キキイィィッ!!
地面に「ノ」の字を描いて、ルビトールを止める。
「ちっ、信号か」
横断歩道をゆっくり歩く老婆にガンを飛ばしまくって青信号を待つ。すると後ろからサイレンとともに拡声器を使ったであろう声が響いた。
『そこのルビトール!路肩に寄せなさい!』
「あ?」
だるそうに後ろを振り向く。
『そこのナンバーA0721のルビトール!路肩に寄せなさい!』
「ちっ、サツか。シャブなんてやってねーぞコラ」
悪態をついてると、警察はほんの数メートル後ろに車を止め、中から2人の警官が降りてきた。
「君!時速何キロで走ってたか分かってるのかい?」
「……」
「おまけに道路にこんな大きなタイヤ痕つけて……、ちょっと車の中で詳しく聞くよ」
「……っせーよ」
「ほら、早く降りなさい」
「うっせーって言ってんだろこのハゲが!!んな暇ねーよ!!その絶滅しかけた頭髪抜くぞ!?」
「なっ!」
顔が次第に赤くなる初老の警官と、その横で笑いをこらえてる若い警官を尻目にアクセルを踏み込む。すると同時に信号が青に変わり、暁はもの凄い勢いで加速を始めた。
「おぉ、速いな」
「バカタレが!何を言ってる!?追いかけるぞ!!」
叱責を受けた若い警官はヘコヘコしながら運転席へと小走りした。
「旦那さま、そろそろお時間です」
その言葉を聞いてハッとした松良ヶ原慎五郎は鼻をほじる手を止めた。
「なに?もうそんな時間か」
「はい」
秘書の事務的な声にも関わらず、慎五郎の顔から笑みがこぼれる。
「そうかそうか、よし、では行こうか」
「旦那さま、お嬢様のお話、くれぐれもお忘れにならないように……」
「わかっておるわかっておる。あんな見合い話の後だからな、次はもっと良いのを持ってくるぞ」
「旦那さま、お嬢様はもうお見合いをしたくないと━━」
「もっといい男ならあの子も喜ぶに決まっておろう!今回の相手はハズレだったが次は失敗せんぞ!」
鼻を鳴らして息巻く慎五郎をよそに、秘書は見えないように溜息をついた。
「……では、私は表に車を回しておきます。準備が整い次第玄関までお越し下さい」
「おお、頼むぞ」
「はい」
踵を返し慎五郎の部屋を後にする。真っ先に向かったのは車庫ではなく、慎五郎の娘の部屋だった。
コンコン……。
「はい?」
「山嵜です」
「どうぞ」
部屋の中から女性の声がした。
「失礼します、お嬢様」
「どうしたの~?」
ベッドの上で寝そべりながら携帯ゲームをしている少女は、目もくれず用件を聞いた。
「お見合いの件ですが……」
「パパに言ってくれた~?」
「それがその……、非常に言いにくいのですが……」
「何よ~、もったいぶらないで早く言いなさい?」
「駄目でした」
その言葉を聞いた途端に少女は顔をベットに突っ伏した。
「申し訳ありません」
「……役立たず」
「私は次の仕事がありますのでこれで」
「役立たず!!」
山嵜は逃げるように部屋を去った。
『そこのルビトールに乗ってるガキャぁ!止まらんかボケェ!!』
暁は猛スピードで警察とカーチェイスを繰り広げていた。
「あんのガキぃ、調子に乗りおって……!」
初老の警官は窓を開けて身を乗り出し、腰のホルスターから銃を抜いた。
「ちょっと、警部補!やりすぎですって!」
運転中の若い警官はギョっとして引きとめる。
「うるせぇ!威嚇射撃だ!当てはしねぇよ」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
「お前が始末書書けば問題ねぇよっ!」
「そんな━━」
警部補と呼ばれた男は若い警官の反論を無視して引き金を引く。
パンッ!と乾いた銃声が響く。
暁は驚き、追跡する警察を睨みつける。
「この世界の住人はどうやら俺らの世界の人間に銃を向ける事の意味を知らねぇようだな」
暁がごそごそとルビトールの収納庫から目的のブツを取り出そうとした矢先、松良ヶ原邸が見えてきた。
「チッ、ここで止めりゃ面倒だな」
段々と迫る邸宅の前に黒塗りのセダンが停めてあった。
「……ふ」
暁は不敵に笑い、離した手をハンドルに戻した。
「警部補!マズイですって!松良ヶ原邸が見えてきましたよ!」
「チィ!」
舌打ちをして座席に戻り、拡声器を手にした。
もう松良ヶ原邸は数十メートル先にある。前を走るルビトールは速度を落とし始めなければ間違いなく激突するであろうスピードのままだった。
『そこのルビトール!!止まれっ、止まらんかい!!!ぶつかるぞオイ!!!』
警部補と呼ばれる男が叫ぶ。
暁はスピードを緩めることなく車に向かっていく。
もう駄目だ。2人の警官がそう思った瞬間、暁は前輪を持ち上げた。
「……っ!」
2人は絶句し、目の前の光景にくぎ付けになった。
暁のルビトールはボンネットを駆け上がり、車を踏み台にして高々と飛び上がった。
ドガアアァァァアァッァアン!!!
盛大な飛躍の余力でもって木製の大きな扉をブチ破り、暁は松良ヶ原邸へと侵入した。