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ザマッチへ召集令状

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 すかしっぺの腹いせに酒瓶で頭を殴った。これが冴草君の言い分だ。
 金平ゴボウを恩着せがましく差し入れたのは君のくせに。まったく困ったもんだ。
 おかげで私は後頭部を7針縫ったよ。ああ痛かった。
 これだからいらちっ子は困る。カルシウム不足の現代地球人め。
 だからちゃんと食べるんだよ、侍ライス。
 今回は君の嫌いな生姜を入れておいたからね。
 これを口にすれば即刻泡を吹いて即半死にだ。半死に。
 ふふふふふ。しめしめ。これぞ宇宙人の反撃。
 私を舐めるなよ。平和維持組織のボスめ。
 友達を陥れることに罪悪感は確かにある。しかしこれは宿命なのだ。逆らえない。
 冴草君、君が私の同胞に裁かれる時まで、私は君のよき友達でいよう。
 そう、ごはんに毒を盛るよき友達。
「ラップオッケー、置き手紙オッケー、目覚ましタイマーオッケー」
 あとは冴草君が目覚めて侍ライスを食べるだけ。
 私はアジトで眠る二日酔いの友達をおいて軽い足取りで大学へむかった。
 ぬふふふふ。
 三時間後、タイマーをセットした頃戻れば、冴草君の悶絶している姿を見れるはず。
 私は生姜を口に苦しむ彼の姿を思い浮かべ、道々ほくそ笑んでいた。
 地球の平和維持組織はこれでおしまい……、かな。
 冴草君、私を恨まないでくれ。これも仕方がないことなんだ。
 我々宇宙人の未来のためだ。
 いや、待て。
 たとえ現ボスが滅びても、また直ぐに次のボスが平和維持組織をになうだろう。
 そうなればどうなる。同じことだ。また次のボスを炙り出して始末。そのくり返し。
 それも面倒だ。ならば今のまま暫らく冴草君にボスの座にいてもらうべきでは。
 私が冴草君と仲良くさえしていれば、宇宙人と地球人の平穏は保たれるはず。
 そうだ、きっとそうなのだ。もとより平和的共存こそ我々の望み。
 私としたことがこんな重要なことを忘れていたなんて。

 は! 
 
 だとしたら。あの侍ライス……。
 私の胸へ恐怖の大波が押しよせる。
 
 アジトへ帰ると、殺意満々の冴草君に案の定追い回された。
 彼は私が通販で買ったトマトもスパスパ万能包丁を手に襲いかかる。
 特殊携帯電話をこっぱ微塵に砕き、PCは瞬速でうんこ形に彫られた。
 雑魚のタッパーを窓の外へ投げ飛ばすと、次に私の同僚たちを蹴散らし始める。
 その時開いたイザックの中に、小鳥の死骸が見えたような――。多分気のせいだろう。
 とにかく、上を下への大暴れ。
 今度ばかりは7針縫うぐらいで済まないぞ。
 そう察した私は命からがら狭いアジトの中逃げまわった。
「さ、冴草君、や、め、たまえ。止めるんだ」
「っるせ――、野郎、ミンチにしてやる」
 地球の平和をになう組織のボスにあるまじき暴言。
 しかしこの場は見逃そう。もとはと言えば私の判断ミス。
 もっと落ち着いて考えていればこんなことにはならなかったはずだ。
 冴草君は今にもサイキックパワーを全開にし、金田君を踏み潰す勢いだ。
 あるいは髪が逆立って金髪になる。かもしれない。
 いや、トマトもスパスパ万能包丁が変化してビームサーベルに……。
 ああ、そうなれば私は本当におしまいだ。
 早く何とかしなくては。何とか。
 私はこんな地球の片隅で死ぬわけには行かないのだ。
 本国にはまだ家族が――。妻と次男が……。

 ピーンコーン

 その時、冴草君の殺意に終止符をうったのはアジトのチャイム音だった。
 助かったと思ったのもつかの間、郵便局員から渡された書留封筒に私は打ちのめされる。
 中に入っていたのはほんのり赤い書類。
 ついにきた。これは地球司令部からだ。
「何だ、このビニールテープ?」
「あ、ちょ、冴草君、それは……」
 彼は私の手から書類をもぎとると、指先で端を摘まみ引き伸ばしていた。
 その表情はいつもの悪戯っぽいツンとした顔だ。
「冴草君それはし――」
 召集令状……なんだ、よ。
 私は途中から複雑な気持ちで言葉を飲み込んでしまった。 
 そんな気持ちとは裏腹に冴草君の爆笑がアジトに響く。
「差出人は? なんだザマッチ、おまえの母ちゃんじゃねえか。こりゃ傑作、さすが」
 冴草君、君を組織へ売る日はそう遠くないかもしれない。
 だってもし、私が兵士になったら君は……。


 つづく
25, 24

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