HVDO〜変態少女開発機構〜
第三話「影が像を暴露する」
公園の片隅にて、クラスメイトの面前で派手に尿を撒き散らしたかわいそうなくりちゃんは、その後三枝委員長に保護され、体調不良を原因に早退しました。
股間から煙をあげながら地に伏した等々力氏は、数人の友達の手を借りて(自分は無視しました)保健室に担ぎ込まれたそうで、少々の火傷は負ったものの、ペニスがちぎれたりとか、そのような惨事には到らなかったそうです。
そして自分はというと、くりちゃんが自分のジャージを着ていた点、自分がくりちゃんのブルマとパンツを所持していた点、同行していた同級生が謎の怪我を負ったという点から、放課後まで残されて、担任、及び副担任、及び学年主任、及び校長、及び三枝委員長による圧迫面接もとい取調べを受けましたが、意地の一徹で知らん振りを続けました。
「どうして木下はあんな事になったんだ?」「知りません」「じゃあこのブルマと下着は?」「知りません」「等々力はなぜ怪我をした?」「知りません」「知りませんで済むと思うなよ!?」「知りません」「……警察を呼ぶしかないようだな」「知りません」「警察も知らないのか?」「知りません」
結局、くりちゃん側からも、等々力氏側からも、被害届が出される事は無く、くりちゃんは黙秘、等々力氏は「転んだら爆発しただけだ」と適当すぎる言い訳を押し通し、また、うちの学校は都内でもそこそこに有名な進学校である事も助かって、時期も時期、このような事件で他の生徒達の受験に影響が出るのはコトだという話になったのか、疑わしきは罰せず、自分は深夜零時頃に晴れて無罪放免と相成りました。
等々力氏は例の能力の事を知っているからまだしも、くりちゃんが何も言わないのは、正直言って意外ではありました。くりちゃんが、「突然体操着が破れた。触られたらおしっこ漏れた」と証言し、超能力の存在を示唆すれば、自分は「いえね、あまり知られてはいないようですが、木下さんは普段から妄言が目立つ人で、今朝も『ヒッポポッポプルイ星人がやってくるよぉ!』と意味不明な事を口にしていたんですよ……」という風に、恐れながらと申し出て、くりちゃんの社会的信用を失墜させ、これからの作業をやりやすくする算段もつけていたのですが、その計画はふいになりました。
かくかくしかじかの末、自宅へと戻り、風呂も飯も構わずに布団に倒れ、心地よい疲労の抜けていく感覚を味わいながら、今日一日でくりちゃんに施した陵辱を思い返し、深い眠りへと落ちて行きました。くりちゃんに起こしてもらわないと、寝続けてしまう自分の困った体質などはとうに忘れ、ただただ胸を打つのはあの遥かなるエロき郷愁。二度と目覚めぬ眠りなれど、安らぎを貪るように、大きないびきをかきました。
次の日の朝、自分はいつものようにくりちゃんに起こされて目覚めましたが、それは普段の、頭からじょうろの水をかけられたり、ネックブリーカードロップを喰らって目玉から火花を散らすような「優しい」起こされ方ではありませんでした。
両手両足を紐か何かでしっかりと縛られ、タオルを口に突っ込まれて、身動きもとれず助けも求められず、ベッドから引きずり下ろされて、制服のズボンと、トランクスは足首のあたりまで脱がされ、「朝だああああああ!」と叫ばんばかりの元気なおちんぽ様は丸出し状態で、メトロノームのようにブラブラと左右に揺れているという恐ろしく情けない姿で、自分は朝を迎えました。
そんな無様を見下す少女が一人、見覚えのある顔、だけどそうは信じたくない、いて欲しくない、昨日で一生分くらいの恨みを一括購入してしまった、残虐非道悪逆無道の不良少女、昨日のショックから見事に立ち直り、不敵な笑みを浮かべて仁王立ちする、それはまさしくくりちゃんでした。窓から差す朝日の逆光でよくは見えませんが、くりちゃんの手には確かに、包丁的な物、というか包丁そのものが握られていました。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ぅぅん゛ん゛ー?」
自分がそう問いかけると、くりちゃんは一回頷き、しっかりとした、淀みの一切無い口調で、
「切るから」と、言いました。
嘘をついて脅しているようでもなく、笑いを誘った冗談を言っているようでもなく、ただ、これからする行動を、事務的に伝えているだけの、冷たい冷たい言葉でした。
「ん゛ん゛ん゛ん゛!? ん゛ん゛ん!!」
精一杯の拒否を表現しても、客観的に見ればただの大きな携帯電話がマナーモードで着信しているようにしか見えないらしく、くりちゃんは何の躊躇いも無く、一切の遠慮も無く、良く研がれたその包丁を、自分の男根へと近づけていきます。自分はどうにか腰を浮かして、ぶんぶんぶんぶんと障子を破るくらいに勢い良く息子を振り回し、少しでも延命しようと試みましたが、くりちゃんはガシッと亀頭をわしづかみにして、本気の握力で握りしめ、包丁を茎の根元にあてがいました。自分の塞がれた口から、女々しい悲鳴が零れます。
これは、死ぬ。
自分はこの時生まれて初めて、命の危機を感じたのです。自分がくりちゃんにした事は、確かに人として許されざる事だったかもしれません。自分はくりちゃんの痴態を見たいが為に、彼女に沢山の恥をかかせました。能力を授かって、調子に乗っていました。心から、魂の奥底から反省しています。だから許して! 誰か助けて! この子を止めて!
「……もしかして、切られたくない?」
くりちゃんはじっと自分の顔を見つめて、四歳児のような素朴な顔でそう問いかけてきました。自分は全力でうんうんと頷き(目元には涙も溜まっていたはずです)、同情を誘うような声でくんくんと泣きました。
「……今から口のを外すけど、大声出したり、変な事言ったり、個人的に気に入らなかったら、切るから」
最後の条件は不条理すぎると思いながらも、抗う術はありません。自分は深く頷き、ようやく口の戒めが解かれ、人語を扱えるようになりました。
「本当にすみませんでした。もう二度と、もう二度と昨日のような事はしません。だから、どうか一度だけこの薄汚いゴミのような男を許してください」
以上のような謝罪を三、四回、誠心誠意を込めて言っても、くりちゃんの心には響かなかったらしく、握り締めた亀頭も、手に持った包丁も、一向に置いてくれる様子はありませんでした。
「『昨日のような事はしない』って事は、やっぱりあれは、お前がしたんだな?」
抑揚の無い声で読み上げられたような質問に、自分はどう答えようか一瞬迷ったものの、この土壇場で嘘などついて、それがバレた日には、五十妻家はここでお終いですから、正直に、一から丁寧に教える事にしました。
深夜オナニーしながらネットを漁っていたら、奇妙な超能力を得た事。その能力が本物かどうかを確かめる為、くりちゃんに使用した事。学校で、同じく能力を得た等々力氏に勝負を仕掛けられた事。勝負の道具としてくりちゃんを利用してしまった事。そして、これは最後まで言おうかどうか迷ったのですが、くりちゃんの放尿シーンは、これまでに自分が見てきたどんな物よりも美しかった事(自分にとっては、これが一番真実でした)を、つまびらかに説明しました。くりちゃんは相槌も無く仏像のように自分の話を聞き、時折、衝動的にちんこを切り落としそうになる場面もありましたが、自分はどうにか無事に告白を終えました。
「……これで全てです。もう二度とあんな事はしませんし、」
くりちゃんは言います。
「やっぱり切るわ」
「まままま待って下さい。本当に待って。くりちゃんは持って無いから分からないかもしれませんが、フル勃起したちんこは血が集まってるんです。切られたら死にます。出血多量で本当に死にます」
「じゃあ早く勃起を治めろ」
「この状況で治まる訳が無いじゃないですか」
神がかり的な猛反省と、努力を惜しまぬ説得と、延々といきりたったままの愚息のおかげで、くりちゃんはようやく自分を解放してくれました。条件として、くりちゃんが漏らした原因が自分であったという事を必ず、三枝委員長に説明し、理解を求めるというミッションが与えられ、自分はそれを平伏して承りました。
学校に到着すると、明らかにくりちゃんを見る目が違いました。同情と好奇と不信の入り混じった下世話な視線。しかし、くりちゃんは普段と変わらず、「話しかけられても無視するよ」オーラをその身に宿し、人より広めのパーソナルスペースには、一切の人を近づけませんでした。
「五十妻ぁ~……」
自分の背後から、おどろおどろしくそう声をかけたのは、他でもない等々力氏その人でした。顔がやつれ、生気が抜け、十歳は老けたように見えたのは、錯覚では無かったはずです。自分は珍しく気を使って、「あの後、大丈夫でしたか?」と尋ねると、等々力氏は神妙な面持ちで、今にも消え去りそうに、
「……勃たなくなった」と、言いました。
ED、Erectile Dysfunction、勃起不全。等々力氏の襲われている症状は、まさにそれでした。
十代の健康な若者ならば、まずかかり得ない病気。
「……つまり、勝負に負けると、ちんこが爆発してEDになる。と、そういう事ですか?」
「ああ、その通り。黙ってて悪かったな。言ったら勝負を受けてもらえないだろうなと思ってな」
確かに、そんなリスクがあると知っていれば、自分は勝負するのを躊躇った事でしょう。
「その代わりだな、勝負に勝つと、新しい能力が増えるんだ。俺はお前と戦う前に一回、足フェチと戦って勝ってな。そこであの服を破る能力を得たって訳だ」
勝てば能力が増える。そして、他にも能力者がいる。肝心な事を黙っているとは、等々力氏、意外と狡猾な男です。
「おや、機嫌を悪くしたか? まあ、こうして教えてやったんだから、勘弁してくれよ。俺はしばらくEDの治療に専念する。勃たないと、能力も使えないらしくてな。だから、お前が俺の代わりに他の能力者に勝ちまくるんだ」
「なぜですか?」
「なぜってそりゃ……」等々力氏は口をへの字に曲げて、「気に入ったからだよ、おもらし」
言った後、照れているように見え、自分は少し、嬉しくなりました。戦う事によって、この趣味に共感してくれる仲間が増えていく。この世界に新たなる変態が生まれる。それはこの上無い幸せであると思えたのです。
「等々力氏、色々と情報ありがとうございます」
「ん? おう。他に質問があったら何でも聞いてくれよな」
「ええ。ですが、自分は金輪際、性癖バトルをしません。他の能力者に偶然出会っても、無視します」
だって、EDになるのは、嫌ですから。
等々力氏は口を縦に大きく開けて、「お前、自分が爆破した相手の前でよくそんな……」というような表情で見てきましたが、関係ありません。我が身のかわいさは、今朝、身にしみて良く分かりましたので。
股間から煙をあげながら地に伏した等々力氏は、数人の友達の手を借りて(自分は無視しました)保健室に担ぎ込まれたそうで、少々の火傷は負ったものの、ペニスがちぎれたりとか、そのような惨事には到らなかったそうです。
そして自分はというと、くりちゃんが自分のジャージを着ていた点、自分がくりちゃんのブルマとパンツを所持していた点、同行していた同級生が謎の怪我を負ったという点から、放課後まで残されて、担任、及び副担任、及び学年主任、及び校長、及び三枝委員長による圧迫面接もとい取調べを受けましたが、意地の一徹で知らん振りを続けました。
「どうして木下はあんな事になったんだ?」「知りません」「じゃあこのブルマと下着は?」「知りません」「等々力はなぜ怪我をした?」「知りません」「知りませんで済むと思うなよ!?」「知りません」「……警察を呼ぶしかないようだな」「知りません」「警察も知らないのか?」「知りません」
結局、くりちゃん側からも、等々力氏側からも、被害届が出される事は無く、くりちゃんは黙秘、等々力氏は「転んだら爆発しただけだ」と適当すぎる言い訳を押し通し、また、うちの学校は都内でもそこそこに有名な進学校である事も助かって、時期も時期、このような事件で他の生徒達の受験に影響が出るのはコトだという話になったのか、疑わしきは罰せず、自分は深夜零時頃に晴れて無罪放免と相成りました。
等々力氏は例の能力の事を知っているからまだしも、くりちゃんが何も言わないのは、正直言って意外ではありました。くりちゃんが、「突然体操着が破れた。触られたらおしっこ漏れた」と証言し、超能力の存在を示唆すれば、自分は「いえね、あまり知られてはいないようですが、木下さんは普段から妄言が目立つ人で、今朝も『ヒッポポッポプルイ星人がやってくるよぉ!』と意味不明な事を口にしていたんですよ……」という風に、恐れながらと申し出て、くりちゃんの社会的信用を失墜させ、これからの作業をやりやすくする算段もつけていたのですが、その計画はふいになりました。
かくかくしかじかの末、自宅へと戻り、風呂も飯も構わずに布団に倒れ、心地よい疲労の抜けていく感覚を味わいながら、今日一日でくりちゃんに施した陵辱を思い返し、深い眠りへと落ちて行きました。くりちゃんに起こしてもらわないと、寝続けてしまう自分の困った体質などはとうに忘れ、ただただ胸を打つのはあの遥かなるエロき郷愁。二度と目覚めぬ眠りなれど、安らぎを貪るように、大きないびきをかきました。
次の日の朝、自分はいつものようにくりちゃんに起こされて目覚めましたが、それは普段の、頭からじょうろの水をかけられたり、ネックブリーカードロップを喰らって目玉から火花を散らすような「優しい」起こされ方ではありませんでした。
両手両足を紐か何かでしっかりと縛られ、タオルを口に突っ込まれて、身動きもとれず助けも求められず、ベッドから引きずり下ろされて、制服のズボンと、トランクスは足首のあたりまで脱がされ、「朝だああああああ!」と叫ばんばかりの元気なおちんぽ様は丸出し状態で、メトロノームのようにブラブラと左右に揺れているという恐ろしく情けない姿で、自分は朝を迎えました。
そんな無様を見下す少女が一人、見覚えのある顔、だけどそうは信じたくない、いて欲しくない、昨日で一生分くらいの恨みを一括購入してしまった、残虐非道悪逆無道の不良少女、昨日のショックから見事に立ち直り、不敵な笑みを浮かべて仁王立ちする、それはまさしくくりちゃんでした。窓から差す朝日の逆光でよくは見えませんが、くりちゃんの手には確かに、包丁的な物、というか包丁そのものが握られていました。
「ん゛ん゛ん゛ん゛ぅぅん゛ん゛ー?」
自分がそう問いかけると、くりちゃんは一回頷き、しっかりとした、淀みの一切無い口調で、
「切るから」と、言いました。
嘘をついて脅しているようでもなく、笑いを誘った冗談を言っているようでもなく、ただ、これからする行動を、事務的に伝えているだけの、冷たい冷たい言葉でした。
「ん゛ん゛ん゛ん゛!? ん゛ん゛ん!!」
精一杯の拒否を表現しても、客観的に見ればただの大きな携帯電話がマナーモードで着信しているようにしか見えないらしく、くりちゃんは何の躊躇いも無く、一切の遠慮も無く、良く研がれたその包丁を、自分の男根へと近づけていきます。自分はどうにか腰を浮かして、ぶんぶんぶんぶんと障子を破るくらいに勢い良く息子を振り回し、少しでも延命しようと試みましたが、くりちゃんはガシッと亀頭をわしづかみにして、本気の握力で握りしめ、包丁を茎の根元にあてがいました。自分の塞がれた口から、女々しい悲鳴が零れます。
これは、死ぬ。
自分はこの時生まれて初めて、命の危機を感じたのです。自分がくりちゃんにした事は、確かに人として許されざる事だったかもしれません。自分はくりちゃんの痴態を見たいが為に、彼女に沢山の恥をかかせました。能力を授かって、調子に乗っていました。心から、魂の奥底から反省しています。だから許して! 誰か助けて! この子を止めて!
「……もしかして、切られたくない?」
くりちゃんはじっと自分の顔を見つめて、四歳児のような素朴な顔でそう問いかけてきました。自分は全力でうんうんと頷き(目元には涙も溜まっていたはずです)、同情を誘うような声でくんくんと泣きました。
「……今から口のを外すけど、大声出したり、変な事言ったり、個人的に気に入らなかったら、切るから」
最後の条件は不条理すぎると思いながらも、抗う術はありません。自分は深く頷き、ようやく口の戒めが解かれ、人語を扱えるようになりました。
「本当にすみませんでした。もう二度と、もう二度と昨日のような事はしません。だから、どうか一度だけこの薄汚いゴミのような男を許してください」
以上のような謝罪を三、四回、誠心誠意を込めて言っても、くりちゃんの心には響かなかったらしく、握り締めた亀頭も、手に持った包丁も、一向に置いてくれる様子はありませんでした。
「『昨日のような事はしない』って事は、やっぱりあれは、お前がしたんだな?」
抑揚の無い声で読み上げられたような質問に、自分はどう答えようか一瞬迷ったものの、この土壇場で嘘などついて、それがバレた日には、五十妻家はここでお終いですから、正直に、一から丁寧に教える事にしました。
深夜オナニーしながらネットを漁っていたら、奇妙な超能力を得た事。その能力が本物かどうかを確かめる為、くりちゃんに使用した事。学校で、同じく能力を得た等々力氏に勝負を仕掛けられた事。勝負の道具としてくりちゃんを利用してしまった事。そして、これは最後まで言おうかどうか迷ったのですが、くりちゃんの放尿シーンは、これまでに自分が見てきたどんな物よりも美しかった事(自分にとっては、これが一番真実でした)を、つまびらかに説明しました。くりちゃんは相槌も無く仏像のように自分の話を聞き、時折、衝動的にちんこを切り落としそうになる場面もありましたが、自分はどうにか無事に告白を終えました。
「……これで全てです。もう二度とあんな事はしませんし、」
くりちゃんは言います。
「やっぱり切るわ」
「まままま待って下さい。本当に待って。くりちゃんは持って無いから分からないかもしれませんが、フル勃起したちんこは血が集まってるんです。切られたら死にます。出血多量で本当に死にます」
「じゃあ早く勃起を治めろ」
「この状況で治まる訳が無いじゃないですか」
神がかり的な猛反省と、努力を惜しまぬ説得と、延々といきりたったままの愚息のおかげで、くりちゃんはようやく自分を解放してくれました。条件として、くりちゃんが漏らした原因が自分であったという事を必ず、三枝委員長に説明し、理解を求めるというミッションが与えられ、自分はそれを平伏して承りました。
学校に到着すると、明らかにくりちゃんを見る目が違いました。同情と好奇と不信の入り混じった下世話な視線。しかし、くりちゃんは普段と変わらず、「話しかけられても無視するよ」オーラをその身に宿し、人より広めのパーソナルスペースには、一切の人を近づけませんでした。
「五十妻ぁ~……」
自分の背後から、おどろおどろしくそう声をかけたのは、他でもない等々力氏その人でした。顔がやつれ、生気が抜け、十歳は老けたように見えたのは、錯覚では無かったはずです。自分は珍しく気を使って、「あの後、大丈夫でしたか?」と尋ねると、等々力氏は神妙な面持ちで、今にも消え去りそうに、
「……勃たなくなった」と、言いました。
ED、Erectile Dysfunction、勃起不全。等々力氏の襲われている症状は、まさにそれでした。
十代の健康な若者ならば、まずかかり得ない病気。
「……つまり、勝負に負けると、ちんこが爆発してEDになる。と、そういう事ですか?」
「ああ、その通り。黙ってて悪かったな。言ったら勝負を受けてもらえないだろうなと思ってな」
確かに、そんなリスクがあると知っていれば、自分は勝負するのを躊躇った事でしょう。
「その代わりだな、勝負に勝つと、新しい能力が増えるんだ。俺はお前と戦う前に一回、足フェチと戦って勝ってな。そこであの服を破る能力を得たって訳だ」
勝てば能力が増える。そして、他にも能力者がいる。肝心な事を黙っているとは、等々力氏、意外と狡猾な男です。
「おや、機嫌を悪くしたか? まあ、こうして教えてやったんだから、勘弁してくれよ。俺はしばらくEDの治療に専念する。勃たないと、能力も使えないらしくてな。だから、お前が俺の代わりに他の能力者に勝ちまくるんだ」
「なぜですか?」
「なぜってそりゃ……」等々力氏は口をへの字に曲げて、「気に入ったからだよ、おもらし」
言った後、照れているように見え、自分は少し、嬉しくなりました。戦う事によって、この趣味に共感してくれる仲間が増えていく。この世界に新たなる変態が生まれる。それはこの上無い幸せであると思えたのです。
「等々力氏、色々と情報ありがとうございます」
「ん? おう。他に質問があったら何でも聞いてくれよな」
「ええ。ですが、自分は金輪際、性癖バトルをしません。他の能力者に偶然出会っても、無視します」
だって、EDになるのは、嫌ですから。
等々力氏は口を縦に大きく開けて、「お前、自分が爆破した相手の前でよくそんな……」というような表情で見てきましたが、関係ありません。我が身のかわいさは、今朝、身にしみて良く分かりましたので。
第三話
人間は皆平等で、誰しもが、自分にしかない魅力と、何かしらの欠点を持っています。
人々の個性という花びらが重なって花になり、世界に色彩を与えているのです。
あなたがもし、自分の事がどうしようもなく嫌になって、この世界から居なくなりたいと思ったとしても、あなたにしか咲かせない花があるはずだから、深く悩まないで欲しいと願います。
そう、完璧な人間など、この世にはいないのです。
でも、もしも完璧な人間が存在するとしたら、それは私、三枝瑞樹に他ならないという事は分かっていますね?
分かっているのなら、これ以上私から言える事はありません。
あなたは愚民らしく安心して、私のような特別な人間に搾取されていれば、それで良いのです。
「お嬢様、おはようございます」
「おはよう、八木谷。あら、眼鏡を変えたの? 似合ってますよ」
目下の者にも礼儀を尽くし、さりげない気遣いを惜しまない。
「おお、気づいていただけましたか。ありがとうございます」
人間は単純で、言って欲しい言葉を言ってくれる相手の事は心から尊敬します。
「今朝は車で登校されますか?」
「いいえ、電車で行きます。最近ようやく満員電車にも慣れてきました」
「本当に、お嬢様は立派なお方ですな……」
真のお金持ちは、無闇やたらと自分の財産を見せ付けるような真似はしないのです。例え実家の玄関がパルテノン神殿そっくりでも、執事とメイドを何十人も雇って生活していても、都内で最高レベルの中学校で三年連続成績首位を取っていても、シックスティーンの表紙を飾る読者モデルをする美貌があっても、それを自分の口から言い出してしまっては、まさに台無し。誰かが「あの噂って本当?」と尋ねてきたら、はにかんで肯定するくらいがちょうど良いのです。
清楚で、可憐で、高貴な淑女。
学校では、生徒のみならず先生さえも全ての信頼を置き、クラスの中でいつも重要な地位にいる。誰からも必要とされ、皆が愛し、愛してもらえていると思う。手の届かない、高嶺の花。控えめに言えば、私は以上のような人間です。
満員電車の中は他人の体温で気持ち悪い暖かさが保たれ、駅についてドアが開く度に、不機嫌な顔をした人間が入れ替わります。私はマフラーに顔をうずめながら、一人の男を見ていました。
――あの男、痴漢だ――
山鳩色のスーツを着た、四十台後半くらいの中年。背中の小ささの割にぽっこりと出っ張ったお腹が、不気味な着ぐるみのような印象を抱かせます。スーツの襟にはバッジの跡。ネクタイもピンも趣味が悪い。かけている眼鏡はそこそこ値が張りそうで、高学歴特有の自信ありげな態度で自分の場所を確保しているようです。
痴漢だと直感した理由は以下の点。
二つ前の駅から乗ってきたこの男は、まず最初に車内の壁を背にして周りの人間を見渡していました。その時、私と目が合った途端、すぐに視線を逸らしたその様子は、まるで誰かを探しているようでした。乗った電車の中で誰かを探す。学生ならまだしも、中年にはあまり無い傾向です。
それから、一つ前の大きな駅で多くの人が降りた時、この男は明確に吊り革に捉まっていたある女の子(制服から見て女子高生。耳にイヤホンをしている。音漏れは無い)の後ろに陣取りました。その後、降りてきた人よりも多くの人が乗ってきても、男は女の子の後ろという立ち位置を変えませんでした。
そして、何より顔がいやらしい。一言で言えば、世俗にまみれた下品な豚その物です。鼻の下は伸ばしすぎて癖がついたのか、ゆるゆるの輪ゴムみたいに伸びきっています。
私は人と人の隙間から、男の手に注視します。あやしいと感じた時から、手元が見えやすいように男の右斜め後ろの位置を確保しておいたのが功を奏しました。
――今、確かに触った――
男は明らかに、スカート越しに女の子の臀部を触っていました。女の子の反応を見ても、それは間違いありません。おろおろとして、助けを求めるような目、唇は少し震えています。それにしても、セントバーナードの子犬のように大人しそうな女の子です。勇気を出して周囲に訴える事など、まず出来そうもありません。
――ああ、同じ人類として情けない――
そもそも、私がこうして電車を利用するのには、理由があります。
一つは、高級車で学校まで乗りつけるのはいかにも印象が悪い。真の権力者は、自身の浴びる嫉妬さえもコントロール出来なくてはなりません。電車に乗って通学すれば、庶民の生活のなんたるかが分かり、親身になれる。いえ、「この人は分かってくれている」と、相手に思わせる事が出来る。それに、下の者の目線に立って考える事は、育児と帝王学の基礎中の基礎と言えます。
もう一つ、肝心な理由があります。しかしそれは、説明するよりも行動に移した方が早そうです。
「この人、痴漢です」
私は、はっきりとした口調で、凛々しく目を尖らせながら指さしました。いつしても、正しい事を言うのは気持ちが良い。正義を口にした時に吹く向かい風の、なんと涼しい事でしょう。
「は?」
犯罪者の癖に、いっちょまえにしらばっくれやがりなさった。
「あなたが痴漢だと言ったの。そこの人、見てましたよね?」
と、男の近くに居た大学生風の男に同意を求めると、「ん、ああ。見てた。俺も今、言おうかと思っていた」と、乗ってきました。指摘する気なんてなかった癖に、と心の中で毒づきますが、今は敵は一人に絞った方が良いでしょう。
「おいおい、冗談じゃない。冤罪だぞ、これは。なんなんだ? 証拠はあるのか?」
身動きがとれないくらいの満員電車のはずが、少しずつ男と私と女の子のいるスペースが空いていきました。誰もが多めに自分の居場所を取っている事の何よりの証明です。大体の人は、朝からこんな厄介な面倒事に巻き込まれたくないから距離を取ります。
「この男に、痴漢されていましたよね?」
私が確認をとると、女の子は恥ずかしそうに俯いて、こくこくと頷きました。
男はバツが悪そうに周囲を睨みます。女の子の肩からふっと力が抜けました。今まで相当力を入れて立っていたのでしょう。私は言います。
「こういう事は、黙ってては駄目ですよ。次の駅で一緒に降りましょう。もちろん、痴漢さんも」
やがて電車は駅に入って、ドアが開きました。私が大事な証人である女の子の手をとって、慰めの言葉をかけようとしたその一瞬の隙をついて、男が逃走を図りました。小太りの中年とは思えないくらいに軽いフットワークで、駅の改札に向かう人波をかきわけ、どんどん離れて行きます。後を追おうにも、今この気弱な女の子を一人にしたら、どこかに逃げてしまいそう。私は先ほど同意を求めた大学生風の男を睨みました。男は目を逸らして、「知ーらね」と呟きました。
救いの無い世界。
はっきり言って、私は自分の事を傲慢だと思っています。ただそれを表に出さないだけであって、日々演技を怠らないだけであって、心の中にはドス黒い物が常にとぐろを巻いているのです。そんな事は重々承知なのです。
それでもなお私は、自分で正しいと思える事は、貫き通したいと思うのです。
私は女の子の手を離して、男の後を追って走り出しました。「その人痴漢です! 捕まえて!」と叫んでも、周りの人間は互いに顔を見合すだけで、明らかに逃げている人間は一人なのに、追いかけようとしてくれない。むしろ、「痴漢ごときで何を大騒ぎしてるんだ」くらいの怪訝な眼差しで私を見てくる輩もいます。
結局、外に出る改札口の手前ほどで、私は男を見失ってしまった。今となっては、証人の女の子さえいるかどうかあやしい。つまりあの男の犯した罪の証明さえ難しい。広い駅だから、その場に居合わせた目撃者達も、散り散りになってしまっているでしょう。
ここで諦めるのが、普通の人。
だけど私は特別なのです。控えめに言っても天才。この言葉に偽りはありません。
「なっ……!」
私の姿を認めた男は、まるで幽霊でも見たかのように顔を青ざめました。ちなみに私は多分死にません。
駅前から程近い、そこそこ大きな法律事務所。男の職業は、弁護士でした。
黙って男を睨みつける私に、男はびくびくとしながら尋ねます。
「……どうしてここが分かった?」
私はすっと人差し指を伸ばし、男のスーツの胸ポケットを指しました。
「法律関係者を示すバッジ。流石に痴漢をする時は外しているようですけど、スーツの襟についた跡は誤魔化せませんよ。普段はつけっぱなしにしているから、跡がついてしまうんです。もちろん、バッジの跡だけならば、国会議員である可能性も、税理士である可能性も、やくざの可能性もあります。けれど、痴漢を指摘された後の反応を見ればおのずと答えは分かりました。あなたはまず『冤罪』という言葉を口にして『証拠を出せ』とも言いました。でも決定的だったのは、逃げるという選択肢を取るのに何の躊躇いも無かった所。被害者も目撃者もいるあの状況では、分が悪いと見たんでしょうね。だけど、電車に入ってきた時の反応から見るに、痴漢自体には慣れていない。あなた、いかにもあやしかったですよ。それと、あなたがこの駅を普段利用しているというのは分かりきった事でした。あなた逃げる時、進む方向に全く躊躇いが無かったんですよ。人の波をかきわけて進む時は、その場所を良く知っていなければ迷いが生じる物です。だからあなたは元々、この駅で降りるつもりだった。この弁護士事務所の前で待ち伏せできたのは、駅の近くにある法律関係の事務所は合計三件あって、うち一件が今日は休み。他の二件に問い合わせてみたら、片方は既に全員出社していました。つまり消去法で考えて、この時間に、法律関係者が事務所に出社するとしたら、ここしかないという訳です。後は待ち伏せしていれば、こうして無事にあなたと再会出来るという事です。お分かりいただけましたか?」
一言も噛まずに滑らかに長台詞を言ってのけると、男はくやしがったり怒ったりというより唖然として、私の言葉を理解するのに全てのリソースを費やしているようでした。
このような窮地において、凡人が出せる解答は、それまでの人生経験で何を学んできたかその物と言っても差し支えないでしょう。この男は、自身の四、五十年の人生で一体何を得たのか。何を考えて生き、今わの際に何を思うのか。男はそれを言葉に出しました。
「……いくら欲しいんだ?」
――実に、くだらない――
この世で一番必要ない物。だけど皆が欲しがる物。さぞかし薄っぺらな人生だったのでしょう。同情に値します。私は呆れながら、
「お金などいりません。ただ、一つだけ聞きたい事があって、わざわざ人生で初めての遅刻をしてまで待っていたのです」
訝しげに私の目を見る男に、私はゆっくりと尋ねます。
私が電車を使って通学する第二の理由。それは、
「なぜ、私を痴漢しなかったんですか?」
私を調教してくれるご主人様を探す為です。
人間は皆平等で、誰しもが、自分にしかない魅力と、何かしらの欠点を持っています。
人々の個性という花びらが重なって花になり、世界に色彩を与えているのです。
あなたがもし、自分の事がどうしようもなく嫌になって、この世界から居なくなりたいと思ったとしても、あなたにしか咲かせない花があるはずだから、深く悩まないで欲しいと願います。
そう、完璧な人間など、この世にはいないのです。
でも、もしも完璧な人間が存在するとしたら、それは私、三枝瑞樹に他ならないという事は分かっていますね?
分かっているのなら、これ以上私から言える事はありません。
あなたは愚民らしく安心して、私のような特別な人間に搾取されていれば、それで良いのです。
「お嬢様、おはようございます」
「おはよう、八木谷。あら、眼鏡を変えたの? 似合ってますよ」
目下の者にも礼儀を尽くし、さりげない気遣いを惜しまない。
「おお、気づいていただけましたか。ありがとうございます」
人間は単純で、言って欲しい言葉を言ってくれる相手の事は心から尊敬します。
「今朝は車で登校されますか?」
「いいえ、電車で行きます。最近ようやく満員電車にも慣れてきました」
「本当に、お嬢様は立派なお方ですな……」
真のお金持ちは、無闇やたらと自分の財産を見せ付けるような真似はしないのです。例え実家の玄関がパルテノン神殿そっくりでも、執事とメイドを何十人も雇って生活していても、都内で最高レベルの中学校で三年連続成績首位を取っていても、シックスティーンの表紙を飾る読者モデルをする美貌があっても、それを自分の口から言い出してしまっては、まさに台無し。誰かが「あの噂って本当?」と尋ねてきたら、はにかんで肯定するくらいがちょうど良いのです。
清楚で、可憐で、高貴な淑女。
学校では、生徒のみならず先生さえも全ての信頼を置き、クラスの中でいつも重要な地位にいる。誰からも必要とされ、皆が愛し、愛してもらえていると思う。手の届かない、高嶺の花。控えめに言えば、私は以上のような人間です。
満員電車の中は他人の体温で気持ち悪い暖かさが保たれ、駅についてドアが開く度に、不機嫌な顔をした人間が入れ替わります。私はマフラーに顔をうずめながら、一人の男を見ていました。
――あの男、痴漢だ――
山鳩色のスーツを着た、四十台後半くらいの中年。背中の小ささの割にぽっこりと出っ張ったお腹が、不気味な着ぐるみのような印象を抱かせます。スーツの襟にはバッジの跡。ネクタイもピンも趣味が悪い。かけている眼鏡はそこそこ値が張りそうで、高学歴特有の自信ありげな態度で自分の場所を確保しているようです。
痴漢だと直感した理由は以下の点。
二つ前の駅から乗ってきたこの男は、まず最初に車内の壁を背にして周りの人間を見渡していました。その時、私と目が合った途端、すぐに視線を逸らしたその様子は、まるで誰かを探しているようでした。乗った電車の中で誰かを探す。学生ならまだしも、中年にはあまり無い傾向です。
それから、一つ前の大きな駅で多くの人が降りた時、この男は明確に吊り革に捉まっていたある女の子(制服から見て女子高生。耳にイヤホンをしている。音漏れは無い)の後ろに陣取りました。その後、降りてきた人よりも多くの人が乗ってきても、男は女の子の後ろという立ち位置を変えませんでした。
そして、何より顔がいやらしい。一言で言えば、世俗にまみれた下品な豚その物です。鼻の下は伸ばしすぎて癖がついたのか、ゆるゆるの輪ゴムみたいに伸びきっています。
私は人と人の隙間から、男の手に注視します。あやしいと感じた時から、手元が見えやすいように男の右斜め後ろの位置を確保しておいたのが功を奏しました。
――今、確かに触った――
男は明らかに、スカート越しに女の子の臀部を触っていました。女の子の反応を見ても、それは間違いありません。おろおろとして、助けを求めるような目、唇は少し震えています。それにしても、セントバーナードの子犬のように大人しそうな女の子です。勇気を出して周囲に訴える事など、まず出来そうもありません。
――ああ、同じ人類として情けない――
そもそも、私がこうして電車を利用するのには、理由があります。
一つは、高級車で学校まで乗りつけるのはいかにも印象が悪い。真の権力者は、自身の浴びる嫉妬さえもコントロール出来なくてはなりません。電車に乗って通学すれば、庶民の生活のなんたるかが分かり、親身になれる。いえ、「この人は分かってくれている」と、相手に思わせる事が出来る。それに、下の者の目線に立って考える事は、育児と帝王学の基礎中の基礎と言えます。
もう一つ、肝心な理由があります。しかしそれは、説明するよりも行動に移した方が早そうです。
「この人、痴漢です」
私は、はっきりとした口調で、凛々しく目を尖らせながら指さしました。いつしても、正しい事を言うのは気持ちが良い。正義を口にした時に吹く向かい風の、なんと涼しい事でしょう。
「は?」
犯罪者の癖に、いっちょまえにしらばっくれやがりなさった。
「あなたが痴漢だと言ったの。そこの人、見てましたよね?」
と、男の近くに居た大学生風の男に同意を求めると、「ん、ああ。見てた。俺も今、言おうかと思っていた」と、乗ってきました。指摘する気なんてなかった癖に、と心の中で毒づきますが、今は敵は一人に絞った方が良いでしょう。
「おいおい、冗談じゃない。冤罪だぞ、これは。なんなんだ? 証拠はあるのか?」
身動きがとれないくらいの満員電車のはずが、少しずつ男と私と女の子のいるスペースが空いていきました。誰もが多めに自分の居場所を取っている事の何よりの証明です。大体の人は、朝からこんな厄介な面倒事に巻き込まれたくないから距離を取ります。
「この男に、痴漢されていましたよね?」
私が確認をとると、女の子は恥ずかしそうに俯いて、こくこくと頷きました。
男はバツが悪そうに周囲を睨みます。女の子の肩からふっと力が抜けました。今まで相当力を入れて立っていたのでしょう。私は言います。
「こういう事は、黙ってては駄目ですよ。次の駅で一緒に降りましょう。もちろん、痴漢さんも」
やがて電車は駅に入って、ドアが開きました。私が大事な証人である女の子の手をとって、慰めの言葉をかけようとしたその一瞬の隙をついて、男が逃走を図りました。小太りの中年とは思えないくらいに軽いフットワークで、駅の改札に向かう人波をかきわけ、どんどん離れて行きます。後を追おうにも、今この気弱な女の子を一人にしたら、どこかに逃げてしまいそう。私は先ほど同意を求めた大学生風の男を睨みました。男は目を逸らして、「知ーらね」と呟きました。
救いの無い世界。
はっきり言って、私は自分の事を傲慢だと思っています。ただそれを表に出さないだけであって、日々演技を怠らないだけであって、心の中にはドス黒い物が常にとぐろを巻いているのです。そんな事は重々承知なのです。
それでもなお私は、自分で正しいと思える事は、貫き通したいと思うのです。
私は女の子の手を離して、男の後を追って走り出しました。「その人痴漢です! 捕まえて!」と叫んでも、周りの人間は互いに顔を見合すだけで、明らかに逃げている人間は一人なのに、追いかけようとしてくれない。むしろ、「痴漢ごときで何を大騒ぎしてるんだ」くらいの怪訝な眼差しで私を見てくる輩もいます。
結局、外に出る改札口の手前ほどで、私は男を見失ってしまった。今となっては、証人の女の子さえいるかどうかあやしい。つまりあの男の犯した罪の証明さえ難しい。広い駅だから、その場に居合わせた目撃者達も、散り散りになってしまっているでしょう。
ここで諦めるのが、普通の人。
だけど私は特別なのです。控えめに言っても天才。この言葉に偽りはありません。
「なっ……!」
私の姿を認めた男は、まるで幽霊でも見たかのように顔を青ざめました。ちなみに私は多分死にません。
駅前から程近い、そこそこ大きな法律事務所。男の職業は、弁護士でした。
黙って男を睨みつける私に、男はびくびくとしながら尋ねます。
「……どうしてここが分かった?」
私はすっと人差し指を伸ばし、男のスーツの胸ポケットを指しました。
「法律関係者を示すバッジ。流石に痴漢をする時は外しているようですけど、スーツの襟についた跡は誤魔化せませんよ。普段はつけっぱなしにしているから、跡がついてしまうんです。もちろん、バッジの跡だけならば、国会議員である可能性も、税理士である可能性も、やくざの可能性もあります。けれど、痴漢を指摘された後の反応を見ればおのずと答えは分かりました。あなたはまず『冤罪』という言葉を口にして『証拠を出せ』とも言いました。でも決定的だったのは、逃げるという選択肢を取るのに何の躊躇いも無かった所。被害者も目撃者もいるあの状況では、分が悪いと見たんでしょうね。だけど、電車に入ってきた時の反応から見るに、痴漢自体には慣れていない。あなた、いかにもあやしかったですよ。それと、あなたがこの駅を普段利用しているというのは分かりきった事でした。あなた逃げる時、進む方向に全く躊躇いが無かったんですよ。人の波をかきわけて進む時は、その場所を良く知っていなければ迷いが生じる物です。だからあなたは元々、この駅で降りるつもりだった。この弁護士事務所の前で待ち伏せできたのは、駅の近くにある法律関係の事務所は合計三件あって、うち一件が今日は休み。他の二件に問い合わせてみたら、片方は既に全員出社していました。つまり消去法で考えて、この時間に、法律関係者が事務所に出社するとしたら、ここしかないという訳です。後は待ち伏せしていれば、こうして無事にあなたと再会出来るという事です。お分かりいただけましたか?」
一言も噛まずに滑らかに長台詞を言ってのけると、男はくやしがったり怒ったりというより唖然として、私の言葉を理解するのに全てのリソースを費やしているようでした。
このような窮地において、凡人が出せる解答は、それまでの人生経験で何を学んできたかその物と言っても差し支えないでしょう。この男は、自身の四、五十年の人生で一体何を得たのか。何を考えて生き、今わの際に何を思うのか。男はそれを言葉に出しました。
「……いくら欲しいんだ?」
――実に、くだらない――
この世で一番必要ない物。だけど皆が欲しがる物。さぞかし薄っぺらな人生だったのでしょう。同情に値します。私は呆れながら、
「お金などいりません。ただ、一つだけ聞きたい事があって、わざわざ人生で初めての遅刻をしてまで待っていたのです」
訝しげに私の目を見る男に、私はゆっくりと尋ねます。
私が電車を使って通学する第二の理由。それは、
「なぜ、私を痴漢しなかったんですか?」
私を調教してくれるご主人様を探す為です。
私が自分の性癖に気づいたきっかけは、小学校四年生の時、生まれて初めての家出をした時の事でした。毎日の習い事が嫌になったのと、いい加減、優等生を演じるのにも飽きてきて、何か無性に冒険したくなったので、屋敷の者が皆寝静まった深夜三時ごろ、私は家を脱出しました。
一握りの資産家だけが住める高級住宅街に、まるで城のようにそびえる我が家は、徹底した警備体制で守られていましたが、長年住んでいる者が中から脱出するのは容易な事でした。深夜の街は耳鳴りがする程静かで、昼間とはまるで別の世界にいるようで、ファンタジーの世界に迷いこんだような錯覚さえ覚えました。
今、ここなら、何が起きてもおかしくはない。
そんな事を思いながら角を曲がった時、明らかに「起きたらおかしい事」を私は目撃してしまいました。
まず目に入ったのは、大きなお尻。真っ白い大福のようなお尻が、月に照らされて浮かんでいました。お尻のちょうど真ん中で性器(その時は、自分のとは違い過ぎて何だか良く分かりませんでした)が私の方に向けて露出されています。そのお尻の持ち主が、全裸で四つんばいになっている女の人だとようやく私が気づいたのは、隣に、犬のリードを持った「ご主人様」らしき人を認識してからの事です。男の人は、もう片方の手に持ったビデオカメラで、女の人の無様な姿を撮影していました。
私は怖くなって、逃げ出したくなりました。だけど同時に、それまでの人生で経験した事の無いような圧倒的「好奇心」が肝臓のあたりから這い上がってくるような感覚に襲われました。私は勇気を出し、悲鳴をあげそうになる自らの口を両手で押さえて、息を殺して二人に近づいていきました。昔の出来事なのでうろ覚えですが、こんな会話だったと記憶しています。
「こ、こんな所誰かに見られたら……」
「いいじゃないか。見られるのが好きなんだろ? ほら、もうこんなになってる」
「や、やめ……言わない……で」
「じゃあ、置いていこうか」
「駄目、駄目……行かないで」
これはイジメなのでしょうか。だとしたら、男の人は悪者なのでしょうか。だけど女の人に、助けを求めるそぶりはありません。絶対に嫌なはず、最悪な気分のはずなのに、その声色はせつなげで、愛らしい。なんと言ったら良いのでしょうか、そうまるで「イジメてもらっている」ように感じたのです。私の頭の中を巡る、とりとめもない考えは、気づかぬ内に、女の人の姿と、他の誰でもない私の姿を重ねていました。私がもし、あんな事をやらされたら。そう思うと、背筋がゾクッとして、息が荒くなったのを覚えています。
背後から観察する私に気づいた男の人が、こんな深夜に子供がいるとは思わなかったのでしょう、一瞬驚いた後、にやにやしながら女の人の肩を叩きました。私は耐え切れなくなって逃げ出しました。その時、ほんの一瞬だけ女の人と目があったのです。
その時の女の人の、あのとろんとした瞳は、この世界にある最高の幸せを噛み締めているようでした。
かくして、私の性癖は決定付けられました。それから何ヶ月かは、まだ明確な言葉を伴わない感情が蒸し返し、夜寝る前に、あの時の光景を思い出す、病的とも言える状態に捕らわれました。それが終わると、「あの男子に私の裸を見せたら、どんな反応をするだろう?」というような、具体的な想像をするようになりました。そしてある日、河原に捨てられていたエッチな本を投げあって遊んでいた男子達を注意しました。私はその頃から折り紙つきの優等生だったので、本はその場で没収しましたが、あやしまれはしませんでした。
その夜、初めて私はオナニーをして、「イク」というのを経験しました。初めてでその段階まで行けたのは、才能の成せる技に他ならないと思います。エッチな本に載っていた写真を真似して、股間をイジりだしたのですが、イク瞬間に私の脳裏に浮かんだのは、あの露出狂の事でした。
それから何年かが過ぎ、私の部屋の、両親すら知らない隠しクローゼットには、露出モノのビデオ、漫画、雑誌、アニメ、写真集、同人誌、小説がぴっちりと積まれています。コツコツと地道に集めた、私にとっての宝物です。
だけど最近、想像するだけ、眺めているだけでは、とてもではありませんが満足できなくなってきました。
昼間は学校で、良識のある、頼りになる、優秀な生徒を演じながら、頭の中ではいつも変態じみた事を考えています。帰ってきたら帰ってきたで、机に向かうフリをしながら、学校では学べない事の学習に余念がありません。
二面性。誰しもが持っている人間ならではの性質ですが、私の場合は二つの差が激しすぎるように思えます。
「なぜ、私を痴漢しなかったんですか?」
私にそう問われた痴漢は、しばらく私の質問の意味する所が分からずに、私を観察していました。痺れを切らした私が、
「答えてもらわなくてもいいのですが……」
と脅しのニュアンスを含めて言うと、痴漢はうろたえ、言葉に詰まりながらもこう言いました。
「いやその……決して君が魅力的で無かったという訳ではないんだが……なんと言ったら良いのか。……隙が無い。そう、隙が無いんだ。もし触ったら、すぐに訴えられそうな気がして……まあ現にこうして、逃げ切ったはずのに追い詰められているのだし」
私の表情を見て、芳しくないと思ったのでしょう。慌ててフォローを入れる痴漢。
「だからだね、痴漢する相手は大人しい人間の方が良いんだ。抵抗しない、言いなりになる、そういう女の子が良い。つまり君とは正反対の……あっ」
フォローになっていない事に気づいて、マヌケな声を漏らす痴漢に、私は心底失望しました。
この痴漢の人を見る目は節穴です。ご主人様に命令されれば、真昼間のアルタ前で全裸逆立ちも牛乳浣腸もクリトリピアスも辞さない構えの私を捕まえて、「大人しくない人間」と言ってくれるとは。呆れる私を他所に男は、「……もう、行ってもいいですか」と卑屈な笑みを浮かべて尋ねてきました。私はそれに許可をします。法律事務所の名前は覚えました。後で裏から手を回して、クビにしてもらう事で痴漢の分の罰としましょう。
果たして私を調教してくれるご主人様は、今後の人生の中で現れてくれるのでしょうか。私には、それが不安でたまりません。インターネットの素人投稿系アダルトサイトを閲覧しながら、私は憂鬱に浸っていました。
もちろん、自分から誰かに「調教してください」と言い出すのは簡単な事です。ですがその人が、私を調教するに足る鬼畜さを持っているかどうかは分かりませんし、きちんと最後まで、私の人生を壊してくれるかも分かりません。途中で飽きて、中途半端な所でやめられた日には、私はその後の人生を日々悶々として過ごさなければならないでしょう。ご主人様としての才能。服従する前にそれを見破る事は、果たして可能な事なのでしょうか。私と、私の背景にある物に何の物怖じもせずに、私を愛してくれる人は果たしてこの世にいるのでしょうか。
長く被りすぎて皮膚と癒着してしまった優等生の仮面を、乱暴に剥がしてくれる人物を、私は心から欲しています。
そんな悩みを抱えながら、他人の調教記録を眺めていると、ふいにブラウザが真っ白になりました。咄嗟にパソコンの電源を落とそうと指を伸ばした瞬間、画面に表れた文字は、まさに予期せぬ福音でした。
「ド変態の貴方へ、HVDOから大切なお知らせです」
私がHVDOから与えられた能力。それは、
「2秒間だけ全裸になる能力」
でした。
露出狂志願の私にはおあつらえ向きの能力。私は鏡の前に立って確かめます。「裸になりたい」と強く念じると、神隠しのように服と下着が消え、2秒後には何事も無かったかのように元に戻りました。一度能力を発動すると、ひと呼吸置いた後でないともう一度発動できないらしく、ずっと裸で居続けたり、早着替えをする事は出来ませんでしたが、能力が本物である事は間違いないようです。
恐ろしい、だけど魅力的な考えが浮かびました。
この能力を使えば、例えば電車の中であろうと、教室であろうと、全校集会の壇上であろうと、一瞬だけ私の全裸を他人に見せる事が出来ます。見せるといってもたったの2秒だけなので、見た人はびっくりしても、気のせいか、見間違えだと思ってくれるはずです。わざわざ私に、「一瞬だけ全裸になりましたか?」と尋ねてくる人はまず居ないでしょう。
私は私の仮面を被ったまま、少しだけ本性を表に出せる。そう思うと、期待に胸が膨らんで、調子に乗ってそれから5、6回ほどオナニーしました。
次の日。私は満員電車の中で、いつどのタイミングで私の人生においての初露出を決行するかを熟慮していました。冷静になって良く考えると、私の能力は、服自体が一瞬だけ無くなる訳ですから、体と体が密着する、満員電車のような空間では出来るだけ避けた方が良いと思われました。何かの拍子に乳首が擦れて変な声が出たら、いくら2秒間の幻といえども誤魔化しがきかないからです。もちろん、将来的には能力なしで、全裸で満員電車に乗るくらいの事は日常茶飯事にしていきたいのですが……まだ心の準備というか、覚悟が出来ません。
加えて、沢山の知人に見られる状況もやはり危険に思われます。授業中、黒板の前に立った瞬間に服が消える。というのは私にとって非常に魅力的なシチュエーションですが、男子だけではなく仲の良い女子にも見られるのはやはりまずい。もちろんこれも最終的には、仲の良い女子の蔑むような視線を痛い程浴びながら公開オナニーをしてみたいのですが、まだ早いです。時期尚早と思われます。
せっかく値千金の能力を神が与えてくれたのに、私にはそれを使う勇気が無い。そんな現実をつきつけられると、ため息が零れました。やはり、私の人権など度外視して、いくらでも鬼畜な命令をくれるご主人様を探さなければならないのでしょうか。
学校について、いつも通り取り巻きに囲まれ、上品な笑みを浮かべて談笑をしていると、同じクラスの男子が突然発狂したように笑い出しました。けたたましく響くようなその声は、まるで世界の全てをその手中に収めたかのような、自信に満ちた叫換でした。
クラスの秩序を守る使命を背負った私としては、止めない訳にはいきません。
「五十妻君、奇行は程々にね?」
そう声をかけると、五十妻君は、笑みながら私の体に触れようとしてきました。私がそれを止め、「何?」と問うと、急にしおらしくなったのが奇妙で不自然でした。
謎の行動の理由を理解したのは、四時限目の体育、マラソンの授業の時でした。
クラスでも特に浮いた存在である木下くりさんが、授業中におもらしをしたのです。しかもあろう事か、ノーパン。その上、私の目の前で、まるでダムが決壊したかのように盛大に噴出させてくれました。
ああ、こんな風になれたら。
と、私は興奮を抑えきれず、その姿を眺めていましたが、すぐ様委員長としての役割を思い出し、それを全うする為、木下さんを保護し、保健室に連れて行きました。その道中、包み込むように優しく優しく、おもらしの理由を尋ねました。
「言えないのなら、無理に言わなくても良いけれど……どうしたの? おしっこ、ずっと我慢していたの?」
木下さんは子供のように泣きじゃくりながら、涙声で答えました。
「えぐっ……分からない。分からないけど、今日の朝も……あいつ、あの変態に触られた途端、わかんないけど……えぐぅ……」
変態、が五十妻君を指しているのは分かりました。そして私には、木下さんが漏らした理由もおおよその見当がつきました。
五十妻君は、私と同じ能力者である可能性が高い。そしておそらく、陰部に負傷を負った等々力君も、同じく能力者。私の場合、私自身が露出したいという願望を持っていたから、「カゲゾウ」が与えられた。しかし「誰かに何かをしたい」という願望を持っていたならば、他人に影響する能力が与えられてもおかしくはない。更に、今朝の狂ったような笑いも説明がつく。二人は木下さんを使って何かをしていた。何か、それは今この状況を見れば分かりやす過ぎるくらい。能力を互いに使っての勝負だと見て、間違いない。
五十妻元樹、自らのクラスメイトを陵辱し、晒し者にするのに何の躊躇いも持たない極悪人。
そしておそらく、他人の尿意を自在に操るような、そんな能力を持っている人間。
……私のご主人様にふさわしいように思われます。
一握りの資産家だけが住める高級住宅街に、まるで城のようにそびえる我が家は、徹底した警備体制で守られていましたが、長年住んでいる者が中から脱出するのは容易な事でした。深夜の街は耳鳴りがする程静かで、昼間とはまるで別の世界にいるようで、ファンタジーの世界に迷いこんだような錯覚さえ覚えました。
今、ここなら、何が起きてもおかしくはない。
そんな事を思いながら角を曲がった時、明らかに「起きたらおかしい事」を私は目撃してしまいました。
まず目に入ったのは、大きなお尻。真っ白い大福のようなお尻が、月に照らされて浮かんでいました。お尻のちょうど真ん中で性器(その時は、自分のとは違い過ぎて何だか良く分かりませんでした)が私の方に向けて露出されています。そのお尻の持ち主が、全裸で四つんばいになっている女の人だとようやく私が気づいたのは、隣に、犬のリードを持った「ご主人様」らしき人を認識してからの事です。男の人は、もう片方の手に持ったビデオカメラで、女の人の無様な姿を撮影していました。
私は怖くなって、逃げ出したくなりました。だけど同時に、それまでの人生で経験した事の無いような圧倒的「好奇心」が肝臓のあたりから這い上がってくるような感覚に襲われました。私は勇気を出し、悲鳴をあげそうになる自らの口を両手で押さえて、息を殺して二人に近づいていきました。昔の出来事なのでうろ覚えですが、こんな会話だったと記憶しています。
「こ、こんな所誰かに見られたら……」
「いいじゃないか。見られるのが好きなんだろ? ほら、もうこんなになってる」
「や、やめ……言わない……で」
「じゃあ、置いていこうか」
「駄目、駄目……行かないで」
これはイジメなのでしょうか。だとしたら、男の人は悪者なのでしょうか。だけど女の人に、助けを求めるそぶりはありません。絶対に嫌なはず、最悪な気分のはずなのに、その声色はせつなげで、愛らしい。なんと言ったら良いのでしょうか、そうまるで「イジメてもらっている」ように感じたのです。私の頭の中を巡る、とりとめもない考えは、気づかぬ内に、女の人の姿と、他の誰でもない私の姿を重ねていました。私がもし、あんな事をやらされたら。そう思うと、背筋がゾクッとして、息が荒くなったのを覚えています。
背後から観察する私に気づいた男の人が、こんな深夜に子供がいるとは思わなかったのでしょう、一瞬驚いた後、にやにやしながら女の人の肩を叩きました。私は耐え切れなくなって逃げ出しました。その時、ほんの一瞬だけ女の人と目があったのです。
その時の女の人の、あのとろんとした瞳は、この世界にある最高の幸せを噛み締めているようでした。
かくして、私の性癖は決定付けられました。それから何ヶ月かは、まだ明確な言葉を伴わない感情が蒸し返し、夜寝る前に、あの時の光景を思い出す、病的とも言える状態に捕らわれました。それが終わると、「あの男子に私の裸を見せたら、どんな反応をするだろう?」というような、具体的な想像をするようになりました。そしてある日、河原に捨てられていたエッチな本を投げあって遊んでいた男子達を注意しました。私はその頃から折り紙つきの優等生だったので、本はその場で没収しましたが、あやしまれはしませんでした。
その夜、初めて私はオナニーをして、「イク」というのを経験しました。初めてでその段階まで行けたのは、才能の成せる技に他ならないと思います。エッチな本に載っていた写真を真似して、股間をイジりだしたのですが、イク瞬間に私の脳裏に浮かんだのは、あの露出狂の事でした。
それから何年かが過ぎ、私の部屋の、両親すら知らない隠しクローゼットには、露出モノのビデオ、漫画、雑誌、アニメ、写真集、同人誌、小説がぴっちりと積まれています。コツコツと地道に集めた、私にとっての宝物です。
だけど最近、想像するだけ、眺めているだけでは、とてもではありませんが満足できなくなってきました。
昼間は学校で、良識のある、頼りになる、優秀な生徒を演じながら、頭の中ではいつも変態じみた事を考えています。帰ってきたら帰ってきたで、机に向かうフリをしながら、学校では学べない事の学習に余念がありません。
二面性。誰しもが持っている人間ならではの性質ですが、私の場合は二つの差が激しすぎるように思えます。
「なぜ、私を痴漢しなかったんですか?」
私にそう問われた痴漢は、しばらく私の質問の意味する所が分からずに、私を観察していました。痺れを切らした私が、
「答えてもらわなくてもいいのですが……」
と脅しのニュアンスを含めて言うと、痴漢はうろたえ、言葉に詰まりながらもこう言いました。
「いやその……決して君が魅力的で無かったという訳ではないんだが……なんと言ったら良いのか。……隙が無い。そう、隙が無いんだ。もし触ったら、すぐに訴えられそうな気がして……まあ現にこうして、逃げ切ったはずのに追い詰められているのだし」
私の表情を見て、芳しくないと思ったのでしょう。慌ててフォローを入れる痴漢。
「だからだね、痴漢する相手は大人しい人間の方が良いんだ。抵抗しない、言いなりになる、そういう女の子が良い。つまり君とは正反対の……あっ」
フォローになっていない事に気づいて、マヌケな声を漏らす痴漢に、私は心底失望しました。
この痴漢の人を見る目は節穴です。ご主人様に命令されれば、真昼間のアルタ前で全裸逆立ちも牛乳浣腸もクリトリピアスも辞さない構えの私を捕まえて、「大人しくない人間」と言ってくれるとは。呆れる私を他所に男は、「……もう、行ってもいいですか」と卑屈な笑みを浮かべて尋ねてきました。私はそれに許可をします。法律事務所の名前は覚えました。後で裏から手を回して、クビにしてもらう事で痴漢の分の罰としましょう。
果たして私を調教してくれるご主人様は、今後の人生の中で現れてくれるのでしょうか。私には、それが不安でたまりません。インターネットの素人投稿系アダルトサイトを閲覧しながら、私は憂鬱に浸っていました。
もちろん、自分から誰かに「調教してください」と言い出すのは簡単な事です。ですがその人が、私を調教するに足る鬼畜さを持っているかどうかは分かりませんし、きちんと最後まで、私の人生を壊してくれるかも分かりません。途中で飽きて、中途半端な所でやめられた日には、私はその後の人生を日々悶々として過ごさなければならないでしょう。ご主人様としての才能。服従する前にそれを見破る事は、果たして可能な事なのでしょうか。私と、私の背景にある物に何の物怖じもせずに、私を愛してくれる人は果たしてこの世にいるのでしょうか。
長く被りすぎて皮膚と癒着してしまった優等生の仮面を、乱暴に剥がしてくれる人物を、私は心から欲しています。
そんな悩みを抱えながら、他人の調教記録を眺めていると、ふいにブラウザが真っ白になりました。咄嗟にパソコンの電源を落とそうと指を伸ばした瞬間、画面に表れた文字は、まさに予期せぬ福音でした。
「ド変態の貴方へ、HVDOから大切なお知らせです」
私がHVDOから与えられた能力。それは、
「2秒間だけ全裸になる能力」
でした。
露出狂志願の私にはおあつらえ向きの能力。私は鏡の前に立って確かめます。「裸になりたい」と強く念じると、神隠しのように服と下着が消え、2秒後には何事も無かったかのように元に戻りました。一度能力を発動すると、ひと呼吸置いた後でないともう一度発動できないらしく、ずっと裸で居続けたり、早着替えをする事は出来ませんでしたが、能力が本物である事は間違いないようです。
恐ろしい、だけど魅力的な考えが浮かびました。
この能力を使えば、例えば電車の中であろうと、教室であろうと、全校集会の壇上であろうと、一瞬だけ私の全裸を他人に見せる事が出来ます。見せるといってもたったの2秒だけなので、見た人はびっくりしても、気のせいか、見間違えだと思ってくれるはずです。わざわざ私に、「一瞬だけ全裸になりましたか?」と尋ねてくる人はまず居ないでしょう。
私は私の仮面を被ったまま、少しだけ本性を表に出せる。そう思うと、期待に胸が膨らんで、調子に乗ってそれから5、6回ほどオナニーしました。
次の日。私は満員電車の中で、いつどのタイミングで私の人生においての初露出を決行するかを熟慮していました。冷静になって良く考えると、私の能力は、服自体が一瞬だけ無くなる訳ですから、体と体が密着する、満員電車のような空間では出来るだけ避けた方が良いと思われました。何かの拍子に乳首が擦れて変な声が出たら、いくら2秒間の幻といえども誤魔化しがきかないからです。もちろん、将来的には能力なしで、全裸で満員電車に乗るくらいの事は日常茶飯事にしていきたいのですが……まだ心の準備というか、覚悟が出来ません。
加えて、沢山の知人に見られる状況もやはり危険に思われます。授業中、黒板の前に立った瞬間に服が消える。というのは私にとって非常に魅力的なシチュエーションですが、男子だけではなく仲の良い女子にも見られるのはやはりまずい。もちろんこれも最終的には、仲の良い女子の蔑むような視線を痛い程浴びながら公開オナニーをしてみたいのですが、まだ早いです。時期尚早と思われます。
せっかく値千金の能力を神が与えてくれたのに、私にはそれを使う勇気が無い。そんな現実をつきつけられると、ため息が零れました。やはり、私の人権など度外視して、いくらでも鬼畜な命令をくれるご主人様を探さなければならないのでしょうか。
学校について、いつも通り取り巻きに囲まれ、上品な笑みを浮かべて談笑をしていると、同じクラスの男子が突然発狂したように笑い出しました。けたたましく響くようなその声は、まるで世界の全てをその手中に収めたかのような、自信に満ちた叫換でした。
クラスの秩序を守る使命を背負った私としては、止めない訳にはいきません。
「五十妻君、奇行は程々にね?」
そう声をかけると、五十妻君は、笑みながら私の体に触れようとしてきました。私がそれを止め、「何?」と問うと、急にしおらしくなったのが奇妙で不自然でした。
謎の行動の理由を理解したのは、四時限目の体育、マラソンの授業の時でした。
クラスでも特に浮いた存在である木下くりさんが、授業中におもらしをしたのです。しかもあろう事か、ノーパン。その上、私の目の前で、まるでダムが決壊したかのように盛大に噴出させてくれました。
ああ、こんな風になれたら。
と、私は興奮を抑えきれず、その姿を眺めていましたが、すぐ様委員長としての役割を思い出し、それを全うする為、木下さんを保護し、保健室に連れて行きました。その道中、包み込むように優しく優しく、おもらしの理由を尋ねました。
「言えないのなら、無理に言わなくても良いけれど……どうしたの? おしっこ、ずっと我慢していたの?」
木下さんは子供のように泣きじゃくりながら、涙声で答えました。
「えぐっ……分からない。分からないけど、今日の朝も……あいつ、あの変態に触られた途端、わかんないけど……えぐぅ……」
変態、が五十妻君を指しているのは分かりました。そして私には、木下さんが漏らした理由もおおよその見当がつきました。
五十妻君は、私と同じ能力者である可能性が高い。そしておそらく、陰部に負傷を負った等々力君も、同じく能力者。私の場合、私自身が露出したいという願望を持っていたから、「カゲゾウ」が与えられた。しかし「誰かに何かをしたい」という願望を持っていたならば、他人に影響する能力が与えられてもおかしくはない。更に、今朝の狂ったような笑いも説明がつく。二人は木下さんを使って何かをしていた。何か、それは今この状況を見れば分かりやす過ぎるくらい。能力を互いに使っての勝負だと見て、間違いない。
五十妻元樹、自らのクラスメイトを陵辱し、晒し者にするのに何の躊躇いも持たない極悪人。
そしておそらく、他人の尿意を自在に操るような、そんな能力を持っている人間。
……私のご主人様にふさわしいように思われます。
<計略、三枝瑞樹>
いかにして、私が変態である事を五十妻君に伝えるか。それが問題です。
「私は変態なので、良ければ調教してください」
と頼み込むのは、最終手段ではありますが、理想形ではありません。ではどのように調教される流れに持っていくのがベストか? 数々の露出モノの作品を吟味してきた私が自信を持っておすすめするのは、「脅され」これに限るのです。
本当はこんな事したくないのだけれど、弱みを握られて仕方なく……ああでも、命令される事が段々と悦びに変わっていく。ご主人様は、私の本当の姿を見てくれる。叱ってくれる。お仕置きをしてくれる。そして許してくれる。歪な繋がり。だけど美しい絆。
そんな関係を五十妻君と結ぶにはまず、私の弱みを五十妻君に握ってもらう必要があります。よって、私は作戦を立てました。
「五十妻。お前今日の放課後残れ。昨日の事で話がある」
私は担任の先生にこう提案しました。「五十妻君と木下さんをこのまま放っておいても良いのでしょうか。やっぱり、生徒同士のトラブルはもっと詳しく知っておき、取り返しのつかない事態に陥る前に対策を立てるのが最善だと思います」当然の事ですが、私の意見は他のどの生徒よりも尊重されます。提案を受け入れた担任は、五十妻君に残るよう言いつけ、放課後、生徒相談室にて、五十妻君、担任教師、そして私の三者面談が成立しました。
部活をしている生徒達の掛け声が聞こえます。冬夕日の差す教室の中は、重苦しい空気。何を聞いても、昨日と同じく「知りません」の一点張りを続ける五十妻君に、流石の担任もイライラを隠せず、貧乏揺すりが続いています。事情聴取が始まって、既に一時間半が経過しました。そろそろ頃合でしょう。
「……先生、よろしければ席を外していただけませんか?」
「ん? どうしてだ三枝?」
「生徒同士でしか話せない事もあると思うんです。一度五十妻君と二人っきりで、話をさせてください。そうすれば、何か話してくれるかも」
「いや、しかしだな……二人にするのは……」と、渋る担任。
「大丈夫です。決して間違いは起きません」
自信を持って断言をする私。これから間違いを犯そうとしているのは、自分の方なのですが。
「五十妻君、良いよね?」
同意を求めると、五十妻君は「知りません」と答えました。心ここにあらずどころか、脳みそも心臓もどこかに置いてきてしまったようです。ただ投げかけられた言葉に対して「知りません」と返すロボットと化しています。
<考察、五十妻元樹>
三枝委員長と先生が、あらゆる角度から様々な質問を投げかけてくる間、自分は能力の運用と、これからの方針について考え続けていました。
くりちゃんは、昨日の「木下くり体育授業中大失禁事件」についての擁護と弁護を自分に依頼した上で、この命令に従わなければ、カシナートの剣で一物をすっぱり切り落とすと断言しました。無論、というか他の選択肢等無く、自分はそれを了承しましたが、よくよく考えてみると、非常に困難な任務であるように思えたのです。
まず説得をするには、自分に例の超能力があると証明しなければならない訳ですが、これが第一の関門です。三枝委員長に、「これから自分があなたに触れたら、おしっこが漏れますので、それが私の超能力です」と説明したとしたら、果たして触らせてもらえるのでしょうか。冷静に、一般的思考回路を働かせてみれば、警察か精神病院に直行するのがオチなのではないでしょうか。百歩譲って触れる事が出来たとして、漏らさせる事が出来たとしても、やはり異常事態として国家権力の介入があるような気がしてなりません。地下の研究所に拉致され、モルダー的な人とスカリー的な人に自分の体の隅々までを調べられる予感がビンビンにします。いくら変態御用達の、人類にとって多分何の利益にもならない超能力だとしても、そこに非日常の要素が欠片なりともあるのなら、それを許さないのが国家の守るべき秩序という名の巻き糞なのです。更に更にもう百歩譲って、三枝委員長がこの超能力を認めた上で、警察に通報しなかったとしても、正義感の塊のような三枝委員長は、クラスの他の女子達を自分の魔の手から守る為に、ありとあらゆる手段を使うはずです。そうなれば、少なくとも学校における今後の活動は絶望的。というかイジメられます。
こんな状況下で、どのようにして、くりちゃんの名誉を守る事が出来るのか。いえ、もう既にくりちゃんに名誉など無いのではないでしょうか。あれだけ派手に漏らした後で、いくら気取ってもそれは偽飾に過ぎません。
ちんこは切られたくない。しかし能力は使いたい。くりちゃんはもっとおもらしをするべき。これら三つの願望を全て同時に叶えるには、それこそ魔法のランプレベルのアイテムが必要になってきます。
そうそれから、等々力氏に勝利して手に入れた第二の能力の件も、考察の余地があります。自分の得た新しい能力は……。
「五十妻君。……五十妻君? ……五十妻君!」
思考を遮って、三枝委員長が肩を揺すりました。自分はようやく置かれている状況を思い出し、「帰っても良いんですか?」と訊くと、「本当に何も聞いていなかったみたいね」と呆れ気味に、三枝委員長が呟きました。気づくと先生はどこかに消えて、自分は三枝委員長と密室に二人きりでした。
<抜刀、三枝瑞樹>
五十妻君は今までの流れにこれっぽっちも耳を傾けておらず、見てもいらないらしく、先生が居なくなっている事にまず驚いていました。間違いなく困った変人ですが、それは私にも言える事。目を瞑りましょう。
重い沈黙。先生が居ようと居まいと、私が能力者である事をまだ知らない五十妻君にとっては、能力の事など気軽に話せるはずがありません。それは分かっていましたが、こうして私以外に目撃者がいないとなれば、油断して、能力を私に使用してくる可能性は高まります。それが私の立てた作戦。名づけて、「二人っきりの放課後、犯される露出少女スプリンクラー、始まってしまった陵辱の日々」です。
私は黙して五十妻君の動きを待ちましたが、一向に動く気配がありません。五分十分と待てども待てども、五十妻君は空虚な視線を宙にさ迷わせています。木下さんの証言によれば、五十妻君に「触られた瞬間」に、おしっこが漏れたと言います。つまり、五十妻君の能力は、「触れる」という事が条件になっているはず。五十妻君に、触ってもらえるにはどうしたら良いか。中学生の男子と女子が、ごくごく自然な流れで、相手の体に触れるにはどうしたら良いか。私が思いついたのは、かなり苦しい言い訳でした。
「五十妻君、手相、見てあげる」
手相なんて信じていないし、見る事も出来ないのですが、はったりをかまさせて頂きました。五十妻君は、「いきなり何を言い出してるんだこいつは」と言うような怪訝な眼差しで見てきましたが、ここは仕方ありません。五十妻君の前でおしっこを漏らし、それを弱みとして握ってさえもらえばこっちの物なのですから。
<応戦、五十妻元樹>
手相? いきなり何を言い出してるんだこいつは。
と、一瞬は思ったものの、自分の能力にとってこれ以上のチャンスはありません。相手の同意の上で、体に触れる。両手見るとしたら、二回触れる。ある程度尿が溜まっていれば、それで決壊まで持っていける事に気づくと、自分の内側に住む、性癖という名の悪魔が舌なめずりをしました。
が、今はどうにかしてそれを押さえ込まなければなりません。
「いや……あの島田と言う男はどうにも信用ならないので、いいです」
「何の話をしているの?」
断ると、三枝委員長は残念そうに、俯いてしまいましたので、悪い事をしたかな、と後悔しつつも、これで良かったはずだ、と肩の力が抜けました。
しかし惜しい。この気丈で美しい、全校生徒の手本たる優等生の三枝委員長が、赤ん坊のようにはしたなくおしっこを漏らす様が見られるチャンスをわざわざ逃すとは。非常にもったいない事をした気分になりました。
今は能力を三枝委員長に発動させる訳にはいきません。そうした途端に、自分の人生は終わってしまいます。
<逡巡、三枝瑞樹>
何故。私の頭の中はクエスチョンマークで一杯になりました。
五十妻君が能力を使うのに、これ以上のきっかけは無かったはずです。相手に触れるという事以外に何か、発動条件があるのでしょうか。いや、それとも……。ある考えが浮かびました。
五十妻君は、私に魅力を感じていないのでは?
人がおしっこを見て喜ぶ変態は、当然、好きな人間がおしっこをする所を見たいはずです。もしくは相手が嫌いな人間ならば、それはそれで、無様に漏らす姿を見たいはず。そのどちらでもないという事は、私は五十妻君にとって全くの興味対象外。アウトオブ眼中インサイド死角。「好きの反対は無関心」という言葉を思い出しました。
そんなはずは、そんなはずはありません。私の容姿は、全国レベルでも間違いなくトップクラス。しかも、(表面上は)性格も良く、誰からも愛されて然るべき人物のはず。私に恋しない男など、いや女でも、いるはずがない。
気づくと、私は立ち上がっていました。私を、時間をかけた考察ではなく行動に移させたのは、打算ではなくプライドでした。木下さんの件から考えて、間違いなく五十妻君はご主人様の素質がある。私にもきっと、奴隷としての素質がある。二人が成り立たない訳が無い。
いきなり前は流石に恥ずかしかったので、後ろを向いて、教室の窓からグラウンドを見下ろすフリをしながら、私は、「2秒間だけ全裸になれる能力」を発動させました。
同じクラスの男子の前で、今、私は素っ裸で立っています。一糸纏わぬ肩を、背中を、ふとももを、そして両親と乳母以外には誰にも見せた事の無いお尻の割れ目を、学校で毎日顔を合わせる赤の他人に、見てもらっています。いえ、もしかしたら、見る角度によってはそれ以上の物が見えてしまっているかもしれません。
今までの私の人生の中で、最も長い2秒間でした。生まれて初めての露出行為。変態行為。性器に触れてすらいないのに、絶頂を迎える寸前でした。
服が戻り、私はゆっくりと後ろを振り返りました。紅潮する私をじっと見つめる五十妻君の鼻から、たらりと鼻血が垂れました。
いかにして、私が変態である事を五十妻君に伝えるか。それが問題です。
「私は変態なので、良ければ調教してください」
と頼み込むのは、最終手段ではありますが、理想形ではありません。ではどのように調教される流れに持っていくのがベストか? 数々の露出モノの作品を吟味してきた私が自信を持っておすすめするのは、「脅され」これに限るのです。
本当はこんな事したくないのだけれど、弱みを握られて仕方なく……ああでも、命令される事が段々と悦びに変わっていく。ご主人様は、私の本当の姿を見てくれる。叱ってくれる。お仕置きをしてくれる。そして許してくれる。歪な繋がり。だけど美しい絆。
そんな関係を五十妻君と結ぶにはまず、私の弱みを五十妻君に握ってもらう必要があります。よって、私は作戦を立てました。
「五十妻。お前今日の放課後残れ。昨日の事で話がある」
私は担任の先生にこう提案しました。「五十妻君と木下さんをこのまま放っておいても良いのでしょうか。やっぱり、生徒同士のトラブルはもっと詳しく知っておき、取り返しのつかない事態に陥る前に対策を立てるのが最善だと思います」当然の事ですが、私の意見は他のどの生徒よりも尊重されます。提案を受け入れた担任は、五十妻君に残るよう言いつけ、放課後、生徒相談室にて、五十妻君、担任教師、そして私の三者面談が成立しました。
部活をしている生徒達の掛け声が聞こえます。冬夕日の差す教室の中は、重苦しい空気。何を聞いても、昨日と同じく「知りません」の一点張りを続ける五十妻君に、流石の担任もイライラを隠せず、貧乏揺すりが続いています。事情聴取が始まって、既に一時間半が経過しました。そろそろ頃合でしょう。
「……先生、よろしければ席を外していただけませんか?」
「ん? どうしてだ三枝?」
「生徒同士でしか話せない事もあると思うんです。一度五十妻君と二人っきりで、話をさせてください。そうすれば、何か話してくれるかも」
「いや、しかしだな……二人にするのは……」と、渋る担任。
「大丈夫です。決して間違いは起きません」
自信を持って断言をする私。これから間違いを犯そうとしているのは、自分の方なのですが。
「五十妻君、良いよね?」
同意を求めると、五十妻君は「知りません」と答えました。心ここにあらずどころか、脳みそも心臓もどこかに置いてきてしまったようです。ただ投げかけられた言葉に対して「知りません」と返すロボットと化しています。
<考察、五十妻元樹>
三枝委員長と先生が、あらゆる角度から様々な質問を投げかけてくる間、自分は能力の運用と、これからの方針について考え続けていました。
くりちゃんは、昨日の「木下くり体育授業中大失禁事件」についての擁護と弁護を自分に依頼した上で、この命令に従わなければ、カシナートの剣で一物をすっぱり切り落とすと断言しました。無論、というか他の選択肢等無く、自分はそれを了承しましたが、よくよく考えてみると、非常に困難な任務であるように思えたのです。
まず説得をするには、自分に例の超能力があると証明しなければならない訳ですが、これが第一の関門です。三枝委員長に、「これから自分があなたに触れたら、おしっこが漏れますので、それが私の超能力です」と説明したとしたら、果たして触らせてもらえるのでしょうか。冷静に、一般的思考回路を働かせてみれば、警察か精神病院に直行するのがオチなのではないでしょうか。百歩譲って触れる事が出来たとして、漏らさせる事が出来たとしても、やはり異常事態として国家権力の介入があるような気がしてなりません。地下の研究所に拉致され、モルダー的な人とスカリー的な人に自分の体の隅々までを調べられる予感がビンビンにします。いくら変態御用達の、人類にとって多分何の利益にもならない超能力だとしても、そこに非日常の要素が欠片なりともあるのなら、それを許さないのが国家の守るべき秩序という名の巻き糞なのです。更に更にもう百歩譲って、三枝委員長がこの超能力を認めた上で、警察に通報しなかったとしても、正義感の塊のような三枝委員長は、クラスの他の女子達を自分の魔の手から守る為に、ありとあらゆる手段を使うはずです。そうなれば、少なくとも学校における今後の活動は絶望的。というかイジメられます。
こんな状況下で、どのようにして、くりちゃんの名誉を守る事が出来るのか。いえ、もう既にくりちゃんに名誉など無いのではないでしょうか。あれだけ派手に漏らした後で、いくら気取ってもそれは偽飾に過ぎません。
ちんこは切られたくない。しかし能力は使いたい。くりちゃんはもっとおもらしをするべき。これら三つの願望を全て同時に叶えるには、それこそ魔法のランプレベルのアイテムが必要になってきます。
そうそれから、等々力氏に勝利して手に入れた第二の能力の件も、考察の余地があります。自分の得た新しい能力は……。
「五十妻君。……五十妻君? ……五十妻君!」
思考を遮って、三枝委員長が肩を揺すりました。自分はようやく置かれている状況を思い出し、「帰っても良いんですか?」と訊くと、「本当に何も聞いていなかったみたいね」と呆れ気味に、三枝委員長が呟きました。気づくと先生はどこかに消えて、自分は三枝委員長と密室に二人きりでした。
<抜刀、三枝瑞樹>
五十妻君は今までの流れにこれっぽっちも耳を傾けておらず、見てもいらないらしく、先生が居なくなっている事にまず驚いていました。間違いなく困った変人ですが、それは私にも言える事。目を瞑りましょう。
重い沈黙。先生が居ようと居まいと、私が能力者である事をまだ知らない五十妻君にとっては、能力の事など気軽に話せるはずがありません。それは分かっていましたが、こうして私以外に目撃者がいないとなれば、油断して、能力を私に使用してくる可能性は高まります。それが私の立てた作戦。名づけて、「二人っきりの放課後、犯される露出少女スプリンクラー、始まってしまった陵辱の日々」です。
私は黙して五十妻君の動きを待ちましたが、一向に動く気配がありません。五分十分と待てども待てども、五十妻君は空虚な視線を宙にさ迷わせています。木下さんの証言によれば、五十妻君に「触られた瞬間」に、おしっこが漏れたと言います。つまり、五十妻君の能力は、「触れる」という事が条件になっているはず。五十妻君に、触ってもらえるにはどうしたら良いか。中学生の男子と女子が、ごくごく自然な流れで、相手の体に触れるにはどうしたら良いか。私が思いついたのは、かなり苦しい言い訳でした。
「五十妻君、手相、見てあげる」
手相なんて信じていないし、見る事も出来ないのですが、はったりをかまさせて頂きました。五十妻君は、「いきなり何を言い出してるんだこいつは」と言うような怪訝な眼差しで見てきましたが、ここは仕方ありません。五十妻君の前でおしっこを漏らし、それを弱みとして握ってさえもらえばこっちの物なのですから。
<応戦、五十妻元樹>
手相? いきなり何を言い出してるんだこいつは。
と、一瞬は思ったものの、自分の能力にとってこれ以上のチャンスはありません。相手の同意の上で、体に触れる。両手見るとしたら、二回触れる。ある程度尿が溜まっていれば、それで決壊まで持っていける事に気づくと、自分の内側に住む、性癖という名の悪魔が舌なめずりをしました。
が、今はどうにかしてそれを押さえ込まなければなりません。
「いや……あの島田と言う男はどうにも信用ならないので、いいです」
「何の話をしているの?」
断ると、三枝委員長は残念そうに、俯いてしまいましたので、悪い事をしたかな、と後悔しつつも、これで良かったはずだ、と肩の力が抜けました。
しかし惜しい。この気丈で美しい、全校生徒の手本たる優等生の三枝委員長が、赤ん坊のようにはしたなくおしっこを漏らす様が見られるチャンスをわざわざ逃すとは。非常にもったいない事をした気分になりました。
今は能力を三枝委員長に発動させる訳にはいきません。そうした途端に、自分の人生は終わってしまいます。
<逡巡、三枝瑞樹>
何故。私の頭の中はクエスチョンマークで一杯になりました。
五十妻君が能力を使うのに、これ以上のきっかけは無かったはずです。相手に触れるという事以外に何か、発動条件があるのでしょうか。いや、それとも……。ある考えが浮かびました。
五十妻君は、私に魅力を感じていないのでは?
人がおしっこを見て喜ぶ変態は、当然、好きな人間がおしっこをする所を見たいはずです。もしくは相手が嫌いな人間ならば、それはそれで、無様に漏らす姿を見たいはず。そのどちらでもないという事は、私は五十妻君にとって全くの興味対象外。アウトオブ眼中インサイド死角。「好きの反対は無関心」という言葉を思い出しました。
そんなはずは、そんなはずはありません。私の容姿は、全国レベルでも間違いなくトップクラス。しかも、(表面上は)性格も良く、誰からも愛されて然るべき人物のはず。私に恋しない男など、いや女でも、いるはずがない。
気づくと、私は立ち上がっていました。私を、時間をかけた考察ではなく行動に移させたのは、打算ではなくプライドでした。木下さんの件から考えて、間違いなく五十妻君はご主人様の素質がある。私にもきっと、奴隷としての素質がある。二人が成り立たない訳が無い。
いきなり前は流石に恥ずかしかったので、後ろを向いて、教室の窓からグラウンドを見下ろすフリをしながら、私は、「2秒間だけ全裸になれる能力」を発動させました。
同じクラスの男子の前で、今、私は素っ裸で立っています。一糸纏わぬ肩を、背中を、ふとももを、そして両親と乳母以外には誰にも見せた事の無いお尻の割れ目を、学校で毎日顔を合わせる赤の他人に、見てもらっています。いえ、もしかしたら、見る角度によってはそれ以上の物が見えてしまっているかもしれません。
今までの私の人生の中で、最も長い2秒間でした。生まれて初めての露出行為。変態行為。性器に触れてすらいないのに、絶頂を迎える寸前でした。
服が戻り、私はゆっくりと後ろを振り返りました。紅潮する私をじっと見つめる五十妻君の鼻から、たらりと鼻血が垂れました。
<目撃、五十妻元樹>
もしかして、いや、恐らく、いや、確実に、三枝委員長の裸が、全裸が、見えたような気が、いや、見えました。絶対に見えました。何よりも今、自分の鼻から垂れている80年代のギャグ漫画のようにベタな液体がその証明です。
服が一瞬だけ消える。そのような馬鹿な事があるはずがない。数日前までの自分ならそう思っていたはずですが、今は事情が違います。
天啓の如く能力が与えられたかと思えば、気づくと勝負の場に立ち、幼馴染からは脅迫されて、日常は自分の手を呆気なく離れ、どこかへ飛んでいきました。自分を取り巻く世界は、このように不確かなのにも関わらず、自分の中で、決定的な事実が一つだけ確定しました。
委員長、三枝瑞樹はHVDOの能力者。自分と同じく、ド変態です。
そんな事があって良いのだろうか、という声と、しかしそれ以外に今の現象を説明する手立てが無い。という声が、頭の中で激しくぶつかりあい、ぐちゃぐちゃに混ぜられたような困惑の中で、次の思考に移る前に、三枝委員長は行動を始めました。
<疑問、三枝瑞樹>
私の体は、あたかも吸い寄せられるように、ほとんど無意識に五十妻君に近づいていきました。何か、気の効いた言葉をかけようにも何も浮かばず、いつものように表情を作ろうにも、演技など出来ず、ただの中学三年生、三枝瑞樹、私ありのままとして、距離は縮まっていったのです。
さあ、触って。私は心の中で、五十妻君にそう頼みました。五十妻君の能力が発動して、私がおしっこを漏らすと同時に、私も再び能力を発動させて全裸になります。生まれたままの姿、頬を赤らめながら仁王立ちでおしっこを漏らす私の全部を見て下さい。心からそう願います。
呼吸音がうるさい程の静寂。
自己主張の激しい鼓動。
夕方の匂い。
しかし、私の希望は叶えられませんでした。
五十妻君は鼻血を拭いながら、ほとんど反射的に立ち上がり、私に近づくどころか、後ずさり、私との距離をとりました。
「ど、どうして? なぜ私を避けるの?」
稚児のような問いかけをぶつけてみても五十妻君は答えませんでした。
<往相、五十妻元樹>
推理の必要があります。三枝委員長が能力者で、そして自分の前でその能力を使ったという事はつまり、どういう事でしょうか。浮かんだ疑問に対して自分が導き出した解答は、むしろ言葉ではなく、口から泡を吹きながら股間を押さえて地に伏せる等々力氏の姿、その映像でした。
勝負。能力者同士は、互いの能力を使って勝負をし、勝ったら新しい能力がもらえ、負ければEDになって能力が使えなくなるという掟(三枝委員長は女子なので、EDにはならないはずですが、逆にどうなるか予測できない分恐ろしくもあります)。等々力氏曰く、勝負の形式については何でも良く、ようは精神的に「相手の性癖に負けた」と感じてしまったのならば、それが即ち負けだとの事で、勃起のパーセンテージも、その一つの目安であり、等々力氏から提案してきた攻守交替制も、勝負を分かりやすくする一つの仕組みなのだそうです。
これが何を表しているかというと、即ち、お互いに同時に能力を使っての乱戦も、ありうるという事。三枝委員長の能力は、果たして何でしょうか。ほんの一瞬だけ、相手に自分の裸を見せる能力? それとも、一瞬だけ服を脱ぐ能力? どちらにせよ、普段見せない恥ずかしい部分を相手に見せる能力という事になります。自分もその道にはそこそこ精通しているので、答えはすぐに導き出されました。
露出。三枝委員長は、露出癖の持ち主に間違いありません。
露出と放尿。この世に、これ以上相性の良い組み合わせはあるのでしょうか。
勝負になれば、確実に負ける事が予想されました。現に今、自分の息子は95%くらいまで勃起してしまっています。もう一度、真正面から三枝委員長が脱いだら、確実に爆発すると断言出来ます。ここで自分が取れる選択肢は一つしかありませんでした。
<転覆、三枝瑞樹>
五十妻君が背中を向けて、逃げ出しました。予想外の行動でした。鼻血まで出して、制服の上からでも分かるくらいに勃起までしておいて、逃げ出すなんて。木下さんにあんな酷い仕打ちを平気でした真性ドSのはずの五十妻君が、裸の女子を前に逃げる。ありえない事です。まさしく、天地がひっくり返ったような出来事です。
鼻血や勃起の件はあくまでも、「異性の裸を見た時の健康な中学生の当たり前の反応」であって、私自身にはやはり何の興味も無いという事なのでしょうか。裸を二秒も見ておいて、一秒も一緒に居たく無い程に、退屈だったのでしょうか。
「五十妻君、私を調教して!」
そんな叫びが喉まで出かかりました。それを必至に飲み込んで、代わりの言葉を発しました。
「五十妻君、後ろを振り向いて!」
私は能力を発動させる準備をしました。
服が消えれば、今度は正真正銘、私の全てが晒されてしまいます。ツンと立った乳首も、ようやく毛が生え揃ってきた陰部も。私の全てがこれからわずか数秒後に見られてしまいます。外道で残酷で冷淡な変態が、私に酷い命令を沢山して、私はまるで性欲処理用の道具か何かのように扱われ、それでもなお私はご主人様と慕い続けて寵愛を乞う。そのような輝かしい未来が、たった今から始まるのです。
「振り向いて! お願い!」
私は叫んで、能力を発動させました。
今、私は全裸で五十妻君の後ろに立っています。
<敗走、五十妻元樹>
逃げると決めたはずだったのに、三枝委員長に呼びかけられた自分は、ほんの少し、瞬きのような時間だけ、「停止」してしまいました。その一瞬の停止は、一体何を意味していたのか、自分でも良く分かりません。
思春期の男子ゆえの、「異性の裸を見たい」という本能によって、自分の足が止まり、教室のドアにかけた手が震えたのか、それとも、このまま三枝委員長と勝負になったとしても、自分は負けないのではないか、という希望的観測が心のどこかにあって、新しい能力取得、そして脅威の排除の為に勝負を望んだのか。果たして答えは分かりませんが、自分は確かにほんの一瞬だけ、逃げるのを躊躇したのです。
かといって、三枝委員長の呼びかけに応えて振り向いた訳ではありません。振り向けるはずがありません。もし振り向けば、等々力氏のように、男にとっての「死」がすぐそこまで迫っているのは分かりきった事ですし、もしも全裸を見てしまったら、明日からどの面を下げて三枝委員長に挨拶すれば良いのかが分かりません。
自分は目を伏せ、床だけを見るようにしてドアを開けると、走って逃げ出しました。
帰り道では、鞄も上着も教室に置きっぱなしにしてしまった事にすら気づけない程、一つの感情が全身を支配していました。
「帰ったら即オナニーしよう……!」
<手紙、三枝瑞樹>
五十妻君へ。
あれから自宅へ帰った後すぐ、矢も盾もいられず、この手紙を書き始めました。私は、五十妻君のメールアドレスも知らず、かといって電話で話せるような内容でもないので、やや古風過ぎるかもとは懸念しましたが、こうして手紙で伝える事にしました。
私がはっきりと言っておきたいのは、あの時の私に「敵意は無かった」という事です。何分初めての経験でしたので、舞い上がってしまって、冷静な判断がつきませんでした。しかし家に帰って、五十妻君と等々力君が、何らかの「勝負」をして、等々力君があのような不遇になった事を思い出しました。
そう考えてみると、あの場面で五十妻君が私から逃げたのは、至極当然の事だったと思います。五十妻君は、私が五十妻君に「勝負」を挑んだ、と勘違いされてしまったのでしょう。それは大変な誤解です。
今更の告白になるかもしれませんが、言うまでもなく、私は変態です。ド変態です。五十妻君も私と同じ能力者ならば、自らの性癖に対して注ぐこのパトスをご理解してくださるでしょう。私はただ、己が性欲を満足させる為に、あのような行動に走ってしまっただけなのです。
それをご理解してもらった上で、私が五十妻君にお願いしたいのは、どうか私の秘密を誰にも伝えないで欲しいという事、ただ一点です。私にはクラスの筆頭たる責任と役割があり、それを放棄するという事はこの能力を持ってしても、やはり出来ない事なのです。
こうして手紙を書く以上、洗いざらい申し上げますが、あわよくば、という気持ちもあるにはあります。あわよくば、五十妻君が私の体に触れる事があって欲しい。あわよくば、衆人環視の下で、いえ、これ以上は高望みという物ですし、私から言い出す事でもありません。
兎にも角にも、昨日の出来事、五十妻君が得た情報については、「内密」にお願いします。それを使って私を脅すなんて事はなさらないで下さい。放課後に呼び出して、校内で全裸放尿する私を撮影しないで下さい。五十妻君の命令で、どんどん堕落していく私を、さげずむような視線で見るのは止めてください。
どうか、よろしくお願いします。
<変態、五十妻元樹>
土曜日の朝、やたらと達筆な手紙が、家のポストに突き刺さっていました。自分はそれを、呼吸さえ忘れて読み、一息ついて、夢で無い事を確認してから、隣家である木下家のチャイムを押しました。くりちゃんが出てきて、(いつもの事ですが)超不機嫌そうな顔で、自分を睨みました。
「くりちゃん。朗報です」
「だからその名前で呼ぶなと何度も」
「テンプレは良いので、これを読んで下さい」
玄関先で、くりちゃんは手紙を食い入るように読みました。自分は言いつけられた通り、読み終わるのを正座して待っていると、ヒザ小僧が寒さに絶叫していました。
「……これ、本当に三枝委員長からなの?」
「ええ、もちろんです。そんな達筆は本人以外ありません。つまりこれで、くりちゃんの誤解は解けたも同然です。三枝委員長も能力者だった。そしてくりちゃんがおしっこを漏らしたのは、能力のせいだという事を理解している。十分ではありませんか」
手紙を持ったまま目を瞑って、難しい顔をするくりちゃん。
「気に入りませんか?」恐る恐る、尋ねてみます。「これ以上無い解決だと思うんですが」
くりちゃんは、カッと目を見開いて、会社の重役が平社員に言うように言いました。
「三枝委員長があんたと同じ変態なのは、完全に予想外だけど、どうにか分かった。あんたも、良く誘惑に耐えた。……まあ、勝負して負けてちんこが使い物にならなくなる方が私的には良かったけど、三枝委員長があんたの奴隷になるよりはまだマシだった。そこは褒める」
はっ、と自分は頭を下げます。
「だけどな……」
ヒュゥゥゥと、くりちゃんが息を吸い込みました。くりちゃんは自分を立ち上がらせ、あわや鼓膜が破れるかという大声で憤怒しました。
「どうして人から来た手紙を簡単に他人に見せるんだ! あんたのその道徳心の無さが気に入らん! 五発殴らせろ!」
フリッカージャブから入り、右のワンツー、左アッパー、首根っこを掴んで引き寄せてヘッドバッドがしっかり入ると、子供の頃にハワイ旅行に行った時の記憶が少し吹っ飛びました。三枝委員長のお尻を見た時とは違う意味の鼻血をドクドク出しながら、「だ、だってくりちゃんが指示したんじゃないですか。じ、自分はそれを忠実に守っただけであって」と言うと、更にもう一発良いのを頂きました。
「これから先、もう例の能力は絶対使うなよ? 三枝委員長とも関わるな」
「……それは、三枝委員長に嫉妬しているんですか」
「馬鹿言うな。ちんこ切るぞ」
理不尽。
その一言で、くりちゃんの全てが表現出来ます。
もしかして、いや、恐らく、いや、確実に、三枝委員長の裸が、全裸が、見えたような気が、いや、見えました。絶対に見えました。何よりも今、自分の鼻から垂れている80年代のギャグ漫画のようにベタな液体がその証明です。
服が一瞬だけ消える。そのような馬鹿な事があるはずがない。数日前までの自分ならそう思っていたはずですが、今は事情が違います。
天啓の如く能力が与えられたかと思えば、気づくと勝負の場に立ち、幼馴染からは脅迫されて、日常は自分の手を呆気なく離れ、どこかへ飛んでいきました。自分を取り巻く世界は、このように不確かなのにも関わらず、自分の中で、決定的な事実が一つだけ確定しました。
委員長、三枝瑞樹はHVDOの能力者。自分と同じく、ド変態です。
そんな事があって良いのだろうか、という声と、しかしそれ以外に今の現象を説明する手立てが無い。という声が、頭の中で激しくぶつかりあい、ぐちゃぐちゃに混ぜられたような困惑の中で、次の思考に移る前に、三枝委員長は行動を始めました。
<疑問、三枝瑞樹>
私の体は、あたかも吸い寄せられるように、ほとんど無意識に五十妻君に近づいていきました。何か、気の効いた言葉をかけようにも何も浮かばず、いつものように表情を作ろうにも、演技など出来ず、ただの中学三年生、三枝瑞樹、私ありのままとして、距離は縮まっていったのです。
さあ、触って。私は心の中で、五十妻君にそう頼みました。五十妻君の能力が発動して、私がおしっこを漏らすと同時に、私も再び能力を発動させて全裸になります。生まれたままの姿、頬を赤らめながら仁王立ちでおしっこを漏らす私の全部を見て下さい。心からそう願います。
呼吸音がうるさい程の静寂。
自己主張の激しい鼓動。
夕方の匂い。
しかし、私の希望は叶えられませんでした。
五十妻君は鼻血を拭いながら、ほとんど反射的に立ち上がり、私に近づくどころか、後ずさり、私との距離をとりました。
「ど、どうして? なぜ私を避けるの?」
稚児のような問いかけをぶつけてみても五十妻君は答えませんでした。
<往相、五十妻元樹>
推理の必要があります。三枝委員長が能力者で、そして自分の前でその能力を使ったという事はつまり、どういう事でしょうか。浮かんだ疑問に対して自分が導き出した解答は、むしろ言葉ではなく、口から泡を吹きながら股間を押さえて地に伏せる等々力氏の姿、その映像でした。
勝負。能力者同士は、互いの能力を使って勝負をし、勝ったら新しい能力がもらえ、負ければEDになって能力が使えなくなるという掟(三枝委員長は女子なので、EDにはならないはずですが、逆にどうなるか予測できない分恐ろしくもあります)。等々力氏曰く、勝負の形式については何でも良く、ようは精神的に「相手の性癖に負けた」と感じてしまったのならば、それが即ち負けだとの事で、勃起のパーセンテージも、その一つの目安であり、等々力氏から提案してきた攻守交替制も、勝負を分かりやすくする一つの仕組みなのだそうです。
これが何を表しているかというと、即ち、お互いに同時に能力を使っての乱戦も、ありうるという事。三枝委員長の能力は、果たして何でしょうか。ほんの一瞬だけ、相手に自分の裸を見せる能力? それとも、一瞬だけ服を脱ぐ能力? どちらにせよ、普段見せない恥ずかしい部分を相手に見せる能力という事になります。自分もその道にはそこそこ精通しているので、答えはすぐに導き出されました。
露出。三枝委員長は、露出癖の持ち主に間違いありません。
露出と放尿。この世に、これ以上相性の良い組み合わせはあるのでしょうか。
勝負になれば、確実に負ける事が予想されました。現に今、自分の息子は95%くらいまで勃起してしまっています。もう一度、真正面から三枝委員長が脱いだら、確実に爆発すると断言出来ます。ここで自分が取れる選択肢は一つしかありませんでした。
<転覆、三枝瑞樹>
五十妻君が背中を向けて、逃げ出しました。予想外の行動でした。鼻血まで出して、制服の上からでも分かるくらいに勃起までしておいて、逃げ出すなんて。木下さんにあんな酷い仕打ちを平気でした真性ドSのはずの五十妻君が、裸の女子を前に逃げる。ありえない事です。まさしく、天地がひっくり返ったような出来事です。
鼻血や勃起の件はあくまでも、「異性の裸を見た時の健康な中学生の当たり前の反応」であって、私自身にはやはり何の興味も無いという事なのでしょうか。裸を二秒も見ておいて、一秒も一緒に居たく無い程に、退屈だったのでしょうか。
「五十妻君、私を調教して!」
そんな叫びが喉まで出かかりました。それを必至に飲み込んで、代わりの言葉を発しました。
「五十妻君、後ろを振り向いて!」
私は能力を発動させる準備をしました。
服が消えれば、今度は正真正銘、私の全てが晒されてしまいます。ツンと立った乳首も、ようやく毛が生え揃ってきた陰部も。私の全てがこれからわずか数秒後に見られてしまいます。外道で残酷で冷淡な変態が、私に酷い命令を沢山して、私はまるで性欲処理用の道具か何かのように扱われ、それでもなお私はご主人様と慕い続けて寵愛を乞う。そのような輝かしい未来が、たった今から始まるのです。
「振り向いて! お願い!」
私は叫んで、能力を発動させました。
今、私は全裸で五十妻君の後ろに立っています。
<敗走、五十妻元樹>
逃げると決めたはずだったのに、三枝委員長に呼びかけられた自分は、ほんの少し、瞬きのような時間だけ、「停止」してしまいました。その一瞬の停止は、一体何を意味していたのか、自分でも良く分かりません。
思春期の男子ゆえの、「異性の裸を見たい」という本能によって、自分の足が止まり、教室のドアにかけた手が震えたのか、それとも、このまま三枝委員長と勝負になったとしても、自分は負けないのではないか、という希望的観測が心のどこかにあって、新しい能力取得、そして脅威の排除の為に勝負を望んだのか。果たして答えは分かりませんが、自分は確かにほんの一瞬だけ、逃げるのを躊躇したのです。
かといって、三枝委員長の呼びかけに応えて振り向いた訳ではありません。振り向けるはずがありません。もし振り向けば、等々力氏のように、男にとっての「死」がすぐそこまで迫っているのは分かりきった事ですし、もしも全裸を見てしまったら、明日からどの面を下げて三枝委員長に挨拶すれば良いのかが分かりません。
自分は目を伏せ、床だけを見るようにしてドアを開けると、走って逃げ出しました。
帰り道では、鞄も上着も教室に置きっぱなしにしてしまった事にすら気づけない程、一つの感情が全身を支配していました。
「帰ったら即オナニーしよう……!」
<手紙、三枝瑞樹>
五十妻君へ。
あれから自宅へ帰った後すぐ、矢も盾もいられず、この手紙を書き始めました。私は、五十妻君のメールアドレスも知らず、かといって電話で話せるような内容でもないので、やや古風過ぎるかもとは懸念しましたが、こうして手紙で伝える事にしました。
私がはっきりと言っておきたいのは、あの時の私に「敵意は無かった」という事です。何分初めての経験でしたので、舞い上がってしまって、冷静な判断がつきませんでした。しかし家に帰って、五十妻君と等々力君が、何らかの「勝負」をして、等々力君があのような不遇になった事を思い出しました。
そう考えてみると、あの場面で五十妻君が私から逃げたのは、至極当然の事だったと思います。五十妻君は、私が五十妻君に「勝負」を挑んだ、と勘違いされてしまったのでしょう。それは大変な誤解です。
今更の告白になるかもしれませんが、言うまでもなく、私は変態です。ド変態です。五十妻君も私と同じ能力者ならば、自らの性癖に対して注ぐこのパトスをご理解してくださるでしょう。私はただ、己が性欲を満足させる為に、あのような行動に走ってしまっただけなのです。
それをご理解してもらった上で、私が五十妻君にお願いしたいのは、どうか私の秘密を誰にも伝えないで欲しいという事、ただ一点です。私にはクラスの筆頭たる責任と役割があり、それを放棄するという事はこの能力を持ってしても、やはり出来ない事なのです。
こうして手紙を書く以上、洗いざらい申し上げますが、あわよくば、という気持ちもあるにはあります。あわよくば、五十妻君が私の体に触れる事があって欲しい。あわよくば、衆人環視の下で、いえ、これ以上は高望みという物ですし、私から言い出す事でもありません。
兎にも角にも、昨日の出来事、五十妻君が得た情報については、「内密」にお願いします。それを使って私を脅すなんて事はなさらないで下さい。放課後に呼び出して、校内で全裸放尿する私を撮影しないで下さい。五十妻君の命令で、どんどん堕落していく私を、さげずむような視線で見るのは止めてください。
どうか、よろしくお願いします。
<変態、五十妻元樹>
土曜日の朝、やたらと達筆な手紙が、家のポストに突き刺さっていました。自分はそれを、呼吸さえ忘れて読み、一息ついて、夢で無い事を確認してから、隣家である木下家のチャイムを押しました。くりちゃんが出てきて、(いつもの事ですが)超不機嫌そうな顔で、自分を睨みました。
「くりちゃん。朗報です」
「だからその名前で呼ぶなと何度も」
「テンプレは良いので、これを読んで下さい」
玄関先で、くりちゃんは手紙を食い入るように読みました。自分は言いつけられた通り、読み終わるのを正座して待っていると、ヒザ小僧が寒さに絶叫していました。
「……これ、本当に三枝委員長からなの?」
「ええ、もちろんです。そんな達筆は本人以外ありません。つまりこれで、くりちゃんの誤解は解けたも同然です。三枝委員長も能力者だった。そしてくりちゃんがおしっこを漏らしたのは、能力のせいだという事を理解している。十分ではありませんか」
手紙を持ったまま目を瞑って、難しい顔をするくりちゃん。
「気に入りませんか?」恐る恐る、尋ねてみます。「これ以上無い解決だと思うんですが」
くりちゃんは、カッと目を見開いて、会社の重役が平社員に言うように言いました。
「三枝委員長があんたと同じ変態なのは、完全に予想外だけど、どうにか分かった。あんたも、良く誘惑に耐えた。……まあ、勝負して負けてちんこが使い物にならなくなる方が私的には良かったけど、三枝委員長があんたの奴隷になるよりはまだマシだった。そこは褒める」
はっ、と自分は頭を下げます。
「だけどな……」
ヒュゥゥゥと、くりちゃんが息を吸い込みました。くりちゃんは自分を立ち上がらせ、あわや鼓膜が破れるかという大声で憤怒しました。
「どうして人から来た手紙を簡単に他人に見せるんだ! あんたのその道徳心の無さが気に入らん! 五発殴らせろ!」
フリッカージャブから入り、右のワンツー、左アッパー、首根っこを掴んで引き寄せてヘッドバッドがしっかり入ると、子供の頃にハワイ旅行に行った時の記憶が少し吹っ飛びました。三枝委員長のお尻を見た時とは違う意味の鼻血をドクドク出しながら、「だ、だってくりちゃんが指示したんじゃないですか。じ、自分はそれを忠実に守っただけであって」と言うと、更にもう一発良いのを頂きました。
「これから先、もう例の能力は絶対使うなよ? 三枝委員長とも関わるな」
「……それは、三枝委員長に嫉妬しているんですか」
「馬鹿言うな。ちんこ切るぞ」
理不尽。
その一言で、くりちゃんの全てが表現出来ます。