5月も半ば、ゴールデンウィークの余韻に浸る間も無く、俺は上司から出張を命じられた。
とはいっても、たったの3泊4日。普段なら何の心配も無いのだが、今回は少し事情が違う。
「出張? 勝手に行ってくれば?」
この傲慢な居候、ミケを残して家を離れるのはなんとも不安だ。
1ヶ月一緒に暮らしてきて俺が分かったのは、ミケは口だけは生意気だが、中身は小学生未満。隠してはいるが、日曜の朝にやってる女の子向けのアニメを見て大興奮しているのを俺は知ってる。元野良猫の癖に出不精で、一日中家に居ても平気らしい。「ありがとう」や「ごめんなさい」なんてしおらしい言葉は、一生こいつの口からは飛び出してこない気がする。
何より、寝顔のなんともマヌケな事。もうすっかりうちに根を下ろしている。
出発の前日、俺は少しでも不安を払拭する為、ミケに注意点を言った。
「エサ袋は余分に開けておくけど、あんまり食いすぎるなよ?」
「分かってるわよ」
「ガスは触るなよ。一応、元栓は締めておくけど」
「はいはい」
「外に出る時はちゃんと窓の鍵閉めろよ」
「分かってるって」
「寂しくないか?」
「寝言は寝てから言いなさいよ!」
「あとこれ首輪。うざいとか言ってないで外出る時はちゃんとしてけよ」
「しつっこいわね! それよりあんた、自分の心配をした方が良いんじゃないの!? 明日からでしょ。ちゃんと準備したわけ?」
ミケは相変わらずコタツにもぐって、頭だけを出して反論してくる。その姿が実に心配させるのも、本人には分からないらしい。
俺はそれを見て思い出す。
「ああそうだ。ついでだし、コタツもしまおう」
「え!?」
やけに驚くミケ。
「何驚いてんだよ。もうそろそろ暑くなってくるし、いらないだろ。それにお前、時々つけっぱなしにして寝るし」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! コタツはまだ駄目!」
「あん?」
妙にミケが焦っている。こんな時は大抵、隠し事をしている。
「いいからしまうぞ。ほら、どけ」
「駄目だって言ってるでしょ!?」
「だから、なんでだよ?」
「だ、だってまだ寒い日もあるし、それにほら、あると落ち着くのよ。うん」
と言いながら、ほら目をそらす。やっぱり何かを隠している。
「それより準備しなさいよ!」
当然納得いかないものの、俺は渋々旅行鞄を引っ張り出して、中に着替えやら資料やらを詰め始めた。その様子を見るミケは、やはりコタツから出てこようとはしない。
「お前……何か隠してるだろ?」
「な、何も!? それよりちゃんと準備はしたの? 直前に行けなくなったってなっても、知らないんだからね」
上ずった声。すぐ逸らす話題。分かりやすいにも程がある。
「……やっぱりコタツは片付けよう。帰ってきたら家が大火事なんて御免だからな」
そう決意を口にして、コタツ布団を机から引き抜こうとするも、ミケは布団を両手で掴んで、「やーめーろー」意地でも動かない。
こうなれば、第一次コタツ戦争勃発だ。
「出てこい、こんにゃろー」
コタツの中に引っ込んだミケを引っ張り出そうと、俺はすかさずコタツに手を突っ込む。手探りでミケの体に触れる。柔らかい感触。
「ど、どこ触ってんのよ変態!」
「あ痛っ」
手を引っかかれた。ていうか、どこに触っても嬉しくねえよ!
次に俺は、ミケごとコタツを横に立てちまおうと企み、机の端っこを掴む。それに気づいたミケが、片っ端から中で俺の指を外しやがるので、コタツは一向に上がらない。
「いい加減観念しろ!」
「するもんですか!」
しまいにこの凶悪立てこもり犯は、コタツの中からリモコンやら漫画本やらを俺に向かってぶん投げてきやがった。
一体何がミケをここまでさせるのか。
「はぁはぁ……なんなんだ全く……」
第一次コタツ戦争は俺の敗北にて終結。仕方なく、明日の準備に戻る。
大人しくなったミケが、俺を見て、勝ち誇ったようにこう言った。
「そうそう、あんたは大人しく明日の準備をした方が身の為だわ」
その時ふと、思った。
ミケがこんなにコタツを死守するのは何故だろうか。
俺がミケと出会ったきっかけは、1ヶ月前、寒さに凍えるミケを、コタツに入れてやった事。それからなんとなく、ミケはうちに居候を始め、1日3食のエサを与え、いつでもミケが外に出れるよう窓にミケ用の鍵をつけた。
普段の態度があまりにも図々しいから、俺も誤解をしていたのかもしれない。
「ミケ……お前、コタツを片付けたら出ていかされると思ったのか?」
ミケは答えず、頭を引っ込める。
「……」
気恥ずかしい沈黙だった。
「……悪かったよ。コタツはまだ出しておいていい」
「ふ、ふん、当たり前よ」
「でもな、コタツが無くたって、お前がここに居て良い事は変わらないからな」
「……うん」
これからの3泊4日が、少しだけ寂しいかもしれないと感じた。
とりあえず、コタツは俺が帰ってきてからしまう事にしよう。
旅行鞄をまとめ終え、スケジュールの確認。それから乗る新幹線の時間をチェックをしていて、ある事に気づいた。
「あれ?」
新幹線のチケットが無い。
3日前に上司からもらって、それを仕事鞄に入れたままだったんだが、どこにも見当たらない。鞄の中からチケットだけが忽然と消えて無くなるなんて事があるのだろうか、いや無い。
困惑する俺の視界に、コタツが入った。
俺はミケに悟られぬように気配を消して近づくと、勢い良くコタツを取っ払った。中で丸まっていたミケが、「にゃ!?」と驚いて、俺を見上げる。
「おいミケ、そこをどけ」
「な、なんでよ! コタツ返してよ!」
「いいからどけって、そら!」
ミケを両手で抱いて、無理やりどかす。
案の定、ミケが隠していたのは俺のチケットだった。
「何で隠した? チケットが無くなれば、出張は中止だと思ったのか? ん?」
「べ、別に……」
「……つまり寂しいのか?」
「んなワケ無いでしょ! 馬鹿! 死んじゃえ!」
一瞬でも同情した俺は、お前の言う通り、確かに馬鹿だったよ。
ミケの徒然なる日記 5月
ブログのタイトル
かっこいいのにかえた
いいでしょ?
ていうか
いっしょにすんでるおとこが
しゅっちょうとかいって
いないんだけど
これっぽっちも
さびしくはないけど
まあ
つまんない
いつもうるさいけど
いないとなると
ほんとさびしくはないけど
はりあいがないね
まあ
いいやつだし
みどころある
さびしくはないけどね
でも
これだけは
ぜったいいえる
あたしと
はなれてる
あいつのほうが
100ばいさびしがってる
ぜったいね