Neetel Inside ニートノベル
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ハッピーエンド など
第四話「ハッピーエンド」

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 俺は十三時二十五分発の電車に乗っていた。電車には高校に通う時にいつも乗っているが今日乗ったのは高校行きと反対方向の電車だ。電車はすぐに目的地に着いた。家の最寄りの駅から三駅離れた海に近い駅が目的地だった。
 そこから海まで歩いていくことにした。
 海に近づくにつれ、風が強くなった。その風に乗って潮の香りもしてきた。
 そうして砂浜に着いた。周りには誰もいなかった。当たり前だろう。暖かくなってきたとはいえまだ四月だ。海開きにはまだまだ早い。
 そこで俺はまず少し大きな石を探し始めた。少し大きな石はすぐ見つかった。俺はその石の上に分厚い緑色のノートを置いた。
 このノートは彼女の葬儀が終わって一週間ぐらいした時に彼女の母親から頂いたものだ。
 あの日、彼女に「これでショウに会うのを最後にしたいの」と言われた時、俺はその言葉の本当の意味をすぐに理解できた。その後俺たちは笑顔で別れの挨拶をし、俺は帰った。俺は素直に彼女の言葉に従った。その日以来彼女に一度も会いに行かなかった。彼女が危篤になったと聞いても会いに行かなかった。彼女が死んでも会いに行かなかった。彼女の通夜にも行かなかった。彼女の葬式にも行かなかった。火葬の瞬間にも立ち会わなかった。
 それらの日、俺は普段通りの日を過ごした。周りから「彼女に会いに行ってあげなよ」と言われることもあった。だが俺は会いに行かなかった。その所為で周りから「冷血漢」だとか「薄情者」だとか言われることがあった。それでも俺の心が揺れることはなかった。
 そんな俺に彼女の葬儀が終わって一週間ぐらいした時に彼女の母親が話しかけてきた。
「ショウちゃん」
「おばさん。こんにちは」
「こんにちは。ショウちゃん結局あの子の火葬の瞬間にも立ち会ってくれなかったね……」
 小さい頃から知り合いのおばさんの言葉は重かった。
「でもなにか考えがあってのことなんでしょう?」
「ええ、まあ」
「ショウちゃんにも事情があったようね」
 おばさんの言葉は隠してはいるが棘があるように聞こえる。
「今日はショウちゃんにお願いがあって来たの」
 そういっておばさんは分厚い緑色のノートを取り出した。
「なんですか、それ?」
「これ、あの子の日記なのよ」
 彼女が日記を書いていたなんて初めて聞いた。
「日記? なぜそれを僕に?」
「ショウちゃんに読んで欲しいのよ。このノートを」
「彼女が僕に読んで欲しいって言ったんですか?」
「そうは言ってないわ。あの子は誰にも読んでもらうつもりがなくてこの日記を書いたみたいなの」
「じゃあなんで僕に?」
「私がショウちゃんに読んで欲しいのよ。この中身を読んだら余計にそう思ったわ」
「なぜです?」
「この中にはあの子の気持ちが書かれているわ。どれだけ苦しんでどれだけ悩んで死んでいったか。そんな時にショウちゃんが近くにいてくれたら、あの子はどれだけ勇気付けられたでしょうね……」
 おばさんは肩を震わせて下を向いた。
「やっぱり俺を恨んでいるんですね」
「ごめんなさい。ショウちゃんを恨むなんてお門違いよね。でも私、あの子が死んでどうすればいいのか、何を恨めばいいか分からなくて……」
 おばさんは声を殺して泣いていた。
 人が死ぬのは誰だってつらい。
 家族だって。
 恋人だって。
「おばさん。もし宜しければこのノート頂けませんか?」
 俺には俺自身がこのノートの存在を知った以上、しなければいけないことがあるはずだ。
 おばさんは少し驚いた顔をしたが頷いてくれた。
「ええいいわ。もしショウちゃんさえ良ければ何回でも読み返してほしいものだわ」
 そう言っておばさんは彼女の日記を俺にくれた。
 昨日のことだ。
 今日俺は学校を休んだ。彼女が生きている時は希望の象徴のようだった学校が今は色褪せて見えた。
 そうして俺は海に来た。彼女の日記と共に。
 灰色の少し大きな石の上にある緑色のノートは存在感を醸し出していた。
 俺は彼女の名前を呟いた後、
「これで……いいんだよな」
 と言って胸ポケットからライターを取りだした。
 ライターの火をつける。風が強かったので手で風が当たらないようにしてつけた。
 そのライターの火をノートの端につける。なかなかつかなかったが一度ノートに火がつくといっきに燃え広がった。
 ノートが燃える。彼女の苦しみ、悩んだ記録が。
 そんな時メジロが俺のそばを飛んでいった。二羽で仲が良さそうに。夫婦だろうか?
 そんなことを考えていたら彼女の病室でのメジロを思い出した。
 それを思い出した時、不意に俺の頬に涙が流れた。
 最初は気がつかなかった。やけに目の前が霞んでるな、ぐらいにしか思わなかった。
 気付いても止められなかった。止めようともしなかった。
 それから堰を切ったように涙が溢れた。
 まるで物語のハッピーエンドを期待していたらバッドエンドだった時のいつかの彼女みたいに。

 俺は「これでショウに会うのを最後にしたいの」という言葉の本当の意味をすぐに理解できた。でも理解と同時にできたつもりでいた納得は未だにできてなかったんだろう。

 気がついた時には空と海は赤く染まっていた。
 俺はどのくらい泣いていたのだろう? 石の上のノートはとっくの昔に灰になっていた。
 俺は涙を拭い、元はノートだった灰を手ですべてかき集めて、海に近づいていった。
「これで」
 俺はその灰を海へ撒いた。灰はぱらぱらと海に落ちていった。
「ハッピーエンドだ!」





 死ぬ事が怖くない人間なんていない。死ぬときは誰しも最愛の人に看取られて死にたいんじゃないかな。
 でも君はそうしなかった。





 分かってるよ。君は決して俺を愛してなかった訳でも、俺の記憶から消えたがってた訳でもない。
 俺は君の痛み、苦しみ、悲しみ、悩みなんかほとんど知らない。少し想像したぐらいだ。でも君からしたら俺にそれらを少しも理解してもらわなくて良かったんだ。

 そんなものハッピーエンドにはいらないものだから。





 分かってるよ。君はハッピーエンドの物語の主人公になりたかったんだ。俺の中でね。
 俺の記憶の中での君はもうすぐ死ぬ事を告白して、人生の中で一番幸せだというハッピーエンドを迎えることができた。最愛の人と過ごしたハッピーエンド。これからも色褪せることないハッピーエンド。
 俺の心の中で君は『シンデレラ』や『桃太郎』のハッピーエンドみたいに終わらない終わりの中でずっと幸せに暮らすんだ。





 分からない。これで君は本当に幸せなのかなんて。けどいつか分かる日が来ることを願って、これから君の記憶を抱いて生きるよ。

       

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