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マリー・バーン

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 兄が死んだ。

 少しぶっきらぼうで、がさつな性格ではあったが、優しくて頼りがいのある兄だった様に思う。その兄は、もうこの世に居ない。遺体も燃やされ、灰になり、養分として使われる。私のもとに残ったのは、一握りの灰だけだ。

 兄は居なくなった。

 中央エレベーターの警備員として働いていた兄は、反体制勢力のテロに巻き込まれ、殉職した。その際居合わせた賞金稼ぎの男に、兄は撃たれたと聞いている。

 兄は殺された。

 事情を説明した役人に、私は必死になって兄を殺した賞金稼ぎの男が何故捕まらないのかと問いただした。その答えに私は言葉を失う。

 ――多くの犠牲を出さないためにも、彼の死は仕方のないことだったんだ――

 仕方のないこと?
 兄の死が?
 一体それは何の冗談なのか。理解も納得もできるはずが無い。

 気が付くと私はその賞金稼ぎのことを調べていた。
 その賞金稼ぎはロイ・ウェアード。壊滅した隣の地下都市の生き残りで、元々は原子力発電所の作業員だったらしい。
 そんな素人同然のこの男が、今までやられることなく生き延びてきたのには理由がある。それは高性能の小型コイルガンだ。地下都市において火薬を使用する銃火器が禁止されている現状では、個人で使用できる遠距離武器としてコイルガンは最もスタンダードな武器である。
 唐沢式高温超電導体の開発によって、コイルガンの性能はかろうじて実戦で使えるレベルまで上がった。それでも火薬を使用した従来の銃火器には威力、連射性能共に遠く及ばない。
 その原因の最たるものとして、射撃時に発生する熱が挙げられる。抵抗値の高い金属に電流を流すことで発生する熱は、そのままエネルギーのロスとして威力が下がり、熱のせいで銃身やコイルが焼けてしまうこともある。さらに金属は温度が上がれば上がるほど電気抵抗は大きくなり、さらにエネルギー変換効率が悪くなるという悪循環となってしまう。
 それを解消するための先にあげた高温超電導体もコストが高く、一般の銃火器には部分的に使用されているだけだ。あくまで高温超電導体は送電線に使用される物のとして開発されているので、コストが高い分ライフラインの維持へ当てられてしまっている。
 そんな中、ロイ・ウェアードの持つコイルガンが飛びぬけて優秀なのは、高温超電導体を惜しむことなく使用しているからだろう。どこからそんな物を手に入れてきたのかは分からないが、結果として現在普及しているコイルガンと比べ圧倒的な性能を持ったコイルガンで、この男は生き残ってきたのだ。
 つまり、私がこの男を殺そうとするならば、射撃技術が無い分高性能のコイルガンが必要ということになる。
 だが私はここまで考えて、自分のやろうとしていることに気付く。

 …人を殺す?私が?

 私は今まで苦手だと思った人物や、嫌いな人間は人並みに居た。しかし、人を殺したいほど憎んだことはない。
 不意に感じる苛立ち。それは今自分に起きている変化の原因が、兄の仇だからだろう。

 何故殺したいほど憎い人間の所為で、変わらなくてはならないのか?

 何故私が人を殺したいなどと思うようにならなければならないのか?

 そう、全てはあの男のせいなのだ。
 私に望まない変化をもたらす悪性因子。私にとっての敵。
 私の大切な家族を奪った”悪”こそがロイ・ウェアードであることを再認識する。

 私は余計な考えを頭から振り払うと、調べものの作業に戻った。
 高性能のコイルガンを作るには、大量の唐沢式高温超電導体が必要になる。私は送電技士の研修生なので、高温超電導に触れる機会も少なくはないが、それを大量に盗めるかと言われれば、恐らく無理だろう。貴重で高価なものであるため管理体制は厳しい。少量を持ちだすことくらいなら何とかできなくもないとは思うが、必要な分が集まるまで盗み続けられるとは思えない。
 結果として、私が現在手に入れられる材料と知識では、一般的な性能のコイルガンを作ることが精一杯だということが分かった。
 しかしそれではロイ・ウェアードを殺すことはできない。コイルガンなど撃ったことも無い私が、現役の賞金稼ぎを殺すためには私に合った武器が無くてはならないだろう。
 私は私にも扱えそうな武器が無いか、データベースから過去の兵器についての情報を調べ始めた。

 狙撃銃  扱えない

 マシンガン  作れない

 ボウガン  コイルガンの方がまだマシ
 いろいろ探して諦めようとした時、私の目に飛び込んできた武器の名前が”散弾銃”
だった。流石に安全のためなのか詳しい構造までは閲覧できなかったが、一回の射撃で複数の弾を発射することで、命中精度を上げるという考え方は、射撃技術のない私に合っているように感じた。
 コイルガンを自作するにあたって私は連射性能を考えず、威力と命中精度に重きを置いた。形状は上下2連式の散弾銃。冷却機は付けず、大きめのバッテリーを装着して威力があり、扱いやすい小型なコイルガンを作る。勿論2発撃ってしまえばそれまでの代物ではあるが、散弾を2発撃っても当てられないようなら、私にはじめから勝ち目など無い。射程距離は精々30m程度。だが不意打ちを前提で考えているので、十分な性能ではある。
 コイルガンが完成してから私は送電技士の研修の合間に、ロイ・ウェアードを誘い込む場所を探していた。なるべく人気が少なく、身を隠す場所があるところを念入りに地図に記す作業。
 最初は情報屋を使おうとも思ったが、素人の私がそういった裏社会の人間を使うのは、不安が大きいと考えた。そもそも情報の信憑性を判断する事が私にはできないし、何よりロイ・ウエア―ドに誰かが探していたなどと知られてしまっては、余計な警戒心を持たれ、成功する確率がさらに下がってしまうだろう。
 よって上層階を中心に誘い込む場所を探している。誘い出す方法はまだ定まっていないが、おいおい考えるしかない。
 そんな作業をしている時に、私の耳に犬の鳴き声が聞こえた。本来ならば環境整備局に通報するところなのだが、私は送電技士の研修の合間に抜け出してきているので、誰かにこんなところに居ることを知られるわけにはいかない。
 それでも、あまりに犬が吠えているので通路の曲がり角から睨んでみると、犬の正面に黒い服を着た男が立っていた。
「――ッ!」
 私は思わず咄嗟に身を隠した。息を整えて、もう一度男の姿を確認する。黒い服に、死んだような眼、ぼさぼさの髭に、腰には小型のハンドガンが見えた。
 思わぬ邂逅に私は動揺する。
 ――奴だ!
 懐に忍ばせておいたお手製のコイルガンを握り占めて、歯がカチカチ鳴るのを無理矢理押さえた。
 目を瞑る。
 自分がここにいる理由を考えて、兄の顔を思い出そうとした。
 震えが止まる。
 不意に
 ――兄の死に顔が頭の中を過った。

 私はゆっくり音を立てずに曲がり角から身を乗り出すと、男に向けて引き金を引いた。
 ――シュバッ
 男は体を捻る様に体勢を崩す。どこに当たったのかはいまいち分からなかったが、この機を逃すわけにはいかない。
 私は走り出す。
 確実に仕留める為に。
 兄の仇を取る為に――。
「う、うわぁあああああー!!」
 男と目が合う。
 私は必死に引き金を引いた。
 ――シュバッ
 銃口がやや下を向いていたのか、男の両足に散弾が命中し崩れるように倒れ、男の手に握られていたコイルガンが床に落ちて私の足元に転がった。
 私は数秒間男の落としたコイルガンを見詰めていたが、呻き声が耳に入り咄嗟に我に返る。
「あ、がぁ…」
 私は男が動けないことを確認して安心すると、足元のコイルガンを拾って、銃口を床に倒れている男に向けた。
 荒くなった息を整え、口内に溜まった唾を飲み込むと、私は何とか口を開く。
「あなたが、ロイ・ウェアードね?」
 男は口を開かず、眼だけで私を睨む。時折呻き声をあげながらも、その目には怒りも悲しみも窺うことはできない。
「…答えて」
 コイルガンを握る手に力がこもる。
「…お前が、俺を殺すのか?」
 男が口にした言葉は、命乞いでも、謝罪の言葉でもなかった。
 只の問い。感情のこもっていないその声に、私の感情はより高ぶっていく。
「そうよ!私があなたを殺すわ!!」
 私は男を睨む。それの何がいけないのか、と言わんばかりに。
「そう、か…」
 その言葉に私は逆上し、男の腹を思い切り蹴りを喰らわせて、コイルガンを再び構えた。
「何か、言い残すことは?」
 男は息を何とか整えて、ただ淡々と言葉を口にする。
「覚えていてくれ」
「は?」
 私は聞き返した。意味が分からない。
 男は少し悲しそうな顔で口を開く。
「忘れないでくれ…」
 頭が真っ白になる。
 その言葉の意味が何なのか分からないまま、私はゆっくり引き金を引いた――。
9, 8

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