1-2『彼の日常』
彼の日常はすばらしく平凡である。
起床は7時過ぎ。体を伸ばしカキコキと音を鳴らし、目を覚ます。顔を洗って制服に着替え、新聞を取って食卓に向かう。当然家族に「おはよう」と言うのを忘れない。
朝食をとりながら新聞を読む。じっくり読む気はないので大きな見出しを目で追うだけ。耳はテレビから流れるニュースに傾ける。星座占いのときは目も耳もテレビに集中する。いちいち一喜一憂はしないけれど、それでも気になってしまう。
その後、最低限の身だしなみ(寝ぐせを直す程度)と歯磨きをして家を出る。
学校まで歩いて30分以上。彼はゆっくりのんびり、散歩がてらに登校する。イヤホンからシャカシャカと漏れる音楽が朝独特の静けさと不釣合いだったが、彼は何も気にしていない。ボリューム全開で聞く音楽が好きだったのだ。
学校に着き、教室に入る。数少ない友人に声をかけ、席に座る。そのままぼんやりとその日の授業のことを考える。
あの部分覚えないといけないな、とか。
もっと勉強しないといけないな、とか。
月曜日は憂鬱だな、とか。
そうして1時間目。
2時間目。
3時間目。
4時間目。
昼休み。
5時間目。
6時間目。
彼は文字通り、ただひたすら勉強をする。いや、体育は勉強をしない。唯一勉強をしない時間だった。
授業が終わり、放課後。もちろん勉強を続けている。金属バットがボールを殴る音や金管楽器の校舎内へ溶け込む音(朝と同じように音楽を聞いているので聞こえない)、ちらちらと感じる人の気配(もちろん気づかない)。そんな音や気配が消え、あかね色の空がとっぷりと夜に溶け込む、そんな時間になっても彼は勉強をしている。
彼の思想としては、家に帰っても勉強をするだけ。なら集中できる学校でする、だった。他にも理由はあったけれど、だいたいはこんな感じだった。
その日の授業の科目を1時間ごとにローテーションで回していく。最終下校時刻の関係ですべての教科はできないが、それでも効率良く進めていく。
ふと手を止め、ポケットの中のアイポッドを取り出す。朝から聞いていた曲を変え、1曲だけをひたすらに繰り返すヘビーローテーションがまた始まる。
さらに一時間後。そろそろ最終下校時刻。これ以上続けると見回りの教師の小言を聞くことになる。帰宅準備をしている途中、ふと彼は思い出した。
本日返却されたテストのこと。
数学、98点。
現国、92点。
化学、94点。
彼は思う。
どうしてあと2点、取れなかったんだろう。
どうしてあと8点、取れなかったんだろう。
どうしてあと6点、取れなかったんだろう。
ぐるぐると、後悔の念が頭に回る。
ぐるぐる。
ぐるぐる。
気分が悪くなってしまう手前で、正気に戻った。彼は教科書やノートをカバンに詰め込み、教室を出た。
帰りはバスを利用して帰宅。すぐ普段着に着替え、台所に置かれた夕食を食べる。
「あら、おかえり」
彼の母親が声をかける。彼は「うん。ただいま」と言い、すぐに食事に戻る。
食べ終え、食器を洗い終えると、ぼんやり居間でテレビを見る。いわゆるゴールデンタイム、彼は毎日ドラマを見ていた。数少ない娯楽の1つだった
最近の月9はおもしろくないな。他の曜日のほうがおもしろいな、脚本やBGMも。なんてことを考える。
ドラマが終わると入浴。その後、自室に戻って勉強。日付が変わってしばらくして、彼は眠る。
……2日に1度、寝る前にオナニーをする。これは余談。
彼は高校入学後、いや、中学生のころからずっとこんな生活を続けている。
感動のない、トップクラスの成績。
少ないけれど心を許せる友人たち。
楽しみにしている日々のドラマ。
こんな生活が、少なくとも卒業まで続くだろう、彼はそう達観していた。
だが。
高校3年生のある日。転校生(女生徒)によって、彼の日常、いや、その後の生き方や人生観を劇的に変えられることになる。