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「そして世界」

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 ここらで一つ、あさひ美容外科のCMの考察でもしてみよう。皆が待ち望んだ偉大なるテーマに私自らがメスを入れる。異論はないか。
 まず登場キャラのおさらいをしてみたい。最初に挙げるべき人物として、ポーカーフェイスの看護婦さんがいる。あの小学生が図工の時間やっつけで作成したような判子絵のナースだ。彼女は恐らく勤続5年目の、そこそこ手練れた医療従事者であると推測できる。制服の着こなし、あの表情。職場によく馴染んだ者にしかできない余裕が伺える。ここで注目すべきは足元にある。なんとなく、ナースシューズを履き崩した感じを察すれば、これらの仮説も大方間違ってはいまい。
 次に、右上に浮かんでる何やら意味深なハート。顔があって羽が生えているハートだ。何かを訴えかけているのか、見れば見るほど恐ろしげなメッセージを我々に伝えようとしているのがわかる。そもそも何故ハートに顔面があるのか。謎は深まるばかりである。
 登場する人物は以上二名である。これ以上でも、これ以下でもない。必要最小限かつ、実に充足している。既にこの時点で完成していると言っても過言ではない布陣だ。
 この強烈な求心力をもってして、いよいよ物語は展開する。それだけで、我々アサヒ美容マイスターは居ても立ってもいられないはずだ。
 諸君、括目して読むがよろしい。

 ○
 
 今回の舞台はマラソン会場だという。数々の意味不明なフィールドで七転八倒の大展開を繰り広げてきたアサヒナースとハート型クリーチャーであるが、なんと今回は皮肉にもマラソン会場という爽やかなスポーツの祭典に出没した。それだけで私の胸は張り裂けんばかりの鼓動を打ち、幾通りの嫌な予感が脳裏を過る。
 有無を言わさぬ間に物語の火蓋が切って落とされるわけであるが、まず私が目にしたのは同じモーションで走るたくさんの人人人。よくよく観察すると右手と右足しか動いていないではないか。さっそく身体の法則に反するセンセーショナルなオープニングを見せつけられ、私は低頭せざるを得ない。一体どうやって走っているのでしょうか。そもそも看護婦は頑張れだか踏張れだか言いながら脇で応援しているのだ。つまり、選手ではないのである。
 場面は変わり、給水場で水を配っている看護婦であったが、ここで予期せぬハプニングが発生する。水を配ろうとコースに出てしまった看護婦は同じモーションで走る大量のランナーに巻き込まれてしまうのだ。
 大ピンチである。
 もはや私の繊細な精神では耐えられるレベルを超越しており、無我夢中でテレビに噛り付いては手に汗を握った。
 おお神よナースを救いたまえ。そして今すぐ映画化を希望する。
 しかし、とんだハプニングに巻き込まれてしまった看護婦は何を思ったのか、全速力で走り始める。
 それは疾風の如く。
 空を裂く稲妻の如く。
 電光石火のナースは右手と右足を動かしながら超高速で走り出した。
 どうなる、どうなってしまうのだ。
 私はトイレに立つのも忘れ、この大佳境を固唾をのんで見守るしかできなかった。
 ――そして。

 この展開を誰が予想できただろうか。
 私は思わず立ち上がって叫びそうになった。

 なんと炎のランナーである看護婦は一着でゴールインを果たした。
 右上には意味深なハートがふわふわ浮いている。
 しかも……笑っていたのだ……。

 私は感動のあまり涙を拭くのも忘れて拍手を送った。無上の喜びを噛み締め、胸を高く鳴らした。震える膝を止める理由もない。ただ私は、彼女に純粋な賞賛を送り続けたかった。こんなハッピーエンドを今まで見た事がない。
 ありがとう。私はあなたに惜しみない感謝を伝えたい。
 諸君、よく考えてみたまえ。看護婦ですよ。ただのナースですよ。たとえ給水場からの途中スタートだったとしても、相手は何百人もの手練れたマラソンランナーだ。数々の熱戦を潜り抜け、他を圧倒する強靭な脚力と精神力を伏せ持つアスリートである。
 どう考えても、勝てるはずがなかった。
 しかし、彼女は勝ったのだ。ぶっちぎりで勝ったのだ。
 さらに、ここで驚愕の真実を知る。彼女はスリッパで走っていたのだ。
 私は泣き崩れた。こんなハンデを背負っていたにも関わらず、何食わぬ顔で勝利を手にし、勝負とは何なのかを我々に証明したのだ。どんな逆境にも屈せず、ただ前に進むその姿勢、やればできるという熱き思い、そして……参加した勝負には必ず勝つという、その強さ。
 私はそんな当たり前の事まで忘れていた。
 当たり前と思ってることが、いかに大切なのか。
 存在する日常、存在する家族、そんな当たり前を大切に思うことがあるか。いいや、ない。
 おかげで思い出せた。
 うじうじ考えててもダメ。ふらふらしててもダメなのです。あなたは、きっと生まれ変われるのです。種を超えた革新が、いよいよ始まるのです。前を向き、絶対的な愛を掲げ、信仰せよ。アサヒ神は必ずや、あなたを救うでしょう。さあ、勇気を出して。あなたが持つお布施という願いによって、天聖国へ合言葉を届けましょう。
 ご入金は10万円から承ります。
 いまこそ、あくせすするのです。
 http://www.asahi-biyou.****.jp/
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