ!
 まずい、妄想と現実の境目が曖昧になってたようだ。表現の自由の規制に賛成できなくなってしまう。
 冷静になれば、何故忍が逃げたかはよくわかった。さて、これからどうするか。
 暖かい寝床と美味しい飯を提供してくれる信頼できそうな男に同居初日にしてレイプされかけた忍は精神に多大なショックを受けたに違い無い。
 俺も多分逃げるわ。最悪殺しかねないわ。
 とにかく誤解していたことを正直に打ち明けるか。いやでもそうすると忍は俺に尻を狙われる恐怖に怯えながら過ごすことになる……。
 そもそも忍が話を聞いてくれるか、部屋を開けてくれるかどうか。
 ……最悪の事態だ。どうにか丸く収める方法は無いか……。
 なるべくなら忍が俺の事を性的な目で見たりちんちんしゃぶしゃぶしてくれる方向の解決策が……。

 そこで俺は自分の耳を疑った。
 何故ならば。
 コン、コンと部屋にノックの音が響き。
 「……失礼……します……」
 忍の方からこっちに戻ってきたから、である。

 シャツの裾を破れそうな程に強く握りしめ、腫れぼった目で俺を見据える忍。
 俺は意図がつかめず、忍の泣き顔を呆けた顔で眺めるだけだった。 
 どうしたんだ、忍は。
 まさか突然のことに驚いて逃げたけど本当は好き……だったんだよ……? って事なのか?
 だとしたら俺も全力で受け止めないと―― 

 「……に、逃げてごめんなさい。しろと言うのなら、キスもあなぅせぇっくすも何でもします。だから……」
 
 忍は顔をくしゃくしゃに崩し、深く深く頭を下げる。

 「……だから……僕をここに置いて下さい……僕を捨てないで下さい……お願いします……っ」

 その口は、その目は、その心は。
 感情を、押し殺していた。

 口で大きく空気を吸い込む。
 俺がする事は。できる事はただ一つ。
 



 


 「すいませんでしたァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 
 
 男の尊厳も意地も見栄も欲望も全て投げ捨てた、全身全霊一世一代の大土下座。
 カーペット越しにフローリングを叩き割るかの勢いで頭を急転落下させた。
 死ぬほど痛い。声が出そうになったが、歯を食いしばって堪えた。

 「悪かった! ごめんなさい! 勘違いしてごめんなさい! 本当に悪かった! 忍は何も悪くないよ! 悪いのは俺だよ! 無理しなくていいんだよ! 殴っていいよ! 蹴っていいよ! 首締めていいよ! 掘っていいよ! 掘って下さい!」
 「と、としにー……? えっと、その、顔を……」
 言われて顔を上げ、忍と向き合う。
 「忍、本当にすまなかった。お前の境遇を考えてやれずに、俺は……許してくれ、忍……」
 見れば忍の顔は、驚愕が残っているだけでもう怯えていなかった。
 
 「……うん。僕は気にしてないよ、としにー」
 ぎこちないながらも俺を気遣って笑う忍は、まさに天使だった。
 その存在を前に、俺は少しだけ涙を流してしまった。

 

 その日は結局忍をベッドに寝かせ、俺はリビングのソファで寝た。
 久しぶりにソファで寝ようとしたらうまく寝付けなかったが、忍が安心して寝ているのを想像して悪くない気分だった。

 次の日は家具を買いに遠出して、ベッドと勉強机を家に届けてもらった。
 忍との関係はお互いに少し緊張したものだったが、その次の日、忍が学校に通い始める頃にはすっかり元通りになっていた。
 忍もこの家と俺に慣れたようで、随分とくつろいでくれている。
 栄養バランスを考えた結果、体調も随分良くなった様子だ。
 これから二人の激甘ラブラブライフがスタートするわけだな。めでたしめでたし。
 


 そうして、二週間が経過した。


 ガチャ、と玄関が開く。
 「あ、お帰り忍」
 「……」
 忍は答えない。無言で自分の部屋に戻り、扉を閉める。
 俺はそれを追って忍の部屋を開けた。
 「おい、忍! 挨拶くらい……」
 「ノックぐらいしてよ!」
 急に怒鳴る忍に俺は驚き、「あ、うん……ごめん」としか返せなかった。
 「閉めて」
 「はい……」
 バタン。


 
 どうしてこうなった。

 
 

       

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Neetsha