最上階に出た私達は、屋上に行くための非常階段へと急いでいた。爆発までの残り時間はあと18分しかなく、極限状態の重圧が私達に押し寄せていた。
だが、最上階でも敵の待ち伏せに遭った。次々と襲い掛かる敵の集団に、樫尾は舌打ちした。
「ちっ、最終防衛ラインって事か」
「……このままじゃキリがないよ!!」エレンが、切羽詰まった声を出した。
「おいおい、このままじゃ全員お陀仏になるぜ!? 残っている弾薬も、尽きかけてる……!」
レオンも焦りを隠せない。
「諦めるな! まだ持つだろう! 弾薬は敵の落とした武器がある!」
樫尾は必死に皆を励ましているが、顔には明らかに疲れがへばり付いていた。
さらに敵の戦闘員が階下から上がってきた時、樫尾も苛立ちを吐き出した。
「数だけ揃えて来やがって……!」
限界が迫っていた。レオンは遂に弾を切らし、落ちている銃を拾い上げて応戦していた。エレンはセスとの戦いで片腕を負傷し、樫尾はクヴァールと対峙したときに負った傷のせいで消耗が激しくなっているようだった。
私の体にも疲労が重くのしかかり、精神的にも限界が近づいていた。それでも、みんなの足を引っ張らないように、味方の動きを理解しようと神経を張り巡らしていた。
「白井、右だ!」
えっ……。
弾丸が、私の拳銃に命中した。銃が私の手から外れ、遠くの床に落ちる。
「まずい……!」
拾いに行こうとする私の目の前には、戦闘員が立ちはだかっていた。
「白井!!」
銃口が私の頭に密着した。
――殺される……!
その時。
目の前の戦闘員が、崩れるように倒れていった。樫尾の方に振り返るが、樫尾はまだ発砲していない。
さらに、次々と敵が打ち倒されて行くと、今度は違う戦闘服に身を包んだ部隊が現れた。背中には『Police』の文字が書かれている。
「あれは……!」
驚くエレンの表情に、明るい光が灯る。
あれは、日本の警察だ。どこかの映画かドラマかで見たことがある。日本の警察の特殊部隊だったような……。
「ジョン! 外!」
レオンが窓を指差す。窓の外には、大きなヘリが連なって飛んでいた。そして、中年の女の人のはつらつとした声が拡声器によって広がった。
『全く、どうしたかと思ってきてみたけど……若いくせに随分不甲斐ないねぇ』
「本格的な増援がやって来た……やった!」エレンが希望に満ちた声で叫んだ。
いくつも窓が突き破られ、特殊部隊が最上階に侵入してきた。特殊部隊の働きで、瞬く間に最上階は制圧されていく。
『さあ、あんた達は屋上にさっさと行きな。あたし達が敵が来ないように守ってあげるから』
「悪いな、だが、あんたは爆処理はしないのか」樫尾は皮肉っぽく言った。
『冗談だろう!? 知識も経験もないあたしに、何ができるんだい?』
その怒ったような声にふん、と冷たい相槌を打ったあと、樫尾はしかし微かに笑った。
「……だが、間に合って何よりだ!」
私達は、大急ぎで屋上へと登っていった。
屋上の扉を開けた。
風が強く吹く屋上では、特殊警察の部隊が周りを警戒していた。
その広い屋上の中心には、爆弾と思われる物体が律儀に置かれていた。それはかなりの大きさで、堅そうな装甲に覆われている。それも、爆弾と言うにはあまりにも不釣り合いな装甲だった。
樫尾が爆弾に歩み寄った。
「何だ……とても爆弾には思えない。形もまるで戦車じゃないか」
レオンも爆弾に近寄った。
「装甲が厚いな。これじゃ普通の弾丸じゃ穴も空かないよ……どうするかな」
と言ってぐるっと爆弾の周りを歩き回った後、ブツブツ何か呟いていた。
その時、ヘリが着陸し、中からさっきの拡声器の声の主であろう人物が現れた。
その人はアジア系の整った顔立ちをした女性で、思ったよりずっと若々しく、身軽な感じでエレンに向かって歩いてきて訊ねた。
「どうだいエレン?」
「パクさん……まだはっきりとした事は分からないんですが……」
その女の人――パクの視線が私に移った。目が合うと、柔らかい笑みが私に向けられた。
「この人かい。坂下が拾ってきた子猫ってのは」
樫尾がその声に反応する。
「ああ、経験がないにしてはなかなか優秀だ。銃の扱いが上手いし、勘もいい」
私は初めからずっと足を引っ張っていたはずで、いくらなんでもそれは買い被りすぎだよ、と恥ずかしく思った。
「へぇ、なるほどね」
彼女は、私の顔をじーっと眺めた後、その笑みをさらに深めた。すると、爆弾を指してこう言った。
「……あんたは、これについてどう思う?」
試されている。私は直感した。何を話そうか少し戸惑ったが、今のところ考えていた事を話すことにした。
「……こんなに装甲が厚かったら、爆発に支障が出るんじゃないですか?」
「その通りさ」
「じゃあ、多分これは爆弾ではない何かであるか、それとも装甲を脱ぐ事ができるか……」
「そうだねぇ……ん、どうしたんだい?」
パクが顔を私に近付けた。香水の匂いが、ほのかに伝わってくる。
「…………」
私は、懐にしまったある物が使える事に気がついていた。懐に手をやると、それが鋭い光沢を放っているのが、触っただけで分かった。
「これ……使えると思うんだけど、どうかな」
それは、クヴァールの高周波ナイフだった。鉄の扉を簡単に切り刻むことができるなら、この装甲も……
少しの間ナイフをじろじろ見ていたパクは、感心したように「使えるね」とそのナイフを取り上げ、樫尾に振り向いた。
「……ジョン、これを使いな! お嬢ちゃんのもんだ」
優しく投げられたナイフを樫尾が受けとると、樫尾は怪訝な顔付きになった。私が後ろめたさを感じていると、樫尾がこちらを睨んだ。
「……どこで手に入れた?」
その唸るような声音に、私は後ずさった。すると、すぐにパクが間に入っていく。
「いいじゃないか、そんな事。早くしとくれよ。時間がないんだから」
その言葉に樫尾はパクを睨んだが、すぐに表情を戻してレオンにナイフを手渡した。レオンは肩をすくめ、やれやれといった感じで仕方なくナイフを受け取ると、装甲に突き立てた。
その時、爆弾が急に音を立てた。そのモーターのような音に、レオンはびくついた。樫尾にも驚きが伝染し、素早く身を引いた。
「レオン!!」
エレンが叫ぶ。
「……違う、俺じゃない! コイツが勝手に……」
「とにかく離れろ!」
逃げる樫尾とレオンの後ろでは、爆弾が蒸気を吹き出し、まるで映画のロボットのように変形し始めた。
「……え!?」
「何なんだい、これは!?」
樫尾とレオンが私達の混乱に気付いて振り返った。2人の顔が、驚きと困惑で固まった。
「……何だって!?」
「そ、そんなバカな!」
爆弾は、四足歩行動物のような形に変形していた。足の先には大きなホイールがついている。
『やあ諸君』
河原崎の声が『爆弾』から発せられ、皆が身構えた。
「河原崎……そこにいるのか?」
樫尾が『爆弾』を噛みつくような表情で睨み付けた。すると河原崎の声が笑った。
『いやいや、勘違いしないでほしい。この私の声は本部から中継しているから、残念ながらそこに私はいない』
警察の部隊がじりじりと『爆弾』を囲んでいった。風の音が強くなっていく。夕闇に包まれかけた空気が激しく流れていく。
『これは、無人四足走行式戦闘核爆弾《サクリ》だ。まあ、言ってみれば、これは戦う核爆弾だ』
「ふざけるな! 核爆弾が戦うだと!? そんなものに意味があると言うのか!?」
樫尾が前に出ると、サクリから機関銃が出てきて、樫尾に向けられた。樫尾はすぐにその気配を察し、後ろに下がる。
『意味? 釣り合いなど取れていなくとも、今こうして役に立っているではないか……さて、君達にお知らせだ。あと14分でお急ぎの所悪いが、君達には鬼ごっこを楽しんで貰おう』
「何だと!?」
樫尾が憤った。
『君達が鬼だ。せいぜい捕まえて見たまえ!』
すると、サクリの足が大きく縮み、ビルの外に向かって走ると、縮んだ足を思いきり伸ばし、跳んだ。
「……しまった!」
サクリは道路に着地し、そのまま道路を走り出した。
「全員、ヘリに乗って!!」
パクがすかさず叫んだ。その指示に従って、各々が一番近いヘリへ駆け出した。
私は訳も分からない状態でパクに手を引かれ、ヘリへと押し込まれた。ヘリの中には、樫尾やエレン、レオンがいた。
「全く、予想外だよ。戦う核爆弾だって?」
パクは鼻息を荒くして言った。
「全く、河原崎も狂ってやがる」
確かに予想外の兵器だけど、時間稼ぎにはぴったりだ。
「目標、現在時速100キロで走行中」
「そうかい。一番から四番は先回り、五番から八番は後ろから追いかけて。挟み撃ちにするよ!! 私達九番は上空で待機だ。陸上部隊もバイクで追い掛けな!!」
パクがテキパキと指示を出し、それを部下が素早く実行に移す。見とれるほどに組織的な動きは、逃げるサクリを二分と経たない内に捉えた。
「止まれ!」
ヘリが先回りしたのを感知し、サクリは弧を描くように180度方向転換したが、その先にもヘリが道を塞いでいた。
「ランチャーでもぶちかましたいけど、そうは行かないからね……捕獲しな!」
だが、予想外の事態が起こった。サクリは足を縮めて跳躍態勢をとり、高く舞い上がったかと思うと、ヘリを踏み潰し、そのまま逃走した。
「あいつ……!」
戦闘員の一人が興奮した声を出した。
「……機械だと思って舐めてたよ。なかなか賢いじゃないか」
パクは顔を引き釣らせたが、すぐに拡声器を手にした。
『ほら、九番は敵を追い掛けて! 破損した七番の中で生きてる人がいたら近くのヘリに乗りな!』
拡声器によって、静かなビルの間にその声がこだました。
私達九番ヘリは、サクリを捉えると、そのまま追跡した。やがて陸上部隊がバイクで追い付いて来ると、パクが再び叫んだ。
「タイヤを狙って、動きを鈍らせるんだ!!」
バイクの後部シートにいる部隊の隊員が、ライフルを構えて、サクリのホイールに狙いを定めた。何度も火薬の爆発音が鳴ったが、サクリの勢いは止まらない。パクは無線機を手にした。
「一番、壁になってサクリの動きを止めて!」
すぐに、進行方向前方にヘリが現れた。それが着陸し、中から部隊が出てきて、銃口をサクリに向けた。
しかし、サクリの勢いは止まらず、ヘリに突進していく。
「やばい、逃げろ!」
道路の脇に散っていく戦闘員の後ろでは、サクリが再び跳躍態勢を取り、ヘリを飛び越えて行った。
「バカなっ……!?」
レオンが身を乗り出した。
「一筋縄では行かないな。パク、バイクを二台、よこしてくれ」
樫尾はパクに向かって静かに言った。パクの顔が、困惑で僅かに歪んだ。
「なに言ってんだい。あんたら、かなりの手負いだろう!? 無理していないで……」
「まだ動けるさ」
樫尾がパクの目を見て言うと、パクが諦めたように頭を振った。
「全く、こうなったらテコでも動かないんだから……しょうがないね」
パクが無線機片手に指示した。すると、バイクが二台停車し、ヘリがそこへ着陸した。ヘリの中に戦闘員が入って行き、入れ違いに私達が出ていった。
「ほら、バイクは用意した。そのまま交通事故で死ぬんじゃないよ」
私達の背中に、パクが声を投げ掛けた。樫尾が振り返って笑った。
「分かってる。安全運転だな」
樫尾がそう言うと、パクも笑った。レオンとエレンがバイクにまたがり、それを見て樫尾も私に言った。
「早く。お前は後部座席に乗れ」
「うん」
私が頷くと、レオンが私に向かって何かを投げた。手に取ると、高周波ナイフだと分かった。
「それ、返すよ。俺が持ってても使い道ないから」
決まりが悪そうにレオンが笑った。
「早く出して!」
エレンがレオンを急かし、レオンは真剣な表情に戻った。
「さあ、飛ばすぜ!」
レオンのバイクが急発進し、あっと言う間に小さくなった。樫尾が私に振り返った。
「俺達も行くぞ。捕まってろよ」
樫尾が言った直後、バイクが吠え、お尻の辺りから爆発するような振動が伝わってきた。一秒後には、私はスピードで歪められた世界の中にいた。
その世界に酔いしれる間もなく、目の前にサクリが現れた。
「……あいつのホイールを狙い撃て!」
言われて拳銃を構えようとした瞬間、前方を走っていたバイクが転倒し、私達に転がってきた。バイクの体勢が崩れ、私はどうにかバイクにしがみついたが、拳銃を落としてしまった。
「……しまった!」
私は思わず叫んでいた。
「……くそっ。機関銃か!」
レオンのバイクが近付いてきて、エレンが叫んだ。
「機関銃を先に破壊するよ!」
「分かった!」
樫尾は頷くと、私の方に手を回した。その手には拳銃が握られていた。
「白井、俺の銃をやる。今度は落とすなよ」
「うん」
すこし自信がなかったが、私はその銃を受け取り、サクリを追って交差点を曲がるバイクに合わせて体を傾けた。その時、後ろから迫ってくるものがあった。私はその気配に振り向く。
「あれは!」
敵の戦闘員が、バイクに乗って追いかけてくるのだった。
「敵のお出ましだ……!」
レオンがへっと鼻を鳴らした。
「……レオン、敵を頼む」
樫尾がレオンに目配せした。それに応えるようにレオンが後ろに下がった。
「任せてくれ!」
そのレオンを見ている視界の先には、戦闘ヘリがやって来るのが見えた。
『ほら、私達も忘れちゃいけないよ!』
パクが、拡声器越しに叫ぶのが聞こえた。
「後ろは安心だな」
樫尾は前を向いたまま言った。
私は顔を前に向けた。サクリは依然として勢いが止まることはない。
「ライフルを使え!」
特殊部隊がライフル銃を私に向かって投げた。それを受け取り、見よう見まねでそれを構える。
バイクがサクリの10メートルの範囲に入った。私は機関銃に、揺れる照準を合わせた。
銃声。運よく機関銃に当たり、機関銃が不安定に揺れ出した。
「よし!」
続けざまに味方のライフル弾が命中し、サクリの機関銃が道路に投げ出された。
次の瞬間、サクリが急に向きを変えた。跳躍態勢を取り、瞬間的に後ろに回った。
「捕まれ!」
バイクが急ターンし、私は樫尾にしがみついた。振り回されるように向きを変えた後、再び急発進した。
「あと何分だ!?」
「あと、7分です!!」
樫尾が舌打ちする。時間は刻一刻と迫っていた。
「敵の部隊と衝突します!!」
部隊の一人が叫んだ。
「……怯むな! 突っ切れ!!」
樫尾の声の後に、敵の声が聞こえてきた。
「来たぞ!」
広い道路の上で、敵の戦闘員がこちらに向かってバイクで突っ込んでくるのが見えた。銃口が私達に向けられる。
「白井! 応戦しろ!」
私も銃を構えた。
瞬間、私の頭の中に何かが閃いたような感覚が走った――
――無音。
周りの空気がスローモーになっていく。……不思議だ。あらゆる動きが手に取るように分かるようだ。
頭の中が冴え渡り、敵をあっという間に捉えた。私が続けざまに銃を撃つと、その全てが敵に当たる感触を感じた。
気持ちがいい。ずっとこうして、止まった時間を過ごしていたい――
――時間が元に戻った。同時に、私達は敵の集団から抜け出し、目の前にはサクリが逃げ続けているのが見えた。
「……大丈夫!?」
私が叫ぶと、レオンとエレンが私達の側にやって来た。
「大丈夫! それより、白井スゴイね! 全く外さなかったね!」
エレンが興奮気味に言った。
「感心してる暇はないぞ。あと6分だ」
それを樫尾が冷たくあしらう。しかし、エレンは笑顔で返した。
「オーケー。機関銃が外れているなら……!!」
真剣な顔になったエレンはライフルを片手で構え、さらに片目を瞑って照準を合わせると、正確にホイールを狙い撃ちした。
パァンという音と共に、サクリがスリップしだした。サクリの勢いが、急激に落ちていく。
「上出来だ! ……!」
サクリが苦しそうに軋むような叫びを上げ、取り残された足が外れた。それが私達に向かって転がって来る。
「やばい!」
かわす事も出来ずにバイクは足と衝突し、私達はアスファルトへと投げ出された。サクリはそのままバランスを無くし、すぐそばのビルの壁に衝突した。
そのまま戦闘員がグレネードランチャーで足を狙撃した。ピンポイントで足に当たると、足がまた外れ、サクリはそのまま動かなくなった。
「くっ……がぁ……!」
地面に打ち付けられた樫尾が苦しそうにのたうち回る。
「樫尾!」
私はくらくらする体でどうにか起き上がり、樫尾の方へ歩いていくと、樫尾が威嚇するような声で言い放った。
「何やってんだ……爆弾だ……!!」
はっとして振り返ると、ヘリが着陸していた。パクが切迫した様子でヘリから出てきた。
「急ぐよ! あと5分だ!」
辺りは闇が濃くなっていき、ふらふらと歩く私達を部隊の戦闘員が支えながら、サクリの前まで辿り着いた。
サクリに触れようとした時、分厚い装甲が外れ、爆弾が剥き出しになった。樫尾が、爆弾に手を掛けた。
「成る程……残り3分で装甲が剥がれるようになっていたのか」
「早くしな。そうしないと」
「分かってる……白井、ナイフだ」
私は、慌てて高周波ナイフを取り出した。
「…………」
樫尾は険しい顔でそれを受け取り、爆弾に向かった。ナイフを素早く滑らせると、時限爆弾の回路が露出した。少し眺めた後、樫尾が気まずそうに言った。
「……ダミー回路だ。ダミーが切断されれば、一気に爆発する仕組みだ」
「じゃあ、どうやって調べるんだい!?」
パクが吠えた。焦りを圧し殺した声で、樫尾は言った。
「地道にやるしかない……!」
死を待つ時間のように、それは長く感じられた。樫尾はもうかなり消耗していて、少しでも集中の邪魔をすれば全てが台無しになるかもしれなかった。
そして、皆がその事に気をとられていたせいか、背後に忍び寄る影に気がつかなかった。
銃声。
そして次の瞬間、樫尾が腕を押さえて倒れ込んだ。
「…………!」
振り返ると、かなり数が少なくなったとは言えまだ残っていた敵の部隊が、私達を包囲していた。
「白井! あんたは樫尾のフォローだ!」
パクが叫ぶと、特殊部隊が私達を守るように円形に並んだ。
私は急いで樫尾に駆け寄る。
「白井……本物は……奥にある爆弾の本体から伸びている奴だ……!」
言われてすぐ私は、爆弾の本体を探した。全く同じ、黒色の回路が張り巡らされている、手が届かないような奥の方に爆弾の本体とタイマーがあった。
あと1分……!!
タイマーから伸びているダミーは10本、奥の方から伸びている一本だけを辿っていき、自分の近くまで寄せないといけない。そうしないと、高周波ナイフの特性上、触れた回路は全て切れてしまうから。
あと30秒!!
頭がパニックになりそうだ。落ち着いて、落ち着いて……!!
心臓はバクバクと鳴り響き、すぐ後ろでは銃声が鳴っていた。精神的に追い詰められ、壊れてもおかしくない。
……10秒!!
――早く、早く私の手の届くところまで来て!!
かなり近くまでやって来たが、それを切ることが出来る所までは来ていない。
3秒。
――手で捉える所へ来た!!
2。
それを手で掴み、こちらへ手繰り寄せる。
――1。
ナイフを取り、それを回路の前で滑るように動かした――。
タイマーの電気が止まった。
そして、銃声が鳴り、敵の戦闘員の最後の1人が横たわった。
やった……!
その時、私は酷い目眩を感じ、サクリから離れた瞬間、崩れるように倒れた。そして、引き摺るように起き上がった。
手がぶるぶる震え、ほとんど言うことを聞かない。
私はビルまでよろよろと歩いていき、壁にもたれ掛かった。呼吸を整えないと……。
樫尾も、エレンも、レオンも、誰もが疲弊しきっていた。本当は皆作戦の成功を祝いたい筈なのに、誰一人として笑える人間はいなかった。
動けなくなった私達を、戦闘員がヘリへと運んでいった。
現時刻、6時32分。