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第十六話「続き物!そのに」

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「いやー、疲れたなー。なんだよみんなそんな死にそうな顔して」



いつもと同じようなマックのボックス席で、いつもと同じようにきょうこが少し大きな声を上げる。
いつもと違うのは、ここが都内某所のマックでは無いという点だけである。
窓の外にはいつもの様な駅前の喧騒もなければ、薄汚れた空気もない。
清々しい夏の、陽気さだけを抜き出したような空気だけがあった。



「体力を考えて言えー!この4人の中で運動部はお前だけなんだぞきょうこ!」



そういった鈴の声からはいつもの様な張りは感じられなかった。
普段は学校の制服であるブレザーに包まれているその胸は、今日はナイロン製のスポーツウェアの下で落ち着かない様に上下していた。
まだこの店に入ったばかりで、息が整っていないのだろう。
 よく見てみれば残りの二人もいつもより心持ちやつれたような様子で、肩で息をしているように見える。



「……クーラーって、人類史上もっとも優れた発明だな……。ぜひ発明した人にノーベル平和賞をプレゼントしてくれ」



 そう言った真奈も普段のようなブレザーは着ていなかった。先日の集まりの時着ていたキャミソールに、先日のものよりもスポーツ向きに見えるハーフパンツを履いていた。頭に乗った濃い茶色のカスケット帽が可愛らしいが、すこし角度のずれたその帽子をなおす余裕すら今の真奈には無いようである。



「普段運動してない私達にはちょっときついわねぇ……。きょうこちゃんはやっぱりさすがだわ」



 そう言ってサヤはメガネを右手で持ち上げた。白のワンピースに麦わら帽子というその格好は明らかに今回の旅には最適ではなく、ひとりだけ浮いた様子に見える。



「そんなこと無いだろー、サヤそんな恰好なのに私のペースに普通に着いてきてたじゃん! たいしたもんだよ。鈴君と真奈君はもう少し頑張りたまえ! 今日はこの後箱根超えだぞー」



 きょうこのこの言葉から、4人が箱根山の近くにいることがわかる。
 女子高生四人の東海道中膝栗毛は絶賛開催中だ。今はその初日の午後。午前中に東京は日本橋を出発した一行は、国道一号線を自転車で南下しつつ横浜、茅ヶ崎を経て今はこの小田原のマックで目下休憩中である。
 わざわざ東京を遠く離れて小田原に来ているというのにいつもどおりマックで休憩というのは、女子高生らしい発想の幅の狭さ故か、それとも金銭的な理由なのか。
 とにかく四人はこうしていつもよりワンサイズ大きなドリンクを片手に、ここまでの旅を振り返るのだった。


「しかし、結構自転車で来られちゃうもんなんだな。あたしらみたいのが6,7時間こいだだけで小田原まで来れちゃうんだもんな」
「たしかにねぇ。小田原なんてテレビでしか見たことなかったもの」



 鈴とサヤは感慨深げに呟く。
 東京から小田原まで約100km。それを6,7時間で走破したとすればなんのかんの言ってこの四人は平均して体力があるのだろう。



「……でもこの後噂の箱根が待っていると思うと悲しくなるな……。事前に調べてみたんだが、標高800mだぞ。普通にやってもしんどい登山をわざわざ坂道にもっとも適さない乗り物でしようというわけだ……ははは……」
「はいっ! ネガティブ発言禁止! いいじゃん箱根。第三新東京市だぞー聖地巡礼だぞー」
「や、やめろぉきょうこ……第三新東京市は一年中セミが鳴いてるんだぞぉ……」


 肩を落としてこの世の終わりのように言う真奈のこめかみを、背後からきょうこがグリグリと刺激する。ちょうど埼玉県春日部市に住む五歳児がいたずらをした時にされるお仕置きのような形になる。
 大方の予想通り、真奈は4人の中で一番体力がないようなので疲れのせいか妙なことを口走っていた。



「まあいずれにせよ今日は箱根越えたら一泊だな! 下ったところは三島って町らしいぞ。ちゃんと安宿リストは調べてきてあるからさー」



 この旅の発案者であるきょうこは唯一四人の中で普段と変わらない様子で言った。ついさっきまで額に浮かんでいた玉の汗は、キンキンに冷えた店内の空気に負けて少し小さくなって来ている。



「つ、ついに泊まりか……。あたし友達だけで外泊するの初めてだよ。なんかワクワクするな!」



 鈴は少し元気を取り戻したかのように明るいトーンでそう言った。
 旅はまだ初日。店の外では前半の文字通り峠である箱根山が心配そうに四人を見下ろしていた。
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