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【兄妹編】 中編

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 岡崎の顔面にすっぽんを叩きつけた。
 思ったより派手な音が鳴り自分でも驚く。ダメージもあったようで岡崎は一撃で沈んだ。
 すっぽんを回収しようとしたが、岡崎の顔面に張り付いて中々取る事が出来ない。これほど硬質なゴムで出来ているのだからデコボコした人体の顔面に張り付くことはまず無いと思ったのだが、どうもかなり強く叩きつけてしまったらしい。大の男が一撃で沈むくらいだから相当だ。岡崎の首を踏みつけて思い切り引っ張ると、ようやくポンと言う間抜けな音と共にすっぽんを回収できた。
 ふと見ると新山達が驚愕の眼差しでこちらを見ていた。どうも固まって動けないらしく、空島まで上半身裸で呆然としている。どうでも良いけどこいつ乳首綺麗だな。
「亥山、お前……!」ようやく事態を把握したのか佐藤が立ち上がってこちらに向かってきた。三人同時に来られたら厄介だったがこれは好都合だ。
「亥山じゃなくてMだっつってんだろ」
 僕はギリギリの所で佐藤の拳をかわすと、すれ違い様にすっぽんを叩きつけた。風船が破裂したかの様な音と共に佐藤が沈む。すっぽんすごい。
 佐藤が倒れるのを合図に、上田と山下が立ち上がってこちらににじり寄って来た。
「新山、空島にスタンガン当てる準備しといて。そしたらこいつ、何も出来ないから」
「う、うん……」
 なるほど、空島を人質にとってこちらの行動を抑止しようと言うわけか。確かにそれをされると、僕は何も出来ない。
 じりじりと二人がにじり寄ってきて、壁際まで追い詰められた。
 多分新山は空島にスタンガンを当てることはしない。それをすると僕がボコボコにされるからだ。独占欲が強い新山の性格上、自分の物である僕が他の誰かの手で危害を加えられるのはあまりよろしく思わないだろう。でもそれはあくまで僕の憶測であって、実際今ここで僕が抵抗したとして空島が無事でいるかどうかの保障はない。その可能性が僕の行動を鈍くする。
 加奈、まだか。
 そこでふと入り口の鍵が掛かったままだと気付いた。しまった。これでは加奈が入って来れない。
 絶体絶命か。
「あいたっ」
 不意に新山の声が響いて、目の前の二人がピクリと反応した。今だ。
 僕は左側にいる山下の股間に前蹴りをかますと、そのまま右側の上田に飛びかかり顔面に膝蹴りを入れた。上田が顔面を押さえてよろめいている隙に近くに落ちていたバドミントンのラケットを拾い、山下の脛に思い切り打ちつける。山下が喘ぎ声を出しながらうずくまったのを横目で確認してドアに走り、施錠を外した。
「お兄ちゃん!」
 鍵を開いた瞬間に、タイミングよく加奈が扉を開いた。ドアは勢い良くスライドし、すぐ横の壁にもたれていた上田に直撃する。ドアと衝突した上田は倒れた。
「およ?」
 加奈がキョトンとする。だが現状を説明している暇はない。空島は大丈夫か。
 振り返ると新山が空島に首を絞められていた。足で。がっちりと首を固定され新山は地面に押さえつけられており、やろうと思えばいつでも絞め落とせそうな状態だ。横を見ると新山の届かない位置にスタンガンが落ちている。先ほどの叫び声はどうも空島に手を蹴られた事が原因らしい。一応回収しておく。
「そのままちょっと辛抱しててくれ」
 僕はまず空島の手の縄を解き、ガムテープをはがしてやった。ようやく開放されたとばかりに空島は上体を起こす。シャツのボタンが取れ、バスト──おっぱいがむき出しになっている。更にはスカートまでまくれ上がっているのでさすがに目のやり場に困り、着ていたブレザーを羽織らせた。
「言ったやろ? 護身術出来るって。柔道もかじってたからな。油断してる相手を絞めるのくらい簡単や」
「それはいいから、とりあえず服、整えなよ」
「あっ……」ようやく気付いたのか空島は恥ずかしそうにブラを着けなおした。それと同時に足の力が弱まったらしく、解放された新山が咳き込む。
「王手だよ、新山」
 しばらく咳き込んだ後、どうにか呼吸を整えた新山は僕を睨んだ。手探りでスタンガンを探しているのが分かる。
「無駄だよ。僕が持ってる」
 僕がポケットからスタンガンを出すと新山は諦めたようにうな垂れた。こいつはもう大丈夫だろう。
「空島、立てるか?」つい勢いで呼び捨てにしたが気にしないでおく。もう弱々しいキャラクターを演じる必要はない。
 空島は頷くと、よろめきながら立ち上がった。何発か殴られたようで顔が腫れており、鼻血も出ている。倒れないように支えてやった。
「加奈、空島を頼む」
「わかった。保健室に連れて行けばいいのね?」
 振り返ると加奈が四人の男子を縛り上げている所だった。縄を使って一人一人丁寧に。先ほどまでうずくまっていた山下まで他の三人と一緒に気絶している。一体どうやって気絶させたのかは分からないが、とりあえずは予定通りといったところか。
 ここまで来るともう結果は出たも同然だ。
 加奈達は今から保健室に行く。もちろん、空島の状況を見て保険医は驚くだろう。事情を説明し、教員達がやってくる。現場にいる僕から事情を聞き、強姦未遂でこの四人は当然退学。最悪警察行きだ。僕は空島を救った人間として立場を回復するだろう。そして空島も、『同情されるべき被害者』として立場を回復する。ここまでは予定通りだ。
 後は新山をどうするか。
 僕は加奈達が出て行ったのを確認し、ドアを閉めた。そのまま、うな垂れる新山の前に立つ。
「立つんだ」
 横たわる新山を見おろした。しかし彼女は反応しない。これからの自分の未来を想像し、絶望している様にも見える。
 僕はしゃがむ。覇気の無い目で新山がこちらを見る。
「計画は失敗したわ。もう私は終わり」
「終わりかどうかは僕が決めるよ」
 僕は新山の顔を両手ではさんだ。途端、脱力していた彼女の全身が緊張で強張るのが分かった。
「僕と新山の関係はすごく良い物だと思ってたよ。暴力で繋がれ、主従関係にちかい物だったけれど、僕は幸せだった」
 新山は何も言わない。
「僕はドMだ」
 急に何を言い出すのかと新山が眉を潜めた。
「僕は君に蹴られるのが好きだったんだよ。罵倒されるのが好きだった。君との関係を崩したくないと思ったのはそこだ。これがどういう事か分かるか?」
「……意味分かんない」
「じゃあ分かるように言ってやろう。僕は君のことを性的玩具としてしか見ていなかった。別に君の事なんか好きじゃなかったんだよ。一ミクロも」
 鼻がぶつかるくらい顔を近づけ、僕は彼女の目を真っ直ぐ見据えた。新山の目が、徐々に涙ぐむのが分かる。大きく丸い目に映る僕の姿がぼやけた。
「君が持ってる加奈が体操服を舐め回している写真だけど、あの体操服、実は僕のなんだ」
「はっ……?」
「加奈は重度のブラコンなんだよ。僕は君に虐められたくて虐められていた。加奈は虐められている僕を見たくて僕の虐めを黙認した。実を言えば別にあの写真がばら撒かれようがどうでも良かったんだよ、僕らは。でもそれをさせなかったのは僕と加奈が君との関係を保ち続けたいと思ったからだ」
「……この変態兄妹」
「変態? あぁ、確かに僕らは変態かもしれない。でも変態は新山、君もだよ。好きな子を虐めて、ボカスカ殴って興奮している君も変態だよ。僕が君を性の対象としてしか見ていないように、君もそうなんだろう? 僕の性癖も、自分の性癖も、何もかも理解して今までやって来ていたはずだ」
 すると新山は耐えるように唇を噛んだ。大粒の涙が頬を伝う。
「違う……私はそんなのじゃなかった。私はただ……」
「ただ何だ? 僕と一緒に居たかったのか? 付き合いたかったのか? 一緒に手を繋いでどこかへ行ったり、自転車で二人乗りをしたり、蝉の声を耳にしながら木陰で涼んだり、そんな思い出を作りながら高校生活を送りたかったのか? 空島は君のそんな下らない恋心の為にレイプされかけたって言うのか?」
 新山の顔から鼻水が垂れてきた。スン、と鼻をすする音。
「違う」
 新山は僕の体を弱々しく叩いた。
「違うもん。違う……。下らなくなんかないもん。もう離れてよ、放っておいてよ、私の事好きでも何でもないんでしょ? じゃあ消えてよ、この変態……!」
 僕は新山の手をつかむと、無理やり立たせた。こうして近くで立つと、背丈は同じくらいだ。そんなどうでも良い事に改めて気付く。僕らの距離はそんな物だった。そんな下らない事すら知り合えないくらいに近寄れていなかったのだ。
 新山はなおも僕の体を弱々しい握りこぶしで叩く。まるで子供だ。
 僕は我慢できずに言った。
「もっと罵ったらどうなんだ、そしたら気が晴れるかもしれない」
「変態……、変態……!」新山は泣きながら言う。僕は天を仰いだ。静かに、しかし確実に息が荒くなるのを感じる。
「もっと高圧的に、相手を蔑むような視線で言うんだ」
「この変態!」
「うむ、はふぅ……」
 僕はその場に寝転ぶと、新山を股間で包み込むようにM字開脚した。
「踏め」
 か弱い乙女が如く泣きべそをかく新山を僕は見上げる。違う、君はそんな脆弱な人間じゃないはずだ。
「さぁ早く、僕を踏め。失恋の気持ちとか、悔しさとか、失望とか、色々な想いをこめて踏むんだ」
「変態……」
 新山はぐっと僕のお腹を踏む。悪くない。
「もっとだ、もっと強くだ」
「変態、この変態……」
「もっと! もっと強く!」
「変態!」
 踏む力が強くなってきた。気持ちいい。上がってきた。
「もっとだ! 体重をかけろ! 憎しみをこめて」
「馬鹿、アンタは大人しく私の事好きになってればよかったのよ。この変態!」
「足蹴にしろ! まるで虫を踏み潰すように僕を足の裏で打て!」
「こんなので気持ち良いとかホントゴミね。ゲロカス以下の存在だわ」
「全身全霊を込めろ。もうこれが最期かもしれないんだ」
「私の事好きにならないとか死ねば良いのよ! そうよ、大人しく死ねばいいんだわ」
「もっと強くして! もっと踏んでぇぇ!」
「この腐れたクズ! オタク! 童貞! 包茎! 身にまとうオーラが臭いのよ!」
「早く殺せ!」
 新山の息が荒れる。間違いなく興奮していた。やはりこの女、真性のSだ。
 そうこうしているうちに加奈が呼んだ教師がやってきた。現場にはボロ雑巾のようになった僕と、僕の傍らで泣いている新山と、縛られた実行犯四人の姿があった。
 事件は、終焉を迎えた。

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