Neetel Inside ニートノベル
表紙

カインド・オブ・ブルー
第10話『実力がすべて』

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 クアとフィーは、コーヒーテーブルに腰を下ろして、紅茶をすすりながら、久しぶりの会話を楽しんでいた。内容はもちろん、互いが知らない間の自分。クアの話を聞いたフィーは、微笑んでクアの頬を撫でる。
「いい人達に出会ったじゃない」
「うん……。ゼンくんには、嫌われちゃいましたけど」
 俯いたクアを、立ち上がったフィーが後ろから抱き締めた。そして耳元で、「仕方ないのよ。……私達の先祖が悪いの。ゼンくんを恨んじゃダメよ」と囁いた。
「うん。わかってる。恨んでないよお姉ちゃん」
 いい子ね、と言ってフィーはクアから離れた。そして、この部屋唯一の出入口である灰色の扉を一瞥してから。
「じゃあ、ここから脱出しましょうか」
「え。そんなことできるの? カギ、開いてるとか?」
「さすがにアンも、そこまで馬鹿じゃないわよ。私たちは魔女なんだから。魔法を使うのよ」






「……クアって子とフィーって子はここに来ていない。なら、私とは違う場所に捕らわれてるってことじゃない?」
 牢獄エリアから出たゼンとキャシーは、とりあえずゼンが歩いてきた道を引き返すことにした。クアはどこにいるのだろう、という問いに、キャシーの答えはそれだった。
「……そうなると、まずキャシーはどうして牢獄にいたんだ?」
「私はそもそも、賞金稼ぎなのよ。『不満女帝(バーストレディ)』っていえば、そこそこ知られた存在なんだけど」
「……いや、知らない」
「ふーん。まあいいけど。……私は侵入者で、彼女達は客って括りなのかしら」
 納得行かないわぁ、と吠えるみたいに呟くキャシー。暴れないよう、閉じ込めておくのは当たり前じゃないか、そう考えたが口にはしない。
 物珍しそうに辺りを見回すキャシーを引き連れたゼンの前に、廊下の中心で倒れているカリンの姿が飛び込んできた。
「カリン……ってことは、ミーシャが勝ったのか」
 しかし、周辺にミーシャの姿はない。
「ちょっとこいつ。怪我してるじゃない。背中一突き」
 カリンの傍らにしゃがみ込んで、その傷を撫でるキャシー。指先についた血をカリンの服で拭き、立ち上がる。
「これ、あんたの仲間がやったの?」
 頷くゼン。「ああ。ミーシャってやつと戦ってたはずなんだけど……」
「そのミーシャって子がいない、と」
「探しに行かなきゃ。ここに一人は、カリンとのダメージもあるだろうし。ミーシャだけじゃ危険だ」
 ふと、俯いて床を見る。ゼン達の進行方向に点々と伸びる赤い液体。おそらくは、ミーシャのナイフについたカリンの血液だろう。それを指差し、ゼンは「これを追う」とだけ言って歩き出した。
「りょーかい。あなたに従うわ。この艦内ではね」
 どうやら牢を開けてもらったことにそこそこの恩を感じているらしく、キャシーはそう言って、またゼンの後ろを歩き出す。
 女性を従え歩いたことなどないゼンは、奇妙な気分に駆られながら、廊下を歩く。

  ■

「さぁて。やろうか、お嬢ちゃん」
 にやにやと、まるでおままごとをやる幼児でも見るように笑い、挑発するボルト。傍目から見れば、ボールペンで武装した女性と筋骨隆々の男性。どちらが有利かは一目瞭然で、挑発も油断も当たり前に思える。
 しかし、その女性は悪名高い空賊ディライツの幹部であるセリス・レズテルなのだ。挑発は悲惨へのチケットになりうる。
「……めっちゃムカつく。おじ様、虫食いされたみたいな体にしたげるわ」
 その瞬間、セリスの腕が振られ、ボールペンが飛んだ。ボルトはしゃがみ込み、頭の上を通過するボールペンを確認してから走りだす。筋肉で覆われた体とは思えない程のスピードで、セリスの懐に飛び込んだ。
「汗臭いよ、おじおじ様っ!」
 セリスの鋭い回し蹴りが、ボルトの脇腹に突き刺さる。だが、爪先から感じる硬さに、ダメージはないだろうと判断。すぐに足を引き、天井と床に何本かのボールペンを投げる。そのペンの頭から飛び出した糸がペンとペンを繋いで、網を創りだした。
「あん?」
「ほら、あれ。当たり負けするから、安全圏から削らせてもらおうと思って」
 網の目を縫って、ボールペンがボルトへ飛ぶ。
「たかだかボールペンごとき――」
 キャッチしてやろうと手を伸ばすが、いきなりボールペンが軌道を変えて手の甲を貫通した。
「あん?」
 セリスを見れば、腕を引いていた。彼女の手には、ボルトの手を貫通したボールペンから伸びる糸が握られていた。糸を引く事によって、ボールペンの軌道を変えたのだろう。
「まず、一つ目」
 ボールペンがボルトの手から抜け、セリスの元へ帰っていく。
「おじ様虫食いまで、後いくつ穴開けたらいいのかしらね?」
 楽しそうに笑うセリスを見て、面白くなさそうに舌打ちし、網に手をかけるボルト。
「この網どかして、てめえを一発ぶん殴ってやる……!!」
 まさに鬼の形相とも言えるボルトの表情を見て、安全圏に居る余裕からか、けらけらと声を出さずに笑う。「それは、あれ。無理ってものだよおじ様。私の糸は強靭。四百キロくらいは耐え切れるし。ペンは刺さった瞬間爪が立って、簡単には抜けないし」
「やってみるか? こっちはお前の親父とおふくろが出会う前から整備士やってんだ」
 全身に力み、思い切り網を引こうとするボルトだが。その胸に三本のボールペンが刺さる。
「ぐ……」
「あれ? いつ待ってあげる、なんて言ったかな」
「ちっ……。抜けない確信があるんじゃねえのか」
「あるよ? あるけどほら、あれ。私そういう、暑苦しい展開って嫌いだから」
 わざとらしく顔を右手で扇ぎ、不敵に微笑むセリス。超現実主義。これが彼女の、強さの一端でもある。
「これで、四つの穴。おじ様、一体何個目で死ぬかな?」
「俺を殺したきゃ、二百個は開けねえとな……!」
「二百個? その程度で死んじゃうなんて、脆すぎない?」
 そうして、セリスはポケットから、さらにボールペンを取り出し、ボルトに向かって投げる。肩に突き刺さり、耳をかすめ、体中にボールペンが突き刺さる中、ボルトは逃げ出さずに網を掴んだままそれを引きちぎろうと、その場で踏ん張り始めた。
「……ったく。だから年寄りは嫌い。全部気合いとか、見えもしないもので片付けようとするんだから」
 平坦な声で言いながら、それでも調子を変えずに雨の如くボールペンを投げ続けるセリス。明らかに追い詰められるボルト。だが、彼の表情は笑っていた。
「はあ? 俺がいつ、気合いで片付けようとしたって?」
「今まさに」
「俺は気合いなんか信じてねえよ。いつだって、実力で全部片付けてきたんだ。――だから、今回も実力でねじ伏せてやらぁ!!」
 叫びと同時に腕を思い切り引いた瞬間、ボルトとセリスの間にあったネットが、ボルトの豪腕によって引きちぎられた。
「う――!?」
 咄嗟にセリスは、壁に突き刺さっているはずのボールペンを見る。ボールペンは抜けていない。それはつまり、単純な腕力だけで糸を引きちぎったということ。
(破られた――!?)
 ショックで頭が止まりそうになったが、セリスはすぐにそれを振り払い、バックステップ。彼女にとっては目の前で起こっていることだけが現実。糸の強度は自分の過信。充分なダメージは与えてある。もう今のが最後だったはずだ。
「動き、封じさせてもらうわ!」
 ボールペンをボルトの足元に投げようとして、振りかぶるセリス。だがそれより素早く、ボルトは腕を振るい、自分の指先まで流れた血をセリスの目に向かって放った。
「っ!」
 その血が目に入るのを防ごうとして、セリスは反射的に腕を上げる。その隙を突いてボルトは、セリスの手首を叩いて、ボールペンを落とさせた。
「しまっ――!!」
 そのボールペンから伸びた糸が、セリスの腕を巻き込んで、体の動きを封じた。酒場でボルトがされたように。
「……これで、俺の勝ちだな」
「ま、まだ……」
「それは無理だろ。俺でさえ、千切るのが面倒だったんだ」
 セリスは地面に座り込み、舌打ち。「あー……あれ、私の負け。認めるわ」


  ■


 ボルトと別れたアズマは、隠しエレベーターに乗り込んで、一気に最上階へと向かった。一部の人間だけが知っているこの隠しエレベーターは、ディライツの船長室にたどり着く唯一の手段。
 ちん、という間抜けなベルの音がして、ドアが開く。
 その先にあったのは、操縦室だった。船の進行方向に開いた大きな窓と、様々な計器類。エボラの訓練場ほどありそうなその部屋の中心に、大きな玉座。窓の方を向いたその椅子が、くるりと回ってアズマと相対した。
「……誰かな」
 その人物は、アズマと目が合うと、目を丸くして驚いた。
「お前は、アズマか……。確かにお前なら、その隠しエレベーターを知っていても、おかしかねえな」
「船長……」
 その玉座に座っていた男性――船長のグリード・ポッドは、立ち上がった。身長はおそらく百八十代前半。ガリガリに痩せた体と、窪んだ目が相まって、まるで骸骨の様な印象。黒髪をオールバックにし、上半身裸の上に黒いロングコート。ズボンは、黒のチノパン。手には、焼いた骨付き肉を持っていた。その骨付き肉にかぶりつき、くちゃくちゃと咀嚼し始める。
「なんで戻ってきた? お前は、この船を何年も前に降りただろう」
「また乗る必要が出来たからに決まってるじゃないですか」
「……なんの用事だ」
「囚われている魔女の開放」
「はっはははは!! いつから正義の味方になったんだよアズマ! ――忘れたか? お前は元々、このディライツの幹部。五真柱の一人だったじゃねえかよ」
「そう。それが条件です」
「……なに?」
「俺がディライツに戻ります。だから、魔女達は逃がしてください」
 肉を隅々まで、小さな塊さえ残さずに食べ終えると、今度は骨まで噛み砕き始めた。
「なる、ほど。なる、ほど。お前の意見はよく、わかった」
 骨を飲み込んだグリードは、口元をコートの袖で拭う。
「だが、却下だ」
「……開放はしない、と?」
「ああ、しねえ。だがてめえには戻ってきてほしい。俺様は全部欲しいんだよ。今だって腹が減ってる。肉を食ったばかりなのにだ! 金も欲しい! 名声も、女も、すべてだ!! 全部手に入るから俺は空賊になった。何かを諦める、なんてのは、俺のすることじゃねえ。俺に奪われたヤツがすることなんだよ。てめえも昔は、それに賛同したよなあ、アズマぁぁぁ……」
「……確かに」静かに頷くアズマ。だが、その表情は怒りに満ちている。視線の先に居るのはグリードだが、怒りの矛先はどこにあるかわからない。そんな表情。
「俺は昔は愚かだった。あなたのそういう考えに、賛同してしまった」
「愚か? 人の生き様を愚かか」
「俺は生き方を変える。奪うより、守る方が性にあってると知ったから」
「……俺とやるかい。まあ、万が一、俺が負けたら。開放してやってもいいぜ。俺が勝ったら、お前には戻ってきてもらうぜ」
 ロングコートのポケットを漁り始めるグリードを見て、アズマは即座に腰の刀へ手をかける。
「さあ。来いよ。元五真柱、『旋風一閃(ソニックヴァーユ)』のアズマ」

       

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