Neetel Inside ニートノベル
表紙

ハッピーエンド など
短編 主人公になれなかった僕「海の色」

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「海の色」





「初めてだねー。二人で海に来るの」
 彼女はそう言った。
「初めてじゃなくて、久しぶりじゃない? 僕らが二人で海に来るのって」
 僕がそう言うと、彼女は首を傾げた。
「あれれ? そうだったっけ?」
「うん。確か中学一年の時に二人だけで海に来たよ」
「……あっ! 思い出した!」
 彼女はポンッと手を打ってそう言った。
「たしか私が誘ったんだよね。日焼けしにいかない? って」
「うん。自分で誘ったんだから覚えておいてよ」
「えへへ。ごめん、ごめん」
 彼女は照れ笑いしながら謝った。
 前に二人で海に来たのは四年前の夏休みのことだ。
 当時、彼女はソフトテニス部に入っていて、夏休み中ほとんど休まずにソフトテニスの練習に参加していた。太陽がじりじりと照る中で練習をしていたので彼女は夏休みの終わり頃には綺麗に小麦色に焼けていた。僕はと言えば美術部で屋内の部屋でデッサンに勤しんでいた。そんな僕を見かねて夏なんだし少しは焼こうよ、と言って彼女は僕を無理矢理海に連れて行ったのだ。
 四年前に来たときは夏の真っ昼間だったが、今は秋の夕暮れ時だ。空は赤く焼け、海は日の光を黄金色に反射していた。日が海に落ちていく。夜の濃紺がじわじわと日の赤を侵食していき、やがて黄金色の海も闇の帳に包まれるのだろう。僕らは砂浜でその様を眺めていた。もしも僕と彼女が恋人同士だったならばこれほどロマンチックなシーンもないだろう。もしも僕と彼女が恋人同士だったなら。
 僕と彼女はただの同い年の幼なじみだ。それに今の彼女には彼氏がいる。僕よりもずっと背が高くて、ずっとかっこよくて、ずっと勉強が出来て、ずっとスポーツが得意な彼氏が。いつか彼女からその彼氏を紹介されたことがある。彼女の彼氏はガールフレンドの男の幼なじみという奇妙な立場の僕にも如才なく接した。僕と彼女と彼女の彼氏の三人でいる時も彼女とばかり話さず僕にも話題をふってくれたし、僕を気遣ってくれた。僕から見ても彼女の彼氏は感じが良かった。
 それが僕にはたまらなく辛く、悔しかった。もう少しいけ好かない奴が彼女の彼氏ならよかったのに。それなら僕はまだ矜恃を保てる。ただ彼女の見る目がなかったんだ、と。
「海見てると泳ぎたくなってくるね」
 海を眺めていた彼女は唐突にそう言った。
「さすがに今の時期だと風邪引くよ」
「うん。でもね、何かもったいない気がして」
「もったいない? 何が?」
「海が。まるで使いたい放題なのに使ってないテニスコートを見てるみたいで」
「よく分からないな、その感覚」
 僕は正直に言った。
「今の海を喩えるなら使うと怪我する荒れたテニスコートじゃない?」
「……うん。あーくんの言う通りなんだけどね」
 あーくんとは僕のあだ名だ。あーくんと彼女がつけた。まだ幼い頃の話だ。今じゃあそのあだ名を使っているのは彼女と彼女の母親くらいなものだが。
 そう言えば幼い頃、僕と彼女は一般的な幼なじみのご多分に洩れず、結婚の約束をしたのを思い出した。確か彼女が幼稚園の時に将来の夢は何かと聞かれた時にも僕のお嫁さんって答えてたっけ。
 僕は別にその約束を未だに信じている訳ではない。幼い頃の戯れ言だ。それは分かっている。
 ただ彼女が僕のお嫁さんになりたいと言った時、僕は正直うれしかった。その時は照れて彼女を邪険に扱ったりしたが、かわいくて明るい彼女のような女の子とずっと一緒にいたいと思った。
 そんな彼女に彼氏が出来たのは一年前のことだ。向こうから告白してきたと彼女は僕に言った。僕はそいつがどんな奴なのか彼女に尋ねた。彼女はその人は大人びていて優しそうな人だと言った。僕は返事をどうするのか彼女に聞いてみた。彼女は悪い人じゃなさそうだしオッケーしてみると言った。僕はきっと彼女は僕に相談するつもりなのだろう、と思っていたが違った。彼女の心は決まっていた。それならなぜ僕に告白されたことを話したのかと尋ねた。彼女は僕に言っておかなくてはいけないことだと思ったのだそうだ。彼女にとって僕はどういう存在なのか僕は見当もつかない。
「でも、いいの?」
 僕は彼女に聞いた。
「ん? なにが?」
「彼氏さん、男と一緒に海に行ったとか聞いたら怒るんじゃない?」
「大丈夫だよ。そんなことで怒る人じゃないし。それにあーくんは特別な人だって言ってるから」
 それを聞いて僕は胸を劈かんばかりの寂寥感を覚えた。
 彼女にとって僕は「特別」らしい。きっと彼女の中で僕は恋人でもなく、友達でもない位置にいるのだろう。
 僕は飼育小屋の中に入れられた兎を思い浮かべた。兎は小屋の外に行くことができない。「特別」という小屋の中で生涯を過ごすのだ。それも悪くないのかもしれない。兎はこれも人生だよ、といいながら雨露凌げる屋根と毎日届けてくれる食料で生きていく。自分の周りに作ったプライドの柵を高くして、諦めとぶくぶく肥満していく言い訳を抱えて。それも一つの人生であることは分かる。
 だが兎の本当の願いは違う。こんな小屋ぶっ壊して外の世界を見てみたい。外に出て憧憬していた草原の中を走り回ってみたい。たとえそこで肉食の獣に食い殺されるとしてもだ。
 なら僕はどうすればいい? どうすればこの小屋をぶっ壊せるんだ?
 簡単なことだ。彼女に告白すればいい。幼い頃の約束などに縋らずに。初めてプライドの柵を越えて。
 分かっている。彼女にはお似合いの彼氏がいて、僕の思いなど届かないことを。迷惑になることだって分かっている。
 でも……、でも自分の気持ちに嘘をつきたくないんだ。
「あ、あのさあ!」
 僕は大きな声で彼女に話しかけた。
「なーに?」
 間延びした拍子で彼女は応えた。
「聞いて欲しいことがあるんだ」
「うん」
「僕……」
 緊張で声が震える。だが言わなくては。プライドの柵を越えるんだ。
「君のことが……」
 顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。動悸がする。
「……」
 次の言葉が出てこない。彼女の姿は日の光を受けてオレンジ色に輝いていた。
「……」
 彼女は僕の次の言葉を待つように視線を僕の足下に落としていた。
「……」
 僕は彼女のことが好きだ。幼い時から。それを言葉にして伝えるんだ。
「……」
 言え! 言うんだ!
「……やっぱりなんでもない」
 ……駄目だった。僕は馬鹿だ。阿呆だ。意気地無しだ。僕は主体的に生きられない人間みたいだ。僕は自分の人生の中でさえも主人公になれなかった。脇役なんだ。能動性などまるでないRPGでいう村人Aなんだ。いつでも同じことを喋り、同じ表情でいる。
「……そっか」
 彼女は僕がなんでもないと言うのを聞くと物悲しそうに笑った。きっと彼女は僕が言いたかったことを理解していたのだろう。今の僕には推量することしかできないが。
「あーくんはいい人だからね」
 そう言った彼女の真意を僕は理解できなかった。もしかしたら彼女は僕が彼女に迷惑がかかるから告白をやめたと思っているのだろうか? だとしたらそれは間違いだ。迷惑だからなんて言い訳だ。僕は自分に負けたただの臆病者なんだ。
 太陽が水平線に沈みかけている。月がどこにあるかはっきりと確認できた。夜が来る。
「そろそろ帰ろっか」
 そう彼女が切り出した。
「……そうだね。帰ろう」
 僕の心の中は自分への嫌悪感でいっぱいだった。
 僕と彼女が二人で並んで砂浜から帰路についたとき、彼女に海に行こうと誘われた時からの疑問が僕の頭に浮かんだ。
「……ところで、さ。何で僕と一緒に海に来ようと思ったの?」
 歩きながら僕は聞いた。
「昔のことを思い出して。あーくんと一緒に海を見たいと思ったんだ」
「昔って中学一年の時のこと?」
「違うよ。いつのことかは忘れたけどテレビでなぜ海は青いのか、ってのがあってその時私はきっと青色のペンキをたくさんこぼしたからじゃないかなって言ったんだ。でもあーくんはそうじゃない、もし海が青色に見えるくらい大量のペンキをこぼしたとすると、僕らが海の水に浸かったら僕らの体が青色になるはずだ、って言ったんだよ」
「そんなこと言ったっけ?」
「うん」
「我ながら夢がないことを言ったね」
 僕がそう言うと彼女は笑った。
「うん。だからあーくんと一緒になぜ海が青いのか考えたくて海に来たんだ」
「でも君は海にいたときにそんなこと一言も言わなかったじゃないか」
「だって、あーくんも見たよね? 夕焼けを反射して海が赤かったの。そんな海を見てたらなんだかどうでもよくなって」
「そう言われれば確かに海は青くなかったね。夕焼けを写した赤や、波の白、日の光の金色にもなっていた」
「でしょ」
「悲しいな」
 言葉が自然に僕の口から出た。
「ん? なんで悲しいの?」
 彼女は不思議そうな顔で僕に問いかけた。
 次の言葉も自然に出た。
「いつもの青色で僕を慰めて欲しかったから」
 僕がそう言うと彼女はきょとんとした。僕はそんな彼女に構わず帰り道を歩いて行った。





おしまい

       

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