Neetel Inside ニートノベル
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俺とミケの一年
11月

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 11月の初め、先月俺の放った一言が少しは効いたのか、突然、ミケが自ら「働く」と言い出した。
 なんという事だ。あれだけ食っちゃ寝、食っちゃ寝して、家計を助ける気などまるで見せずに、いつも家でごろにゃーしていたあのミケが。自らの意思で働こうなどとは、天変地異の前触れか!?
「さてはお前ミケじゃないな!? ミケの皮を被った他の猫だ!」
「あんたとてつもなく失礼ね! ならいいわよ、働かない」
 と、ふてくされる所を見るに、こいつは本物のミケらしい。
「いやいや、冗談だ。で、どこで働くんだ?」
 無視を決め込むミケ。
「おーい。機嫌直せって」
 まさしく猫撫で声で、ミケの必要以上に柔らかい腹をもふもふすると、「なははは!」とおっさんみたいな声で笑って、俺の傍から離れた。
 当然、俺は追いかけて、もふもふを続行する。
「ミケ! 逃げるなって!」
「ちょ、やめてよ! それ以上もふったら殺すわよ!」
 と息巻くも、表情は和やかで機嫌は良い。
 それから30分ほどもふもふしきって、ミケもくたっとなった頃、俺はようやく本題を思い出した。
「で、どこで働くんだ? もう決めてあるのか? ん?」
 ミケは俺のあぐらの上で丸まりながら、
「んー。一応、ベタだけどコンビニかなって。猫が店員しているコンビニ良くあるし」
「ほう。お前がコンビニねえ……出来るのかね」
「馬鹿にしないでよね! それくらい出来るわよ。自分で電話して、日曜日に面接の予約もとったんだから」
 それを聞いて、「お、どうやら本気らしい」と俺は思った。それまでは半信半疑、いや、一信九疑ぐらいだった。
「そうかぁ……お前がコンビニの店員ねえ……」
 青と白のストライプ制服に身を包んだこのぐーたら猫が、「いらっしゃいませー」とレジで挨拶をして、からあげ君を薦めてくる。そんな姿、想像しただけで笑えてくる。
「何笑ってんのよ気持ち悪い。あ、バイト始めても、絶対店には来ないでよね?」
 心底嫌そうに言うので、俺はつい意地悪がしたくなって、
「ん? それはどうかなぁ」
 と、首を傾げると、ミケは呆れたようにため息をついた。



 日曜日。
 一応、飼い主という立場で、俺はミケのバイトの面接についていった。駅前にある、たまに立ち寄るコンビニ。バックルームに通されて、出されたパイプ椅子に座る。
 対面する店長は、30代半ばくらいの男で、無精ひげが生えていた。
「あんた店長? よろしくね!」
 いきなりミケの失礼な先制パンチ。俺は隣から、「よろしくお願いしますだろうが」と突っ込みを入れたが、店長は「はは、いいですよいいですよ。明るい方が欲しいんで」と許してくれた。出来たお人だ。
「それじゃあ早速、面接の方始めますんで、履歴書見せてもらっていいですか?」
「うん。はい、これ」
 ミケが鞄から折りたたんだ履歴書を出す。前の晩、頑張って書いていた物だ。誤字が無いかチェックしようと思って覗き込むと、ミケが覆いかぶさって隠した。「勝手に見ないでよね! のぞき!」と散々に言われたので、俺はノーチェックだ。
「ふんふん……」
 店長がミケの履歴書を読む。ミケはまるで緊張していない様子で、普段見る事のない、コンビニの裏の景色をアホ面で眺めている。
「ふーん、5歳なんだ。幼く見えるね」
 と、店長が言った。
 ん?
 俺は疑問符を浮かべる。ミケにこっそり、耳打ちをして尋ねる。
「……お前、前に3歳って言ってなかったか?」
 ミケは気まずい表情になって、無視しやがる。
「お前、サバ読んでやがったな」
「うるさいわね! たった2歳じゃないの!」
 おっと逆ギレだ。
「猫の2歳と人間の2歳は違うだろうが!」
 俺も怒るポイントが違うような気がする。
「まあまあまあ……」
 と、店長が間に入ってくれて、ミケの経歴詐称問題はうやむやになる。店長は再び履歴書に目を戻す。
「この店を選んだ理由は……『近いから』。ははは、ストレートだ。バイトを始める理由は……『うるさいから』。ん? このうるさいからってのは、どういう意味?」
「こいつよ、こいつ」
 ミケは嫌そうな顔をして顎で俺をさす。「『自分の食い扶持くらい自分で稼げ』とかなんとかね。器ちっちゃいんだから、もう」いや、俺の方が正論だろ。
「なるほどね。まあうちは猫でも犬でも何でもとるから、大歓迎ですよ」
 お、これはどうやら無事に決まったか。と思いきや、
「でもミケさん。ここよりもうちょっと良い仕事があるんだけど……」
 店長は机に積まれた書類の中から、ポイントカードのような物を1枚抜き出した。猫のイラストがあしらわれた表紙に、電話番号と住所が書かれてある。
「実はコンビニの他に『ミルキー』っていう猫カフェも経営しててね。まあ普通の喫茶店に猫がいて、お客さんの相手をするだけなんだけど。ミケさんかわいいから、そっちでやってみない?」
 思いもよらない提案に、俺は戸惑った。一方でミケはというと、「かわいい」の一言がやたらと気に入ったらしく、照れていやがる。俺は言う。
「いやいや、こいつに高度な接客なんて無理ですよ。生意気だし、すぐ文句言うし、店に迷惑がかかります」
 ミケは「はぁ? 何言ってんのよあんた。楽勝よ楽勝」だからそういう所が駄目なんだろうが。
「仕事内容は簡単ですよ」と、店長。「お客さんが気にいった子を1匹選んで、選ばれた子がお客さんの膝の上に乗って、普通にお茶するだけですから。来るのは猫好きのお客さんばかりですから、適当にもふもふさせてれば満足していただけます」
 ミケが、他の人間にもふもふされる所を、俺は想像する。



「……なんなのよ、もう」
 テーブルの上でミケが、そっぽを向いて呟いた。
「ああ、悪かった悪かった。すいませんね」
 俺は台所で夕飯の支度をしながら、何十回目かの謝罪の言葉を述べる。
「反省してないでしょ?」と、ミケ。
「まあな」と、俺。
 俺は店長の提案を、飼い主権限で断固拒否した。そして腕をひっかかれながらも、ミケを抱えて逃げるように去った。よって、バイトの話もご破談。ミケはまた、ニートに戻ったという訳だ。
「あんた、忘れてないでしょうね?」
 気づくとミケは俺の足元に来て、見上げているくせに見下しているように言った。
「何がだ?」
「帰る時に啖呵を切ったでしょ。『やっぱりミケは俺が養います! お騒がせして失礼しました!』ってさ」
 ミケが俺の真似をしやがる。似てねえよ。
「……ああ、確かに言ったよ」
 勝ち誇ったミケの顔。
「ふふん、あたしの大切さがようやく分かったようね」






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