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第9話:ヒーローになりたかったのです。前編

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「早くしろ! もっとスピードあげろよ!」
「そんなこと言っても僕二人乗りなんて初めてなんですよ!!!」
 ヒロミの自転車に二人乗りをして僕らは表通りを全速力で走り抜ける。先ほどの爆発音。それは商店街の近くにあるビルからだった。既に何台かの救急車と消防車が僕らを追い越して行った。
 僕らがそのビルへ向かう理由、それは一つ。
「早くっ! アイツがきっと……!」
「わかってますうううう!!!」
 彼が、会長さんがあそこに来る、そう考えているためだ。


 事件現場は騒然としていた。燃えているのは八階建てのビルの七階。人々が言うに服屋さんが入っている所らしい。僕とヒロミは周りを見渡した。野次馬する人々を押しのけ会長さんを探す。だがそれらしい姿は何処にも居ない。来ていないのか? それともどこか遠くから見ているのか? 諦めかけたその時、近くにいた子供たちの話し声が聞こえた。
「すっげえなあ! チョー燃えてる!!」
「中に人がまだいるらしいぞー」
「でもでも、大丈夫だよ! だってさっきあの人が入って行ったんだもん!」
「そうだよね! だってあの人はサイキョーだもんな!!」
 心臓の鼓動がだんだん早くなるのを感じた。走りまわったせいでは無い。僕は迷った。あの子供たちに声をかけるか。いや、でも本当は迷うことなんて無かった。だってそうだろう?
「ね、ねえ。あの人って……誰かな?」
「決まってんじゃん! ヒーローだよ!!!」

 彼が来てくれた。それが証明されるのだから。
 会長さんが、あのビルの中にいる。僕は火の手が上がるビルを見つめた。炎は激しさを増し、轟々と空気を振動させる。消防団も懸命に消火活動を試みるが、あまり効果は見えない。
 僕はただ見ていることしか出来ないでいた。会長さんに頼られる。そんな事を考えていたのに、結局は傍観者、肝心な時に力になれない。僕は……ただの凡人はこの程度なのだろう。
「ハアハアッ。あの!! ち、小さな男の子っ……見ませんでした!?」
 不意に近くの野次馬に息を切らしながら二十代後半位の女性がそう聞いて回っているのが聞こえた。
「見てないねえ。いないのかい?」
「い、一緒に出たはずなのに、途中でっ、はぐれてしまって……」
 声を震わせながら女性は言う。多分母親だろうか。気の毒に。しかしこの人ごみだ。どこかにいるかも知れない。そうだ、僕もせめて誰かの役にたてることを……。
「あのー、僕も一緒に探しましょうか?」
「え!? 本当ですか!!」
 本当に嬉しそうな顔で彼女は言った。それを見て、いっそう彼女の役に立ちたいと思った。
「はい。特徴を教えてもらえますか?」
「身長が百二十センチくらいの、紺のパーカーを着た男の子です!!」
「分かりました。じゃあ僕は右側を探します。左側はよろしく御願します」
 そうして僕と彼女は別れ、その特徴に該当する男の子を探し回った。しかし、いくら探しても見つからない。最悪の状況が思い起こされる。いやいや、まだ希望を捨てるのは速過ぎる。せめてその子が外に出たことだけでも分かればいいのだ。僕は目で探すのをやめ、口と耳で探すことにした。
「しらんねえ」
「見てないわぁ」
「動画とってんだよ! あっちいけ!」
 畜生。全然駄目だ。というよりみんなビルの方に意識がいってるから、しっかりとした回答は殆ど得られない。少し心が折れかかる。が、必死に息子を探す母親の姿が目に写り、また気力を振り絞る。周りを見渡す。先ほど会長さんを目撃した少年達を発見した。意外と子供の方が目撃してるかもしれない。僕は迷わず彼らに声をかけた。
「あ、君たち。たびたび悪いんだけど、紺のパーカー着た小さい男の子見なかった?」
「見たか?」
「僕は知りませんねえ」
「えーと、私見たー!!」
 淡い希望が現れる。読みは当たった。しかし、それはやはり淡い。薄くて、弱くて、すぐに真っ白に燃え尽きる。
「どこでかな?」
「ビルの中だよー! でもそういえば外に居ないねえ?」
  
 さらに追い打ちをかけるように、爆発音が現場に響いた。
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 爆音と悲鳴。瓦礫が宙に舞う。それに呼応したかの如く消防士が吠える。騒然とする現場。その中で僕は立ち尽くし、母親は涙を流した。
「タケル……ごめんねええ……」
 子供の名前を呼ぶ枯れた声が喧騒の中に消える。消防士の話だと、火災あった階より下は全員避難が完了したということだ。つまり、外に居ない以上、中に取り残されている確率が非常に高い。
 しかし僕が立ち尽くしている理由はそれだけではない。宙に舞う瓦礫の中に、瓦礫とは異質な物を見たためだ。それは少し熱で溶けていたがよく見覚えがある物だった。人ごみをかき分けて封鎖線の最前まで行き、落下したそれを確認する。間違いない。会長さんのヘルメットだ……。
 気づいた時には僕は走り出していた。
「ちょっ、ちょっと!?」
 消防士の制止を振り切りビルの中へと駆け込む。怒声と、微かに女性の声で僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
 ビルの中に入ってしまえばこっちのものだった。誰も居ないロビーを駆け抜け階段へ向かう。二段とばしで駆け上がる。三階まで来ると足が急に重くなった。が、僕は止まらない。体の火照りか火事かわからないが熱が体中を包む。息が苦しくなる。でも足を動かし続ける。
 壁に書いてある数字が七に変わった時には、僕はもう階段を歩いて登るのがやっとだった。中のフロアへ入ろうとする。が、火が伝わらないようにシャッターが降りていた。少し戸惑ったが、すぐとなりに小さいドアを発見した。壁の向こうから伝わる熱気に耐えながら僕はドアを開けた。気圧の変化で風がブワッと吹き出す。
 一面火の海だった。僕は左腕を口元にあて、体を小さくしてゆっくりと中に入った。ここに、ここに絶対居るはずだ……。
 聞こえるのは炎の音のみ。それでも僕は出来るだけ中に入る。不意に一瞬泣き声のようなものが聞こえた気がした。耳に全意識を集中する。……確かに聞こえる。子供の泣き声だ。僕はそれを頼りに中へ中へと進む。
 そしてトイレの近くまで来たとき、人影が微かに見えたのを僕は見逃さなかった。

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