D公園の砂場を掘り進めて行くと地下帝国シャンバラに通じる黄金のトンネルが見つかるという、馬鹿げた噂が
町中の子供たちの間で持ちきりだったのが18年前。
当時小学生だった僕は、そのD公園でホームレスをやっている。
今振り返っても、馬鹿げた噂だな、と思う。あのころの僕は良かった。
あんな馬鹿げた噂でも、子供とはいえ、心から興奮できたのだから。
今の僕の興奮することと言えば、もっぱら、砂場近くのベンチで大きいシケモクを見つけたときくらいのもんだ。
誰が咥えたかもしれぬシケモクを、何のためらいもなく据えてしまっている僕。
18年前、この公園を友達と全力で走り回っていたあの日の僕が、今の僕を見たら、彼は軽蔑の眼差しを向けるに違いない。
童心を捨てた代わりに得たものは、このシケモクと、年の離れすぎて話の通じないホームレス仲間だ。
木々の日陰に座り込み、久々の大物を味わう僕の目の前で、そのオコボレにあずかろうと、ワンカップを片手に愛想良く話している老人、彼の名は立川と言った。
禿げ上がった頭に、薄汚れたニット帽がよく似合う、歯抜けのホームレスだ。
こうなる前は、大きな株式会社の経理を担当していたらしいが、彼の身振り手振りからは想像もできない。
こんなことを言うのもあれだが、『THE ホームレス』といったところか。立川はそんな男だった。
「ヒケモク、一本くれ」立川が言った。「はい?何です?」聞き取れぬふりをして聞き返したが、いずれ自分も立川の立場になるかもしれないと思ったので「シケモク」を一本やった。この公園でホームレスとして生存していく場合、協調性が何よりも重要である、特に冬を乗り越えるためには。
猿がおしくらまんじゅうをするがごとく、助け合いと協調性の精神を発揮しなければ、冬は越えられないのだ。
立川はシケモクを受け取ると、僕に背を向けて焚き火の方へ向かった。火を付けに行ったのだろう。
僕は吹き抜ける風から少しでも見を守ろうと、座ったまま木に身を寄せる。
ちょうどそのとき、立川が踵を返して、こっちへ戻ってきた。
「おい、シャンバラって聞いたことあるか。」
シケモクくわえたまま、立川はこちらへ歩きながら大きめの声でそういった。
「ないです」即答した。もちろん、聞いたことはある。
もっといえばシャンバラという言葉は、僕の少年時代の象徴だから忘れるはずもない。
ただ、歯抜け立川との話が長引くのが嫌だった。「そうか、知らねぇか。おめぇこの町の人間だろう。
だったらてめぇくれぇの歳だと知ってる思ったんだがよ、まぁいいや。ヒケモクごっつぉさん」
立川と会話したのは、それが最後だった。
立川の最後はあっけないものだった
。酒に酔った彼は、シケモクを吸いながら床についたのだ。
そして、ダンボールとスポーツ新聞で出来た彼の豪邸は、住人と共に灰になってしまった。
灰になった立川は、地下帝国シャンバラで眠っているのだろうか。
羨ましい。
僕もいっそシャンバラで余生を過ごしたい。
冬が来る前にシャンバラに行きたい。
シャンバラは冬がないんだ。
ずっと一定の温度を保ってる。
食い物にも困らない。
いたるところに美人が歩いている。
突然の木枯らしが、僕のエスカレートした妄想を中断させた。
目を横に向けると、砂場の砂が舞っていた。
僕は何か衝動に駆られてスコップを探した。
しかし、スコップは見つからず、木の枝で俺は掘り始めた。