Neetel Inside ニートノベル
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タルタとマイヤのファンタジー
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第一話 そうだ、魔法学校の屋上から飛び降りよう

「待て、早まるな。取り返しの付かないことになるぞ」
 俺は今まさに魔法学校の屋上から飛び降りようとしている女子生徒に言った。
 彼女は四角い屋上のギリギリの場所に立ち尽くしており、俺に後姿を見せたまま微動
だにしなかった。彼女の黒い後姿と快晴の空がコントラストになっていた。
 
 後姿しか見えないものの、肩が落ち、うな垂れている様子から、彼女が意気消沈して
いる事は容易に分かった。
 女子生徒は魔法学科の生徒らしく、黒いローブに黒いとんがり帽子を身に付けていた。
 手入れの行き届いた、肩まで掛かったストレートの黒髪が風で僅かに揺れている。

「飛び降りたら取り返しが付かなくなるのは当たり前じゃない」
 振り向かずに澄んだ声で少女は返した。言われてみたら全くその通りだった。
「いや、すまん。間違えた。詰まりだな、一体何があったんだ?飛び降りる前に話して
 みないか?」
 
 沈黙。 

「あんたなんかに話して何になるって言うのよ?」
 彼女はうな垂れたまま冷たく言い放った。
 
 刹那、彼女に向かい風が吹いた。彼女は小さな悲鳴を上げ、両手で帽子を押さえようと
するも失敗し、俺の方に飛んできた。俺が片手で素早く帽子を捕まえたのと、彼女が振り
返ったのはほぼ同時だった。

 彼女は端正な顔立ちをしていた。白い肌に赤い唇、細く凛々しい眉、小さいが丸みがあ
り形の良い鼻、そしてそのつぶらな瞳は涙に濡れて俺を凝視していた。
 魔法科の生徒と俺の魔法剣士科はクラスが離れているので、彼女とはこれが初対面の筈
だ。
  
  彼女の瞳には今、ふわりとした空気感のある黒髪をした、両肩のベルトでぶら下げた
上半身を覆う銀色の胸当て、そのすぐ下に生えるように並ぶ股間保護用の銀色の鉄板に、
迷彩柄のダボダボのズボンを身に付け、その裾を仕舞い込む様に黒い紐靴を履き、背中に
魔法剣士の諸刃の剣を背負った冴えない風貌の男の姿が写っている筈だ。

「貴方、その恰好、魔法剣士科?」
 彼女は驚いたように言った。
「見ての通りさ。君こそ魔法使いを目指している魔法科の生徒だろ」
 俺は右手の黒いとんがり帽子をスッと上げた。

「しかも俺の胸当ての下のTシャツと一緒で君の制服も黒。詰まり同じ一年生だ」
「今、魔法剣士科の学生は体育館で剣術をやっている筈でしょ。どうしてこんな所にいる
 の?魔法剣士科の授業はサボると罰則が厳しくて有名な筈よ」
 幸いにも、彼女はどうして俺が屋上にいるのかに興味を示し始めたようだった。

「まず、こっちに来て話さないか?」
 俺はとにかく彼女を屋上の端から遠ざけたい一心で会話を持ちかけた。
 彼女は訝しげな顔をしたものの、シュンとうな垂れてトボトボとした足取りで俺の方に歩
いてきた。

「ま、座ろうぜ」
 俺は胡坐を掻き、促された彼女は正座した。俺は持っていたとんがり帽子を差し出し、
彼女はそれを無言で受け取った。
「ありがとう」
 暫らくしてから彼女はポツリと感謝の念を表明した。
「俺はタルタ・カ・スパルカ。君は?」
「私はマイヤ・モ・シェマ。貴方の言う通り魔法科の一年生」
 マイヤは自己紹介が終わると足を崩し、気だるそうに髪を掻き揚げ、とんがり帽子を被っ
た。

「マイヤ、どうして自殺なんて馬鹿な真似をしようとしたんだ?」
 マイヤはまたしても沈黙した。しかし、降参したような投げやりな口調で話し始めた。

「魔法が使えないの」
「は?」
 俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。魔法剣士科でも将来魔法使いとタッグを組む可能性が
高いことから、講習で一年生の魔法科の生徒が習う魔法がどのような物かを少し知っていたか
らだ。
 一年生の魔法といえば、先端がカタツムリの殻のような杖を適当に振り、魔法の名前を口
にして振り下ろすだけだ。
 
 一年になってから3ヶ月も経つのに魔法が使えないというのは通常の記憶力があればありえ
ない話だ。マイヤ、お前は馬鹿なのか?
「うわっち!」
 ジュ、という音と共に地に付けていた俺の右手の甲に火で炙られた様な感覚が走った。

「勘違いしないで。魔法といっても声が不要なちゃちな魔法は自在に使えるわ」
 マイヤの右手のピンと伸ばされた人差し指の先端に浮かぶ炎は、蝋燭のそれの様に揺らめい
ていた。
 マイヤの顔には不満の色が滲んでいた。どうやら俺が言おうとしていたことを敏感に察知
したらしい。

 マイヤは続けた。
「しかも、魔法の名前なんて魔法学校に入る前から全部予習済み。詠唱が必要な3年生の呪文
 までみ~んな暗記してる。私ほど優秀で有望な生徒はいやしない。入学してから魔法の名前
 を暗記するような馬鹿と一緒にしないで!魔法の威力だってずば抜けてるんだから!皆には
 隠してるだけよ!」
「じゃあ、お前が魔法を使えないのは尚更おかしいじゃないか。魔法の名前を声に出せば良い
 だけだろ?」
 俺はマイヤに焼かれた手の甲を擦りながら不満げに言った。
 
 マイヤの指先の火が風もないのにフッと消え、彼女は再びうな垂れた。
「魔法がどこに飛ぶのか分からないの」
「は?」
 俺はまたしても素っ頓狂な声を上げた。
「杖をクルクル回して、魔法の名を叫ぶと同時に敵に向かって振り下ろせば良いだけだろ?」
「それが上手く出来ないの」
 マイヤは絞るような声で言った。
 
 一呼吸おいた後、俺は聞いた。

「マイヤ、お前もしかして運動音痴なのか?」
 マイヤは顔をクシャクシャにしたかと思うと、両手で顔を覆って泣き出した。
「そもそも私が魔法学校に入校したいと思ったのは、この学校の卒業証書を受け取れば魔法
 使いになれることは勿論、安定した職業に就き易くなると思ったから!でも私には剣士や
 格闘家や侍や忍者なんか到底無理。唯一私にも出来ると思ったのが魔法だった!そう思っ
 て黙々と魔法使いになる勉強をしてきた結果がこれよ!運動神経がなんだって言うのよ!
 魔法がどこに飛ぶのか分からないってことは味方の足手まといになるってこと!役立たず
 になるって事でしょ?私の今までの努力はなんだったのよ!入学金も払っちゃったし今更
 後戻りは出来ない!これじゃあ故郷の父さんや母さんに顔向けできない!」
 
 魔法学校の卒業証書さえあれば条件の良い職場にありつける。
 マイヤの入校の動機は俺と一緒だった。少なくとも、入校当時の俺と一緒だった。
 俺はゆっくりと立ち上がり、泣きじゃくっているマイヤの正面に向き直ってしゃがんだ。
 マイヤは俺の影に気が付き、泣き腫らした顔をして俺を見た。
 
「練習すれば良いじゃないか」
「え?」
 マイヤは目を丸くした。
「杖の振り方が分からないんだったら、出来る様になるまで練習すれば良いだろ?」
「無理よ。杖の振り方の練習期間はもう終わってしまった。練習しようにも一人じゃ
 無理だし、私はクラスで苛められてるから誰も助けてくれないわ」

 俺は立ち上がってマイヤに手を差し出した。
「じゃあ、俺が助けてやるよ。俺がお前の杖の振り方を見てやる。上手くなるまでな。勿論
 俺は素人だから役に立つか分からないし、剣の授業があるから多分放課後になると思うけ
 ど」
 
 そよ風が吹き、俺とマイヤの髪の毛が揺れた。
 マイヤは僅かに微笑を浮かべ、俺の手を取り立ち上がった。
「本当に良いの?」
「勿論、けどその代わり・・・」
 俺は少し言い淀んだ。そもそも俺はどうして屋上になんか来た?
 風を感じながら日向ぼっこする為じゃない。
 
「何?」
 マイヤの澄んだ声が鼓膜に響いた。マイヤの汗ばんだ手の温もりが俺の手に伝わって来る。
「二度と自殺なんてするな」
 俺がそう言うとマイヤは握っていた俺の手を離し、左手で俺の手の平を支え、右手を俺の手
の甲にかざした。
「ありがとう」
 マイヤの手と手の間から、無数の蛍が逃げ出すかのように緑色の光が漏れた。

「じゃあ明日からよろしくね、タルタ。貴方のお陰で、とりあえず生きようって気になったわ」
 マイヤはそのまま踵を返して屋上の出入り口に向かって走っていった。階段を降りる音が徐
々に小さくなっていくのが分かった。
 
 彼女の顔が赤らんでいたように見えたのは俺の気のせいだったろうか?分からない。全ては一
瞬の出来事だったから・・・
 でも、二つだけ確かなことがある。
 一つは、さっきマイヤに焼かれた手の甲の火傷がマイヤの魔法の光によって癒されたこと。
 
 もう一つは・・・

「マイヤ、俺はお前を助けてなんかいない。お前が俺を助けてくれたんだ。」
 俺はそう独り言をつぶやくと、さっきのマイヤのようにうな垂れた。
「だって俺は、お前が屋上にいなかったら・・・」
 俺はマイヤが去っていった屋上の出入り口を無表情で見つめた。

「俺が飛び降りて、死んでいたんだ」

つづく


       

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