Neetel Inside ニートノベル
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カインド・オブ・ブルー
第四話『汚れた魔女』

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 酒場グリーングリーンを飛び出したアンを追うゼン。石畳を敷かれ、まばらに人が行き来する坂を軽やかに駆け上がっていくアン。ゼンも、なんとかそれについていく。
 そのまま二人はクアを追って、頂上にある騎士団訓練所へとたどり着いた。
「……どうやら、行き止まりのようですねえ」
 口元を押さえ、上品に笑い、ゆっくりクアに歩み寄るアン。
「諦めませんかクアさん。私は、あまり女性に粗相を働きたくはないんですよ」
 一歩下がりながら――アンを恐れながらも――しっかりと見据えながら、叫ぶ。
「なら、私のお姉ちゃんに――私の故郷にしたことは!! なんだったんですか!?」
 傘をくるくると回しながら、歩み寄るアン。その姿は、芝居がかったというか、役者そのものに見える。余裕を感じざるその態度は、クアの神経を逆撫でする。目の前の男は自分を怒らせるために生まれてきたような気がしてしまうほどに。
 クアは拳を握り締め、アンに向かって走り出そうと体重を前にかけようとした瞬間。
「うるぁぁぁ!!」
 アンの後ろからゼンが飛び出し、拳を振りかぶる。しかし、その気配を察したのか、アンはふわりと体重移動を感じさせないジャンプを見せ、その拳を避けた。アンとゼンの間に立ち、振り返り、ゼンを見据えるアン。
「おやおや。酒場にいた少年じゃないですか」
「ゼンくん!」
 安堵と不安が混じったような声でゼンを呼ぶクア。
「ゼン、とおっしゃるんですか。もしかして、甲冑を着た男と戦ったりしませんでした?」
 黙って頷くと、アンは傘を形に乗せ、目を一層細める。ゼンに対して敵意を抱いているのか、肌に酸をかけられたような熱と刺激を感じた。
「……では、やりましょうか」
「クア! 離れてろ!!」
 ゼンは拳を握り、構えて叫ぶ。クアは頷き、巻き込まれない程度の位置まで走っていく。それを見届け、ゼンはアンへと視線を戻す。
 相手の挙動、構え、表情、武器。それらを観察し、どういう戦いをするのか。力量はどの程度かを推測。在りし日のミーシャの言葉が、ゼンの頭に反響する。

『――いい、ゼン。初見の相手はよく観察して、どれだけ情報を得られるか。これがカギよ』

 観察。観察。と口の中で繰り返す。武器は恐らく傘だろう。打撃で勝負に来るはずだ。突かれたら危ない。とりあえず、傘に注意して攻めよう。
 それだけ考え、ゼンはアンに向かって走り出した。全力で三秒ほどの距離を詰め、右ストレートをアンの胸に突き出す。が、アンは半身になってそれを避け、同時に傘の持ち手でゼンの足首を引っ掛け体勢を崩す。
 背中から地面に倒れ込んだゼンの顔面目掛け、傘を突いた。
「っ!」
 それを転がることによって避け、素早く起き上がったゼンは、再びアン目掛けてダッシュ。そして、拳をとにかく打ち出す。避けることを許さない乱打。アンの体格であれば、打たれ強くはないという判断だ。
「乱打ですか……」
 落胆の表情を見せ、アンは傘を開いた。盾のようにかざすと、それはゼンの拳を受け止め弾いた。
「うぉ!?」
「無駄ですよ。私の傘は特殊な素材でできていましてね。何者の攻撃をも跳ね返します。言わば、無敵の盾です」
 そして――。と、傘を閉じたアンは、ゼンにその先端を向ける。途端、傘の先端から閃光。そして、ゼンの足元に弾丸が打ち込まれた。
「この様に、銃も仕込んであります。なかなかの物でしょう」
「うるせぇ!!」
 一歩踏み込み、ゼンが拳を振りかぶる。
「ですがまあ。この傘が無くともあなたの拳くらいは――」
 言いながら、ゼンの拳を紙一重で避ける。が、ゼンは腰を落とし、そのままアンの腰にタックルし、アンを持ち上げ――
「なっ!!」
「う、るァァァァッ!!」
 ――そのまま背後へと落とした。だが、綺麗に決まりすぎたのか、体を痛めた様子を見せず、すぐに起き上がりゼンから距離を取った。
「なるほど……。読まれている拳はフェイントに使い、タックルしてくるとは」
「ちっ……リキんじゃったか……」
 今ので決めたかった。とゼンは内心で呟いた。これが通用するのは恐らく一回だけ。多少なりダメージを与えたかったのが本音だ。
「……さて。どうしようかなぁ」
 ゼンは困った様に呟き、アンを見た。今にも口笛を吹き出しそうなほど、余裕そうな表情をしている。
 ゼンは、腰にぶら下げていた工具セットからドライバーを取り出し、ナイフの要領で構える。武器なしは心許ないと考えたのだ。
 再び距離を詰め、ゼンはドライバーを何度もアンへと突き出すが、ひらひらと風に舞うような動きを見せるアンに避けられてしまう。
「くそっ……当たりゃしねえ!!」
「もうよろしい」
 アンは、傘の芯でゼンの顔面を殴った。喉の奥で小さな音がして、柵まで突き飛ばされ、背中を預けたまま座り込んでしまう。
「いっ、てえ……!?」
 慌てて前を向くと、アンが銃口を向けていた。
「フル装備でなかったとはいえ、本当にダスロットさんを倒したとは思えません」
「ゼンくんッ!!」
 クアの叫びと、銃声はほとんど同時だった。


  ■


 時を同じくして、酒場グリーングリーン。二つ椅子を置いて、同じようにカウンターでコーヒーを飲むボルトとセリス。
「……お前はクアちゃんを捕まえに行かねえのか」
 と、ボルトが横目でセリスを見ながら呟いた。セリスは一口コーヒーを飲み、ため息を吐いた。寝起きのようなけだるさだ。
「私は、ほら。アンがやってくれるから」
「へえ。じゃあその間暇だろう? 聞きたいことがあんだよ」
 スツールを回し、ボルトへ向き直ったセリスは、無表情で彼を見つめた。
「……何を教えて欲しいわけ?」
「お前らの目的だよ。クアちゃんから聞いた話だと、ロイツェ姉妹を狙ってアテナを襲った様に感じてな」
 唇を釣り上げ、セリスはいやらしく笑ってみせた。その表情に嫌悪感を覚えたボルトは、舌打ちをして顔をしかめる。
「目的は教えられないけど、あの子の正体についてなら、教えてもいい」
「正体?」
 小さく笑うセリス。それはとっておきの情報らしく、言った後のボルトのリアクションを想像して、我慢できなくなっているらしい。


「ロイツェ姉妹は、魔女なのよ」


「……魔女だと?」一層顔をしかめるボルト。
「そう。聞いたことあるでしょう? 人ならざる力を使う、人間と異なる存在」
「それが実在するってのか」
「するのよ、それが。まあ魔女についてはいろいろ言われてるけど。『人間の上位種である』とか、はたまた『いや、化け物だ』とか。でも、あれ。確かなのは、嫌われ者ってこと。――その点については、私よりおじ様の方が詳しいかもね」
 その瞬間、ボルトの頭に嫌な記憶が蘇る。割れた皿の様な断片だが、酷く鋭利で、触るだけで傷つきそうだ。
「どうやら覚えがあるみたいね」
「お前の勘違いだ」
 その記憶をそっと閉じ込め、ボルトははっきりと言い放つ。
「あら、そう。――それじゃそろそろ、私は行くわ」
 ポケットから紙幣札を取り出し、それをコーヒーカップの下に挟む。そしてスツールから立ち上がる。
「ちょっと待て。……行かせると思うか?」
「あなたのご機嫌を伺う必要はないわ」
 胸ポケットからボールペンを取り出したセリスは、それを何本もボルトの足元に刺した。そして、小さく一言「結界」と呟けば、ボルトの体に細い糸が巻きつき、ボルトを拘束した。よく見ればその糸は床に刺さったボールペンから出ているようだ。
「じゃあねおじ様。二度と会わないことを祈るわ」
 そう言って、セリスはしゃんとした足取りで店から出て行った。
「待てェ!!」
 叫び、呼び止めようとしたが、セリスは止まらなかった。拘束されたままでは、追えもしない。
「ダージリンお待たせしましたー……って、あの変な人いない。あ、女の人とゼンもいない」
 その時、ちょうどティーカップを持ったミーシャが帰ってきた。

     

「……ボルトさん。何してんの?」
 怪訝そうな表情で、ボルトを見るミーシャ。彼女からして見れば、ボルトがいきなり細い糸で縛られているのだ。わけのわからない状況としか言い様がない。
「ちょうどいい所に来たな。ミーシャ、この糸切ってくれ」
「……わ、わかった」
 ミーシャはキャスターを取り出すと、ボルトを縛っていた糸を容易く切り、ボルトを解放した。
「よしっ。行くぞミーシャ」
「はい? どこに? ……というか、私いま仕事中」
「いいから! クアちゃんのピンチなんだよ!!」
「なに、ちょっとそれどういうこと?」
「詳しくは走りながら説明する。場所は多分、訓練所だ」


  ■


 瞳を閉じたゼンは、自分の体に痛みがないということに違和感を覚えた。ゆっくり瞳を開くと、目の前には丸い石が浮かんでいた。それを中心に半透明の壁が作り出され、その壁が弾丸を受け止めていた。弾丸とその石が地面に落ちると、ゼンはクアの方へ視線を動かした。
 その先で、クアは肩を上下させ、息を荒げていた。
「これ、クアがやったのか……?」
「おやおや。さすがですねえ」
「……なんだ、今の」
 間抜けな声を出すゼンに、アンはゆっくりと歩み寄って、見下す。
「知らなかったんですか? 彼女は――」
「やめて!! やめてやめてやめて!!」

「――汚れた魔女、なんですよ」

 ゼンの頭にはその言葉がべったりと張り付き、視線はクアに張り付いていた。その表情は、未知の物への恐れ。
「ち、違うのゼンくん。隠してたわけじゃないの。ただ、言える勇気が、なくて……!」
 繕う様に、必死に言葉を紡ぐが、ゼンにはその半分も伝わっていないらしい。もっと近くなら言葉は伝わるだろうか。そんなことを思い、歩み寄ろうとした瞬間。クアの体を細い糸が縛った。
「きゃっ!!」
 その所為で地面に倒れてしまったクア。アンが訓練所の入口へ視線をやると、そこにはセリスが立っていた。
「余計なことはしなくていいって、船長言ってたじゃない」
「いやぁ、そうなんですけどねえ……つい」
 アンは、倒れているクアの元へ行き、クアの縛っている糸を掴み立たせた。そして、セリスがポケットからリモコンを取り出し、そのボタンを操作すると、上空からダスロット達が乗ってきたのと同型の飛行船が降りてきた。
「……じゃあ、行きましょうか。クアさん。最後に、あの少年に言い残したいことは?」
 クアは一瞬だけ躊躇するが、無理矢理笑顔を作る。
「ゼンくん!」
 叫ぶが、ゼンはただ怯えた表情でクアを見るだけ。それでも構わないと、クアは一言だけ呟いた。
「騙してて、ごめんなさい」
 少しだけ震える声。アンに引きずられるようにして飛行船に乗せられ、三人を乗せた飛行船は空へ飛んで行った。

       

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