Neetel Inside ニートノベル
表紙

カ ク メ イ(仮)
はじまりはじまり。

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 この国、トランスヴァンには人民の階級制度がある。国王、貴族、騎士、商人、農民の計五つだ。
 そんなこの国には、ここ数十年でどの階級にも属さない者たちが増えていた。生きるためのお金がなく家も持たない人たち、そういう人たちはみな孤独人と言われている。
 そして、そんな孤独人たちを貴族たちは奴隷として働かせていた。国を守るはずの王もそれを黙認し、治安を守るはずの騎士たちでさえもそれに不干渉。
 この物語は、孤独人の少年と奴隷の少女が革命を起こす物語――。

 外はとても寒く、俺の薄手のローブにはとても辛い。凍える手を一生懸命吐息で温めようとするが、トランスヴァンの冬の厳しさはそんなことでは到底乗り越えることはできない。
「気配がする……。おい、ユウリ。もしかしたら来るかもな。もうそろそろ場所を変えたほうがいいかもな」
 孤独人としての仲間のセシルが手を俺の口元にかざしてそう言ってきた。俺はつい一年前までは普通の農民の子供として生活をしていた。幸せに暮らしていたのだが家計は苦しくなるばかりで、いつしか俺は母さんや父さんの重荷になっていた。それをうっすらと感じていた俺は、誰にも気づかれないように家を出て行って一人で生きることを決意した。
 最初は仕事を探して少しでもお金を稼ごうとしたが、まだ十五歳の俺に働けるような仕事などなく、路頭に迷っていた。そんな俺を、孤独人としての俺に助けの手を差し伸べてくれたのがセシルだ。
 セシルは小さいころから孤独人として生活をしていて、俺はそんな家もお金も何もない生活の知恵を教えてもらい、今はお互い協力して暮らしている。
「セシル……最近あいつらがずっとうろついているけど、大丈夫かな。俺はともかく、この前足を怪我したセシルが心配でならないんだ」
 俺がそう小声で言うと、セシルはにっこりと笑って返事を返してきた。
「大丈夫だよ、安心しな。それよりも、最近多すぎだな。よっぽど人手が足りないんだろうな」
 俺たちがさっきから口にしているあいつとは、騎士のことである。騎士の中には孤独人を捕まえて貴族に奴隷として売るものもいる。最近の不況のせいでそういうことをする騎士が急増しているのだ。
「来た……。行くぞユウリ。足音立てるなよ」
 頭を軽く下げ、了解の合図を取るとセシルは先陣を切ってその場から離れていく。小さい音だが、鎧を身に纏った騎士の足音が聞こえてくる。その足音をすっかり冷えた耳でなんとか聞き取り、なんとかその音が聞こえなくなるように足を忍ばせてセシルについていく。
「止まれ。……前に、一人、いや二人はいる」
 セシルはごくりと生唾を飲み込み、俺の震える手をそっと握ってきた。
「ユウリ、よく聞け。このままじゃ挟み撃ちにあって二人とも捕まっちまう。だから」
 俺はセシルの真っ直ぐな瞳を見つめ、その言葉の先を理解した。今通っている道は一本道。足音が聞こえるのは前方と後方から。つまり、どっちに進んだとしても騎士たちは俺たちと出会ってしまうのだ。
「駄目だ。そんなの駄目だ、セシル。考えよう、何かいい解決口があるはずだ」
 足音は刻一刻と大きくなっていき、それと同時にセシルがどんどん焦っていくのがその緊迫した表情から伝わってくる。
 どうしようか、いくらそう考えても何も良い案が浮かばない。壁を乗り越えて逃げるにしても、とても上れるような高さではないのだ。そう、たった一人では……。
「……越えて逃げろ。俺が手伝ってやるからこの壁を越えて逃げるんだ。俺はどうにかして逃げ切って見せる。だから、ユウリ。お前は逃げるんだ」
「無理だ。不可能だ。セシル、その足で逃げ切れるわけがない。君が壁を越えて」
 急に「誰だ!?」と騎士の声がその場に響き渡り、周りはまるで時が止まったかのように静かになった。
「そこにいるのか。よしよし、逃げるなよ?お前たちはいい金になるからな」
 セシルは素早く俺の背中を押し、なんとか壁を乗り越えさせようとする。しかし、俺の足は騎士の声を聞いた瞬間から動かなくなっていた。
 怖い。連れて行かれたら死ぬまで労働させられて、自分が死んでも誰も悲しむ人はいないのだろう。そう考えると、とても怖かった。
「ユウリ!行くんだ!お前だけはなんとか逃がしてみせる!早く、早く!!」
 恐怖で目に涙が滲んできたとき、セシルはそう言ってさっきよりも何倍も強い力で俺を押してきた。
「セシル、早く!手に捕まって!今ならまだ間に合うから!」
 壁の上から手を差し伸べ、必死にセシルへ手を伸ばそうとするが、二方向から追いかけて来た騎士たちはそんな俺とセシルを引き離すかのようにセシルを連れて行こうとする。
「セシル!セシルー!!」
 一人の騎士が壁をよじ登ろうとしてくる。「早く逃げろってんだよ!!」そうセシルは叫び、俺は最後にセシルをじっと見つめてそれからその場から離れていった。

 どれだけ走っただろうか。いつしか聞こえてくる音は自分の荒い呼吸と凍えるような冷たい風のみだった。
「セシル……俺、どうしたらいいんだよ。一人じゃあ、どうやって生きていけばいいんだよ。わからないよ」
 地面に座っていたはずなのが、いつの間にか横たわっていて、とても眠くなってきた。目をなんとか開こうとするが、だんだんと言う事を聞かなくなってきて、いつしか視界は真っ暗になってきた。
「寝ちゃ……だ、めなの、に」
 冷たく辛い風は、俺の体を引き裂くようにまた強く吹き出してきた。

       

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