「そろそろ文系理系の希望調査とか始まるわねえ」
テーブルの上のアイスコーヒーの入ったカップに手をかけながら、サヤがしみじみとつぶやく。
買ってからいくらか時間がたってしまっているようで、カップの表面についた水滴がテーブルを濡らしていた。
「そういえばこの間資料が配られたりしてたなー。もうそんな時期になるのか……」
鈴が緑茶をすする老婆のように目を細めながら言う。その落ち着いた様子からは、まだ文理の区分けに対して実感が湧いていないことが見て取れた。
そしてそれは残りの三人も同じのようである。
きょうこは頭をかきながらのほほんとした様子で口を開く。
「いやー正直まだ実感わかないよなー。あたしはとりあえず大っきらいな社会をやらなくて済むようにしたいぜ。数学は我慢するからさー」
「……それなら理系に進むことになるんだろうな。私は全科目が嫌いだから選びようがないぞ……」
真奈は心底うんざりした様子でため息をつく。基本的に勉強全般が嫌いなようだ。きょうこは少し意外なことに理系科目が得意らしい。
「……結局のところ文系ってなんだ。理系って……一体なんなんだ……」
「難しく考えすぎだろー。理系は物理とか数学とかで、文系は国語とか社会じゃないのか?」
心底考え込んだ様子の真奈を、きょうこが笑い飛ばす。きょうこの言うとおり文系理系の区分けは、高校生にとってはただひたすら受講する科目の違いを表わすことになる。
「今のところあたしも特にどっちっていう希望はないな。きょうこは理系に進むんだろ? 数学はなんとなくわかるけど、物理ってどんなことやるのか教えてくれよ」
鈴は頭の後ろで手を組みながら、あくまでもあまり興味なさげに尋ねる。その問いに自称理系進学希望のきょうこはあごに手を当てて首をひねるのだった。
「うーん……物理は……そうだなあ、てこの原理とかやったような気がするぞ! なんか力点・支点・作用点みたいなやつ!」
「……何なんだそれは……三点セットでいくらになるんだよ……何ネット何田で売ってるんだ?」
きょうこの自信なさげな説明に、横で真奈が悲鳴をあげる。そのまま頭を抱え込んだ真奈は、テーブルに突っ伏して頭からしゅうしゅうと湯気を立てていた。
そんな真奈の様子にはお構いなしで、サヤは少し楽しそうに口を開く。
「私は文学部に進学したいから、文系に進むつもりよ。やっぱり将来何をやりたいかとか、大学でどんな勉強をしたいかで決めるのが普通じゃないかしら」
「……どんな勉強もしたくない場合はどうしたらいいのでしょうか……」
サヤのまっとうな意見に、真奈はショートした状態のまま口を挟む。
「サヤは文系志望だったのかー。あたしゃ社会の楽しさだけは逆立ちしてもわかんないよー」
「社会は、地理にせよ歴史にせよ倫理にせよ政経にせよ、人間の作った営みの形を勉強する学問だから楽しいの。私の意見としては理系は自然が作ったものを、文系は人間の作ったものを扱っていて……」
「ありがとうサヤ! プリーズストップ!」
きょうこは下手にサヤの得意分野をつついてしまったことに後悔し、必死でサヤを制止した。
「……結局私は文系理系どちらを選んだらいいのでしょう皆さん」
ようやく体を起こした真奈が神妙な面持ちで残りの三人に語りかける。
三人は少し考えるように黙っていたが、そのわずかな沈黙はきょうこの声で破られることになった。
「理系だろ! あたしと一緒に追試受けようぜ! 物理楽しいぞ~」
思い切り後ろ向きな勧誘をするきょうことは対照的に、サヤは理知的な落ち着いた様子で文系をアピールし始める。
「文系だよね? 一緒に人間のいとなみについて、社会の勉強しましょ」
これで文系理系が一票ずつとなった。残る鈴の投票にて、真奈へ推薦される方向が決まることになる。
サヤときょうこは鈴を振りかえり、つめよるように顔を近づけていく。
「さああとは鈴だけだぞ! 真奈にどっちを勧めるんだ? もちろん理系だよな?」
「鈴ちゃん確か数学はあんまり好きじゃなかったわよね? 文系なら三年生では数学をやらなくていのよ♪」
二人の言葉に鈴はすっかり困惑してしまう。どうも進路については本当にあまり考えていなかったらしい。
「さあ鈴! 物理なのか?」
「鈴ちゃん! 社会よね?」
二人の迫力に根負けして、黙っていた鈴もようやく最終結論を出す羽目になる。
じっと下を向いて考えるような様子だった鈴は、顔をあげて一言だけ口にした。
「……じゃあ英語で」
1.5対1.5。
結局のところ進路は自分で決めるしかないようだ。