Neetel Inside ニートノベル
表紙

HVDO〜変態少女開発機構〜
外伝「幼女ドネイト」

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 私、と自分の事を表現しても、許されるものかどうか、それすらも自信は持てませんが、日記という物は本来主語の塊であるようにも思えるので、私の事を私と呼ぶ許可をまずは頂き、これを始まりとしました。
 私が日記という形を選んだのは、自分を表現する手段がそうあまり多く無い事に気づかされたからです。マスターは、「何でもいい」と仰られましたが、真っ白な紙を前にした時、唯一私が筆を動かす事の出来たのが日記であったのです。拙い文章での、ほとんど覚書と呼べるような代物ですが、しかしこれしかマスターの命令を実行する手立てはなく、また、私自身にとってもこれは貴重な体験となり得るように思うので、書こうと思います。
 私の最初の記憶は、今こうして筆を動かしているこの部屋、とある街のとある廃病院の一室に螺旋状に遡ります。と言っても、せいぜい1週間ほど前の出来事ですが、私にそれ以前の記憶は無いので、あまり大仰な言い方ではないかと存じます。そこはマスターの暮らしていた部屋であり、ここは私の暮らしている部屋でもあります。仔細は不明ですが、かつては機能していた病院が潰れ、当然に患者もいなくなり、取り壊しもされないまま、人々の記憶から忘れ去られていき、今ではせいぜい夜中に行くあてのない若者が酒盛りをしにくるか、心霊スポットの1つとして来訪されるといった用途にしか使われなくなってしまったような寂しい場所です。しかし病院の中庭には、立派な百日紅の木が1本植えられており、今でもこの木は夏から秋にかけて元気に桃色の花を咲かすらしいのですが、それを楽しみにしているのはどうやらマスターだけのようでした。
「君、名前はあるのかい?」
「いえ、まだです。マスター」
「それじゃあ何て呼べばいいんだろうね?」
「マスターがお決めになってください」
「じゃあ……」と、マスターは緩やかな表情のまま、「『淫乱雌豚M奴隷ちゃん』というのはどうかな?」
「よろしいかと」
「はは」
 マスターは爽やかに笑うと、私に再び尋ねました。
「で、君は誰?」
「私は、淫乱雌豚M奴隷です」
「……今のは冗談だよ。まあ、名前の件は、とりあえず保留にしておこうか」
 これが、私とマスターの最初の出会いでした。
 その時、というより私は今も、私自身の事をよく知りません。しかしマスターの事は1番良く知っている存在でありたいと願っています。私をこの世界に召還し、私に実在をもたらし、そして生きる意味と沢山の精子を与えてくれたマスター。
 その御名は春木虎。唯一無二にして絶対的存在。私にとっては両親であり、想い人であり、ご主人様であり、神である人。
 恐れながら、私も自己紹介をするならばマスターである彼のHVDO能力にって発生したただの幼女、といった所です。


 そもそもHVDOとは何か? という疑問に関しては、私の口から語られるべき事では無いのでしょうし、これはあくまでも私の日記ですから、この疑問はそっくりそのまま、私の疑問となっています。私がマスターやその他のHVDO能力者から知った限りの情報を整理しますと、HVDO、変態少女開発機構という機関は「才能ある」変態に特殊な能力を与え、その機関名の意味する通り、変態的な少女を開発していこうと企む組織のようです。組織に悪や正義といった称号をつけるのはいささか幼稚な気もしますが、現代日本の法制度及び社会通念に則って言えば、HVDOは間違いなく悪の組織であると思われます。ですが、悪であろうと正義であろうと、私にとってはマスターのお考えが全てですので、マスターがHVDOを良しとすれば良しですし、悪とするならば悪と断ずる事になるでしょう。
 私が産まれたのは、紛れも無くHVDO能力に起因しますが、私の忠誠が順ずる所は唯一マスターのみであり、私はマスターが死ねと命じれば死ぬ存在です。これも少し幼稚な話ですが、言葉通りの意味と捉えてもらって構いません。
 ですが、私は死なないような気がします。一度この心臓が鼓動を止めたとしても、再びマスターが私に生きる事を望めば、私は蘇る事が出来るという確信があるのです。唐突と思われるかもしれませんが、今、ふとそう思った事は書いておきます。
「この姿に見覚えがあるかい?」
 私が生まれた次の日、マスターは大きな鏡を買ってきて、私の目の前に立てました。そこには当然、私の姿が映っており、服は着ていません。小学校3、4年生くらいでしょうか、まだ陰部の毛は生えておらず、乳首は曖昧な薄紅色をしています。表情はありませんが、顔の造り自体は、自分で言うのも何ですが整っているように思います。髪は黒のロングで、肌には少しの穢れもなく、若さと幼さというエネルギーをパンパンに詰めたようにハリがあります。
 私はマスターの質問の意図が分からず、首を傾げましたが、マスターは鏡を私の目の前に近づけ、答えるようにと促しました。
「分かりません」
 正直にそう答えると、マスターは私の頭を撫で、その名前を口にしました。
「この形は、木下くり、という。君は……」
 言いかけ、やめて、ぽんぽん、と頭を撫でて優しく言葉を終わらせるマスター。私は追及しません。する権利など最初からないのです。
 私でなくとも大抵の人がそうだと思いますが、生まれる前の記憶はありません。ただ私が普通と違うのは、おそらく生まれる前までの過程が無いという事でしょう。普通の人には例え1度も会った事がなくとも両親がおり、この世に生を受けて間もなくの時間を守ってくれた人がいるはずです。それが私にはありません。私が生まれたのはつい1週間ほど前の事であり、初めから言葉を覚え、一般的な行動規範を踏襲し、持っていたのはマスターに仕えるという使命のみでした。おへその穴はありますが、それは誰にも繋がっていなかったはずです。尋常ならざる生命と表現出来るかもしれません。
 木下くり。
 私が彼女そっくりに造られた理由は、マスターの趣向を置いて他に無いはずですが、しかしその意味は他にあるような気もしています。私ごときがこのような疑問を持つこと自体、おこがましい事なのかもしれませんが、正直に、思った事を書く事を間接的に命令されている以上、勇気を持って書いてみた次第です。


 1週間、毎日、ほぼ1時間おきにマスターは私に性行為を要求しました。マスターの性欲ははっきり申し上げて異常です。性欲の権化です。セクシュアルモンスターです。爽やかで清潔で、完璧に均整のとれた美しい顔と身体を持ちながら、その裏に蠢く肉欲は既にこの世の物とは思えません。
 時には恋人同士のように甘ったるく、時には犯罪を匂わせる程にいやらしく、私をひたすらに責めました。中でも酷かった物をいくつかあげると、肛門にマスターお手製のカレーを注入され、一晩寝かせた上で召し上がられるというロリコン熟カレー。全裸の上にクオリティの高いボディーペイントを施された上で見ず知らずの子供に混ざって遊ぶロリコン公園デビュー。性器に小型のスプレー缶を挿入した状態で深夜徘徊しピースを描いていくロリコングラフィティ。マスターの要求するプレイは私ごときには理解出来ない程に高い領域にありましたが、私がそれによって快感を得ていなかったといえば嘘になります。私には人並みの性がありました。果たして私が本物の人間と呼べるのかについて、確かな事は言えなくともです。
 命令されて書いた物ですから、当然この日記はマスターに読まれる事になりますが、とはいえ、だからといって、マスターに伝えたい事を書いたり、マスターに伝わって欲しくない事を書かなかったりする事はむしろ許されない事であると思います。私はあくまで日記を書いているのですから、繰り返しになりますが、思う事をそのままに書く必要性があります。私の思う事とはつまり、マスターの事です。
 私はマスターの第9能力によって召喚されています。そしてHVDOのルールとして、他のHVDO能力者と性癖を賭けたバトルをして、9連勝をした暁には、世界を望むままに改変出来る権利が与えられると聞いています。つまり、マスターはあと1度、誰かとの勝負に勝てば、世界をマスターのようなロリコンが住みよい環境に改変するはずなのです。LOがコンビニで手に入る世界、あるいはひなげしの花が咲かない世界。
 にも関わらず、マスターは他のHVDO能力者と積極的に戦おうとしません。
 つい3日前、「コスプレ」の能力を持つ外国人の方が、マスターの噂をどこで入手したのか訪れてきた事がありました。彼は拙い日本語でマスターに勝負を挑みましたが、マスターはそれを拒否しました。正確な経緯は、まず私に敵HVDO能力である「コスプレ弾丸」が命中し、一旦は乳首チラ見せスリングショットという姿になりはした物の、マスターが即時ご自身の着せ替え能力で上書きし、局部穴あきスクール水着という解答を見せ、その時点で既に勝負は決しました。敵HVDO能力者は明らかに私の幼い身体に欲情していたのです。追い討ちにローレグトップレス水着から濡れ透け白水着の水着コンボを叩き込んだ後、トドメに真っ裸をぶっぱすれば簡単に勝てるように私には見えましたが、マスターはそれをしませんでした。
 高レベルHVDO能力者に戦いを挑む以上、このように一方的な展開となる事は敵も覚悟していたはずです。所有する能力の数が根本的に違うのですから、自分にとって切り札である能力が、相手の持つ能力の1つで完封されてしまう事は予想も容易く、その戦いも、例外ではありませんでした。
「……ドウシタ。トドメをサセ」
 日本人より日本人らしい潔さで、服の上からでもうっすらと分かる程度の半勃起を見せていたお方に、マスターは慈悲に満ちた表情を見せ、
「最初から負けるつもりで来たのかい?」
 と尋ねました。
 男は俯いて首を横に振ります。
「勝ツツモリで来タ。実力が、足ラナカッタ」
 敵の立場からしてみれば、当然、ロリコンの望む世界は、ムチムチボディーもだるだるボディーも存在しないはずで、となれば「コスプレ」の性癖を持つ彼にとっては、必然選択肢の少ない物であるはずです。マスターが世界改変態まで王手であるという事実を知り、いても立ってもいられなくなったのでしょう。コスプレ界の未来を背負い、明日すぐにでも起き得るつるぺたインフレーションを憂い、単身突撃してきた彼の事を、誰が貶す事が出来るでしょうか。もちろん、マスターに敵うはずなどありませんが。
 マスターの慈愛は留まる所を知らず、挙句の果てにはこうなりました。
「君のコスプレ能力、せっかく弾丸を使うなら、暗殺に特化した方が強いんじゃないかな? 他のHVDO能力と違って射程がある訳だからさ。例えば、戦闘の宣言をした後一旦身を隠して、狙っているHVDO能力者の近くにいる女子をどんどんコスプレさせてダメージを与えるといった使い方はどうだろう。一方的に攻撃出来る反面、コスプレが他の性癖との親和性が高い事による君自身が敵に見つかった時のリスクは確かにあるけれどね。コスプレスナイプこそ君のHVDO能力の真骨頂だと僕は思うが」
 というアドバイスを、全て流暢な英語で施すマスター。先方はただ黙ったまま、注意深く怪物を観察するような目で、マスターの事を見ていました。
「余計なお世話だったかな」
 マスターは少し照れたように、悪かったね、と付け加えました。


 そしてそのまま、赤子の手を捻るよりも簡単に倒せるであろう憔悴した敵を見逃し、マスターはやれやれと一息ついたように私の頭を撫でました。私はその時、何故戦わなかったのか、勝利し、第十能力を得て、世界を物にしなかったのかをマスターに問いたかったのですが、分不相応と思い直し、沈黙を守りました。ですが、マスターがこの日記を読む時、もしもそれが私に教えても差し支えない理由であった場合、出来れば、と私は思います。こうした形の質問は、むしろより失礼に感じられるかもしれませんが、思った事をそのままに書けば良いというマスターの言葉を私は信じ、また守っていくべきだとも考えました。
 それから、マスターは私の自我について興味があると仰られました。
「二本足で立っている。言葉が分かる。常識がある。人に服従する事が出来る。これらの条件は君が間違いなく人間である事を証明しているようだ。でも本物の人間である為には、ここに感情が無ければならない。怒りでも悲しみでも何でもいい。君にはそれがあるのかな?」
 私はその質問に、慎重に答えなければならないと感じました。嘘はつけません。しかし、あると答えた時にマスターはいつもと変わらず私を肉便器扱いしてくれるだろうかという不安があり、かといって無いと言える程に私は機械に徹しきる事が出来る訳ではなく、こうして思考を繰り返しているのです。が、果たしてこんな私の考えが、感情と呼べる程に高貴な物なのかどうか。マスターが私に対して何を求めているかが分からない以上、答えは慎重にならざるを得ません。
 いえ、そもそも私ごときがマスターに求められていると思い上がる事すら、酷く滑稽です。
「……分かりません」
 と、私は答えました。するとマスターは少し困った様子で、「何かやりたい事はあるかい?」と新しい質問を投げかけてきました。しかしこの質問は、先の物に比べれば随分と楽な物です。
「マスターに仕える事です」
 ますます困った顔をするマスターに、私の方も困ります。そして不安が少しでも消えるようにと、更に言葉を繋げます。
「マスターのしたい事は何でもお手伝いします。マスターが私にさせたい事があれば何でもします。マスターが……」
 私の言葉を遮って、マスターは私に命じました。
「僕は君自身に興味はない。僕の興味があるのは、僕が君を愛せるかどうかだ。そしてそれを確かめる為には……」
 といった経緯で、この日記があります。
 今回、この日記の締めくくりとして、今までで生まれて1番恥ずかしかった瞬間を告白します。
 ある日、マスターが突然「目を瞑って」と命令しました。
 私が言われた通りに瞼を閉じると、今度は「顎を少し出して」。
 それから、ほんの少しだけ唇を開いて、という言葉が聞こえた時、私の胸は期待に膨らんでいました。
 口に出すのも憚れる、幼女に絶対してはいけない行為を数多くされてきましたが、「それ」は初めての経験でした。そして「それ」は、私にとっては性欲と愛情の境界線にあると思われました。「それ」は何よりも美しく、私のような物に与えられる事は許されないようにも思われました。
 暗闇の中で、肩を掴まれ、顔を更に前へと引き寄せられ、唇に、暖かい感触が触れます。
 瞬間、私の中の何かが焦がされ、たまらなくなったのです。告白します。あらゆる処罰を受け入れます。私は命令を破る事になるのを承知の上で、あの時、ほんの少しだけ、薄目を開けたのです。
 そこにはぷりぷりの亀頭がありました。
 私は再び目を閉じて、奉仕を出来るせつなさに、決して実らぬ恋に安心し、マスターの陰茎にしゃぶりつきました。一瞬でも何かを期待してしまったあの時、あの時が私にとって、最大の恥辱であったのです。

     

 リスを1匹、見かけました。このような住宅街に、珍しいなと思います。誰かが飼っていたのが逃げ出したのでしょうか。それとも近くの公園に代々住んでいるのでしょうか。リスは警戒気味に私の様子を見ていましたが、やがて飽きたのかどこかへ行ってしまいました。
 その日は朝から、空一面を白い影が埋め尽くし、太陽の存在すら信じがたいような曇天でした。私は一人、一向に流れる気配のない雲を見上げながら、降らないと良いな、と祈っていました。自宅である廃病院の近くには細い川が通っており、遥か昔は生活用水としてこの街の役に立っていたようですが、今はその役目を終え、誰にも気にされる事の無い寂しい川となってしまっているようです。やや窪地になっているのと、近くに高いマンションが何棟か立っており、日陰になっているせいもあってか人通りは少なく、平日の昼間にはほとんど人の来ない場所です。特に病院裏には橋すらかかっていないので、ここに好んで訪れる人はよっぽどの物好きと言えるでしょう。しかし私は今そこに立っています。
 細くて狭いとはいえ一応は川なので、ポールのような水位計が一本立っています。すっかり錆び付いており、洪水時に本当に役に立つのかも怪しい存在ですが、鉄製なので私1人の手では壊せそうにありません。とはいえ私が隠れられる程の太さはなく、また、私の背では頂点まで手が届きません。
 いくら人の通りが少ないとはいえ、もちろんここは外です。誰かに見つかる可能性は0とは言い切れません。特に子供が外で遊び始める昼過ぎくらいになると、危険度はかなり増すような気がします。興味津々な男子小学生達に、このような姿を見られたら何をされるか分かった物ではありません。早くマスターが帰ってきてくれないだろうかと願いつつ、その一方で、もしも見つかった時の事を想像する自分がいました。
 ただ立っていても何もする事がないので、頭を過ぎるのはマスターの事か、天気の事か、あるいは性的な事くらいなのです。もしもホームレスの方に見つかったら。汚い手で全身をくまなく触られて、助けを呼ぼうと声を出しても無理やり塞がれて、そのまま犯されてしまうのかも。平気で膣に射精され、ホームレス仲間を沢山呼ばれ、手もお尻の穴も脇も全て使われて、黄色の混ざった精液でドロドロになるまで輪姦される映像が簡単に浮かびました。こんな事を考えていた、とこうして書く事すら、私は女の子として、マスターの理想の幼女として、失格なのかもしれません。
 しかしそれも、私を全裸のまま手錠をかけて放置したマスターがいけないのではないか、と、ここは私も勇気を持って訴えさせてもらいます。外で裸になる事自体まだ抵抗があるというのに、マスターが手の届く所におらず、しかも身動きも取れない状態で放置するという鬼畜的所業。もちろん私は何も悪い事をしていません。100%、マスターの趣味による、気分に任せたプレイと言い切れます。人としてどうか、と思います。
 前回、私の書いた日記をマスターが読んでいただいた際、「僕に遠慮せず、もっと好きに書いていいよ。君の意見は実に興味深いし、僕の知らない僕がここには書いてある」というありがたいお言葉をいただいたので、身分違いは承知の上で、思った事は例えそれが批評する事になっても書いていこうと決意しました。
 当たり前の事を言うようですが、マスターは変態です。変態すぎます。小学生女子を裸のまま、外に手錠をつけて放置するという行為に興奮し、遠慮なくそれを実行するのですから、間違いなく変態です。ド変態の頂点に立つお方と言って差し支えないでしょう。だからこそHVDO能力を与えられ、そして負け知らずなのですから、これはやはり当たり前の事です。
 マスターが変態である事は、この大地が存在するという事よりも揺るがしがたい事実ですが、では私はどうなんでしょう? 少なくともここ最近はマスターの1番傍にいて、性的には強く結びついています。であるならば、私も変態であるのか。HVDOという馬鹿げた組織の狙い通りに、変態に調教されつつあるとも解釈出来ます。
 巡る考えに、私は俯き、自制します。私はあくまでもマスターによって召喚された存在であり、マスターにとっての都合の良い幼女でいる事が出来れば、それ以外の物は必要無いのです。与えられる快楽も、それはマスターが与えたいと望むから受け取るだけで、自分から求めてはいけない。あまつさえ幸福など望む事は、許されるはずがない。よって、私が変態であろうとなかろうと、私という存在には関係のない話であると、これまた当たり前の事を、何度も何度も心に念じ、決して忘れないように、一応はここにも書いておきます。
 そんな私を笑うように、その時雨が降り始めました。遠くで子供達の声が聞こえ、いよいよ私の運もこれまでかと思った矢先、すっと空が暗くなりました。
「いやぁ、待たせたね。なかなか目当ての物が見つからなくて」
 そう言うマスターは、片手に傘を、片手に紙袋を持って、雨の日とは思えない晴れ晴れしい微笑みで、私を見下ろしていました。


「はい、これ」
 部屋に戻り、正座をさせられた後、差し出された物体を私は凝視します。ピンク色をしたカプセル型の物体。大きさは私の手に収まるくらいで、コードが一本伸び、それはスイッチに繋がっています。
「マスター、これは何ですか?」
 私は尋ねましたが、マスターはにっこりとしたまま答えません。
 何も「フリ」をしていた訳ではなく、実際に私はその物体の事を知りませんでした。今ではどうやって使うのか、何という名称をしているのかを教えてもらったので知っていますが、その時は本当に知らなかったのです。どうやら私の知識は、マスターの知識の中で、「私に知っておいて欲しい事」は知っていて、「私に知っていて欲しくない事」は知らないように出来ているようです。マスターにとって最も都合のよく出来た存在であるのですから、これも当然と言えば当然の事です。
 それから約1時間の後、初めてのピンクローターに何度かイカされてほとほと疲れた私にマスターは言いました。
「僕からのほんの気持ちだ。受け取ってくれ。1人でしたくなった時にセルフプレジャーでもするといい」
 それはマスターなりの気遣いだったのかもしれません。あるいは1人で自慰に耽る幼女を想像して悦に浸るといった種類のハイレベルなプレイだったのかもしれません。しかし私はその時、言いようの無い不安に襲われたのです。もしかしてもしかすると、マスターは私の身体に飽きられたのではないだろうか、あるいは私との性交渉に、つまらなさを感じているのではないだろうか。ほぼ毎日、私が召喚されている間はずっと、私の肉体は、いや精神も、マスターは遊び倒してこられたのですから、飽きが来てもおかしくはなく、むしろ自然な事です。そして私が勝手に判断するマスターの性格は、飽きたおもちゃを平気で捨てる人です。それは人間としての冷たさだとかそういう次元の話ではなく、常に前を目指し、新しさを求めるがゆえの新陳代謝であるのだと思います。しかし私にとって、マスターが私に飽きるという事実は、形容のない死を意味します。
 しかし私はその時、そのような不安や葛藤を一切口にはしませんでした。そんな事を言い出す女は面倒だからです。マスターにとって「面倒な女」に私がなる事は、更なる寿命の短縮を意味しますので、努めて冷静に、何の懸念も無い風を装いましたが、その時点で既に、もしもまた日記を書くようにと命じられたら、この悩みは必ず吐露しようと思っていたくらいには私もずるいのです。
「ありがとうございますマスター。とってもうれしいです」
 私はマスターの好みの笑顔を浮かべ、マスターの好みの言葉を口に出しました。出したつもりです。私の努力の成果があったのか、それともマスターの気まぐれか、マスターは続けてこんな事を提案しました。
「何か他に欲しい物はあるかい? あんまり高い物は駄目だけれど、何かあるなら今度はそれを買ってきてあげよう」
 ああ、何と優しいお方でしょうか。私のような有象無象にも慈悲をかけてくれる。私は恐る恐ると確認します。
「それは性的な物でなくても良いのですか?」
「構わないよ」
 私の欲しい物は、生まれた時からたった1つでした。
 しかしそれは、望んだり要求したりすれば手に入るような物ではないという事も私は承知していました。だからこう願ったのです。
「良ければ、私に1人で外出する許可をください」


 私は生まれて初めて外に出ました。マスターもさぞや気になっている事でしょう。私が今日どこに出かけ、何を見て、何をして帰ってきたのか。だからこの日記を再び渡した訳ですから、私も書くつもりで受け取りました。
 昼間、私が1人で訪れたのは、住宅街にある何の変哲も無いとある一軒家でした。そこには中学生と小学生が2人で暮らしており、片方は変態で、片方は何も知らない幼女でした。変態は幼女に欲情し、幼女は変態に生活を依存している。ちょうどマスターと私の関係と同じと言えます。
 私には、どうしても会わなければならない人間がいました。それはおそらく私が私として生まれたきっかけでもあり、私がマスターの心を繋ぎ止める為のヒントとなる人です。変態の方ではありません。私が会いたかったのは、マスターが幼女化能力を使用し、今でもまだそれを解除していない人物。つまり、木下くりでした。
 家の前で見張る事丸1日。近隣住民に何度か声をかけられましたが、友達を待っていると答えれば怪しまれる事はありませんでしたが、時々場所を変えながら、なるべく目立たないようにと監視を続けました。出来れば、あの変態は抜きで木下くりと1対1で話をしたかったのですが、そうそう1人にはしないようで、仕方なく家に直接乗り込もうかと思っていた矢先、チャンスは訪れました。
 突如やってきた小型ヘリが家の上でホバリングし、中から縄ハシゴが放たれると、そこから1人の女性が降りてきました。女性はアタッシュケースを大事そうに抱えながら器用に着地し、家の中へと入っていきました。何事かと私は訝しみましたが、しばらくすると謎は解けました。時計は0時をとっくに回り、深夜と呼べる時間に差し掛かった頃に、家の中から2人が出てきました。女性は首輪を付けて、その他の衣服は一切まとわず、そして首輪から伸びる手綱は、あの変態が握っていました。
 どうやら2人は変態仲間だったようです。おそらくこれから露出散歩プレイを楽しむつもりなのでしょう。数多の羞恥プレイをマスターから享受されてきた私にとってみれば、変態雌犬ウォーキングなどまだまだ低レベルなプレイですが、遠目から見るに2人はかなり興奮しているようでした。人にとって幸福はそれぞれですが、これも1つの形なのかもしれません。
 とにかくチャンスでした。家主も訪問者も外出し、家の中には幼女が1人。2人きりで会話をする為には、この機を置いて他にはないと思われました。あとはいかに侵入するか、という問題がありましたが、これについては何の心配もいりませんでした。鍵が開いていたのです。おそらくあの変態も、プレイに集中しすぎていてうっかり忘れていたのでしょう。私は容易く家の中へと忍び込む事に成功しました。
「木下くりさん、起きてください」
 ベッドの上で眠るその幼女に、私は優しく話しかけました。
「むにゃむにゃ……もうおしっこ出ないよう……」
 普段どのような性的虐待を受けているかが丸分かりの寝言に、私はやや同情します。
「起きてください」
 繰り返し、私は身体を揺すったり頬を軽く叩いたりして、木下くりを起こしました。
「んにゃ……誰ぇ?」
 そう問われ、私はあらかじめ用意しておいた答えを返します。
「私はあなたの双子の妹です」


 双子の妹。噴出してしまいそうな嘘でしたが、木下くりは信じたようです。
 何せ見た目はほとんど同じです。境遇も、まあ似たような物かもしれません。最初は自分に妹がいた事に対して心底驚いた様子でしたが、私の作り話には1つも疑いを持たなかったようです。
「……という訳で、私は施設に預けられていたのです。私もつい最近、自分に双子の姉がいる事を知って、どうしても1度話をしたくなったのでここに来ました」
 嘘八百の私の境遇に、木下くりは哀れみを覚えたようです。
「あ、あたしも今まで妹がいるなんて知らなかったよぅ。ねえ、今日からは一緒に暮らそうよ。お金の問題ならきっともとくんが何とかしてくれるし、おしっこを飲まれるのだけ我慢出来れば大丈夫だから」
 感覚が麻痺してきているのではないか、とむしろこちらが哀れんでいる事にも気づかず、木下くりは私にすがりました。私は丁重に、その提案を却下します。
「残念だけど、木下くりさん。私は戻らなくてはいけないの。私を必要としている人がいるから」
 言いながら、私はマスターの顔を思い浮かべていました。
「それに、今日私がここに来た事は、誰にも秘密にして。絶対に」
「ど、どうして……?」
「どうしても。約束出来る?」
「う、うん……分かった」
「ところで、いくつか質問があるんだけれどいい?」
 木下くりはうっすらと涙目で頷きます。私は真剣な表情で尋ねます。
「好きな体位は何?」
「た、たいい?」
 それから私は、木下くりを質問責めにしました。内容は主に卑猥な事であり、言葉のほとんどの意味を彼女は理解していませんでしたが、私が説明する度に顔を赤らめていました。私自身の知識不足もありましたが、マスターとの行為を例に出しながら、咥える時はどこからだとか、1番感じてしまうのはどこだとか、そういった事をとにかく矢継ぎ早に尋ね、ほとんど答えは要領を得ませんでしたが、重要なのはそういった猥褻質問に対しての木下くりの反応でした。
 私の構築には、マスターが持っている木下くりのイメージがまずあり、足りない部分をマスター自身の性格と、元々のHVDO能力に起因するニュートラルな部分が埋めているようです。よって、マスターも知らない木下くりの反応や性格は、私にもインプットされておらず、それを獲得するには私が直接木下くりに会って、分析する必要がありました。
 単刀直入に申し上げましょう。私が欲しいのは、マスターの愛です。そしてマスターの愛が今現在向けられているのが木下くりである事を私は知っており、よって私は木下くりにより近づかなくてはなりません。
 しばらくすると、あの変態達が帰ってきたようでした。見つかると何をされるか分からないので、私は窓から脱出を試みました。
「ま、待って」
 私を木下くりが呼び止めました。
「何ですか?」
 木下くりは悲しそうに、
「秘密は守るから、だから、せめて名前を教えて」
 と言いました。私は少し悩んで、無視しようかとも思いましたが、また再び訪れる事もあるかもしれないと思い直し、適当に答える事にしました。そしてとっさに今朝会った動物の事を思い出し、こう答えたのです。
「り……りす。春木りすと言います」
「りすちゃんだね」
「ええ」
「また会おうよ! あたし、待ってるから」
 そして私は無事に、マスターの元へと戻ってきました。
 りすちゃん。と、木下くりに呼ばれた言葉が頭の中に今も反響していています。
 2人合わせると大変な事になるというのは、今気づきました。

     

 今日は本当に色んな事がありました。という書き出しは、どうか、と我ながら思いますが、しかしそれ以外に私の拙い言葉では表現のしようがなく、ペンを再び取る事に躊躇もしていますが、書けと命じられれば私は書くのです。
 私は今、挫折の中にいます。それは日々の幸福を覆うまどろみのような怠惰ではなく、私という、身体も心もちっぽけな存在を改めて認識させられるような致命的な頓挫です。何故私のような矮小な存在が、マスターという偉大なお方によって存在させていただけているのか。事の経緯についてを、順序だてて説明する事は容易ではなく、また、今の私にそのような心の余裕はないので、おそらく今回の日記は、酷く散らかった物となる事を先に謝罪しておきます。申し訳ございません。
 今日、私には2つの使命がありました。1つはマスターに満足していただく事で、これは常日頃から達成していかなければならない物ですが、今日の私は0点でした。そしてもう1つは、三枝瑞樹との露出勝負に負けた事です。
 今更言うまでもなく、私は性奴隷です。性奴隷には人間的能力など必要ありません。性的に優れていれば良いと思われます。性的に優れていない性奴隷とは、もはやただの奴隷であり、それは私が私である事を失う事。マスターに勝てと命じられ、守れなかった。ただそれだけでも万死に値するというのに、ましてやそれが、本物の性奴隷ならば絶対に負けてはいけない露出勝負ともなれば、私は自分をどのような言葉を持って責めれば良いのかも分かりません。
 何も私は、この日記を都合良く使って許しを乞うている訳ではありません。例えばマスターが私を罰する事に何か躊躇いを持っているならば、今すぐそれを捨ててくださるように願い、あるいは恨みを持たれる事を懸念するならば、私にその資格は無いという事を宣言しておきたかっただけなのです。
 露出勝負に負けた、と私は表現をぼかしましたが、より正確に言えば、私は三枝瑞樹に「イカされた」のです。マスター以外の人間に絶頂へと導かれる事など、あってはならない事だというのは分かっています。しかもその姿を公衆の面前で晒し、マスターにもしっかりと見られ、気持ち良すぎて戦闘不能状態に陥るなど、言語道断。まさしく不徳の極み。しかし快感には抗えなかったのは曲げようのない事実です。
 言い訳になりますが、三枝瑞樹という痴女は、凄まじいテクニックを持った本物の変態です。誤解を恐れずに言わせてもらえれば、マスターに比肩する、と前に置いても構わない程に、才能溢れたHVDO能力者だとお見受けしました。だから私がイカされたのも仕方が無かった、などとは決して言いませんが、しかし私にとっての事実として、三枝瑞樹によって与えられた絶頂は、嘘でも冗談でもなかったという事だけは、私がこうして正気を保っていられる間にお伝えしておきます。
 いつかのSMプレイの後、マスターは私にこう仰られました。
「りすちゃん、誤解しては駄目だ。君がチンポを『舐めている』んじゃない。チンポが君に『舐められている』訳でもない。君はチンポを『舐めさせられている』んだ。アナルも脇も性器も同じで、性行為において君は常に被害者でなければならない。分かるかい?」
 それでも私は、マスターの役に立ちたいと思い続けているのです。だから今日の三枝瑞樹に対する敗北は、例えマスターが私を許しても、私自身が許せない1つの大きな挫折となったのです。


 私は今日、2度、殺されました。
 1つ目は先にも述べた通り、三枝瑞樹によって与えられたオルガズムという名の屈辱死。
 そしてもう1つは、マスターによって与えられた物理的な死、いわゆる絞殺。
 前回の日記で、私は木下くりを研究したと自信たっぷりに書きました。今ではそれが猛烈に恥ずかしく、取り消したい気持ちで一杯ですが、そうする許可は出されていません。私は天狗になっていたのです。木下くりと直に接触し、木下くりを知った気になって、これでマスターにご満足頂けると、すっかりその気になっていたのです。なんたる自惚れ、先にたたぬ後悔です。
 私のような存在が、例え頭がからっぽに近い人間といえども、その人を理解する事など、そう易々と出来て良い事ではなかったのです。マスターはそれを見抜いておられました。だからマスターが私を殺した事は妥当です。実に正常な判断です。
 木下くりになりきった私を、行為中に、マスターは絞め殺しました。あの時、確かに私は死んだのです。薄れていく意識と、遠のいていく世界は今でも鮮明に思い返せますし、確かに心臓は1度鼓動を止めたのです。
 私がこうして生きているのは、マスターが再度私を召喚したからだと思われます。どうやら私が最初の日記で述べた「死なないと思う」という狂気じみた予言は図らずもマスターご自信の手によって的中させられたようです。行為中、どのような状態に陥っても、例えばアナルが握りこぶし大に拡張されても、再召喚されれば私の肉体は元に戻る。例えそれが死という状態であっても。そのルールが確認されました。
 とはいえ私には、私の無事を祝うよりも先に、マスターを満足させる事が出来なかったという事の方が重要でした。その事実は私の両肩に重くのしかかり、今もどうしたら良いか分からぬまま、こうして筆を取っています。
 木下くりをより深く研究すべきなのかもしれません。しかしそれも、今日の露出勝負の後で、木下くり自身の幼女化が解けてしまった為、今では難しい事です。では木下くりに近づく事を諦め、私自身を鍛える、いわば幼女磨きをすべきか。これも私の姿が木下くりである以上、意味の無い事である可能性が高いと思われます。
 どうしたら良いのか、私には見当もつかないのです。マスター、どうか私に生きる標を与えてください。と、これが日記である事を承知の上でも、教えを請いたい気分なのです。
 春木りす。
 私が咄嗟に口にした名前のような物を、マスターは気に入ってくれたようでした。そして2人きりの時にだけ、その名前で私を呼ぼうと宣言した時、月並な表現ですが、私は顔から火が出る程に恥ずしかったのです。表情には出さないようにと努めましたが、あの様子ではおそらくマスターはとうに見抜いていたでしょう。
「りすちゃん」
「は……はい、マスター」
 にこにこと楽しそうに微笑むマスターと、今日の朝、この日記についての意見交換がありました。私はやりとりの一語一句を覚えているので、マスターにとっても振り返って何かの参考になるかもしれないので、一応ここに記しておきたいと思います。


「りすちゃんの日記、読ませてもらったよ」
「……はい」
「普段無口な君が、こんなに色々と考え事をしているなんてね。なかなか興味深かった」
「喜んでいただけたなら幸いです」
「ただ、これでますます君が分からなくなった」
 私は沈黙し、マスターの次の言葉を待ちます。
「君自身はそう思っていないのかもしれないが、君は間違いなく人間だよ。肉体的に、精神的に、という意味だけではなく、何というか、『魂』がある」
「『魂』ですか?」
「僕はあまりオカルトは信じない方なんだけどね、生き物にはそれがあるような気がしてならない。知性や欲望とは別の何か。もっと根幹にある物。例えば僕が幼女を想う事。『魂』としか形容のしようがない何かだ」
 そう言って、マスターは私から目を逸らしました。
「君にもそれがあるような気がしてならない。そしてそれは、君を人に足らしめる物だ」
「私が人だとお困りですか?」
 真剣に尋ねる私に、マスターはすかしたように言う。
「そんな事はない。けれど……」
 言い淀み、慎重に言葉を選ぶように、ゆっくりと告げるマスター。
「僕はこれでも全ての幼女の幸福を願っている。性対象ではあるが……僕とのセックスによって不幸になるならそれは望ましい事じゃない」
「私は幸せです」
「そう言ってくれるなら、僕も幸せだ」
 私は思わず破顔しそうになりましたが、マスターの顔色はあまり芳しくはありませんでした。
「君は、召喚されていない間の記憶はあるかい?」
「いえ、ありません」
「そうか」
 マスターは何か考えているようでしたが、しばらくして、質問をこう変えました。
「召喚されていない時に、夢を見た事は?」
 夢、という概念が、私にはいまいちよく分かりません。
「無いと思います。おそらく」
「おそらく?」
 誤解のないように、私も言葉を選び、マスターの質問にきちんと答えられるようにと努力します。
「召喚されていない間は、私は意識を持っていません。しかし、再び召喚された時、私は自分が新しくなっている事を感じています。昨日までの記憶は持っているのに、意識が途切れているのです」
「それについては、僕達で言う睡眠に近いね」
「そうかもしれません」
「君が眠りにつく時、もしも僕が再び君を召喚しなかったら、と恐怖に思う事はあるかい?」
 私はその質問に、答えられませんでした。無いと答えればマスターは安心していただけるのでしょうか。
「……やめよう。この質問は少し失礼だったね。君の『僕に奉仕する』という使命に対して」
 マスターは立ち上がり、私にゆっくりと近づくと、頭をなでなでしてくれました。そうされるのが私は1番うれしい事を知っていて、してくれるのです。
 朝勃ちでギンギンのちんぽを、マスターは丸出しにしながらではありましたが、実に有意義な時間だったように思います。


「僕が世界改変態をしない理由、本当に聞きたいかい?」
 そして1日の終わりに、マスターは私にこう尋ねました。今日1日、これっぽっちも役に立てなかった事が悲しくて、今すぐにでもうずくまって泣きたかった私でしたが、なんとか平静を装ったつもりでした。しかし、マスターはやはり私のただでさえぺたんこな胸を見透かしていました。
「前の日記に、出来れば尋ねたいと書いてあったけれど、今もそうかい?」
 強く確かめるマスターの言葉に、私は黙ったまま頷きます。
「分かった」
 と言って、少しぼんやりとした後、マスターはいつにも増して落ち着いたトーンで、まるで寝しなの子供に語りかけるように話を始めました。今度はきちんと下半身も服を着ていました。
「いくつか、理由がある。まず1つは、五十妻君にも言った通り、世界改変態はコントロールが出来ないから、改変後の世界が単純に恐ろしいという事。何が起こるか自分でも分からないからね」
 マスターに怖い物があるなんて、と思いましたが、言ってみればこれはマスターがご自身を恐れている訳で、それはどのような頂に立った人間でもそうなのかもしれません。
「もう1つは、HVDOにはまだ僕の知らない秘密があるという事。そしてそれは世界改変態に関わる事である可能性が高い。もっと具体的に言えば、HVDOのボスである人物は、意図的に何かを隠してる」
「HVDOのボスをご存知なのですか?」
「ああ、五十妻君の父親だよ」
 あまりにも、あまりにもあっさりと衝撃的な事実を口にされたので、私は一瞬それが冗談のようにも感じましたが、マスターの表情に変化はありません。
「まあ、彼はこれを知らない方が面白いから黙っているけどね。君も、これは秘密だよ」
「もちろんです」と私は答えましたが『面白い』の意味は計りかねました。
「つまり僕にとって好ましい順序は、HVDOのボスを倒し、それからゆっくり世界改変態、という事になる」
 納得する私。やはりマスターのする事に間違いは無いのです。
「それと最後に……君を失いたくないからというのもある」
 またしても、またしてもあっさりと言葉にされたのに、一瞬だけでも、今度も本気だと捉えた私は大馬鹿者でした。
 マスターは笑って、「冗談だよ」と私を撫でました。
 私がマスターにとって大切な存在である事など、あってはならない事です。マスターはいずれ世界中の幼女をその手に収める存在なのですから、私ごときをいちいち気にかけていては駄目です。
 私が少しでもマスターのお役に立ちたいと思うのは、私を気にかけて欲しいからではありません。前回の日記では、愛が欲しいなどとトチ狂った事を書きましたが、今回で訂正致します。私の全てはマスターの為にあり、尽くす事だけが私の幸福なのです。
 無理などしていません。私は心の底から、もしもあるならば魂の内から、そう願うのです。
 だからこそ、今日私が体験した2つの挫折は非常に堪えました。特に三枝瑞樹に関しては、正直に言えば復讐心すら抱いています。
 これはあくまで私個人からの提案ですが、三枝瑞樹をどうにか幼女にする事は出来ないでしょうか? 体格的に同じ条件ならば、愛撫勝負で私にも負けない自信があるのです。

     

「それでも君が僕に対して奉仕する事を望むなら、1つ分かりやすいちょっとした努力目標という奴をあげようじゃないか」
 何も出来ずに落ち込んだという私の日記を読み終わった後、マスターはそう宣言して、それ以上の事は言いませんでした。マスターの為に何かを出来る。そう思うと内なる高鳴りを感じましたが、マスターの思いつきは時々私に悲しい、あるいは恥ずかしい結果をもたらす事も分かっていたので、手放しでは喜べませんでしたが、しかし打ちひしがれた私にはそれすらも今は1つの希望でした。
 その日の夜、連れて行かれたのはどこかの地下にある闘技場でした。某地下鉄の駅のトイレにある用具入れから、隠された階段を下り、しばらく薄暗いトンネルを歩いて辿りついた、文字通りアンダーグラウンドな場所でした。その割に客入りは上々なようで、多様な人が客席を埋めてざわつき、中央にあるリングに、闘士が登場するのを今か今かと待っているました。
「見れば分かると思うが、ここでは格闘技の試合を行っている。賭博もありで、地上でやれるような内容ではない物をね」
 マスターがどこからこんな場所の情報を仕入れたのかは果たして謎ですが、蛇の道は蛇ということわざもあります。
 私がそこで初めて見た試合は、屈強な男性が更に屈強な男性と殴り合い、最後には尻穴を犯すまでに至るという酷い試合で、ここはそういう嗜好の持ち主、いわゆるホモ野郎がたむろうハッテン場なのかなと懸念しましたが、どうやら違うようでした。
 この地下闘技場では、主に男女の総合格闘技戦、いわゆるミックスファイトを取り扱い、勝者は敗者をレイプしても良いというローマ人もドン引きのルールが当たり前のように受け入れられています。そしてこれに参加する者もそれは了承済みという、普段から変態性癖を内に抱えた人間にとっては天国のような場所でした。時々例外として、男男、女女、あるいはチーム戦も行われるようです。
「りすちゃんにはこれに出てもらおうかと思っている」
「え?」
 マスターの命令にはいつでも何でもノータイムで答えてきた私でしたが、こればかりは聞き返さずにはいられませんでした。肉体年齢10歳の私が、このエロッセオに参加させられる。おのずと導き出される結論は、
「でも僕以外の男にレイプされたら怒るからね」
 マスターは目を細めてリングの方を向いたままそう言いました。マスターの口から「怒る」という表現が出たのはこれが初めてで、冗談のような口ぶりでしたが、きっとその深層には本気がありました。マスターに見離されては生きていけない存在である事を自覚しつつも私は、遥か目上の人に対して礼を欠く感情だと分かっていても私は、そのマスターの台詞に「萌え」を抱かずにはいられませんでした。
「戦って、勝ち続けろと」
「不可能ではないと思うよ」
 マスターの口にした言葉は、私への根拠の無い信頼ではなく、超非現実的な楽観主義でもなく、自らのHVDO能力と、これまでの経験と実験から来る確かで冷静な分析でした。


 私、春木りすという名前を頂いた存在は、マスターである春木虎の想定する「理想とする幼女」を具現化した生命であり、人間としての詳細は、マスターですら無意識の内にあります。つまり、コントロールが不可能なのです。極端な例を挙げれば、マスターが心の底から幼女は「だるま」であるべきだと思えば、次に再生された私の両手両足は無くなりますし、幼女にはおちんちんがついているべきだと思えば、ふたなりにもなれるはずなのです。
 然らば、マスターが「幼女は強くあるべきだ」と思えば、私も強くなれるはず。
 現状、私は5kgのダンベルを持ち上げるのにも難儀する程の非力さで、到底格闘など、ましてや鉄パイプを平気でひん曲げる男達とヴァーリトゥードを演じてのける事など、自殺以外の何物でもありませんが、しかしこの私の特性には可能性があるのです。マスターさえ私が最強である事を信じてくだされば、私はシウバにだってヒョードルにだって泣き虫サクラにだって勝てるはずです。
「もちろん、僕も君が僕以外の男にレイプされる所は見たくないから努力はするよ。でも1番必要なのは君の努力だ。僕に君の強さと、その強さの魅力を伝える為の努力だ」
 ちょっとした努力目標どころの話ではなく、私は本気をかけて取り組まなければなりませんでした。貞操を守る為に、マスターの期待に答える為に。
 初めて地下闘技場を訪れたその日、あの奇妙な主催者2人組(敵同士なのか恋人同士なのか甚だ疑問ではあります)に面会を済ませ、闘士としての登録を済ませると、最初の試合は1週間後にと言い渡されました。私の年齢や体格の事などまるで意に介さないようで、幼女が戦う事もこの世界の常識の範疇である事を認識すると、ますます負ける訳にはいかなくなりました。どこまで強くなれるのか、やれるだけの事はやらなければなりません。
 翌日よりトレーニングを開始。珍しく私は朝一番のお掃除フェラという日課を放棄し、代わりにまずは何事も身体作りからと、腕立て50回、腹筋50回、背筋50回を目標に動き始めましたが、最初の腕立て3回の時点で体力の限界を迎え、思わず私は泣きそうになりました。
 うつぶせのまま腕だけ立て、オオサンショウウオのようにぺったりと床に張り付いたように横たわる私を見て、マスターは一言。
「やっぱり女の子は弱い方がかわいいと僕は思う」
 ならばなぜ闘技場に出場させるのか、などと一瞬でも思ってしまった私は実に浅はかです。
 気合、根性、熱血。普段から私の中にはまずない、それらの欠片のような物を全身からかき集め、4回目の腕立て伏せに成功した私は、汗だくになりながら腹筋に移行しました。腕を休めてる間を利用して、少しでもこのぷにぷにを何とかしなければなりません。
 1日目は万事がこの調子で、とにかく思いつく限りのトレーニングを、私にとっての極限状態までこなしました。身体が動かない時は、格闘技の本を口でページを捲って読みました。マスターは珍しく私に性行為の要求をせず、あまつさえポカリの差し入れまでしてくださり、それ以外はただぼんやりと、疲れた私がひっくり返る様を眺めていました。果たして1週間で、私はどこまで強く、というよりまともに人と戦えるようになれるのだろうかと不安になりましたが、2日目に訪れた変化はあまりに急激で、我ながら私という存在の奇妙さを実感せずにはいられませんでした。


 5時間。
 朝の8時に起床して、昼過ぎにマスターお手製のボンゴレビアンコが出来上がる13時まで、私はずっと2秒に1回のペースで腕立て伏せをしていました。単純計算で5×60×60÷2で9000回。マスターに止められるまで気づかなかったので、おそらく1万回の大台も可能です。つい昨日までは腕立て伏せ4回で感じていた疲労と筋肉の痛みが、その日は全くこれっぽっちもなく、私は工業機械か何かのようにただ黙々と、一定の間隔を守り腕立て伏せを行いました。見た目には変わらず細い二の腕ですが、それまで感じた事のない質量を感じました。腹筋、背筋、スクワット、懸垂、いずれにしても同じ事で、やはり元々人間ではないのか、人間離れというのも不思議な表現ですが、とにかく問題は何の苦労もなく解決しました。
「何の苦労もなく? それは違う。」と、マスター。「僕が君の頑張っている姿を見たからこそだよ。もしも君の努力が見せかけの物だったり、中途半端な物だったら、こうはなっていないはずだ。君は君の意思で君の限界を超えようとした。ただちょっと、結果の反映が早いだけだろうね」
 理屈では分かっていても、実際に体験するとやはりこれは、私の持っている常識では計れない超常現象の一種でした。
 ならば、と私は考えました。いくら腕立て伏せが出来た所で、バウトには勝てません。私がすべき事はトレーニングではなく、実戦です。
 私はマスターに尋ねました。
「どこか戦える場所はありませんか?」
 マスターはやや呆れた表情で、「君は転職したての賢者か」と呟いて、「とりあえず外に出てみよう」と、服を着ました。
「確かこの辺に……あ、いたいた」
 街外れにあるコンビニ、駐車場が大きく、夜は不良のたまり場となっている所に、私とマスターはやってきました。
「では、いってきます」
「いってらっしゃい」
 おそらくは一生、微分積分とは縁の無い人生を歩むであろう茶髪金髪の若者達、5人。激辛ペヤングのゴミをその辺に放り捨てて、未成年喫煙を誇らしげにする集団に、私は単身歩み寄っていきました。こんな時間に子供が歩いているのが珍しいのか、彼らはジロジロとこちらを見てきましたが、私がこう話しかけるまでは何も言いませんでした。
「チンパンジーは檻に戻るべきです」
 私にとっては最上級の挑発のつもりでしたが、彼らには意味が伝わってないらしく、「あ?」とか「ぺ?」とか意味のない言葉を漏らして混乱するその群れに、私は優しく丁寧に、少し棒読み気味ではありましたが言い直しました。
「いいからかかってこいやこのド腐れ包茎野郎。私が全員ボッコボコにしてやるからよ」
 群れの中で、1番体格の小さな、しかしプライドは人一倍に大きそうなトサカの雄が立ち上がり、ニヤニヤと半笑いで、頭にやや血管を浮かべながら私に近づいてきました。
「あ? お前、お? 何言ってんだ? あ?」
 小さな脳なりにもう少し気の利いた台詞を思いつけなかった物かとやおら悲しくなりながら私は、肩に触れた垢の詰まった爪と手を掴み、くるりと身体を半分捻って、そのパンくんを放り投げました。一本背負い。「フィギュア柔道シングルなら満点をあげてもいいくらい見事だった」と、マスターは後ほど仰ってくれましたが、ただ単に前日、身体が動かない時に専門書を読んでひたすらイメージトレーニングをしていた成果が出たのだと思われます。身体の動かし方を覚え、ついてくる肉体を得た。その結果、それだけです。


 仲間の1人をアスファルトに叩きつけられて、驚いて立ち上がった残りの4人は訳も分からないという様子でしたが、最初よりはいくらか警戒したようで、私の四方を取り囲みました。しかし目の前で仲間が1人やられていても、流石に幼女相手に攻撃を仕掛けるのは躊躇われるらしく、口々に「ヤバい」「ウザい」「エモい」を連呼しながら、一向に攻撃には移ってきませんでした。
 ならばこちらから、と正面の1人にまっすぐステップで詰め寄り、その1人がガードを固めると、右足を軸にしてその隣にいた1人に回し蹴りをかましました。
 私にとっては精一杯のハイでしたが、高さが足らず男の脇腹に命中しました。しかし威力は十分だったようで、男は当たった部分を押さえたまま倒れました。
 そこで背後にいた男が私の腹部をホールドしてきました。が、その人さし指を掴んでへし折ると、あっけなく離して悲鳴をあげました。私は振り返り、最早事務的にその隙だらけの顔に正拳を叩き込み、3人目を倒しました。
 残り2人のはずでしたが、気づくとその内の1人は逃げ出していました。逃げなかった方の1人は、5人の内でも1番体格の良い男で、私をじっと見つめると、ファイティングポーズを取りました。少しは出来る人のようです。
「おめえ、一体何者だ」
 逃げなかった敬意を評して、私は答えます。
「通りすがりの幼女です」
「けっ、舐めやがって。見た目がそうだからって手は抜かねえからな」
 ありきたりな言葉を並べた男でしたが、構えはどうやら本物のようでした。街の不良にありがちな、ちょっとボクシングを齧っているというタイプでしょう。前の3人に比べて手こずりそうだとは思いましたが、かといってここで逃げる訳にもいきません。
 ヒュッと口で呼吸をして、男から攻めてきました。私はそれをバックステップでこなそうとしましたが、ここでリーチの差が出ました。何せ背は約1.8倍の高さで、歩幅もそれくらいの違いがあります。ガードは上げていたので、男の拳は私の腕に命中しました。きっちり体重の乗ったそれは重く、ビリビリとした痛みとヒリヒリとした痺れが同時にやってきました。
 初撃を受け、ここは金的しかない。と、私は判断しました。逃げた方の1人が仲間を呼んで来る可能性があるので長期戦は私に不利ですし、かといってこちらから攻めても、リーチの差で投げも打撃もまともには決まらないでしょう。幸い、相手にはかなり攻めっ気があるので、次の一撃をどうにかかわして、一気に詰め寄っての金玉への一撃。これしかないと判断しました。どの道地下闘技場ではアリの技です。ここで試しておく事はマイナスにはならないでしょう。
 そして男の2撃目。私は左ジャブを両腕で受け、身体を左に振って屈みました。背の低さを生かし、懐に。曲がった左足をクッションにして右で前蹴りを繰り出しました。金的さえ入れば男は一撃で沈む。しかし私の決死の一撃は、男のあげた膝で間一髪防がれてしまいました。
 金的は最初から警戒されていた。そう気づいた時にはもう遅く、男の追撃はもうすぐそこまでやってきていました。最短距離を通る右ストレート。一瞬意識が混濁し、視界が戻ると、頭部にダメージがあった事を伝える鈍痛が、私の芯に伝わりました。
 負けた。
 私は身体を丸めて本能的に両腕でガードを固めましたが、トドメの一撃はやってきませんでした。恐る恐る目を開けると、拳を振りかぶった男が白目を向いており、そしてゆっくりと膝から崩れ落ちました。
「危なかったね」
 男の背後にはマスターが立っていました。手には小型のスタンガン。私は状況を理解します。
「さあ、逃げようか。立てるかい?」
 狼狽する私の返事を聞かず、マスターは私を抱え上げ、背負い直し、走り出しました。
 もっと、もっともっと強くならなければ。

     

 ロッカーが2つと、パイプ椅子が4つ、折りたたみ式のテーブルが1つに、スタンドミラーが1つという殺風景な選手控え室は、シンプルながら自宅を彷彿とさせ、少しばかり気分を落ち着かせる要因となってくれましたが、とはいえ緊張していないと言えば嘘になりました。
 何せ私は、万が一にも負けられないのです。格闘に伴う痛みは既に覚悟していますが、マスターの命令により絶対にレイプされる訳にはいきません。いえ、そもそもマスターの命令がなかったとしても、マスター以外の人間に犯される事など、私にとってはあってはならない事態です。
「言っておくけど、僕はどんな事になろうともタオルを投げ入れる気はないよ」
 その声は至って日常の範疇にあり、私のナーバスを微塵も気にしてなどいないようでした。
 当たり前の事ながら、この地下闘技場にはセコンドがタオルを投げ入れて選手をギブアップさせるなどという生ぬるい行為は認められていませんので、マスターの指す「タオル」という言葉はHVDO能力の解除による私の回収を意味します。
 つまり、私がもしも敗北し、ザンギエフのような輩にその捻じ曲がった大きな一物を性器に放り込まれる瞬間にあったとしても、マスターは私の召喚を解かず、レイプされる私を眺めるという宣言であるのです。
 NTRというジャンルが存在します。これは「ネトラレ」と読み、NTRなら「ネトリ」とも読めるのではないかという細かい所もちょっと気になりますが、寝取られは古より伝わるれっきとした性的嗜好の1つです。愛する者が目の前で他人に奪われる所を(これはあくまでも寝取られに関しての一般論であり、愛する者という言葉に他意はありません)楽しむという歪んでいるとしか言いようのない趣味ですが、もしかするとマスターはこれに興味が湧いてしまったのかもしれません。
 マスターの性格を思うに、むしろ寝取る側の方が似合う事は言うまでもありませんが、だからこそ未知なる者に惹かれ、月を目指したかつての人類のように、未踏の世界を望んだのかもしれません。
 しかし命令は命令です。
 そんなマスターの内なる望みを察したつもりになり、わざと負けるなど言語道断。私は勝たねばなりません。いかなる卑怯な手を用いようとも、この肉体が砕け散ろうとも。勝って勝って勝ち続け、限定的貞操を守り続けなければならないのです。
「さて、そろそろ時間だ。行こうか」
 マスターが私に声をかけ、私は立ち上がりました。白地にピンクのストライプの入ったレオタードに、蝶々を模した仮面と、フリフリのシュシュは酷く滑稽で侮辱的でしたが、幼女として参加する以上、格闘それ自体より見た目で観客達を楽しませる必要があるという主催者の依頼で、仕方なく私はこの時代遅れのスーパーヒーローのような衣装を纏いました。マスターも気に入ってしまった事は残念でならず、しかし喜んでいただけるならばと私は反論を飲み込んだのです。
 暗い廊下を私がマスターより前に立って、光と雑声のする方向へと歩きました。2人きりでいる1秒1秒が愛おしく感ぜられ、これから始まる地獄の日々も、さして気にならない程に心強くマスターの存在を、距離を保ちつつ確かめました。
 幼女、死地へ。
 ふと自分の置かれた環境が可笑しく思えたのでした。


 結果から言えば、私のデビュー戦はおそろしく呆気ない程の「一撃」にて決着がつきました。考えてみれば、元々主催者側は私の事をただのその辺にいる幼女だと思っているのですから、当たり前の事かもしれません。私はデビューまでの1週間、街にいるならず者を探して戦い、時には警察に追われながらも、道場破りなどという古風な真似をしてまで実戦経験を積んだのです。
 そんな私の最初の対戦相手は、おそらくは同じ年くらいの、男の子でした。リングネームはヒロキ君、本名かどうかは知りませんが、ふくよかな身体に苦労を知らない幼い顔つきは試合でなくともぶん殴りたい衝動を起こさせました。おそらくは体重差からか、オッズはヒロキ君の方が優勢なようでした。
 開始のゴングと同時に私の跳び蹴りが決まり、私の2倍以上はあると思われる体重が後方へと吹っ飛びました。ロープの上を跳ね、観客席へと叩きつけられたヒロキ君は白目を剥いて気絶してしまったようで、一時騒然となった場も、5秒後には圧倒的な歓声に包まれ、自惚れさせていただければ、それは新たな強者の誕生を祝っているようでもありました。
 その後、私は気を失ったままのヒロキ君のアナルを適当に犯し、「何か一言」とマイクを渡されたので、「どうでもいいですがロリ・マスクリスというリングネームを変えてもらえませんか」とだけ提案しておきましたが、ついぞその願いが叶えられる事はありませんでした。それと後から聞いた話によれば、ヒロキ君はあばらを何本か折ったものの、命に別状はなかったそうです。
 華々しくデビューした私には、すぐ1週間後に試合が組まれました。今度はヒロキ君より遥か格上の、きちんと格闘技経験のある猛者をあてがわれましたが、これまたわざわざここで語るまでもない圧勝でした。
 はっきり言って、レベルが違うのです。
 まず圧倒的に違うのはスピードで、例えば相手が打撃を繰り出そうとして筋肉に力を込めた瞬間、私の拳は相手の鼻っ柱に命中し、そしてロクに体重も乗ってないように見せかけたストレートは、鉄塊のように重く、幻想じみた鋭さを持って骨を砕きます。このような言葉をあまり安易には使いたくありませんが、はっきりいって「チート」でした。
 どうにか私の一撃を耐え、寝かせてから関節を取りにきた柔道家もいましたが、結果は同じ事でした。私の頭には古今東西あらゆる関節技が叩き込まれており、その全てを瞬時に繋げ、極める事が可能です。そこに前述のスピードが加わりますから、私からすればむしろ組まれた瞬間にこそ勝負が決まったような物です。体重差を利用して巴投げをされそうになった時は、叩きつけられる瞬間に反動を利用して膝蹴りを入れました。徹底したアウトボクシングで対応された時は低空タックルからのマウントポジションで肉を削り切りました。
 試合において私はほとんどダメージをもらわないのと、闘士の中に八百長を疑っている者があまりにも多くいる事から対戦希望者が増え、私のマッチングはほぼ3日に1回というハイペースになりました。そして敵はどんどん強大に、しかしオッズはどんどん低くなっていきました。
 既に私はこの地下闘技場にて、無敵のヒロインでした。
 仮面で顔を隠し、細い腕で難度の高い技を繰り出し、自分の何倍も大きな相手を圧倒し、修羅場を駆け抜ける小さな女子ファイター。試合後のプレイは恐ろしい程に淡白で、その興味の無さ加減がかえって対戦相手のプライドを粉々に砕くと評判で、私の試合はいつも満席でした。
 そしてマスターは試合後、鮮やかに勝利を決めた私を出来るだけ無残な方法で陵辱するのです。
 私は満足でした。マスターの望む私になって、マスターの望む物を提供出来る。私の努力は実ったのです。私の拙い命を人生と呼ぶ事がもしも許されるのならば、私はこの時、私の人生における絶頂にいたはずなのです。
 ですが、この絶頂はそう長くは続きませんでした。


 私がHVDO能力の副産物である事が、主催者側にバレました。いえ、もしかすると最初から主催者側は気づいていたのかもしれません。気づいた上で、戦いを盛り上げる為に私を「普通の闘士」と戦わせていたのだと思われます。
 その日、観客席は一部を除いて全て空席でした。何せ普段興行が行われている深夜ではなく、平日の真昼間ですから、人がいないのは当然の事です。その代わり、普段よりもカメラの台数が多く、どの角度からでも戦いを撮り逃さないようにと注意しているようでした。
 マスターと私を呼び出した2人は、こちらを向かず、向かい合って座りながら私達に宣告します。
「HVDO能力者及び能力の影響する人間が出場する事は禁止していない」
「ならば当然、HVDO能力者同士の対戦という物も存在する」
「しかしHVDOの存在が表沙汰になる事は好ましくない」
「例えアンダーグラウンドの限られた世界であっても」
「よって、今回の対戦は事前録画という形を取り」
「観客の皆様には編集した映像をお届けする」
「地上最強の幼女がいかにして負けるか」
「賭けなどしなくとも興味深い」
 この唐突にして無茶な要求に対し、マスターは確認しました。
「つまり、これから出てくるそのHVDO能力者が、この闘技場で最強の闘士という事かな? それに勝てば、もう彼女に敵はいない、と」
 主催者2人は答えます。
「そう思ってくれて」
「構わない」
 マスターは私の肩を叩き、耳元でこう囁きました。
「どうやらこれが君にとって最後の戦いだ」
 私は頷きつつも、少しの不安を拭い去る為に尋ねます。
「これまでの私に、ご満足いただけましたか?」
「ああ、君は素晴らしかった。さあ、最後に勝って終わりとしよう」
 これには私も深く頷きました。
 いつもの衣装でリングに上がると、普段の大歓声とは別の、もっと質の高いプレッシャーが私にのしかかりました。敵はHVDO能力者。しかも最強の闘士。そしてこの試合は、マスターに捧げる為にのみあるのです。
 やがて敵が入場してきました。
 その姿は異形の者としか言いようがありませんでした。


 まず、遠目から見た段階で、人間ではないと気づきました。胴体と思わしき物は地面にべったりと張り付いて蠢き、足は見当たりません。また、これが頭部であると確信を持てる物もおよそ発見出来ず、その代わりと言っては難ですが、腕っぽい物は数十本と余計に多くありました。しかしながら、そのどれも関節があるとは思えない動きをし、天を仰いだり、地を摩ったり、はたまた虚空を彷徨ったりと、実に自分勝手な動きで、絶えず何かを求めているようでもありました。
 色は全体的に紫色。所々に緑色の丸いブツブツが散りばめられ、血管のような物も満遍なく這っており、どこで呼吸をしているのかは全くの不明でしたが脈動を繰り返していました。巨大化した、気味の悪いイソギンチャクが陸地に上がってきた様を想像していただけると分かりやすいでしょう。いわゆる名状しがたいもの。普通の幼女ならこのクリーチャーがリングに上がってきた時点で悲鳴をあげて逃げ去っている所です。
「彼は『触手』の性癖を持つHVDO能力者」
「好き過ぎるあまり、自分自身を『触手』にしてしまった悲しき人」
 悲しいではなく恐ろしいの間違いではないでしょうか。
「これは驚いた。まだ自我はあるのかな?」
 マスターは初めて見る物に興味津々といった様子で、これから私がこの5マナくらいの生物と戦う事などまるで忘れているようでした。
「……あの、1ついいですか?」私は主催者側及びマスターに向かって尋ねます。「この場合、どうしたら私の勝ちなのですか?」
 主催者は答えます。
「犯される事なく」
「全ての触手を掻いくぐり」
「数十本の触手の中に1本だけある」
「本体由来の生殖器を見つけ出して破壊する」
 急所だらけの人間相手と比べれば、随分と難しいKOの条件ですが、それでも私は勝たなければなりません。
 幼女vs触手。
 この日記を終わらせるのに相応しい戦いであるように思います。

     

 まずは何よりも作戦が必要だと私は判断しました。闇雲に向かっていっても、すぐに絡め取られるのは目に見えています。何せこちらは両手両足、あとは頭突きか噛み付き程度の攻撃しか出来ないのに対し、敵の化け物は1、2、3……数えてみると、合計15本。15本もの触手を自由自在に操れるのですから、1本1本の力がどの程度かは計りかねますが、まず手数で言えば2倍以上の差がある訳です。
 では、15本の触手を支えている本体はどうか。ここ数日の試合で人間の急所はわざわざ見なくても勘で当てられる程度には戦い慣れてきた私ですが、このゴムまりのような質感の、訳の分からない肉塊の一体どこに攻撃を喰らわせればダメージがあるのかなどは想像もつきません。人間と同程度の臓器が中に入っているのなら、発勁を用いて内部破壊を試みる価値もありそうですが、内臓があるという保障すらありません。
 相手は変態した変態なのです。人間を超越し、自らを怪物にした男が相手となれば、まず常識は通じないと言っていいでしょう。
 やはりここは主催者側が言っていたように、15本の触手の中に隠れた本物の生殖器とやらを探すのが最善かもしれません。もちろん、主催者の言葉に嘘が無ければ、という前提でもありますが、私の知っている限りの触手知識を総動員するに、信憑性はそこそこあると見ました。
 女騎士が敵に捕らわれ、触手の相手をさせられるというシチュエーションはエロゲー、漫画、果てはAVまで鉄板の流れとなっています。女騎士が忍者や盗賊や戦隊ヒロインに代わったり、触手とのプレイ前にオークと一旦絡ませたりなど色々アレンジはありますが、大抵の場合、触手と1度絡んだ少女は子宮に卵を植えつけられ、そこで終わるパターンもあればボテ腹になって子供を産まされるパターンもあります。ちなみに触手と幸せに暮らすパターンはこれまで1度も見た事がありません。
 いずれにせよ、異種間というか哺乳類と無脊椎動物の間で生殖が行えるというのは実に理解不能な概念ですが、その辺りはご都合主義という名の魔法でもってカバーし、とにかくエロに集中させるのが定石という物です。
 また別の角度から見れば、繁殖を目的としない性行為を触手が行うというのはやや合理性に欠けると私は思います。そんな女性を悦ばせる為だけに生きている生物は不自然ですし(加藤鷹氏を非難している訳ではありません)、犯した後に捕食をするというのも効率的とは言い難いはずです。それに、目の前にいる触手は元人間。それも稀代の変態な訳ですから、自ら生殖能力を断つというのも考えにくいように思います。
 色々と話が寄り道しましたが、要するにこの触手の中に本体由来の生殖器があると言うのはまず間違いなく、攻略の鍵はそれを見つけられるかどうかにかかっていると断言します。
 私は慎重に距離を取りながら、一本一本の触手を観察しましたが、遠目では判断がつきかねました。長い物、短い物、その柄には微妙に違いはありますが、それぞれ先端は亀頭風ないやらしい形に膨らんでおり、尿道口と思わしき穴もあいているのでますます見分けがつきません。
 結局の所、物理的手段をもって選別を行うしか方法はないようです。
 しかし方針は固まりました。数多ある触手の中から本物の生殖器を見つけ、破壊する。その間に犯される事は許されません。もしも私が捕まって、アヘ顔ダブルピースで卵をぽんぽこ生み出せば、マスターの心はおそらくきっと私から離れていくでしょう。そんな事はあってはならないのです。


 ゴングが鳴ると同時に慎重に怪物へと近づきながら、私は声をかけました。
「始めますよ? 良いですか?」
 未知の敵に対し、少しでも情報を集めるには言語は強力な武器になると思ったのですが、どうやら意思疎通は不可能なようでした。怪物はぐねぐねと蠢きながら、なめくじのように這って私へと近づいてきます。スピードはそれ程でも無いのか、と私が思った矢先、長い触手が凄まじいスピードで私に伸びました。
 私はそれを反射的に、手刀で叩き斬ります。
 触手の先端部分が千切れ、リングの上に転がると、何度かびちびち撥ねた後、大人しくなりました。
 確かに、その攻撃のスピードはなかなかの物があり、もしも私が普通の幼女でしたらその開幕の一撃にて手の自由を奪われていた事は間違いありません。しかし私の格闘能力は今、対魔忍のそれと張り合う程に研ぎ澄まされています。
 今の一撃で分かった事は、私の腕力があれば触手それ自体を破壊するのは容易い事と、私の動体視力であれば攻撃を見切れる事。そしてもう1つ、重要な事が分かりました。
 どうやら触手は再生するようです。
 切断したはずの触手の切り口から、新しい先端部分が生えて来たのを私は確認しました。
 少しだけ予想はしていましたが、目の前にするとちょっとした絶望感を抱かずにはいられない私に、怪物は連続で攻撃をしかけてきます。
 今度は4本。。
 目標は……両手両足の拘束。
 直感すると同時に私は重心を低く構え、まずは右手を狙ってきた触手を叩き、左手で対応する触手を掴みます。その時既に左足には触手が絡みついていましたが、右足を後ろに下げて踏ん張り、左足にまとわりつく触手を空いた右手で切断しました。そして右足を担当する触手が肌に触れた瞬間、私は左手で掴んでいた触手を全力で引っ張りました。
 私の身体は本体へと引き寄せられ、反対に本体も私へと引き寄せられました。
 射程を確認。勢いを利用して、ローリングソバットを叩き込みます。
 ほんの一瞬でしたが、触手が硬直したのを確認しました。私は怪物本体を踏み台にし、両足で蹴って再び距離をとります。それと同時に握っていた触手を再び引っ張ると、確かな手ごたえと共に根元から引っこ抜けました。
 この攻撃は危険な賭けではありました。もしも本体へのダメージが全く無ければ、私はすぐさま触手に絡め取られていたでしょう。しかし成果はありました。いくら怪物といえども、攻撃を受ければ怯むし、ならばおそらく疲労もあるはず。無敵ではないのです。
 それと、複数の触手を同時に動かすと複雑な動きが出来ないというのも今の動作で理解しました。私が飛び込んだ瞬間、反応出来ていた触手はごく僅かで、他のほとんどは後ろでうねうねとしていただけなのです。
 更に好材料として、私が根元から引き抜いた触手は、再生はしているものの、先端部分を切った時よりも随分とそのスピードが遅いようです。紫色の体液を流しながら、ずるずると少しずつ突起を伸ばしています。この分なら、完全に動かせるようになるまでに30秒以上はかかると見えました。
 新しく得た情報を整理し、再び策を練ります。今のような攻撃を繰り返し、カウンター気味のヒットアンドアウェイで行くべきか。しかし1度攻撃のタイミングを読まれれば、近づいた瞬間に囚われる可能性があがります。ここは死角を見つけるべきです。死角からなら安全に攻撃を仕掛ける事が出来ますし、何本かの触手を根元から破壊できれば、生殖器を見つけるチャンスも生まれるはずです。
 これらはわずか5、6秒の考察でしたが、その間に私は致命的なミスを犯しました。
 見えているのに見えていなかった。
 気づいた時には、2本の触手が私の両足に完全に巻きついていました。


 何が起きたのか。
 瞬時には理解できませんでした。
 足元を見ると、そこに触手があったのです。
 私の動揺を、怪物は見逃しませんでした。再び複数、それも今度は6本もの触手が、今度は私の腕のみ目掛けて伸び、振り払おうとは試みたものの、足を拘束されているのはやはり大きく、結果的には両手も封じられました。
 その時、ようやく私は気づきました。
「リングの……下!?」
 数が足らなかったのです。最初15本あったはずの触手が、私が距離をとって情報を整理している間に、12本に減っていました。1本は破壊したので、都合2本。この時、怪物は後方の触手で私に悟られないようにリングを突き破り、足元まで伸ばしていたという事です。
 触手ならではの戦闘スタイル。
 私は身を捩って触手から逃げようと試みましたが、合計8本の触手で捕獲された身体の自由はきかず、1本の触手に噛みつきはしましたが、そのまま本体の方へと引き寄せられ、完全に全ての動きを封殺されました。
 絶体絶命。
 これはほんの一瞬の油断と、観察力不足が招いた失敗です。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
 私は絶叫し、全ての力を振り絞って、もう型や定石などどうでも良く、滅茶苦茶に暴れました。しかし暴れれば暴れるほど触手はそのぬめぬめの感触を私の肌に食い込ませ、より深く、逃げ場のないように緊縛を強めました。
 こうなっては脱出は不可能です。怪物は私を頭上に持ち上げ、服の中へと平気でその触手先端を侵入させてきました。
 胸、脇、太もも、二の腕、足の指の間を、複数の触手が同時に這いながら、その先端からは何らかの分泌液をじわじわと出しています。その液体は私の唯一の着衣であるレオタードを溶かしているようでしたが、痛みはありません。どうやら無機物だけを溶かす都合の良い液体であるようです。
「や……やめ……触るな……!」
 と、せめて口で抵抗を示してはみるものの、聞く耳は見当たりません。むしろ私の嫌がる様を見てより一層興奮したようで、触手の動きは活発になりました。それでも、既に四肢の自由を奪われた私に出来る事は少なく、悦ばせる罵倒ではなく、抉るような罵倒を必死に考えます。
「私みたいな幼女を触手でおかしたいなんてまさに変態野郎の考えね! そんな奴は大人しくPCの前で1人オナってるのがお似合いよ! この犯罪者! あんたなんかに絶対負け……もがっ」
 唯一の反撃も、口に捻りこまれた触手で封じられてしまいましたが、私は即座に歯を立てて、その触手を噛み千切ります。すると、もう1本の触手が私の頬をひっぱたきました。更に続けて、腹部を鈍痛が襲います。怪物は何も語りませんが、「大人しく咥えろ」とでも言いたげに触手をうねうねさせていました。
 くやしくてくやして涙が出てきました。負けている事が、ではありません。マスターに頂いた身体を、このような下劣な存在に傷つけられてしまった事がたまらなかったのです。


 反抗もむなしく、私は触手フェラを強制させられました。再び噛み千切る事は容易ですが、それでまた打撃を喰らうとダメージを蓄積する事になり、結果的に反撃の機会を失うことになります。今は耐えるしかない。私は覚悟して、口の中で暴れるそれを受け入れました。
 触手による全身の愛撫はなおも続き、しかもそれは私の性感帯を刻一刻と正確に突いてきていました。私の反応を確かめながら調整してきているのでしょう。
 そしてこの時、私は少しばかりの快感を得始めていたのです。
 これは私にとって死ぬ程恥ずかしい告白です。しかし言い訳をさせてもらえば、おそらく触手の出す分泌液には服を溶かすだけではなく一種の催淫効果も含まれていたのでしょう。どれだけ都合よく出来ているのか感心したくもなりましたが、そんな場合ではありません。
 頬張った触手が口内で勢い良く分泌液を吐き出すと、私には時間が残されていない事を理解しました。レオタードはすっかりと溶け落ちて、本来隠さなければならない部分はもう丸出しになっています。両胸の突端には触手が吸い付いて絶え間なく乳首を刺激し続け、性器の周辺も念入りにマッサージするように触手が這っていました。更には肛門にも、触手はぐりぐりとその突起を押し付けてきました。
 ですが、それでもまだ挿入はされていません。
 痛みを与えないようにと気を使っているのか、それとも焦らして快感を高めているのか、おそらく後者でしょうが、その戦略は実りつつありました。
 私は口の中に溜まった分泌液を吐き出しました。飲んで欲しかったのか、今まで突っ込んでいた触手がやや寂しげに俯いていましたが、そこまでしてやる義理はありません。それにこれは私が仕掛けた策でもありました。私はそのぬるぬるの分泌液を、心底嫌そうに吐き出すフリをして、自らの右腕にかけておいたのです。滑りやすくして、脱出の可能性を高める。今更腕が1本自由になった所でどうにもならない現実がありますが、しかし私の予測が正しければ、あと1度だけ、チャンスは私の元に舞い降りるはずです。
 いよいよ、その時がやってきました。
 性器への愛撫が止まると、何本かの触手が更に追加されました。そして今度は乱暴に、私の性器を広げ始めます。ぴったりと閉じていたすじがゆっくりとこじ開けられ、小さな穴が白日の下に晒されました。
 私の身体を束縛し、愛撫を加え、生殖の準備をする14本の触手。
 そして、最後の1本がその姿を私の前に現したのです。

     

 この時を待っていた。というと何だか私がとっても淫乱であるように思われるかもしれませんが、決してそういう意味ではありません。怪物の触手15本の中には本体の男性器、ひらたく言うとちんぽが1本紛れており、それを探し出して破壊する事によって私は勝利を得られるという理屈は先に述べた通りです。ちんぽを破壊してなぜ勝てるのか。それは実の所やってみないとわかりません。HVDO能力が一時的に解除されるのか、それともHVDO能力自体が消滅するのか。いずれにせよ、相手の急所を破壊した時点でそのダメージは勝負を決するのに十分だと思われます。
 そして最初に私の性器への侵入を試みてくるのが相手のちんぽである事はあらかじめ予測済みでした。伊達に私もマスターという生粋の変態に仕えている訳ではありません。変態が、まず最初の挿入を自らの性器で行いたがるのは容易に想像がつきましたし、特に、他の触手でがんじがらめにされて全く身動きのとれなくなった格闘幼女をレイプする瞬間などは、ちんぽ以外にありえません。
 15本目の触手を間近に見る事によって、私の推理は確証を得ました。なぜなら最後に姿を現したその触手だけは、先端から分泌液を出す事なく、更に他の触手達よりも気持ちちょっといきりたっていたからです。
 それが分かった所でどうなるのか、あとはもうただただ挿入を待つばかりの状況ではないか。既にちんぽは私のつるつる恥丘に触れ、今か今かとその瞬間を待っています。常識的な人からすれば、ここから一体何が出来るというのかと疑問に思うかもしれません。
 しかしまだ最後の手はあります。私は触手の分泌液のぬめりを利用して右手の自由を得つつありますし、幸いな事に敵がちんぽに集中しているせいか他の拘束は今ほんの少しではありますがゆるんでいます。
 とはいえ、ここで右手を一気に引き抜けば、敵は一気にちんぽを引っ込め、再度私を強く拘束するのは分かりきっています。敵もそれが分かっているからこそ弱点であるちんぽを曝け出したのです。
 ではどうすればいいのか。
 妙案が1つあります。
 しかしこの案を採用する事ははっきり言って屈辱です。また、成功するかも分かりません。最悪の場合、更に敵を喜ばせる事にもなるでしょう。
 ですが、私はこれをしなければなりません。勝つ為にプライドを捨て、利用できる物は利用し、マスターの期待に応えるのです。絶対ちんぽなんかに負ける訳にはいきません。
 意を決し、私は股間に集中しました。既に準備は出来ています。
 そして私は本来緩めてはならない道を緩めました。
 ちょろっ。
 第一陣が放出された後、すぐに本陣が続きます。一筋の液体はちょうどそのまま相手の触手ちんぽに命中し、敵は突然の奇襲を受けて私の狙い通りに硬直しました。
 この作戦を実行に移す事は、あの五十妻などというおしっこ好きの変態に習うようで気乗りしませんでした。しかし四肢が封印された状態で出来る事など高が知れています。これはその中でもおそらく最低な部類に入る行為でありますが、効果は覿面でした。
 隙をつき右手を脱出。そのまま真っ直ぐ、私のおしっこを浴び、驚いて固まった触手ちんぽを掴み、一気に握力を強めます。
「Ghyaaaaaaaaaaaaa!!」


 勝った!
 言語を解さぬ叫びをあげる怪物に、私はついに勝ったのです。触手の動きは鈍くなり、かろうじて私の身体を空中に支えていますが、それもこのまま握力を更に強め、握りつぶしてしまえばおそらく解除される事でしょう。私はキリキリと、万力のような力を込め、この数ヶ月間で鍛えに鍛えた手でトドメを刺しにかかりました。
 その時ふと、心に余裕が出来たからか、観客席の最前列で見ているマスターが視界に入ったのです。
 私がその姿を見てしまった事を後悔するのは、それからほんの数秒先の事でした。その前に疑問が生まれ、疑問は解答を得て、解答は見る見るうちに葛藤へと姿を変え、最終的には私に敗北という結果をもたらしました。
 マスターは勃起していました。
 それも私がこれまで見た事無い程に激しく、最大レベルまで勃っていたので、座っていても服の上から分かる程でした。
 そして絶体絶命の状況から逆転した私を見て、2割は嬉しそうに、しかし8割方は残念そうにしていたのです。
 私はその時全てを悟りました。
 マスターはSです。生粋の鬼畜です。
 挫折する私に努力目標と称してこの闘技場を与え、闘士としての実力をつけさせる。絶対に負けないようにと命令をして、私の頑張りを引き出す。そして順当に勝たせ、自信を持った頃に最大の敵が現れる。なぜなら闘技場もHVDOが運営している物であり、HVDO能力者への対策を怠るはずがなく、そういった事態に備えている。あるいは最初から触手のHVDO能力者がいた事をマスターは知っていたのかもしれません。知っていて、私を触手にぶつけたくなった。これはドSの思考としてはむしろ正常。頑張ってもがいてあがいた挙句に、どうしようもない敵が現れて無残に犯される。その姿をマスターは見たかった。
 しかしマスターは、マスターだけの理想の幼女を求めている。
 誰か他の人間(この場合は微妙ですが)に姦され、手垢のついた幼女など興味を持つはずがありません。私の肌が滑らかで美しいのは穢れを知らないからであり、私の秘所がひっそりと閉じているのはたった1人を待っているからです。そして私が幼いのは、マスターがロリコンだからです。
 つまり私は用済みになったという事です。
 物理的に殺す事の出来ない私を処分するには、マスターが自分の理想を1度壊す必要がある。実に合理的な手段です。マスターらしい賢いやり方だと思います。死なない気がするといった私の言葉は、ある意味では正しかった。
 私にとって重要なのは、マスターの幸せです。
 いつかは私もマスターの愛を求めた事もありましたが、私はようやく気づけたのです。ただ相手の幸せを祈る事が真の愛であり、もしもそれを私が得られたならば、私はきっと本当の人になれるのです。
 中途半端な生命ですが、誰かの為にありたいと思います。
 やがて私はゆっくりと触手ちんぽを手放しました。触手は戸惑っている様子でしたが、これを好機とばかりに私を再度強く縛り、いよいよ本当の脱出不可能となりました。
 怖くてマスターの顔が確認出来ません。しかしその必要もありません。後りの人生で私がする事は、ただただ無残に犯されて消滅する事のみです。皮肉ではなく、今までマスターに仕えてきた中で1番楽なご奉仕です。
 しかし結果を言えば、私はこの後も死にませんでした。死なずに、こうして今日もマスターの言いつけ通りに日記を書いているのです。


 触手が再び私を犯そうと蠢きだしたその時、白と黒の服が視界を掠めました。清く正しいロングスカートに、何でも出来る万能エプロン。ホワイトブリムにエナメルシューズ。いわゆるメイド服という物であり、着ているのはもちろん女装好きの変態親父ではなく、正真正銘のメイドさんでした。
 謎のメイドは今まさに挿入しようとしていた触手ちんぽを、巨大なペンチのような拷問器具で横から挟み込み、締め付けました。再び怪物の例の悲鳴が聞こえ、今度は流石に支える事すら出来なくなったのか、私は宙に放り出されました。
「そこまでよ!」 
 威勢よく叫んだのは、謎のメイドではなく私のライバルでした。いえ、相手はまずそう思ってはいないのでライバルと呼ぶのはおこがましいかもしれませんが、私には対抗意識がありました。
「やあ、三枝委員長。妙な所で会うね」
 観客席で立ち上がったマスターは、股間の物をビンビンにさせたままリングに近づいてきました。名前を呼ばれた三枝瑞樹も、反対側からリングに近づき、やがて私の目の前で対峙します。
「どうして邪魔をしたのか、一応理由を聞かせてもらおうかな?」
 あくまで和やかに接するマスター。対して突き放すような三枝瑞樹。
「つい今さっき、私がこの闘技場の支配人になったからよ」
 これには流石のマスターも黙りました。
「私がHVDOの幹部になった事はもう知っているでしょう?」
「ああ、遅れたけれどおめでとう」
「ありがとう。それと、私の闘技場での勝ち分が支配人の資産を超えたのはご存知?」
「……いや、それは知らなかったな。ギャンブルでも優等生なのかい?」
「ギャンブルを真面目にしている内は勝てないわね」
 一理あるかもしれない。しかし今はそんな事よりも、状況整理が必要です。
 ちんぽが破壊された事により、既に触手は消え、本体らしき男が曙状態で寝そべっており、その前に拷問器具をぶら下げたメイドが立っています。私は危機を脱したのかそれとも更なる危機に陥っているのか分からなくなり、しかし肉体精神両面の疲労で立ち上がる事も出来ませんでした。
「こっちはうちのメイドの柚之原。春木君は初対面だったかしら?」
「どうだったかな。覚えてないな」
「小学生以外には興味ないものね」
 変態同士の会話には一部の隙もなく、ごくごく自然に異常性が流されていきます。
「それで、この試合は結局どうするつもりなんだい?」
「支配人権限で没収試合とさせていただくわ」
「何故だい?」
「あなたに恩が売れるから」
「僕が君に感謝を? どうして?」
「不思議な事を聞くのね。私はあなたの小さなお友達を助けてあげたつもりだったのだけれど」
「確かに、り……いや、彼女は君が登場したおかげで助かったようだ」
「あら、余計なお世話だったかしら?」
 私の胸が締め付けられます。マスター、どうか遠慮なさらずに私を見捨ててくださいと、強く願います。
「いや、そんな事はない。助かったよ」
 私の目に溜まった水分に気づかれないように俯き、手で目を覆います。


 試合が終わり、自宅へ戻りました。
「どうしてあの時、わざと負けようと思ったんだい?」
 その質問に、私はどう答えるか一瞬迷いましたが、こうなれば正直に打ち明けた方が、マスターも私も楽になると思い、そうしました。
「自分を消滅させる為です。マスターが私に飽きられているようでしたので、新しい幼女を構築する為に私を破壊しようと思いました」
 マスターがじっと私を見つめたまま数秒の間があいて、その後、今までに見た事のないマスターの本気の大笑いが押し寄せてきました。
「あははははは! りすちゃんはそんな事を考えていたのかい? 僕が君に飽きたから、捨てようとしていると」
「だ、だってそうではないですか? 私が勝ちそうになった時、マスターは残念そうな顔をしていました。私がそれを見間違える訳がありません!」
 性奴隷としてはやや強めの口調になってしまいましたが、ここは譲れない所です。
「ああ、もちろん。それは残念だったよ」
 マスターは笑い涙を拭いながら、「ですから私は……」と食い下がる私を手で制止しました。
「でも、僕の目的は他にあった」
 一転、真剣な顔になるマスター。
「僕が本当に試したかったのは、君ではなく僕だ。君が触手にレイプされた後、それでもまだ君を愛せるのか。僕のロリコンが本物かどうかを試してみたかったんだ」
 唖然とする私に、更にマスターは続けました。
「それでもしも汚れた君を僕が愛せなかったら、僕はロリコンをやめてHVDOともすっぱり関係を断つつもりだった。僕が本当に幼女が好きなら、ロリビッチだろうとNTRロリだろうと関係ないはずだ。それを実戦で確認する為の作業を、君に手伝ってもらってたって訳さ。もちろん、格闘には本気で挑んでもらう為にこの事は伏せたけれど」
 私はマスターの顔を見つめていましたが、気づくと視界がぐにゃぐにゃと曲がり、それが感情による液体である事に気づきました。それでもマスターの優しい顔が、私にはよく見えていたのです。
「マスターは……私を……愛しているのですか?」
 おそるおそる尋ねた質問は、何の確証も得られない、実に無意味な質問であるにも関わらず、せずにはいられない、重要な質問でした。今にもせつなくて消えてしまいそうな私に、マスターはしっかりと実在を与えるように答えます。
「もちろん。君は僕の半分だ。僕が僕を愛するのと同じくらい、僕は君を愛している」
 私にとって、それは何よりも嬉しい言葉でした。
 しかし何と言って良いか分からず、ただただ涙を流し続ける私に、マスターはすっと近づき、ごくごく自然に、あくまでも日常の範疇で私の唇を奪っていきました。そして少しだけはにかみながらこう告げました。
「今日はこれくらいにしておこう。明日からはまた、もっといやらしい事をするからそのつもりで」
 こうして、私はマスターの虜となったのです。


       

表紙

和田 駄々 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha