Neetel Inside ニートノベル
表紙

魔神黙示録
第一章 もがき

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カタカタカタ……
 薄暗い部屋、椅子に座った人影が一つとそれを取り囲むように
電子機器が並べられている中、キーボードの叩く音は途切れずに鳴り続けていた。
暫くして音が止むと、真っ暗なモニターに文字の羅列が流れ始める。
そして、文字の流れが止まると、一番下に一つの単語が映し出されていた。

 “ 魔 神 転 生 黙 示 録”、と。



 時は20XX年。某進学校。
一人の少年が虚ろな表情で窓から外を眺めていた。
この少年の名前は光田清彦。この学校でもう二年生になる平凡な学生だ。
特に頭が良いわけでなく、運動ができるわけではないが、楽しくダラダラと毎日を過ごしていた。
「よう、光田。元気そうだな」
 この溌剌とした少年は尾上照だ。
光田とは小学校からの幼馴染で、絵に描いたような活発な学生だ。
「うるさいな」
 鬱陶しそうに光田が返事をすると、
それを合図に尾上は最近殺人事件が多いんだということを、
小一時間掛けて熱弁し始めた。
しかし、光田は話の節にそれがニュースから得た情報だと聞くと、
呆れた様子でそれ以降はただ聞き流していた。
話が丁度終わるころ、担任の先生が教室に入ってきた。

「「起立」」「「礼」」
 今日は始業式。
 学生ならば、誰もが憂鬱になる日。
尾上と光田も例外ではなく、どこかかったるそうにしていた。
 学生は皆体育館に規則正しく整列し、
始業式は生徒会長の挨拶、部活動の後援会、校長先生の式辞と問題なく進められていた。
 そうして最後の長い式辞も終わり、2人が他愛も無い話をしていると、
一人の先生が剣幕な――というより深刻な表情をして慌てながら壇上に上がっていった。
ピィーーートントントン
<ええ、今から緊急集会を行います。静かにお願いします>
「また誰かが何かをやらかしたのか」
実を言うとこの学校、毎年数人の問題児が出るようで、
休みの期間に何かしら問題を起こしていた。
なので、またか、と思い、誰一人真剣に聞こうとはしていなかった。

<……いいですね。実は今日の午前10時頃、この周辺で殺人事件が起きました>

 意外な言葉が飛び出し、体育館中がどよめく。生徒だけでなく先生も慌しい。
話は淡々と進められ、体育館中の人間がただ静かに話しに聞き入っていた。

<………、それで、その犯人が……現在逃走中で……>

 その一言が引き金となり、体育館中が騒然とした。
一人ずつ、また一人ずつ取り乱していく。
 恐怖から理性を失う生徒達を宥めようとする先生達の必死の
呼び掛けも虚しく、事態はもはや収拾がつかなくなっていた。

     

「おい、このままじっとしてたら俺達危ないぞ」
 話を切出したのは尾上のほうからだった。
この状況下、勇気を振り絞って話し出したのだろう。
少し引き攣ったような顔からは汗が止め処なく流れ続け、
身体も小刻みに震えている。
 尾上が言い出したのは、ここを一緒に逃げ出す、という提案だった。
 それを聞くや光田はすぐに断ったが、それでも何度も何度も賛同を煽ってくるので、
いい加減にしろ、と言おうと尾上の方を見た。
すると、尾上の顔がもう限界だ、と訴えているのに気付き、
これ以上何か言って刺激しないほうが良い、と口を積もらせた。


――それから5分が経った。
 話がいつ終わるのかと見守る中、
痺れを切らしたのか尾上はグンッとその場に立ち上がった。
「生きてたらまたな」
 そう言って薄っすらとした笑みを浮かべると、急に体育館の出口に向かって走り出した。
他の生徒も我慢の限界だったようで、それを見てつられて飛び出した。
 異変に気付いた先生が止めにかかろうとするが、
それも虚しくあっという間にもぬけの殻になり、残るは光田一人になっていた。
最後になった光田は先生達に一度お辞儀をすると、そそくさと体育館から出ていった。



 10分後、光田は学校を途中で抜け出した事に対する、
不思議と沸く胸の高鳴りと妙な開放感を感じていた。
それに気分を良くしていつもの帰路を歩いていると、
曲がり道の陰から手が伸びているのが見えた。子供ぐらいの大きさだ。
「大変だ……」

 事件のこともあって恐る恐る手のあるほうに歩いてくと、
そこには想像もつかない、おぞましい光景が広がっていた

「……!」

 光田は一人、騒然としていた。
最初は道端に子供が倒れているものだと思った。
しかし、近づいてみると、それは子供のものではなく、犬や猫、
しかもそのほとんどが骨のはみ出た手足だけしか残っていない状態だった。
恐怖の中、何が起こったのかと目を凝らして奥を見ると、
そこには奇妙な人影が血を滴り落としながらゆらゆらと蠢いていた。
「うぐっ……ふむぅっふっふっふっ……」
 光田は目と口から出るものを抑えながら全速力で走った。
10分ほど全力で走ったところで後ろを振り返ると、いつもの通学風景が広がっていた。
それでも動悸が治まらず、緊張した赴きで家に帰って行った。

これから何が起こるとも知らずに……

     

 家の中は此の世の如何なる場所より安全だ。
普通はそう思うに違いない。
好き好んで外で寝る人も居なければ、
家を要らないと自分から外に住む人などまず考えられない。
そう、家は絶対な安息場である……筈だった。


 光田の家は一軒家だ。それほど大きくもなく目立たない、
どこにでもあるような家だった。
 光田は玄関に出て靴を脱ぎ、一言ただいま、と帰宅したのを伝えた。
しかし、返事はなく、それどころか物音一つしない。
「おかしい」
 光田はそう思った。
今は午前12時を少し回っている。
この時間、光田の母が家に居ないことは一度もなかった。
その時間帯は必ず家に居る時間、と母が自分でも言ってたぐらいだ。
それなのに、聞こえるのは秒針の音と心臓の高鳴り音。
玄関を抜けリビングに入ったが、それでも物陰一つ見えない。
「誰もいないー?」
 やはり返事が無い。
少し不審に思いつつも取り敢えずはと、PCを見た。
今日は早く帰るだけあってwinnyをずっと付けていたようだ。
光田は淡い期待をしながらモニターに目をやると、
デスクトップに見覚えないファイルがあるのに気付いた。
「ん?何だこれ。……“悪魔召喚プログラム”……?」
 光田は一時間前のこともあり、
不気味に思いつつも、興味本心で起動してみようと思った。
しかし、何も起きない。
いくらクリックしても起動すらしない。
「あれ?なんだよこれ。リンクされてないのか?」
 そう思ってあれこれいじっていると、光田の後ろから声がした。
「ただいまー!」
「うわっ!?」
 ぎょっとして振り返ってみるとリビングの入り口に弟がいた。
「何だ、帰ってるんなら早く言えよ!」
 突然後ろから声を掛けられた光田は心底驚いていた。

「ただいま、ただいま」

「あーわかったから、おかえり」

「ただいま、ただいま」

(?)
 何か様子がおかしい、
そう思いながらも、母さんの行方を知っているか尋ねた。
何故か早く聞かないといけないような気がしたからだ。

「なぁ、母さん帰ってない?どこにいってるかわからないんだ」

 それを聞いた弟は不思議そうな顔をして頭を傾けた。
 弟が考え込むようにしている状態で暫く経ち、
光田は弟の奇妙な行動に何かあると確信めいたものを感じ始めた。
 もう我慢が限界だ、と光田が口を開いた――と思うと
弟が頭を小刻みに揺らし急に話し出した。それも唸るように。

「$&#@%#:?」

 あまりの突拍子の無い出来事に光田が呆気にとられていると、弟が急に飛び掛ってきた。
光田はハッと我に返り傍にたまたまあったゴキジェットを顔に噴きかけた。
それに驚いた弟の一瞬の隙を見て洗面所に逃げた。
 洗面所に入り、内側からドアの鍵を閉め、窓から抜け出そうと浴場に行くと、
そこには乾燥してわかりづらいが、見慣れた人が風呂を背に座り込んでいた。

「たすけ……て……」

 しかし、今の光田にはそれに構う余裕もなく、
家から抜け出し出来るだけ遠くに行くことで頭がいっぱいになっていた。

 やっとのことで抜け出し外の様子を見ると、
たったさっきまで晴れ晴れとした空は赤く染まり、
黒く赤みが掛かった雲が縦横無尽に空を漂っていた。
 光田は突然の見知らぬ光景に戸惑うが、
襲われている事を思い出し、遠くに走っていった。

     

 帰る家と家族を突如奪われた光田には、
宛も無く、只さ迷うことしか出来無かった。


 暫く裏通りを歩いていると、あることに気付いた。
人が全く居ないのだ。それどころか犬や猫や鳥さえも。
「何かが起こってる。俺にはわからない、何かが」
段々と自分の置かれている状況を理解した光田は、
とりあえず一晩安全に過ごせる場所を探そうと、
ある場所に向かっていった。


――1時間後、午後7時半頃。某公園。
 相変わらず人っ子一人居ず、公園で噴水が水を上下しているさまが、
なんとも不気味な光景に見える。
そんな中、光田は鳥のような人のような奇怪な生物と対峙していた。
「すいません……ここで休ませてください」
 恐怖の中、なんとか言葉を発するが、
鳥人のような生物は意味の分からない言葉を話すだけで、
埒が明かなくなっている。
(駄目だ、やっぱり言葉が通じない)
 少しずつだが確実に間合いを詰め寄ってくる鳥人。
(どうせ殺されるんなら、少しでも抵抗してやる)
 そう思い、ここに来る途中にたまたま見つけた血塗れの鉄パイプを両手で握り締め、
自分のほうからも鳥人に擦り寄る。

ジリ……ジリ……

一人と一体は間合いを3メートル程までに詰める。
すると、鳥人は歩みを止め、右手の指先を突き出した。
それを好機と見て「いまだ!!」と光田が飛び掛ろうとした時、


ビィィィィィィイイイイイイ


 突如、光田からみて右の道路側から警報音が鳴り響いた。
そこには男が居て、リュックサックをからった40ぐらいのいかにも中年の体系をしていた。
その男の頭と手にそれぞれ奇妙な装置が取り付けられている。
「待て!坊主!戦っちゃ駄目だ、離れろ!」
 それを聞いた光田は鳥人から目を離さずにゆっくりと距離を10メートルぐらいに開いた。
「アンドラス、そうだそいつはアンドラスだ!」
「アンドラス?」
 男は手の機械を操作すると、光田と鳥人の間に割って入り、
“光田ではなく鳥人”と話を始めた。
「おじさん、そいつに話しかけても無駄だって!」
「いいから見てろ」
 厳しい口調でそう言い放つと、話を続けた。
なんとも珍しい光景だ。中年と鳥人が神妙な顔つきで話をしている。
「ですから、俺はただ通り掛かっただけで……」


 それから10分後、話がまとまったのか、二人は話すのを止めた。
そして、男が何かゆらゆらと光る石を差し出すと、
鳥人……アンドラスはそれを受け取り、一度頷くと空へ飛びだって行った。
姿が見えなくなると、男はほっとしたように胸を撫で下ろしていた。


「大丈夫だったか坊主。悪魔と対峙するなんて無茶はもうやめろよ」
 男はベンチに座りながら優しくなだめた。
「おじさん、あれって一体何なの」
「ああ、あれは悪魔……といっても俄かに信じられんだろうが、正真正銘の悪魔だ」
 光田はちょっと前なら信じていなかったが、今になってみると
悪魔が居るとなっても不思議には感じなかった。
「悪魔はとんでもない力を持っている。人じゃ適わんよ」

「その口ぶりだと……おじさん他にも悪魔と対峙したの?」

「ああ、それはもう生きているのが不思議なぐらいにな」


 そうして話をしている事1時間、色々なことが分かった。
男の名前は石腹 伸太郎、独身で、
悪魔が他にも沢山居る事、
男が装着している装置、COMPが悪魔と話すための道具である事や、
他の生き残った人が居る確立が絶望的に低いという事を。
「この町だけじゃねえ。どこにいっても悪魔がいやがる」
「どこにいっても……あ!悪い、石腹さん。俺行くとこがあるんだった」
「そうか……じゃぁこれを持っていけ」
 持っていたリュックサックから自分が着けている物より、
かなり小さめのCOMPと光った石を取り出し、光田に手渡した。
「COMPはもうわかるな。一応説明書も渡しといてやるから目を通しとけよ」
「有難うございます。ところでさっきも使ってたこの石は?」
「この石は“魔石”って言うんだ。奴らとの交渉の切り札になる。大事に使えよ」
 そう言うと石腹はベンチから立ち上がり、道路側に出てまた歩き出していった。
「石腹さん、お気をつけて!」
「おう、坊主も達者でな」


 こうして不安と期待が入り混じりつつ光田もある場所に向け歩き出した。

     

 “生き残っている人がいる確立は絶望的に低い。”
その言葉が頭をちらつく。あいつに限ってそれはないと信じ、光田はある場所に向かった。


ピンポーン
 ベルを鳴らす。
しかし、反応が無い。
しょうがないので、持っていた鉄パイプで、ドアを無理やり打ち破った。
そして、玄関に入った途端、光田を強烈な異臭が襲った。
嫌な予感がしつつ、細い通路を抜けリビングを覗くと、凄惨な光景が広がっていた。
棘のついた首輪を着けた赤い猛獣が、数匹で小学生……ぐらいの子供に群がり、
はらわたをむしゃむしゃと貪っていた。
その中の一匹がさっきの音に気付いたのか、周りを見回していた。

「おい……こっちだ」
 後ろから声が聞こえ、猛獣達を刺激しないよう静かに下がっていくと、
そこには尾上が手にバットを持って縮こまっていた。
 一階から物音がすると思い下の階を覗くと、
弟がまるで人形のように猛獣達に揉みくちゃにされている、
尾上は涙目になりながら、さっき起こった出来事を報告した。
「……弟はもう無理だ。奴らは食事に夢中になっているから、諦めて
俺たちだけでも逃げようぜ」
「食事ってお前!」
 尾上は激怒したが話す声はぐっと押し殺されていた。
しかし、その声は猛獣達が気付くには十分なものだった。
「悪かった。でも今は生き延びるのが先だ」
 そういって光田は尾上の手を持ち慎重に、一歩一歩下がっていった。
気付いた猛獣達も、二人に見つからないよう、死角から音を立てず、静かに近づく。
二人は壊した玄関のドアをそっと開けると、一気に抜け走り出した。
すると、その様子を見た猛獣達も、物凄い速さで追いかけてきた。
「おい、追いかけてきたぞ」
「そんなのわかってる」
 光田は走りつつもCOMPを起動させ、
猛獣達に持っている石を一つ投げつけたが、
一匹がそれを咥えると、何事もなかったように追い続ける。
「はっはっ……悪い光田、俺もう駄目だ」
 尾上は繋いでいた手を離しその場で崩れ落ちた。
無理もない、尾上は光田と違って始めて悪魔と対峙したのだ。
恐怖のあまり、腰が抜けてしまっていた。
「もう怖くて走れない。俺が食われている間にお前だけも逃げてくれ」
 そう言うと尾上はその場で大の字に寝転んだ。
それを好機と見たのか猛獣達はスピードを上げて突っ込んできた。
「くそおおおおおお」
 光田は逃げた。一度も振り返らずに。
それから少しして、後ろから叫び声が聞こえ、
それを黙殺できるわけもなく、涙を流しながら走っていった。


「これからどうしよう」
 光田は頭の中がぐちゃぐちゃだった。短期間で家族を失い、親友も失ったのだ。
 何も思いつかずにぼーっと歩いていると、かなり大きな商店街にでた。
実はこの商店街、物騒だと有名で、一般人ならまず、誰一人通らないような場所だ。
「しょうがない、行ってみるか」
 意を決して入っていくと、店の窓から光るものがチラチラしているのがわかった。
気になって近づいたその矢先、銃声と共に足に鋭い痛みが襲った。
「ぐああああ」
 叫び声を聞き、窓から人が飛び出してくる。
「おい!こいつ人間だぞ」
「本当だ!」
 数人の話し声が聞こえてくるが、足の痛みに耐え切れず光田は気絶してしまった。


 (いてえ……一体どうなって)
「おお目が覚めたか。悪かったな撃って」
 目の前には男が4人程、軍人のような服装をして立っていた。
その中に一人、見た事のある人が居た。
そう、石腹 伸太郎だ。
「おー坊主だったか。生き残ってて何よりだ。俺はてっきり死んでるだろうと思っていたがな。ははは」
「怖い事言わないでよ」
「それより、一人のようだが」
「それが……」
 光田はここに着くまでの経緯をはなした。
「そうか……。まぁ気を落とすな。」
「ところで、見たところ行く場所が無さそうだが、良かったら俺達と行動しないか?」
「そうですね……このまま一人でいても危険ですからね」
「じゃぁきまりだな」
 石腹は快く返事をしたが、後ろにいる3人は俯いているだけで最後まで何も話さなかった。


 それから、食事を取り、夜の見張りの時間になった。
「石腹さん、ちょっといいですか」
「なんだ?」
「あの3人はいつもああなんですか?」
「ああそうだ。」
 石腹の話によると、あの3人は光田と同じで家族を悪魔に殺され、
命からがらここまで逃げてきたということだった。
それを聞いた光田は家族と尾上のことを思い出し、
そのまま2人は、夜が明けるまでの間、ただ無言で見張りを続けるのであった。
そして、夜が明けた。

       

表紙

モチこんび 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha